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第21章 秘宝共鳴――不滅の狂戦士ゾディアック

魔法の聖地。

大陸各地に流れる魔力が交わり、古代から魔法師たちの修練と研究の場として守られてきた場所。その中心には、白い柱に囲まれた円形の祭壇があり、地面には複雑な魔法陣が幾重にも刻まれていた。

しかし今、その神聖な場所は見る影もなかった。

砕けた柱が散乱し、地面には無数の亀裂が走っている。魔法陣の一部は黒く染まり、かつて澄んだ水を湛えていた泉は濁り、底から黒い泡を浮かべていた。

そして、聖地の奥からは、絶え間なく魔力が流れ出していた。


「……ひどい有様だな」


和人は崩れた石柱を見つめ、険しい表情を浮かべた。

彼の隣には涼音、フローレンシア、アリシア、クレアたちがいる。聖地の周辺で魔力の異常な乱れが確認されたため、彼らはその原因を確かめるべく、この場所へ足を運んでいた。

だが、目の前に広がっていたのは、単なる魔力の乱れではなかった。


「この場所に、いったい何があったんだ……?」


和人がつぶやくと、クレアが地面に片膝をついた。

彼女は指先を石畳に触れさせ、目を閉じる。しばらくすると、眉間にしわが寄った。


「おかしいですわ。魔力が乱れているだけではありません。聖地に蓄積されていた魔力が、何者かによって外へ引き抜かれています」


「引き抜かれている? 誰が、何のために?」


「まだ断定はできません。ただ……魔力が流れていく方向は、聖地の地下へと続いています」


その言葉に、和人は崩れた祭壇へ目を向けた。

聖地の魔法陣は、地面に刻まれた模様が複雑につながり、一つの巨大な術式を形成していた。だが、その一部には本来存在しないはずの黒い線が走っている。

まるで、聖地そのものが何かに侵食されているかのようだった。


「和人、あそこ……!」


涼音が祭壇の向こうを指さした。

そこには、倒れた魔法師たちの姿があった。意識を失っている者もいれば、壁にもたれかかり、かろうじて呼吸を続けている者もいる。その周囲を、黒い紋様をまとった異形の兵士たちが取り囲んでいた。

異形の兵士たちは、鎧の隙間から赤黒い光を漏らしている。人間の姿に似てはいるが、その動きには生気がなく、目には不自然な光が宿っていた。


「生存者がいる! まずはあの人たちを助けるぞ!」


和人の声を合図に、仲間たちが動いた。


「私が道を切り開きます!」


フローレンシアが剣を抜き、地を蹴る。


「旋風剣――一式・風なぎ!」


鋭い斬撃が風を巻き起こし、前方の兵士たちをまとめて吹き飛ばした。

その隙に涼音が駆け抜け、倒れていた魔法師のもとへ向かう。襲いかかってきた兵士の剣を受け流し、返す刀で相手の武器を弾き飛ばした。


「大丈夫ですか!? 立てますか?」


「に、逃げて……! あいつらは、倒しても……!」


魔法師が言い終えるより早く、吹き飛ばされた兵士の一体が、地面を這うようにして立ち上がった。

折れていたはずの腕が、不気味な音を立てて元の形へ戻っていく。


「なっ……再生した!?」


アリシアが目を見開いた。

兵士の足元では、赤黒い紋様が脈打っている。紋様が強く輝くたびに、兵士の傷が塞がり、失われた力が戻っていた。


「本体が再生しているわけではありませんわ!」


クレアが声を張り上げた。


「地面の紋様から魔力が供給されています! あの兵士たちは、聖地に流れる魔力を利用して動いているんです!」


「つまり、魔力の供給を止めればいいんだな!」


和人は杖を構えた。


「だったら、術式のつながりを断つ!」


杖の先端に炎が集まり、赤い光が周囲を照らす。


「フレイムタイフーン!」


炎をまとった旋風が地面を走り、兵士たちを巻き込みながら魔法陣の一角へと突き進んだ。

炎が黒い紋様を覆い尽くす。

直後、紋様の光が一瞬だけ弱まった。

その隙を逃さず、フローレンシアと涼音が動く。

フローレンシアの剣が兵士の胴を斬り裂き、涼音の一閃が別の兵士の首元を打ち抜いた。今度は再生が起こらず、異形の兵士たちは次々と地面へ崩れ落ちていった。


「効いている……!」


和人は安堵しかけた。

だが、その直後だった。

祭壇の奥から、乾いた拍手が響いた。


「なるほど。仕組みに気づいたか」


聞き覚えのある声に、和人の表情が険しくなる。

崩れた柱の向こうから現れたのは、ガルヴァーとランガスだった。

その背後には、複数の魔法師たちが拘束されている。彼らの身体には魔力を吸い上げるための術式が刻まれ、力なく頭を垂れていた。


「ガルヴァー……! やはりお前たちの仕業か!」


アリシアが剣を握り締める。

ガルヴァーは彼女の怒りを面白がるように、薄く笑った。


「仕業とは人聞きが悪い。私たちは、この聖地に眠る力を有効活用しているだけだ」


「人を捕らえて魔力を奪うことが、有効活用ですって?」


フローレンシアの声が冷たく響いた。


「彼らは聖地を守ってきた魔法師たちです。あなたたちの実験のために犠牲になっていい人々ではありません!」


「犠牲? まだ誰も死んではいないだろう?」


ランガスが肩をすくめる。


「魔力をすべて奪い尽くす前に止めれば、命は助かるかもしれない。もっとも、どこまで耐えられるかは本人次第だがな」


「ふざけるな!」


和人が一歩踏み出した。

その怒りを見ても、ガルヴァーは表情を変えなかった。


「君たちには感謝しているよ。おかげで、こちらも確かめたいことが増えた」


「確かめたいことだと?」


「聖地の魔力をどこまで利用できるのか。そして、どの程度の損傷ならば術式が機能し続けるのか……実に興味深い」


ガルヴァーは足元の魔法陣を見下ろした。

黒い紋様が、再びゆっくりと輝き始める。


「まさか……!」


クレアが顔色を変えた。


「和人さん、気をつけてください! 止めたはずの魔力の流れが、別の経路へ移っています!」


地面の亀裂から赤黒い光が噴き出した。

倒れた兵士たちの身体が震え、再び起き上がろうとする。和人たちが断ち切ったはずの術式は、別の魔法陣を通じてつながり直していた。


「一つを止めても、別の経路から補う仕組みか……!」


和人は歯を食いしばった。

敵の軍勢は、ただ魔法で作られた兵士ではない。聖地そのものを動力源とし、破壊されても魔力を補充して戦い続ける仕組みだった。

しかも、その仕組みは完成されたものではない。

試行錯誤を繰り返しているように見える。

和人の脳裏に、ある考えが浮かんだ。

もし、これが実験の途中段階だとしたら――。


「ガルヴァー! お前たちは何を召喚しようとしている!?」


和人の問いに、ガルヴァーは答えなかった。

代わりに、彼の背後から重い足音が響いた。

石畳を踏み砕くような音。

その場にいた者たちが一斉に振り返る。

そこに立っていたのは、四本の腕を持つ魔人だった。それぞれの手には剣が握られ、全身からは以前に対峙したときと同じ、底知れない魔力が放たれている。


「……また、お前か」


和人の声が低くなる。

レイジース・レコード。

異常な再生能力を持つ魔人。あのときも決定的な一撃を与えられず、仕留めきることはできなかった。

その相手が、再び目の前に現れたのだ。


「前に戦ったときは、逃がしてしまったが……今回はそうはいかない!」


和人が杖を構えると、レイジース・レコードは四本の剣をゆっくりと持ち上げた。


「覚えていたか。ならば話は早い」


四本の剣が、それぞれ異なる角度を向く。


「前よりも、少しは楽しめそうだ」


「和人、無理はしないで!」


涼音が隣に並ぶ。


「こいつの再生能力は厄介よ。倒すことだけに集中して、周囲を見失ったら危険だわ」


「分かっている。まずは捕らわれた人たちを助ける。こいつらの思いどおりにはさせない!」


和人の言葉に、仲間たちはうなずいた。

次の瞬間、レイジース・レコードが地面を蹴った。

四本の剣が同時に迫る。


「散開!」


和人の叫びと同時に、仲間たちが左右へ飛び退いた。

剣撃が石柱を切り裂き、砕けた破片が雨のように降り注ぐ。レイジース・レコードは間髪入れずに追撃を繰り出し、逃げ場を奪うように四本の剣を振るった。

涼音は一撃を受け流し、身をひねって懐へ踏み込む。


「はあっ!」


水の魔力をまとった剣が、魔人の胴を斬り裂いた。

しかし、傷口はすぐさま塞がり始める。


「やっぱり、普通の攻撃じゃ長くは持たない……!」


「ならば、再生する時間を与えなければいい!」


フローレンシアが剣を構え直し、レイジース・レコードに攻撃を仕掛けた。


「旋風剣――二式・避雷針!」


鋭い突きが魔人の動きをわずかに止める。その隙にアリシアが横から斬り込み、クレアは地面の魔法陣を調べながら術式の流れを探った。

和人もまた、炎の魔法を放ちながら敵の動きを牽制する。

だが、戦いが激しくなるほど、聖地の魔力は不安定になっていった。

黒い紋様が広がり、地面に刻まれた魔法陣が次々と光を失う。聖地の魔力を利用していた兵士たちは動きを鈍らせたが、その代わりに祭壇の地下から、さらに強い魔力が流れ出していた。


