【11】贖罪
「んんんんー」
ゴモリーの姿を見て、盗賊に担ぎあげられたココの瞳から涙があふれ出す。
しかし盗賊たちは、ぽかんとしたまま顔を見合わせる。
「娘って……何だ?」
盗賊のひとりがぽつりと呟く。
するとゴモリーはココを背負っている巨漢の盗賊を指差して叫んだ。
「そいつが担いでいる娘だ!」
一瞬、盗賊たちはリアクションに困り固まる。
そして爆笑した。
「娘って、この雌がか?」
「ぎゃははははははっ!」
「ゴブリンの雌が、娘……ぎゃははははははっ!」
「何なんだ、この女。脳味噌にゴブリンのクソでも詰まってんのかよ?」
「ぶひゃはははは……」
そんな盗賊たちの様子に、ゴモリーは怒りで顔を赤くして歯軋りをした。
「貴様ら……絶対に許さない」
すると、彼女のいちばん近くにいたちょび髭の盗賊が肩をすくめる。
「許さないから何だってんだよ?」
「ぶっ殺す」
肩を怒らせて盗賊に歩み寄る。
「ぶっ殺すだってよぉ!」
盗賊たちが再び爆笑する。
そこで、ちょび髭の盗賊がゴモリーの顔を見て目を見張る。
「おほーっ、良く見ればお前……頭はイカれてるみてーだが、なかなか良いツラしてんじゃねえか」
「おお。確かにこいつは上玉だ」
別な盗賊が同意する。
「おい。捕まえろ。アジトに持って帰って、景気付けに朝まで輪姦すぞ」
魔術師が下卑た笑みを浮かべながら言った。
「了解。カシラ」
ちょび髭の盗賊は両手の指を鳴らす。
「ひっひっひっ……たっぷりぶち込んでやる」
ちょび髭がゴモリーに掴み掛かろうと、右肩へ手を伸ばした。
しかしゴモリーは肩を引いて半身になり、ちょび髭の手をあっさりとかわす。
「おっと」
ちょび髭は前につんのめり体勢を崩す。
「たっぷりとぶち込まれるのは、お前の方だ!」
そのままちょび髭の懐深くに踏み込み、握り締めた左手で彼の顎をかちあげた。
するとゴモリーが握り込んでいた護身用の暗器――虎の爪の刃がちょび髭面の顎下に突き刺さり口内に突き出て舌を串刺しにした。
ちょび髭面は眼を白く裏返らせ、どろりと血を噴き出しながら仰け反る。
盗賊たちがどよめいた。
ゴモリーはちょび髭の腰の三日月刀を抜きながら、気絶した彼を突き倒す。
「てっ、てめえ……」
盗賊のひとりが発したその言葉をきっかけに全員が一斉に武器を抜いた。
魔術師が手下の盗賊たちを見渡して叫ぶ。
「始末しちまえ!」
盗賊たちが一斉にゴモリーに襲い掛かる。
しかし、ゴモリーはたくみな立ち回りで次々と盗賊たちを斬り捨ててゆく。
奪った三日月刀を振るい、時には左手の虎の爪を使った変則的な体術を交えながら。
そして周囲の木々の幹をたくみに利用して、一対多数の不利を帳消しにする。
その立ち回りはあまりにも戦い慣れており、殺し慣れていた。
瞬く間にひとり、ふたり……と十人以上はいた盗賊たちは数を減らしていった。
「くっ。何だこの小娘は……」
魔術師は長杖を構え呪文の詠唱を始める。
睡眠の魔法だ。
とりあえず仲間を巻き込んでも構わないので、ゴモリーを無力化しようという魂胆だった。
しかし、その寸前で近くにあった木の幹の裏から一匹の狼が飛び出して来る。
ゴモリーの白狼だった。
「うわあああっ!」
魔術師は突然現れた白狼に飛びつかれ地面に転倒し杖を手放してしまう。
魔術は長杖や短杖などの魔力の媒体となる器物がないと呪文を唱えても発動しない。
「……糞」
そこで巨漢の盗賊がココを人質に取って、ゴモリーの動きを止めようとする。
ココを羽交い締めにした。三日月刀を抜いて彼女の喉元に当てがう。
「おら! この雌ゴブリンの命が惜しかったら大人しく……」
彼がすべて言い終わる前だった。
背後から寝た振りをして隙を窺っていた銀狼が巨漢に飛び掛かる。
「うわっ! 何だこのクソ犬め! やめろ……」
背中に乗った銀狼を、何とか振り落とそうとする巨漢の盗賊。三日月刀で斬りつけようとするが……。
「痛てえ!」
手首を思いきり噛まれ地面に落とす。
再び地面に転がったココは、そのまま這いつくばって巨漢の盗賊から距離を取る。
そこへ、他の盗賊をすべて斬り捨てたゴモリーが迫る。
すでに魔術師は白狼によって噛み殺されていた。
ゴモリーが巨漢の盗賊の腹を三日月刀で突き刺す。
「な、何なんだ……お前は」
「わたしは醜いゴブリンだッ!」
巨漢の盗賊は大きく目を見開き、戦慄く唇の端から血を滲ませた。
巨漢が膝を突いて崩れ落ちる。
こうして妖精銀泥棒たちは全滅した。
ゴモリーは、ココの元に駆け寄ると猿轡や手足を縛っていた縄をほどいた。
そして彼女を抱き締める。
「ごめんね。ココ」
