【10】危機
ちょうど、その頃だった。
ハーフェンの町外れの森の中で、ココは二頭の狼と共にゴモリーの帰りを待っていた。
ゴモリーの白狼と、ココの乗って来た銀狼である。
彼女がここまでやって来たのはゴモリーの身を案じての事だったが、実はもうひとつ理由があった。
ココは恐れていたのだ。
町に行ったゴモリーが人間になって、もう二度と自分たちのところに戻って来てくれないのではないか……と。
こうして待っている間も、不安で不安で仕方がなかった。
もちろん、それは子供が暗闇を恐れるような根拠のない妄想の類いと一緒なのだが……。
その一方で彼女は罪悪感も覚えていた。
自分は結局のところ、ゴモリーをゴブリンとして信じきれていない。
その思いは、恐れと共に小さく鋭い痛みとなって彼女の緑色の心を苛ませていた。
「私って、嫌なゴブリンですね……」
と、小枝で地面に何気なく渦巻きを描いていると、二匹の狼がひくりと耳を立てて警戒をあらわにした。
「何……?」
ココはそっと茂みから顔を出して周囲の様子を窺った。
すると五人の人間たちが茂みの方に近づいて来る。全員が黒装束をまとっていた。全員、腰に三日月刀を提げており、うち三人が麻袋を担いでいた。
その人間どもは嫌らしい笑みを浮かべながら、ココたちの隠れている茂みの前で腰をおろす。
ココは内心で舌を打った。
「へっへっへ……」
黒装束のひとりが持っていた麻袋を開けて、その中身を取り出した。
虹色に輝く金属……妖精銀だった。
希少価値が高く、強力な魔法の武具の材料として使われるため高価な品だ。かなりの量である。
「これは、なかなか良い品だぜ?」
「ああ。しばらくは羽を伸ばせるな……」
この五人は盗賊である。
港で積み荷の妖精銀をくすねて逃げて来たところだった。
「ドワーフに売りつけりゃ三万は硬いぜ……ひゃはは」
「ん……?」
そこで、盗賊のひとりがココたちの隠れている茂みの方に目線を向けた。
「どうした?」
「何かいる……その茂み」
どうやらココたちの気配に気がついたらしい。
盗賊のひとりが立ち上がり、腰に差していた三日月刀を抜いた。
ゆっくりと茂みに近づいて来る。
ココは覚悟を決めて、長杖を握りしめ呪文を小声で囁く。
そして、三日月刀を構えた盗賊が茂みのすぐ近くに寄った瞬間だった。
ココは立ちあがり長杖の先を盗賊に向けて炎の矢を放った。
「うわっ。何だ!」
三日月刀を持った盗賊の顔面に命中する。
「うぎゃああああーっ!」
盗賊は燃え盛る頭をかきむしりながら地面に倒れる。
それと同時に二頭の狼が茂みから飛び出す。
「くそっ! 何だ!」
「やめろ!!」
白狼と銀狼はそれぞれ盗賊をひとりずつ組伏せる。
「ちくしょう! 追っ手か?!」
「いや、違う。何だ?! 狼と……ゴブリンだ!」
残りふたりの盗賊も三日月刀を抜いた。
狼を斬りつけようとする。
「はあっ!」
ココは長杖を風車のように回転させながら茂みから飛び出し、舞い踊るように残りふたりの盗賊の顎を次々と的確に打ち抜いた。
彼女は魔法だけではなく杖術での戦闘もこなせる万能型ゴブリンであった。人間たちの勝手な分類ではゴブリンシャーマンとされるのだが……。
ともあれ、ふたりの盗賊は昏倒し地面に崩れ落ちる。
二頭の狼もそれぞれ組伏せていた盗賊の喉を食い破った。
「ふう。暇潰しにはなりましたけど……」
と、肩の力を抜いた瞬間だった。
「何だありゃ……」
「狼……?」
「仲間がやられてるぞ!」