「和人さん! このまま戦い続けると、聖地の術式そのものが壊れてしまいます!」


クレアが叫んだ。


「術式が壊れたら、どうなるんだ?」


「分かりません! ですが、これほど大量の魔力が一度に解放されれば、周辺一帯に甚大な被害が出る可能性があります!」


和人は舌打ちした。

レイジース・レコードを仕留めることができれば、敵の戦力を大きく削れる。だが、そのために聖地を崩壊させるわけにはいかない。

しかも、捕らわれた魔法師たちを救出しなければならなかった。

その判断を迫るかのように、ガルヴァーが声を上げる。


「そろそろ頃合いだな。ランガス、撤収するぞ」


「もういいのか? まだ、こいつらを始末できるだろう」


「今は必要ない。得るべき情報は得られた」


ガルヴァーが手をかざすと、祭壇の奥に黒い光が集まり始めた。

その光は、地面の紋様を伝ってレイジース・レコードの身体へと流れ込んでいく。

魔人の傷が瞬く間に塞がった。


「くっ……!」


和人が魔法を放つ。しかし、レイジース・レコードは四本の剣を交差させ、その一撃を受け止めた。

衝撃で石畳が砕ける。

その隙に、ガルヴァーとランガスは拘束された魔法師たちを連れて、祭壇の奥へと退いていった。


「待て! 逃がすか!」


アリシアが追おうとしたが、レイジース・レコードがその前に立ちはだかった。


「追いたければ、まず俺を倒してみろ」


「そこをどきなさい!」


アリシアが剣を振るう。

しかし、魔人は一歩も引かず、四本の剣で攻撃を受け流した。反撃の一撃がアリシアへ迫る。


「アリシア!」


涼音が割って入り、剣を合わせて攻撃を逸らした。

その間にも、祭壇の奥では黒い光が強まっていく。

和人は迷った末、叫んだ。


「全員、いったん退け! 捕らわれた人たちを助けるのが先だ! ここで聖地を壊すわけにはいかない!」


「ですが、和人! あの魔人を逃がせば、また被害が出ます!」


「分かっている! だからこそ、今は敵の仕掛けを見極めるんだ!」


悔しさを押し殺し、和人たちは防御に徹した。

クレアが残された術式の流れを一時的に遮断し、フローレンシアたちがレイジース・レコードを牽制する。その隙に涼音とアリシアが、まだ動ける魔法師たちを救出した。

やがて黒い光が収束し、ガルヴァーたちの姿は祭壇の奥へと消えていった。

レイジース・レコードもまた、四本の剣を下ろした。


「次に会うときは、もっと楽しませてくれ」


その言葉を残し、魔人は闇の中へと姿を消した。

和人は追いかけようとしたが、足元の魔法陣が不気味に明滅するのを見て、踏みとどまった。

敵は逃げた。

そして、またしてもレイジース・レコードを仕留めることができなかった。


「……くそっ」


握り締めた拳に、力がこもる。

だが、今は悔しがっている場合ではなかった。

助け出した魔法師たちは、いずれもひどく衰弱していた。彼らの身体からは魔力がほとんど失われており、回復には相当な時間が必要になるだろう。

クレアは彼らの状態を確かめながら、静かに告げた。


「命に別状がない方もいます。ただ、全員が同じ状態ではありません。魔力を限界近くまで奪われた人もいますし、回復できるかどうか、今の段階では判断できない人も……」


「そうか……。まずは安全な場所へ運ぼう」


和人は周囲を見渡した。

黒く染まった魔法陣は、ほとんどの光を失っていた。だが、完全に消えたわけではない。石畳の隙間には、かすかな黒い光が残っている。

クレアがそれを見つめ、表情を曇らせた。


「この術式……ただ魔力を集めるためだけのものではないようです」


「どういうことだ?」


「詳しくは調べなければ分かりません。でも、聖地の魔力を集めながら、どこか別の場所へ送っているような痕跡があります」


和人は、先ほどガルヴァーが立っていた場所を見た。

彼らは単に魔法の聖地を占拠し、兵士を作り出していたのではない。

何かを試していたのだ。

そして、その実験はまだ終わっていない。


「……急いでヴァリアスへ戻ろう。ここで分かったことを、すぐに共有する必要がある」


和人の言葉に、誰も異を唱えなかった。

彼らは救出した魔法師たちを連れ、崩壊しかけた聖地を後にした。

背後では、祭壇の地下から吹き上がる風が、砕けた石片を静かに転がしていた。

その奥深く。

誰もいなくなった魔法陣の中心で、黒い紋様が一度だけ、脈打つように光った。

まるで、遠く離れた場所から何かが応えているかのように。


和人たちはヴァリアスの王城へと向かった。

その会議室には、セネルとヴァリアスの主要な面々が集結していた。

議題はただ一つ。魔法の聖地で起きた惨劇、そして姿を消したガルヴァーとランガスの行方についてだった。

重苦しい沈黙を破ったのは、和人だった。


「魔法の聖地での戦いを見て、ひとつ気になったことがある。あの侵攻に投入された軍勢は、魔法師たちが全魔力を注ぎ込んで召喚したものじゃない。魔法師たちが死なない程度に魔力を削って作り出した、いわば急ごしらえの軍勢だったんじゃないかと思う」


和人は机の上に広げられた地図を指でなぞった。


「そして、レイジース・レコードをあの場で仕留められなかったのは痛い。あいつの再生能力を考えれば、次に遭遇したときはもっと厄介なことになるだろう」


「それだけではありませんわね」


フローレンシアが表情を引き締める。


「魔法の聖地で捕らわれた人々は、今も敵の手中にある可能性が高い……」


「ああ。最悪の予想だが、ガルヴァーたちは捕らえた民とレイジース・レコードの魔力を利用して、新たな何者かを召喚しようとしているのかもしれない」


その言葉に、会議室の空気がさらに張り詰めた。

新たな魔人の召喚。

もしそれが現実になれば、これまでの戦いとは比較にならない被害が出るかもしれない。

和人は一度目を閉じ、考えを整理してから口を開いた。


「敵の居場所を探る手立てはある。ただし、失敗すれば俺たちの命にも関わる方法だ」


「その方法とは?」


国王が尋ねる。


「秘宝の力を組み合わせる。セネル付近で手に入れた秘宝、アキュムレイト。そしてヴァリアスに伝わる秘宝、ディストラだ」


和人は二つの秘宝の名を告げた。


「アキュムレイトは魔力の蓄積と解放。ディストラには、魔力を増大させる力がある。この二つを組み合わせれば、俺たちが持つ魔力を通常では考えられない規模にまで引き上げられるかもしれない」


「けれど、魔力を増大させたところで、敵の居場所が分かるわけではないでしょう?」


クレアが慎重に問い返した。


「そこで、君の力を借りたい。古式魔法の精霊術だ。精霊を式神として遠方へ飛ばし、敵の姿を探らせることはできるか?」


クレアは少し考えたあと、ゆっくりと頷いた。


「可能よ。ただし、いくつか条件があるわ。精霊を飛ばせる距離には限界があるし、遠くへ飛ばすほど魔力の消費も増える。それに、式神が見ている景色を術式の札に映し出すには、術者が魔力の供給を維持し続けなければならないの」