「何で……姫さまが謝るんですか……わ、悪いのは、私なのに……」
ゴモリーはココの瞳を鼻先から覗き込みながら、もう一度、同じ言葉を繰り返す。
「ごめんね。ココ……本当に、ごめんなさい」
ココは何故ゴモリーが自分に謝っているのか、まったく理解出来なかった。
ただ、彼女の温もりは優しく、その表情は絶え間ない痛みを堪えているかのようだった。
ココの両生類のような瞳から滂沱の涙が溢れ出す。
「姫さま……悪いのは、悪いのは私です。ごめんなさい……ごめんなさい……」
ココはゴモリーの胸に、その緑色の顔を埋めて泣きわめいた。
それから少し落ち着いた頃だった。
ゴモリーは周囲を見渡してほくそ笑む。
「それにしても……良いお土産が出来ちゃったわね」
その青い瞳には、地面に落ちたままの妖精銀の鉱石の麻袋が映り込んでいた。
「持って帰るんですか……?」
ココの問いにゴモリーは、にっこりと微笑む。
「いただきましょ。北のコボルトたちに何か役に立つ物を作ってもらいましょうよ」
ココは未だに泣き腫れたままの目元をぬぐい、くすりと微笑んだ。
「そうですね……」
「それじゃあ、多分こいつらの馬車が近くにあるはずだから、それで運びましょうか。馬車までもらえるなんて、人間って気前が良いわね。本当に」
「はい」
ゴモリーとココは妖精銀鉱石の麻袋を持って森の外へと歩き出した。
それから数日後の事だった。
四人組の冒険者たちが、“何もない町”の外周区北に位置する細い路地を進んでいた。
四つ星パーティ“渦巻く紫煙”である。
「しかし、この地図、本当なのか?」
そう言って仲間たちの事を見渡したのは、リーダーの戦士のジョージ・マイルドだった。
彼は機動力を重視した軽装の防具に、大剣を操る戦士だった。。
その両手には、ドグロが偽造した秘宝の地図が広げられていた。
彼らが、あの古道具屋のクルーからこの地図を五千ゴールドで購入したのは三日前の事だった。
ジョージの疑問に答えたのは、くすんだ金髪のエルフの女である。
「クルーの見立てを信じるしかないわね……」
名前をユミナ・ラークという。魔術と聖術の両方に長けた魔導師だ。
「……でも、あのスケベ親父って巻物は専門外じゃなかった?」
そう言ったのはニック・キャビン。たくましい肉体の格闘家である。
「しかし、この地図に記載されている文字は、この辺りで使われていた古語だ」
と、ユミナが言うと、ジョージは納得したのか頷く。
「ユミナが言うなら間違いないね」
彼女は王都の学院で教鞭を取っていた事もあり、学がある。
そこで先行して細い路地の出口から様子を窺っていた狩人のガイ・ホープが後ろを振り向く。
「おい。あそこだ。モンスターの気配はない」
そう言って細い路地の出口から左手を指差す。
そこには、壊れた噴水のある円形の広場があり、奥に崩れ掛けた光の神の寺院が建っていた。
「で……あの寺院のどこに隠されてるんだ?」
「かして」
ジョージがユミナに地図を渡す。
「この文面によると、寺院二階正面のテラスにある雨樋の像の口に仕掛けを動かすスイッチがあるみたい。それを押すと一階玄関ホールに秘密の階段のが入り口が開く」
「案外、簡単だな」
と、ガイが言うとユミナは首を横に振る。
「そうでもないわよ。階段は短い時間でまた閉じてしまう。だから急いで一階へと向かわなければならない」
「面倒な仕掛けじゃないか」
ニックが肩をすくめる。
「だから、今まで見つからなかったんじゃない?」
ユミナが地図を丁寧に丸めて雑嚢の中にしまう。
「まあ、モンスターもいないし余裕だな」
ジョージアの言葉にニックは苦笑する。
「本当にここは“何もない町”だよね」
「ほんとにね……」
ユミナが退屈そうに欠伸をした。
「それじゃあ、行こうか」
ニックが寺院に向かって歩き出す。
他の三人も続く。
その様子を遠く離れた廃屋の屋根から単眼鏡越しに覗き、ほくそ笑むのはガマトーであった。
ガマトーは建物の影で屋根を見あげるゴモリーとココに向かって、ぐっ、と親指を立てた。
……このあと四人は、何の苦労もなく寺院の秘密の地下室から例の銅板を発見する。
秘宝の正体が何らかの強力な魔導器だと想像していた四人は肩透かしを食らったが、彼らのパトロンが一枚千ゴールドで銅板を買い取ってくれた。
コボルトたちが製作した秘宝は、そのパトロンの宝物庫で、歴史的に価値のあるものとして大切に保管される事となった。
こうして“渦巻く紫煙”がロジェ辺境王の秘宝を発見したという話が広まると共に、“何もない町”は冒険者の興味の対象から外れていった。




