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第20章 迫り来る魔物の軍勢――四本腕の魔人、再び

セネルへ帰還した一行は、休息を取る間もなく、今回の戦いで判明した事実をヴァリアスの国王と王女へ伝えるため、急ぎ使者を送り出した。

ゼルガディスは倒し、デュランダルの国王も救出できた。

だが、ガルヴァーとランガスは逃亡し、四本腕の魔人レイジース・レコードも姿を消した。さらに、彼らが持ち去ったマダスカスの行方も分からない。

戦いに勝利したはずなのに、誰もが胸の奥に拭いきれない不安を抱えていた。

七つの秘宝に関する古代の石碑。そして、秘宝同士が共鳴するという事実。

もし、ガルヴァーたちが秘宝の力を利用して何かを成し遂げようとしているのなら、今回の戦いは、その計画のほんの一部にすぎないのかもしれない。


そんな中、救出されたデュランダルの国王は、到着してすぐに治療院へと運ばれた。

セネルの治療院を取りまとめる医師は薬学にも精通しており、国王の容体を詳しく調べるため、あらゆる検査を開始した。

しばらくして、医師は検査結果をまとめ、待機していたアリシアたちに説明を始めた。


「国王陛下の症状について、ある程度の原因が判明しました」


「原因が分かったのですか?」


アリシアは思わず身を乗り出した。


「はい。確かに毒も使用されています。しかし、問題はそれだけではありません。陛下の精神に異常を引き起こしているのは、ブレイクダウン・ポイズンという魔法の影響だと考えられます」


「ブレイクダウン・ポイズン……。それは、解くことができる魔法なのでしょうか?」


アリシアの声には、期待と不安が入り混じっていた。


「毒については、適切な解毒処置を続ければ、ある程度の改善が見込めるでしょう。ですが、魔法による症状は別問題です」


医師は難しい顔をして、言葉を選ぶように続けた。


「この魔法は、直接脳に作用して精神機能を低下させるものです。通常の治癒魔法では、完全に回復させることは難しいでしょう。治癒に特化した高度な神聖魔法の使い手がいれば可能性はありますが、そのような人物を見つけ出すのは容易ではありません」


「では、呪いを解くための聖水は使えないのですか?」


「残念ながら、難しいでしょう。これはカース系統の呪いではありません。聖水で呪いを浄化する方法とは、根本的に仕組みが異なるのです」


「そんな……」


アリシアは唇を噛みしめた。

助け出すことはできた。だが、国王が元の姿を取り戻せる保証はどこにもない。


「今は、できる限りの治療を続けるしかありません。私も全力を尽くします」


医師はそう告げると、別の患者を診察するために部屋を出ていった。

残されたアリシアは、しばらく国王が眠る部屋の前に立ち尽くしていた。

かつて国を治めていた人物が、今では自分の置かれた状況さえ理解できない。そんな現実を、すぐに受け入れられるはずもなかった。


「お父様……。どうか、もう一度……」


小さく呟いた声は、誰に届くこともなく廊下に消えた。

それでも、立ち止まっているわけにはいかない。

アリシアは深く息を吐くと、フローレンシアたちが集まっている会議室へと向かった。

扉を開けると、そこではすでに次の作戦について話し合いが始まっていた。


「今回の作戦は、ひとまず成功と言っていいでしょう」


フローレンシアは机の上に広げられた地図を見つめながら口を開いた。


「ゼルガディスを倒し、デュランダルの国王を救出できたことは大きな成果です。しかし、レイジース・レコードを倒せなかったことは、今後の戦いを考えるうえで大きな問題になります」


彼女は一度言葉を切り、険しい表情を浮かべた。


「実際に戦った私だからこそ断言できます。戦闘能力だけを見ても、レイジース・レコードはゼルガディスを大きく上回る可能性があります。しかも、切り落とされた腕を再生するほどの能力まで持っていた。あれほどの敵を相手に、通常の戦術が通用するとは思えません」