「つまり、広範囲を一度に探るなら、膨大な魔力が必要になるわけか」


「ええ。普通の魔法師が何人集まっても、長時間の探索は難しいでしょうね」


「だからこそ、秘宝を使うんだ」


和人の言葉に、国王は静かに立ち上がった。

そして、手を二度叩く。


「衛兵! 例の品を持ってまいれ。オルスター、お前も同行せよ」


「はっ!」


呼ばれた兵士たちは一礼し、オルスターを先頭に会議室を出ていった。

しばらくして戻ってきた彼らが運んできたのは、厳重に封印された金色の箱だった。

箱の表面には古代文字が刻まれ、蓋の隙間から淡い光が漏れている。

国王は自ら封印を解き、中に収められていた宝石を取り出した。

光を受けて輝くそれは、ただ美しいだけではない。周囲の魔力を静かに引き寄せるような、不思議な気配を放っていた。


「これが、ヴァリアスに代々伝わる秘宝ディストラだ。一度は和人に預けたディストラ」


国王は宝石を和人へ差し出した。


「もはや我が国だけで、この脅威に立ち向かうことは難しい。ディストラをそなたに預けよう。ヴァリアスの軍も自由に使うことを許可する」


和人は両手で宝石を受け取った。


「一度は預かったものだけど、本当に預けてもいいのか? これはヴァリアスにとって、かけがえのない秘宝だろう」


「国を守るために受け継いできたものだ。国が滅びてしまえば、秘宝を守る意味もなくなる」


国王の目には、迷いがなかった。

フローレンシアが一歩前へ進み、優雅に一礼する。


「国王陛下のご決断、確かに承りましたわ。ですが、ヴァリアスの軍はセネルの指揮下に入るのではなく、あくまでも対等な同盟軍として行動させていただきます」


「異存はない。両国が力を合わせねば、勝利はないだろう」


国王の返答を受け、フローレンシアは深く頷いた。

和人はディストラを慎重にしまい、会議室にいる全員を見渡した。


「これから俺たちは、アキュムレイトとディストラの力を使って、敵の居場所を探る。クレアの精霊術で式神を飛ばし、敵の拠点を特定するんだ」


そして、声を少し低くした。


「ただし、ヴァリアスには防衛に徹してほしい。レイジース・レコードは通常の魔法が通用しにくいうえ、再生能力も異常だ。今の段階で無理に攻め込めば、兵士たちを無駄に失うことになる」


「分かった。こちらから無謀な攻勢を仕掛けることはしない」


国王はそう答えた。


「よし。時間がない。俺たちはすぐにセネルへ戻る」


こうして一部の貴族と守備兵を残し、和人たちはセネルへと帰還した。

だが、彼らが秘宝の力を使って敵を探ろうとしている頃、敵側でも恐るべき計画が進められていた。


その頃、デュランダル領内では。

かつて偉大な錬金術師たちが秘宝を生み出したとされる、古代宮殿の地下深く。

そこには、巨大な魔法陣が描かれていた。

青白い光を放つ魔法陣の中央では、秘宝マダスカスが宙に浮かび、周囲に渦巻く魔力を吸い込んでいる。

魔法陣を取り囲むのは、数え切れないほどの魔法師たちだった。

彼らの顔には疲労と恐怖が浮かんでいる。

それも当然だった。

彼らは自らの意思でここにいるのではない。

兵士たちに囲まれ、鞭で脅されながら、命を削るように魔力を注ぎ込まされていたのだ。


「手を止めるな! もっと魔力を注ぎ込め!」


ガルヴァーの怒号が地下空間に響いた。

魔法師の一人が膝をつく。


「も、もう……魔力が……」


「黙れ!」


鞭が振り下ろされ、男の背中を打った。


「貴様の命など、召喚のための糧にすぎん! 死ぬまで魔力を注ぎ続けろ!」


ランガスは、その光景を冷ややかに見つめていた。


「ずいぶんと派手に消耗させているな。これだけの魔法師を使い潰せば、あとが面倒になるのではないか?」


「構わん。必要なのは数ではない。結果だ」


ガルヴァーは口元を歪めた。


「ゼルガディスを失ったのは痛手だ。だが、あの程度の損失で計画を止めるわけにはいかん。レイジース・レコードだけでは、いずれ限界が来る」


「なるほど。次は、あの連中を正面から叩き潰せる存在を呼び出すわけか」


「そういうことだ」


魔法陣の光が、さらに強くなった。

魔法師たちの顔から血の気が引き、次々と倒れていく。立ち上がれない者は兵士に引きずり起こされ、無理やり魔力を注がされた。

やがて、数名の魔法師が息絶えた。

その瞬間、魔法陣の中心に黒い亀裂が走った。

空間そのものが軋み、地下宮殿の壁に刻まれた古代文字が次々と発光する。

ランガスが目を見開いた。


「おい……これは、今までの召喚とは違うぞ」


「ああ。ようやく扉が開いた」


ガルヴァーは両腕を広げ、召喚の詠唱を始めた。


「――深淵に眠りし、忘却の王よ。千の嘆きを贄とし、万の魂を糧とせよ。天を裂き、地を砕き、生命の理を捻じ曲げる者よ。我が血を鍵とし、我が怨念を道標とし、彼方と此方の境界を打ち砕け。