「ゴブリン……雌?」
森の木立の向こうから十数人の黒装束がココの方へと向かって来る。
それを見て彼女は悟る。
今倒した五人は、この場所で仲間と落ち合う予定だったのだと……。
流石にこの人数をココと狼二頭で相手をするには、かなり難儀だ。
「逃げますよ!」
ココは銀狼の背中に飛び乗った。そして白狼に命ずる。
「あなたは姫さまに知らせて」
白狼が木々の合間をぬって駆け出す。
ココはそれとは別方向へ銀狼を走らせようとする。
しかし、次の瞬間だった。
ぼん、と紫色の煙が周囲に立ち込める。
「まずい……これは……」
睡眠の魔法。
この紫の煙を吸い込んでしまうと眠りに落ちてしまう。
銀狼が四肢を折り曲げて地面に転がった。ココもその背中から落下する。
とっさに息を止めたつもりだったが遅かった。
ココは眠りに落ちてしまった。
盗賊たちが地面に転がったまま眠るココと銀狼の周囲を取り囲む。因みに白狼はまんまと逃げおおせた。
「このゴブリンの雌は何だ?」
「さあな……」
盗賊たちは怪訝そうな顔をしている。
「何にせよ、仲間を殺られたんだ。始末しとくか……」
盗賊のひとりが三日月刀を大きくココの頭上で振りあげた――。
「まて」
それを止めたのは黒い長衣姿の人相の悪い男だった。
睡眠の魔法を放った魔術師だった。どうやら、この盗賊団のリーダーのようである。
「闘技場に売れば金になる」
そう言って地面に横たわるココの近くに落ちていた長杖を蹴飛ばす。
「ゴブリンシャーマンなら杖を奪って猿轡を噛ましておけば何もできねえ……おい。お前、この雌を縛っておけ」
「へい」
魔術師は手下に命じさせて、ロープでココを縛りあげ猿轡を噛ませた。
そこでココは、緑色の目蓋を瞬かせる。
目覚めて状況をすぐに理解し、身じろぐも手足を縛られているので当然ながら動けない。
ココの両生類のような粒羅な瞳が絶望に曇る。
「おい……起きたぞ。この雌」
「きめえ……まるで蛙みてえな面だな」
「本当に、何でこんな出来損ないの生き物がこの世にいるんだろうな?」
「そりゃ、決まってるだろ。こいつらは俺たちにボコられるために存在してんだよ。下等な生き物なのさ。ゴブリンは」
「ぎゃははは……ちげぇねえな!」
盗賊たちの下品な笑い声が木霊する。
ココの瞳に涙が溢れる。
やっぱり、ゴモリーに任せて自分は“何もない町”で待っていれば良かった……。
そして、心の中でゴモリーに救いを求めている自分に嫌気がさした。
こうなったのは自分のせいだ。
ゴモリーを信じきれなかった自分のせいなのだ。
それなのに彼女を頼っている。そんな自分の身勝手さに腹が立った。
しかし、それでも、ココの脳裏に浮かぶのは、颯爽と赤いケープをなびかせるゴブリンのお姫さまの勇姿だった。
……助けて。姫さま。
「よし。お前らそろそろ行くぞ。ブツとゴブリンの雌を馬車に詰め込め」
魔術師が配下の盗賊たちに命令する。
巨漢の盗賊がココを担ぎあげた。
そして別な小柄の盗賊が、魔術師に問う。
「カシラ」
「何だ?」
「狼はどうしやす?」
小柄の盗賊が三日月刀の切っ先を未だに眠ったままの銀狼に向けた。
魔術師は、少し考えたあとで答える。
「殺しとけ」
「りょーかーい」
小柄の盗賊がにたりと笑いながら、銀狼に向かって三日月刀を振りあげた。
その瞬間だった。
「貴様ら、その娘を放せ!」
すでに薄暗くなりかけた木立の向こうから現れたのは赤いケープをまとった金髪の少女――ゴモリーだった。