七つの封印は朽ち、古き戒律は今こそ破られる。

黒き星よ、虚無の底より目覚めよ。

世界を覆う偽りの秩序を焼き払い、万物を絶望の深淵へと導け。

我は汝を呼ぶ者なり。我は汝を解き放つ者なり。

さあ――その名を世界に刻め!」


魔法陣が激しく脈動する。


「偉大なる戒律の主よ――その身を現さんことを!」


次の瞬間。

轟音とともに、魔法陣の中心から漆黒の炎が噴き上がった。

光が消え、音が消え、周囲の空気さえ凍りついたかのように感じられる。

黒い煙の向こうから、一つの影が歩み出てきた。

全身を覆う強固な鎧。

片手には禍々しい剣。もう片方の腕には、巨大な盾。

鎧の隙間から漏れ出す闘気は、炎のように揺らめきながら、その場にいる者すべてを圧倒していた。

ただ立っているだけなのに、周囲の魔力が押し潰されていく。

ガルヴァーでさえ、思わず息を呑んだ。


「……見事だ」


彼は新たな戦士の前へ進み出る。


「名を聞こう。お前は何者だ?」


鎧の戦士は、ゆっくりと兜を傾けた。


「我が名は――ゾディアック」


その声は低く、地の底から響いてくるようだった。


「我を呼び出したのは貴様か。ならば示せ。貴様は何を望む?」


「望みは一つ。セネルとヴァリアスの軍勢を滅ぼし、我らの前に立ちはだかる者を一人残らず排除することだ」


「十分な糧をもらった……よかろう望みをかなえてやろう」


ゾディアックは剣を持ち上げた。


「我が剣と盾の前に立つ者は、すべて屍となる。戦場を用意しろ」


その言葉と同時に、盾の表面に赤黒い光が走った。

それは、単なる防具の輝きではなかった。

まるで生き物のように、周囲の生命の気配を探っているかのようだった。

ガルヴァーは満足げに笑った。


「これで勝利は決まったも同然だ」


だが、ゾディアックは返事をしなかった。

ただ、遠くを見つめていた。


「……来るな」


誰に向けた言葉なのか、ガルヴァーにも分からなかった。

ただ一つ確かなのは、ゾディアックが戦いを待ち望んでいるということだった。


一方、セネルの王城では。

和人たちはディストラとアキュムレイトを用いた術式の準備を進めていた。

クレアは床に古代文字を描き、複数の札を円形に配置している。

中央に置かれた二つの秘宝が淡い光を放つと、周囲の空気が震えた。


「準備はできたわ。けれど、魔力の流れが乱れたら、すぐに術式を切るからね」


「分かった。無理はするなよ」


和人は杖を握り、アキュムレイトに魔力を注ぎ込んだ。

ディストラがそれに呼応し、青白い光を放つ。

蓄積された魔力が膨れ上がり、クレアの周囲に無数の精霊が姿を現した。


「古き契約に従い、我が目となり、我が声となれ――精霊よ、彼方の地を探れ!」


クレアの声とともに、精霊たちは式神となって飛び立った。

札の表面に、森や荒野、崩れた建造物など、さまざまな景色が次々と映し出される。

その中の一枚が、突然激しく明滅した。


「……っ!」


クレアが顔を上げる。


「和人さん! 何かを感じます!」


「どうした?」


「大気を揺るがすような……野獣のようなオーラです。場所は、古代の錬金術師たちが秘宝を創り出したとされる宮殿のあたり!」


和人の表情が険しくなった。


「やっぱり、そこか……!」


彼は地図を広げ、古代宮殿の位置を確認した。


「敵が秘宝の力を最大限に引き出す方法を探しているなら、あそこを拠点にする可能性は高い。古代の書物も、術式の記録も残っているはずだからな」


フローレンシアが即座に立ち上がった。


「ヴァリアスへの報告を急いでください! こちらも全軍の出発準備を整えます!」


「待ってくれ、フローレンシア。敵の規模も、召喚されたされたかもしれない存在の正体も分かっていない」


「それでも、放置するわけにはいきませんわ。敵が新たな魔人を生み出しているのなら、完成する前に止める必要があります」


フローレンシアの言葉に、和人は反論できなかった。


「……分かった。だが、無茶な突撃は避ける。相手の力を見極めながら戦うんだ」


二通の書状が用意された。

一通はヴァリアスの国王へ。もう一通は、セネルの近くに駐屯しているヴァリアス軍へ。

伝令兵たちは、それぞれの目的地へ向けて出発した。

しかし、そのうちの一人は、目的地にたどり着くことができなかった。

森を抜けようとした瞬間、黒い影が進路を塞いだのだ。


「なっ……!」


兵士が剣に手をかけるよりも早く、影の刃が閃いた。

兵士は声を上げることさえできず、その場に崩れ落ちた。

書状は、血に濡れた地面へ落ちる。

影はそれを拾い上げ、内容を確認すると、無言で闇の中へ消えていった。

敵は、こちらの動きをすでに察知していたのだ。


古代宮殿へ――一万の軍勢

和人たちは式神が示す方向を頼りに進軍し、やがて古代宮殿の外縁へと到着した。

そこには、長い年月にわたって風雨にさらされた巨大な建造物がそびえ立っていた。

崩れかけた柱。苔に覆われた石壁。地面に刻まれた、意味の分からない古代文字。

かつて秘宝を生み出した場所にふさわしい、異様な雰囲気が漂っている。


その後、遅れてヴァリアス軍も合流した。

総勢一万を超える大軍勢。

数だけを見れば、敵を圧倒できる戦力だった。

それでも、フローレンシアの胸には不安が消えなかった。


「和人さん……この場所、どう思いますか?」


「嫌な予感しかしないな……邪悪な何かを感じる」


和人は宮殿を見上げた。


「ここは古代の錬金術師たちが秘宝を作った場所だ。俺が敵なら、真っ先にここを調べる。秘宝の力を引き出す方法も、召喚術の記録も、何かしら残っているはずだからな」


「ということは……」


「魔物も相当な数がいるだろう。それに、後ろにはレイジース・レコードが控えている。クレアが感じ取ったオーラの正体も分からない。新たな強敵が現れていても不思議じゃない」


和人は背後を振り返った。


「本当ならエリスがいてくれれば、防御陣形を整えることもできたんだが……まだヴァリアスからの援軍が全員そろっていない。最悪の場合、書状が届いていない可能性もある」


フローレンシアは唇を引き結んだ。


「先遣隊を送り込んで、内部を探らせるのはどうでしょう?」


「少人数なら身軽に動けるが、敵に発見されたら逃げ場を失う。逆に全軍で突入すれば、敵にこちらの規模を知られることになる」


「では、どうするのです?」


和人はしばらく考え込んだ。

そして、決断を下す。


「クレア、式神を使って少しだけ探りを入れてくれないか?その後に全軍で進む。ただし、隊列を崩さず、互いに援護できる距離を保つんだ。何が起きても、単独行動だけはするな」


「分かりました……」


クレアは目を閉じて式神の見たものを感じ取っている。


「見えました!数は相当数の魔物で、通常の魔物よりも位は上だと思います」


 それを聞いたフローレンシアは頷き、兵士たちへ指示を飛ばした。


「全軍、突入準備! 前衛は盾を構え、後衛は魔法の準備を! 互いの位置を確認し、決して隊列を乱さないこと!」


兵士たちの間に緊張が走る。

そのときだった。

ゴゴゴゴゴ……!

大地が激しく揺れ始めた。

兵士たちは足元を取られ、次々とよろめく。宮殿の壁から石片が落ち、遠くで巨大な岩が崩れる音が響いた。


「地震か!?」


和人が声を上げる。

しかし、クレアは首を横に振った。


「違います! 地面そのものが揺れているのではありません! 精霊たちが異常なほど騒いでいます。これは、何らかの力が大地に作用しているんです!」


和人は宮殿の奥を見据えた。


「……召喚の影響か。なら、もう時間はない」


彼は杖を掲げ、兵士たちへ向き直る。


「全員、聞いてくれ! 俺たちが援護魔法で可能な限り守る! ただし、敵の正体が分かるまでは深追いするな。前進しながら、互いを守るんだ!」


フローレンシアも剣を抜いた。


「全軍、進め!」


一万を超える軍勢が、古代宮殿へと進撃を開始した。


第一の防衛線が宮殿の内部へ足を踏み入れた途端、彼らを待ち受けていたのは、無数の魔物だった。

獣のような魔物。甲殻に覆われた魔物。人型の魔物。

その数は、通路の奥まで埋め尽くすほどだった。


「早速の大歓迎か……!」


和人は舌打ちした。


「一体一体は大したことがない。だが、今までの魔物よりも手強そうだし数が多すぎる。広範囲魔法で一掃することもできるが、宮殿そのものを崩しかねない。それに、敵にこちらの手の内をさらすことにもなる」


和人は周囲を見渡し、作戦を組み立てた。


「いい手がある。シンシア、アリス。二人の力を借りたい」


「はい」


シンシアが一歩前へ出る。


「私の闇魔法で、アリスさんと私の気配を隠します。敵に見つからずに、魔法の届く位置まで近づけばいいんですね?」


「ああ。アリスの氷魔法で敵をまとめて凍らせる。その隙に、前衛が一気に仕留めるんだ」


アリスは真剣な表情で頷いた。


「氷系統の最上級魔法、コキュートスを使います。ただし、高等魔法なので詠唱に時間がかかります。皆さんには、その間の援護をお願いします」


「任せろ」


和人は各人の役割を説明していった。

クロームとベルクールには自己加速術式を付与。涼音とラルクは自ら魔力を巡らせ、身体能力を引き上げる。

さらに、ベルクールの矢には貫通魔法を付与した。


「ベルクール、後衛からフローレンシアたちを援護してくれ。敵の硬い外殻も貫けるはずだ」


「承知しました。矢が尽きるまで、援護を続けます」


「よし。シンシア、アリス、頼んだぞ」


二人は闇の中へと足を踏み入れた。

シンシアが魔法を発動させると、二人の姿が周囲の景色に溶け込むように消えていく。

魔物たちは気づかない。

その間にも、アリスは詠唱を続けていた。


やがて、彼女から合図が送られる。

和人は魔物たちの後方へ石を投げた。

カンッ、と乾いた音が響く。

何体かの魔物が音の方向へ振り向いた、その瞬間――。


「――凍てつく世界の果てに眠りし、氷獄の女王よ。

万象を覆う白銀の帳よ。

天より降りし霜は大地を閉ざし、地に眠る氷脈は万物の鼓動を奪う。

吹き荒れる風を止め、流れる水を封じ、燃え盛る炎すら永遠の静寂へと沈めよ。

逃れることは許されず、抗うことも叶わず。

その身、その魂、その魔力の一片に至るまで、絶対なる凍土の牢獄へと閉じ込めよ。

北天に輝く七つの氷星よ、今こそ一つとなりて、終焉の白き審判を下せ! コキュートス!」


冷気が爆発的に広がった。

床も壁も、空気さえ凍りつくかのような冷気が宮殿内を駆け抜ける。

魔物たちは次々と氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。


「今だ!」


和人の声と同時に、前衛が一斉に飛び出した。

涼音の剣が閃き、アリシアが魔物を両断する。ラルクが二本の剣で敵を切り裂き、第三形態へと変化したケルビーが獣のような速度で敵陣を駆け抜ける。

フローレンシアも長剣を振るい、凍りついた魔物を次々と打ち砕いていった。

作戦は成功した。

第一の防衛線は、短時間で突破された。

だが、勝利を喜ぶ間もなく、宮殿の奥から新たな魔物の群れが押し寄せてきた。


「まだ来るのか……!」


和人は眉をひそめた。

今度の敵は、先ほどよりも体格が大きく、動きも速い。


「主力は一度下がれ! 兵士たちを前へ! 一部隊、二部隊、三部隊で交代しながら迎撃するんだ! 負傷者は後方へ運べ!」


指示を受けた兵士たちは、隊列を組み替えながら戦闘を続けた。

先頭に立ったクロームが大鎌を振るい、押し寄せる魔物を次々と倒していく。

和人は後方から援護魔法を放ち、兵士たちの防御を補強した。

それでも、敵の数は減らなかった。

戦闘が始まってから、すでに数時間。

兵士たちの疲労は明らかだった。

死傷者も増え、魔力を使い果たした者が膝をつく。


「このままでは、兵士たちの体力が持たない……!」


和人は杖を握り締めた。

広範囲魔法カグヅチを使えば、敵を一掃できるかもしれない。

だが、この宮殿を崩壊させれば、敵が何を企んでいるのかを知る手掛かりまで失ってしまう。

それだけは避けなければならなかった。

やがて、魔物の数がようやく半数ほどに減った、そのときだった。

暗黒の影が二つ、戦場の奥から姿を現した。


「ようやく、お出ましか……!」


和人の声が低くなる。

アリシアは二人の姿を見た途端、怒りに顔を歪めた。


「ガルヴァー! ランガス! よくも国王陛下を苦しめてくれたわね! その罪、命をもって償いなさい!」


剣を抜き、飛び出そうとするアリシアを、涼音が腕を伸ばして制止した。


「待って、アリシア! 今は敵の数も正体も分かっていない。冷静になって!」


ガルヴァーは、そんな二人を見て嘲るように笑った。


「ほう。国王はまだ生きているのか。ならば、ここでお前たちを皆殺しにしたあと、もう一度じっくりと始末してやろう」


ランガスが一歩前へ出る。


「ゼルガディスを倒したことは褒めてやる。だが、その程度で我らに勝てると思うなよ」


二人の背後から、四本の腕を持つ魔人が現れた。

レイジース・レコード。

そして、その隣には剣と盾を携えた鎧の戦士が立っていた。

全身から立ち上る闘気は、レイジース・レコードをも上回っているように感じられた。


「紹介しておこう」


ガルヴァーが両腕を広げる。


「狂戦士ゾディアックだ。お前たちの命運も、ここで尽きる!」


ゾディアックは、ゆっくりと剣を構えた。


「我が盾を砕き、我が剣を止められる者がいるのなら、見せてもらおう」


その声には、戦いを楽しむような響きがあった。

和人は仲間たちを見渡した。


「レイジース・レコードは、エリー、ケルビー、ソフィー、マーリンで抑えてくれ。再生能力があるから、無理に深追いするな。ゾディアックは俺たちで相手をする」


フローレンシアが頷いた。


「ゾディアックの相手は私と涼音さん、アリシアさん、ラルクさんで。ベルクールさん、シンシアさん、和人さんは後方から援護をお願いします」


「了解!」


和人は全員に自己加速術式をかけた。

仲間たちの身体が淡い光に包まれ、動きが一段と鋭くなる。


「みんな、行くぞ!」


和人の号令が、戦場に響き渡った。

不滅の盾――ゾディアックの正体


先に動いたのはアリシアだった。


「覚悟しなさい!」


剣を振り上げ、ゾディアックの正面へと斬り込む。

涼音が続き、ラルクは側面へ回り込んだ。フローレンシアは一歩遅れて間合いを測り、ゾディアックの動きを見極めようとしていた。

しかし、ゾディアックは逃げなかった。

ただ盾を構え、アリシアの剣を正面から受け止めた。

ガキィィン!

金属音が宮殿に響く。

次の瞬間、盾が砕け散った。


「やった!」


アリシアが思わず声を上げる。

だが、彼女の目に映った光景は、現実とは違っていた。

砕け散ったのは盾ではない。

盾が砕けたように見せる、幻影だったのだ。


「なっ……!」


アリシアの剣は、盾の表面をわずかに滑っただけだった。

しかも、盾の形状は一瞬で変化し、彼女の剣を絡め取るように動いている。

大きく振りかぶったアリシアの身体に、隙が生まれた。


「その命……もらった」


ゾディアックが剣を振り上げる。

その一撃が振り下ろされる寸前、ラルクが横から割って入った。

二本の剣を交差させ、渾身の力で受け止める。


「ぐっ……なんて重さだ!」


ラルクの足元の石床に亀裂が走った。

涼音がすぐさまアリシアを引き寄せ、二人は後方へ退く。

だが、ゾディアックは追撃を止めなかった。

剣を振るうたびに、風圧が刃のように飛び、石柱を削り取っていく。


「速い……!」


涼音はかろうじて剣で受け流したものの、腕に痺れが走った。

ゾディアックの攻撃は、ただ力任せに振るっているわけではない。

相手の防御の薄い場所を正確に狙い、逃げ道を塞ぎ、確実に追い詰めてくる。

そして何より、動きに無駄がなかった。


「この盾……形が変わるだけじゃないわね」


フローレンシアが剣を構えながら呟いた。


「攻撃を受けた瞬間、魔力の流れが変わっている。防御するたびに、こちらの攻撃を分析しているようにも見える……」


「分析だと?」


和人が目を細めた。

ゾディアックは答える代わりに、盾を前へ突き出した。

その表面が歪み、まるで水面のように揺らめく。

次の瞬間、ゾディアックの姿が消えた。


「後ろだ!」


和人が叫ぶ。

涼音が振り返ったときには、すでにゾディアックの剣が迫っていた。

間一髪で身を捻ったものの、剣先が肩をかすめる。

血が飛び散った。


「くっ……!」


ゾディアックは、まるで蜃気楼のように位置を変えながら攻撃してくる。

幻影魔法なのか。

それとも、盾に備わった特殊な能力なのか。

シンシアは目を凝らしていたが、やがて首を横に振った。


「違います。通常の幻影魔法とは魔力の流れが異なります……。あれは、単に姿を隠しているのではありません!」


「じゃあ、何なんだ?」


「分かりません。でも、盾が光る瞬間、周囲の空間そのものが歪んでいるように見えます!」


和人は舌打ちした。


「空間干渉までしてくるってわけかよ……!」


ゾディアックが剣を横薙ぎに振るった。

凄まじい剣風が巻き起こり、涼音、アリシア、ラルクの三人がまとめて吹き飛ばされた。

フローレンシアは剣を床に突き立て、どうにか踏みとどまった。


そのとき、和人の視界の端で、もう一つの戦場が動いた。

四本腕の魔人――レイジース・レコード

レイジース・レコードを相手にしていたソフィーたちは、予想以上に苦戦していた。

四本の腕から繰り出される攻撃は、正面から受け止めるだけでも危険だった。

エリーとケルビーが前衛を担い、マーリンが側面から牽制する。ソフィーは二本のレイピアを操り、隙を見つけて攻撃を加えていた。

しかし、レイジース・レコードは戦いながらも、相手の動きに順応していく。


「甘いな」


四本の腕が一斉に動いた。

ソフィーは一歩踏み込んで攻撃をかわそうとしたが、間に合わなかった。

背後へ回り込まれ、連続攻撃を受ける。


「きゃあっ!」


数か所を斬られ、ソフィーは足を滑らせた。

体勢を立て直す間もない。

レイジース・レコードの腕が、彼女へと迫った。


「ソフィー!」


ケルビーが割って入り、身を挺して彼女を庇った。

鋭い一撃がケルビーの身体を深く切り裂く。

ケルビーは苦しげに唸り、その場に崩れ落ちた。


「ケルビー! しっかりして!」


エリーが駆け寄り、すぐさま治療を始める。

幸い、命に別状はなかった。だが、これ以上戦わせるわけにはいかない。


「ケルビー、もういいよ。あとは私たちに任せて」


エリーはケルビーを後方へ下げた。

その光景を見たソフィーの表情が変わった。


「……よくも、ケルビーを」


彼女の二本のレイピアが、青白と緑の光を帯び始めた。

魔力が膨れ上がり、周囲の空気が震える。


「ソフィー、待って! 無理に力を解放したら、あなた自身が――」


マーリンの制止は間に合わなかった。


「風より速き一閃――!」


ソフィーの姿が消えた。

次の瞬間、レイジース・レコードの右側にあった二本の腕が、まとめて切り落とされた。

鮮血が飛び散り、四本腕の魔人が初めて膝をつく。


「ほう……」


レイジース・レコードは、落ちた腕を見下ろした。

だが、驚いた様子はない。

切断された腕を拾い上げ、傷口へと押し当てる。

黒い炎が噴き上がり、腕が再び接合されていった。


「そんな……!」


ソフィーは息を切らし、片膝をついた。

限界を超えた力の代償は大きかった。身体が思うように動かず、レイピアを握る手も震えている。

再生を終えたレイジース・レコードが、ゆっくりと彼女に向き直った。


「ならば、次は貴様の首をもらおう」


四本の腕が、再び構えられる。

その瞬間、後方から魔法の矢が連続して飛来した。

ベルクールの矢だ。

魔力を込められた矢がレイジース・レコードの身体を貫き、動きを一瞬だけ止める。


「ソフィーさん、今です!」


マーリンが駆け寄り、ソフィーを支えた。


「ごめんなさい……。怒りに任せて、力を使いすぎたわ」


「謝る必要なんてないわ。あとは私たちに任せて、休んでいて」


マーリンはソフィーを後方へ送り届けると、再びレイジース・レコードの前に立った。

彼女は、敵の切断された腕が再生する様子を見ていた。

そして、あることに気づいた。


「……再生が、少し遅い?」


先ほど切り落とされた腕は、すぐには元通りにならなかった。

傷口から黒い炎が上がり、腕が完全に動くまで、わずかな時間がかかっていたのだ。

マーリンはレイピアを構え直した。


「なるほど……。再生能力があるからといって、無制限に回復できるわけではないのね」


彼女は風魔法をレイピアに付与した。

細身の剣が風をまとい、切っ先が鋭く揺らめく。


「なら、回復する暇を与えなければいい!」


マーリンは一気に間合いを詰め、四本の腕へ連撃を浴びせた。

レイジース・レコードは剣で受け止め、腕を振るって反撃する。

剣と剣が激突し、火花が散った。

マーリンの攻撃は速い。だが、一撃ごとの破壊力では敵に及ばない。

何度斬りつけても、致命傷には届かなかった。


「くっ……!」


レイジース・レコードが四本の剣を大きく振りかぶった。

次の瞬間、強烈な剣風が巻き起こり、竜巻のようにマーリンを吹き飛ばした。

彼女は石床を転がり、どうにか立ち上がる。


「はぁ……はぁ……。ベルクールさん! 顔を狙って、視界を遮ってください! 一瞬でも隙ができれば……!」


「分かりました!」


ベルクールは弓を引き絞り、爆炎を起こす魔法の矢を放った。

矢はレイジース・レコードの顔面近くで炸裂し、視界を炎と煙で覆い隠す。


「今だ!」


マーリンは一瞬で距離を詰め、風をまとったレイピアで首筋を狙った。

鋭い斬撃が連続して叩き込まれる。

だが、レイジース・レコードの身体は異常なほど頑丈だった。

刃は傷を刻むものの、首を落とすには至らない。

そのとき、和人が魔法で作り出した短剣を投げた。


「マーリン! これを胸元に突き刺せ!」


マーリンは短剣を受け取り、敵の懐へ飛び込んだ。

刃が胸元へ深く突き刺さる。

直後、和人が前へ出た。


「そのまま動きを止めてくれ!」


和人は短剣の柄に手を添え、魔力を一気に流し込んだ。


「体内から吹き飛ばしてやる――スピリームエクスプロード!」


次の瞬間、レイジース・レコードの体内で爆発が起こった。

巨体が数メートル吹き飛び、石柱へ激突する。

黒い血が飛び散り、魔人は膝をついた。


「ぐっ……ぬ……!」


初めて、レイジース・レコードの呼吸が乱れた。

しかし、倒れたままでは終わらない。

傷口から黒い炎が上がり、再生が始まろうとしていた。


「しぶとい奴だ……。腹に穴が開いても、まだ動くのかよ!」


和人は歯を食いしばった。

マーリンも、ベルクールも、すでに限界が近い。

ここで決着をつけなければ、また振り出しに戻ってしまう。


「フローレンシア!」


和人は戦場の向こうへ叫んだ。


「今だ! 全力の一撃で首を落としてくれ! 再生する前に決めるんだ!」


フローレンシアは、静かに目を開いた。

彼女の長剣は、眩い光を放っていた。


「承知しましたわ……!」


彼女は一気に間合いを詰めた。


「旋風剣――三式・火炎龍!」


炎をまとった剣が、一直線に振り抜かれる。

レイジース・レコードが顔を上げたときには、すでに遅かった。

刃が首に直撃するも硬さで刃が止まるがフローレンシアは更に力を込め長剣を首から離し、お逸位をかけた。


「はぁぁぁぁ!奥義・光玉円斬」


フローレンシアの渾身の一撃がもう一度レイジース・レコードの首を捕らえ、頭部が宙を舞い、巨体は膝をついたまま動きを止めた。


黒い炎が一瞬だけ燃え上がり、やがて消えていく。

四本腕の魔人は、ようやく沈黙した。


「……倒した、のか?」


和人は息を呑みながら、その姿を見つめた。

今度こそ再生の気配はない。

レイジース・レコードの身体から、魔力が抜け落ちていった。


「やった……!」


だが、歓声は上がらなかった。

ソフィーは動けず、マーリンも壁に手をついて息を整えている。ベルクールの腕も、弓を引き続けたせいで震えていた。

勝利を喜ぶには、あまりにも代償が大きかった。

そして、まだ戦いは終わっていない。

和人はゾディアックへ視線を戻した。


「残るは……あいつだ」


ゾディアックは、レイジース・レコードの最期を見ても、表情一つ変えなかった。


「レイジース・レコードを倒したか。多少は楽しめそうだな」


その声には、恐怖も怒りもない。

ただ、戦いへの期待だけがあった。

フローレンシアが剣を構え直すが大技の影響もあり、呼吸は荒く身体には疲労が蓄積していた。

涼音とアリシアも同じだった。

対するゾディアックは、まるで消耗していない。


「……こちらの攻撃が、ほとんど通用しない」


フローレンシアが呟く。


「剣で受ければ力を受け流され、魔法を放てば盾に吸収される。しかも、あの位置移動……まるで攻撃する前から、こちらの動きを知っているみたいですわ」


和人はゾディアックの盾を観察していた。

盾の表面には、赤黒い紋様が浮かんでは消えている。

攻撃を受けるたびに、紋様が変化しているようにも見えた。


「シンシア、あの盾に何が起きているのか分かるか?」


「まだ断定はできません。ただ、攻撃を受けた瞬間に魔力が吸い込まれています。魔法を吸収するだけではなく、相手の生命力まで奪う力があるのかもしれません。しかも、それを自身の体内に吸収しているように思えます」


「生命力まで……?」


和人の脳裏に、先ほどの戦闘がよみがえる。

ゾディアックの盾は、ただの防具ではない。

攻撃を防ぐ。形状を変える。空間を歪める。そして、生命力を奪い更には自身に吸収する。

そんなものを相手に、どうやって勝てばいいのか。

そのとき、フローレンシアがゾディアックの背後へ回り込んだ。


「今です!」


彼女の声を合図に、マーリンが残された力を振り絞って魔法を放つ。

炎球がゾディアックを包み込んだ。

しかし、炎が消えたとき、そこには傷一つない鎧が立っていた。


「温いな」


ゾディアックが嘲笑う。


「その程度の力で、我を倒せると思ったか?」


ベルクールが魔力を込めた矢を放つ。

矢は盾に吸い込まれ、光となって消えた。

フローレンシアが連撃を繰り出すが、ゾディアックは片手で軽々と受け流す。

涼音とアリシアも加勢した。

四方からの同時攻撃。

しかし、ゾディアックは風魔法を発動し、自身を巨大な竜巻で包み込んだ。

剣も魔法も、その渦に弾かれて届かない。


「このままでは、こちらの魔力が尽きるだけですわ……!」


フローレンシアが歯を食いしばる。

涼音は一度距離を取り、剣を鞘へ戻した。


「私とフローレンシアで、決定打を作るわ。その間、アリシアとマーリンで注意を引きつけて!」


「分かった!」


アリシアは剣を握り直した。

涼音は居合の構えを取り、意識を一点へ集中させる。

彼女の身体から、水蒸気のような闘気が立ち上り始めた。

剣に埋め込まれた宝石が輝きを増していく。

フローレンシアもまた、長剣に魔力を注ぎ込み、全身に電撃のような闘気をまとった。

ついで、和人も二人に魔力を流し込んで回復を試みた。

二人の周囲で、空気が震え始める。


「……来るか」


ゾディアックは二人を見据え、盾を構えた。

その瞬間、和人が爆炎を放ち、ゾディアックの視界を覆った。


「アリシア、マーリン! 今だ!」


二人が左右から斬り込む。

ゾディアックは一歩も退かなかった。

盾が変形し、マーリンの顔面を強打する。


「ぐっ……!」


視界を奪われたマーリンの腹部へ、剣が突き刺さった。

深々と刃が入り、血が噴き出す。


「マーリン!」


アリシアが叫ぶ。

だが、マーリンは倒れなかった。

敵の剣を両手でつかみ、身体を貫く刃を握り締める。


「……離しませんよ」


彼女は血を吐きながら、レイピアをゾディアックの腹部へ突き刺した。

一度。

そして、もう一度。

風魔法が傷口の内部で渦巻き、真空の刃となって肉を切り裂いていく。

ゾディアックの顔から、初めて余裕が消えた。


「この……!」


ゾディアックは剣をねじり、マーリンの身体へさらに深く押し込んだ。


マーリンの口から血があふれる。

それでも、彼女は剣を離さなかった。


「アリシア……!」


マーリンは苦痛に震える声で叫んだ。


「私ごと……ゾディアックを貫いて!」


「なっ……!」


アリシアは目を見開いた。


「そんなこと、できるわけがない!」


「今しかありません……! このままでは、また誰かが倒れる!」


マーリンの瞳には、迷いがなかった。


「お願い……。みんなを、守って……!」


アリシアの手が震えた。

仲間を犠牲にして勝利を得る。

そんな選択を、簡単に受け入れられるはずがなかった。

だが、マーリンの身体から流れ落ちる血を見て、彼女は理解した。

ここで躊躇すれば、マーリンの覚悟を無駄にするだけだ。


「……分かった」


アリシアは剣を握り締めた。


「絶対に……無駄にはしない!」


彼女の剣が光を帯びる。


「はあああああっ!」


全力の一撃が、マーリンの身体を貫き、その奥にいるゾディアックへと突き刺さった。

光が爆発する。

ゾディアックの身体が大きく吹き飛び、石床を滑った。

彼は片膝をつき、腹部の傷を押さえる。


「ぐ……ぬう……!」


だが、倒れてはいなかった。

一方、マーリンはアリシアの腕の中へ崩れ落ちた。


「マーリン……!」


アリシアの声が震える。

和人はすぐさま駆け寄り、治癒魔法を発動した。


「しっかりしろ! 今、治すからな!」


光がマーリンの身体を包み込む。

だが、出血は止まらなかった。

傷が深すぎる。

治癒魔法を重ねても、失われた血と生命力が戻ってこない。


「頼む……! 頼むから、応えてくれ!」


和人は何度も魔法を重ねた。

マーリンの瞳から、少しずつ光が失われていく。

彼女はかすかに唇を動かした。


「……みんな……無事……?」


「喋るな! 今は治療に集中しろ!」


和人は必死に叫んだ。

マーリンは、ほんのわずかに微笑んだ。


「……よかった……」


その手から、力が抜けた。


「マーリン……?」


和人は呼びかけた。

返事はない。

彼女の身体は、静かに横たわったままだった。

和人の手が震え、怒りが込み上げる。

目の前の敵を、今すぐ叩き潰したい。

だが、和人は歯を食いしばり、その衝動を押し殺した。

怒りに任せて戦えば、マーリンが命を賭して作った好機さえ無駄にしてしまう。

彼はゆっくりと立ち上がり、仲間たちへ向き直った。


「……みんな、落ち着いてくれ。闇雲に攻撃しても勝てない。相手の動きを見極めて、連携するんだ」


その声には、抑えきれない怒りと悲しみが混じっていた。


「涼音は力を溜めて、居合抜きの準備をしてくれ。フローレンシアは闘気を練り上げろ。アリシアは危険だが、敵に攻め込んで隙を作ってほしい。援護は俺とベルクールで引き受ける」


涼音が静かに頷いた。


「分かったわ」


フローレンシアも剣を構える。


「必ず、決着をつけますわ」


和人は杖を握り締めた。


「……あいつを、ここから先へは行かせない」


秘宝の力――限界を超える魔法


ゾディアックは、ゆっくりと立ち上がった。

腹部には大きな傷が残っている。

だが、その傷も少しずつ塞がり始めていた。


「見事な連携だった。だが、まだ足りん」


ゾディアックは盾を掲げた。


「我が盾は、ただ攻撃を防ぐためにあるのではない。貴様らの力を受け取り、我がものとするためにある」


盾の表面が赤黒く輝いた。


「そして、生命力もまた然り」


ゾディアックの視線が、アリシアへ向けられた。


「先ほどの一撃、見事だったぞ。礼として、その生命を頂こう」


「何を……!」


アリシアが剣を構え直した瞬間、盾が光った。

目に見えない力が、アリシアの身体を包み込む。


「きゃああっ!」


アリシアは胸を押さえ、その場に倒れ込んだ。


「アリシア!」


涼音が駆け寄ろうとするが、和人が制止した。


「待て! 不用意に近づくな!」


ゾディアックは、ゆっくりと腕を広げた。


「我、不滅なり。我、不敗なり!」


傷ついていた身体が、急速に回復していく。

腹部の穴が塞がり、鎧に走っていた亀裂も消えていった。

まるで、何事もなかったかのように。


「くそっ……! 生命力まで吸い取るのか!」


和人は歯を食いしばった。

単純な攻撃では、盾に力を吸収される。

大技を叩き込めば、今度は生命力を奪われる。

しかも、盾そのものが変形し、空間を歪める力まで持っている。

正面から戦い続ける限り、勝機はない。

和人は、ゾディアックの盾を見つめた。


「フローレンシア、涼音! あの盾を破壊できるか?」


二人は一瞬だけ視線を交わし、頷いた。


「やってみますわ」


「任せて」


涼音は居合の構えを取り、呼吸を整えた。

剣の宝石が輝きを増し、水のような闘気が刀身を包み込む。

フローレンシアもまた、長剣へ魔力を注ぎ込んだ。

和人は二人の前に杖を掲げる。


「秘宝の力を、ここで使う!」


ディストラが眩い光を放った。

アキュムレイトに蓄積されていた魔力が解放され、和人の身体を通じて二人へと流れ込んでいく。


「神聖魔法――オーバーオール!」


光が涼音とフローレンシアを包み込んだ。

身体の奥から、力が湧き上がる。

傷ついた筋肉が引き締まり、呼吸が整い、剣を握る手に力が戻ってくる。

だが、和人自身の消耗も激しかった。

秘宝の力を制御するだけで、膨大な魔力が失われていく。


「長くは持たない……。俺が時間を稼ぐ!」


和人はゾディアックへ向かって歩き出した。

その身体が、炎に包まれていく。

炎は鎧のように和人の全身を覆い、剣の一撃を弾き返した。

ゾディアックが目を細める。


「ほう。自らを炎で覆ったか」


「その盾……いつまでも好き勝手に使わせると思うなよ」


和人の声は低かった。

怒りを抑えながら、冷静に魔力を練り上げる。


「炎と風の真空で、その身を地獄の業火に焼き尽くす!」


和人の周囲で炎が渦巻き、風が刃となって交差した。


「フレイムタイフーン!」


激しい炎の竜巻がゾディアックを包み込む。

炎が鎧を焼き、風の刃が身体を切り刻む。

ゾディアックは剣を振るって脱出しようとしたが、炎が黒く変色し、鎧にまとわりついて離れなかった。

和人の手に握られた杖。

その宝石の輝きが、さらに強くなる。

デモンズスピリッツの力が解放され、和人の魔力を限界の向こう側へと押し上げていた。

だが、その代償として、身体の内側から激しい痛みが走る。


「ぐっ……!」


和人は膝をつきそうになるのをこらえた。

まだだ。

ここで倒れるわけにはいかない。


「涼音、フローレンシア! 今のうちに力を溜めろ!」


二人は返事をせず、集中を続けていた。

涼音の剣に水の力が集まり、フローレンシアの長剣には眩い光が宿る。

和人は杖をゾディアックへ向けた。


「まだ終わりじゃない。お前の腹に、もう一度穴を開けてやる!」


和人は、これまで使ったことのない魔法の術式を組み上げた。

ディストラが魔力を増幅し、アキュムレイトが蓄積した力を一気に解放する。


「最上級神聖魔法――ゴッドインディグネーション!」


杖から閃光が放たれた。

光はゾディアックの腹部へ直撃し、鎧を貫通する。

凄まじい爆発が起こり、ゾディアックの身体が後方へ吹き飛んだ。

再び、腹部に大穴が開いた。


「ぐおおおおっ!」


ゾディアックは片膝をついた。

和人もまた、魔力を使い果たしかけ、その場に膝をついた。

視界が揺れる。

息が苦しい。

神聖魔法を使った経験はほとんどない。秘宝の力を増幅させたうえに限界を超える魔法を放ったため、身体の中を流れるマナは、もはや制御できないほど乱れていた。


「和人!」


涼音が叫ぶ。


「大丈夫だ……。まだ、終わってない」


和人は杖を支えにして立ち上がった。

ゾディアックは腹部を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。

その盾が、再び赤黒く輝く。

アリシアの生命力を奪ったときと同じ光だった。


「まだ……足りぬ!」


ゾディアックが立ち上がる。


「貴様らの力など、我が糧にすぎん!」


盾が唸りを上げた。

和人は、ようやく気づいた。

あの盾は、受けた攻撃を無条件に吸収できるわけではない。

攻撃を防ぐ瞬間、形状や魔力の流れを変える必要がある。

そして、生命力を奪うときには、相手に触れる必要がある。


「……そういうことか」


和人は仲間たちへ視線を送った。


「盾を破壊するんじゃない。盾が能力を使う、その一瞬を狙うんだ!」


フローレンシアが頷く。


「分かりましたわ」


涼音は、剣を鞘へ収め直した。


「一撃で決める。そういうことね」


「そうだ。俺が隙を作る。ベルクール、目を狙って矢を放て! アリシアは無理をするな。動けるなら、敵の注意を引きつけてくれ!」


ベルクールは弓を引き絞った。


「了解しました!」


和人は残った魔力を集め、ゾディアックへ向けて炎を放った。

同時に、ベルクールの矢が飛ぶ。

ゾディアックは盾を掲げ、炎と矢を防ごうとした。

その一瞬、盾の表面に走る紋様が変化した。


「今だ!」


涼音が動いた。

水の力をまとった剣が、目にも留まらぬ速度で閃く。

居合抜きの一撃が盾を打ち、ゾディアックの腕を大きく跳ね上げた。

盾の防御が崩れた。

その隙を、フローレンシアは見逃さなかった。


「参りますわ!」


フローレンシアの長剣が光を放った。


「奥義――光玉円斬!」


剣が横薙ぎに振り抜かれる。

空気が吸い寄せられ、ゾディアックの身体がわずかに引き寄せられた。

刃は盾を持つ腕を深く切り裂いた。


「ぬうっ!」


ゾディアックが後退する。

だが、フローレンシアは止まらなかった。

身体を横に回転させ、続けざまに剣を振るう。


「光玉円斬――二式!」


真空の斬撃が連続して放たれ、ゾディアックの鎧を削り取っていく。

盾が変形し、巨大な防御形態へと変わった。

その表面には亀裂が走り、赤黒い光が激しく明滅している。


「涼音、今だ!」


和人が叫んだ。

涼音は再び居合の構えを取った。

水の力が剣へと集まり、刀身を包み込む。

彼女の呼吸が静まり、周囲の音が遠のいていく。

目の前にいるのは、圧倒的な強敵。

仲間を傷つけ、マーリンの命を奪った敵。

そのすべてを断ち切るために、涼音は力を集中させた。


「……これで、終わりにする!」


涼音が踏み込む。

ゾディアックには剣筋は見えなかった。

ただ、一瞬の光だけが走った。

ゾディアックの腹部に、深い斬撃が刻まれる。

すでに和人の魔法で開けられた傷口。その同じ場所を、涼音は正確に狙っていた。

ゾディアックの身体が揺らぐ。


「馬鹿な……!」


盾が激しく変形し、傷を塞ごうとする。

だが、フローレンシアの斬撃がそれを許さなかった。


「旋風剣――一式・風なぎ!」


横薙ぎの一撃が鎧を裂く。


「二式・避雷針!」


鋭い突きが、剣を握る腕を貫いた。


「三式・火炎龍!」


炎をまとった斬撃が、ゾディアックの身体を大きく切り裂く。

それでも、彼は倒れなかった。

剣を握る手が震えながらも、最後の抵抗を続ける。


「我は……不滅……!」


「いいえ」


フローレンシアは、まっすぐにゾディアックを見据えた。


「あなたにも、終わりはありますわ」


 彼女の長剣が、再び光を帯びた。


「奥義!光玉円斬――二式!」


強烈な斬撃が、ゾディアックの腕を剣ごと切り落とした。

盾が地面へ落ち、石床を砕く。

その瞬間、盾の表面を覆っていた赤黒い光が、不気味に脈動した。


「まだだ……!」


ゾディアックは残された腕で、フローレンシアへ剣を振るおうとした。

しかし、動きが遅れていた。

傷ついた身体は、もはや思うように動かない。

涼音は最後の力を振り絞った。

剣に水の力を集め、更に自己加速術式を使い、居合の構えを取る。

和人が叫んだ。


「涼音! 首を狙え!」


「分かってる!」


涼音の身体が、一瞬だけ消えた。

次の瞬間、剣が閃く。

見えないほどの剣筋が、ゾディアックの首を切り裂いた。

首が胴体から離れ、石床へ落ちる。

鎧の巨体は、両膝をついたまま動きを止めた。

戦場に、静寂が訪れた。

和人は荒い息を吐きながら、ゾディアックの身体を見つめた。


「……やったのか?」


だが、彼はすぐに首を横に振った。

レイジース・レコードの再生能力を思い出したのだ。


「いや……まだだ。完全に消し去らないと、何が起きるか分からない」


和人は残された力をかき集め、杖を掲げた。

ディストラとアキュムレイトが、再び激しく輝いた。

秘宝の力が共鳴し、和人の周囲に膨大な魔力が集まっていく。


「使ったことはないが……これで最後だ!」


彼は、全魔力を注ぎ込む覚悟を決めた。


「古の星々よ、終焉の光をもってすべてを焼き尽くせ――エンシェントノヴァ!」


杖から、眩い光が放たれた。

光はゾディアックの身体を包み込み、瞬く間に巨大な爆発へと変わる。

轟音が宮殿を揺るがした。

鎧が砕け、剣が溶け、残された盾も光の中へと消えていく。

やがて光が収まったとき、そこには灰となった残骸だけが残されていた。

ゾディアックの身体は、石像のように硬くなり、二度と動くことはなかった。

和人は杖を手放し、その場に倒れ込んだ。


「……はぁ……はぁ……。終わった、のか……」


フローレンシアも涼音も、限界を超えた消耗でその場に座り込んでいた。

兵士たちも、戦いを終えた安堵より、失った仲間たちへの思いに沈んでいた。

それでも、戦場にはまだ一つ、決着をつけるべき相手が残っていた。


ガルヴァーとランガスは、宮殿の奥へ逃げようとしていた。

だが、彼らの前に立ちはだかったのは、アリシアだった。

彼女の顔には、怒りと悲しみが入り混じっていた。


「逃がすわけにはいかない……待ちなさい」


二人が振り返る。

アリシアは剣を構え、ゆっくりと歩み寄った。


「国王陛下を苦しめ、民を犠牲にし、仲間たちを傷つけた……。あなたたちの野望のために、どれだけの命が失われたと思っているの?」


「ふん。敗者が何を言う」


ガルヴァーが嘲笑う。


「勝ったのは我々だ。ゾディアックを失ったとしても、まだ――」


「黙りなさい!」


アリシアの怒声が響いた。


「もう、あなたたちの言い訳は聞きたくない!」


彼女は一気に踏み込んだ。

ガルヴァーが水晶で逃げるよりも早く、アリシアの刃が閃く。

続けざまに、ランガスへと斬り込んだ。

二人は反撃を試みたが、疲労と動揺で動きが鈍っていた。

アリシアの剣が二度、光を放つ。

ガルヴァーとランガスは、声を上げる間もなく倒れた。

長い戦いに、ようやく終止符が打たれた。

アリシアは剣を下ろし、しばらく動かなかった。

その表情から、勝利の喜びは感じられない。


「……終わったのね」


彼女は小さく呟いた。

だが、和人は首を横に振った。


「いや。戦いは終わったかもしれない。でも、すべてが解決したわけじゃない」


彼は、ゾディアックが消えた場所を見つめた。


「マダスカスはどうなった? 敵が集めた魔法師たちは? それに、あの盾が持っていた力……。まだ分からないことが多すぎる」


フローレンシアは、疲れた身体を起こした。


「今は、これ以上動ける者もほとんどいませんわ。まずは負傷者の手当てを優先しましょう」


和人は頷いた。


「そうだな。今夜はここで野営する。周囲の警戒を怠るな。敵の残党が潜んでいる可能性もある」


兵士たちは負傷者を運び、宮殿の外へと撤退した。

夜が更けるまで、治療と警戒が続いた。

そして、東の空が白み始めた頃。

和人は、宮殿の瓦礫のそばに立っていた。

手には、戦いの最中に回収された秘宝の欠片が握られている。

それは、ゾディアックが持っていた盾の破片だった。

砕けたはずの盾は、完全に消滅したわけではなかった。

欠片の表面には、赤黒い紋様がわずかに残っている。


「……生命力を奪う力。空間を歪める力。そして、受けた攻撃を吸収する力か」


和人は欠片を見つめた。


「いったい、何を材料に作られたんだ……?」


答えはない。

ただ、欠片の奥で、一瞬だけ赤い光が瞬いた。

和人はそれに気づかなかった。

彼は仲間たちの待つ野営地へ戻り、帰還の準備を始めた。

こうして一行は、夜明けとともにヴァリアスへ向けて出発した。

彼らはまだ知らない。

ゾディアックの盾に残された力が、古代の秘宝と深い関わりを持っていることを。

そして、今回の戦いが、七つの秘宝をめぐるさらなる争いの始まりにすぎないことを。

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