「私たちの戦力を一か所に集めなければ、勝ち目は薄いでしょうね」


フローレンシアの言葉に、ラルクも静かに頷いた。


「それに、ガルヴァーとランガスもまだ生きている。ゼルガディスを失った今、奴らが次に何を仕掛けてくるのか、まったく予想がつかない」


「まずは情報を集めるべきだろう。敵の居場所と目的を突き止めなければ、こちらから動くことも難しい」


ラルクは腕を組み、地図に目を落とした。


「各地に情報収集を担当する者を派遣しよう。商人や旅人から情報を集める方法もある。ヴァリアスの協力を得られれば、調査できる範囲も大きく広がるはずだ」


「俺も同意見だ。ただ、単純に人を派遣するだけじゃ足りないと思う」


和人はしばらく考え込んでから、顔を上げた。


「ガルヴァーとランガス、それにレイジース・レコードが姿を消した件だ。あいつらは、どこかに拠点を構えている可能性が高い。デュランダルの城から姿を消したのも、単に逃げたわけじゃないはずだ。何か次の計画があると考えた方がいい」


「確かに……。奴らが身を隠しているだけなら、わざわざ国王を置き去りにする必要もありませんわね」


フローレンシアは和人の意見に耳を傾けながら、思案するように目を細めた。


「それと、もう一つ気になったことがある」


和人は椅子から立ち上がり、皆の顔を見回した。


「今回、レイジース・レコードから強い魔力を感じたんだ。あれほどの魔力を持つ存在が、ただの召喚された戦士だとは思えない」


「強い魔力……ですか」


フローレンシアの表情が変わった。


「まさか、マダスカスの力をさらに引き出せる存在だと考えているのですか?」


「その可能性はある。あいつは俺の魔力量を大きく超える。もし、レイジース・レコードの存在がマダスカスの力を解放するために必要なのだとしたら、話は大きく変わってくる」


和人の声が低くなる。


「最悪の場合、マダスカスによって魔界との空間がつながることも考えられる。そうなれば、今まで相手にしてきた敵とは比べものにならない存在が現れるかもしれない」


会議室に沈黙が落ちた。

誰もが、和人の言葉の意味を理解していた。

ゼルガディスやレイジース・レコードでさえ、彼らにとっては十分すぎる脅威だった。その背後に、さらに恐ろしい存在が控えているとすれば、これまでの戦いは序章にすぎないことになる。

そのとき、机の端に置かれていた古文書の写しが、和人の目に留まった。

七つの秘宝についての記録だった。


「……そういえば、あの石碑に書かれていたことも気になるな」


「古代の石碑のことですか?」


「ああ。秘宝は単に強大な力を秘めた道具じゃないのかもしれない。もし、あの石碑が示しているものが、何かを封じるための仕組みだったとしたら……」


和人はそこで口を閉ざした。

まだ確証はない。だが、ガルヴァーたちが秘宝を集めようとしている理由が、単なる戦力増強だけではない可能性もある。


「今は推測の域を出ない。けど、七つの秘宝については、もっと詳しく調べる必要があるな」


「ええ。敵が何を目的としているのか、そこに手掛かりがあるかもしれません」


フローレンシアは頷いた。

和人は地図の別の場所を指さした。


「それと、魔法の聖地のことも考える必要がある。あそこには、まだ高ランクの魔法師が残っている可能性がある。もし魔法の聖地を束ねる長のような人物がいるのなら、ガルヴァーたちが放っておくとは思えない」


「……なるほど。あなたが敵の立場なら、魔法の聖地を狙うということですね」


「そうだ。高ランクの魔法師を利用できれば、マダスカスを使うための条件を整えられるかもしれない。俺が奴らの立場なら、真っ先に確保しようと考えるね」


和人は一度、拳を握りしめた。


「魔法の聖地の防衛を急ぐべきだ。軍を編成して、すぐにでも向かわせた方がいい」


「分かりました。すぐに手配します!」


フローレンシアは立ち上がり、近くに控えていた兵士を呼び寄せた。

彼女は急ぎ書状を用意すると、それをヴァリアスへ届けるよう命じた。

しかし、その時点ですでに、敵は彼らの予想を上回る速さで動いていた。


そのころ、ヴァリアスでは、オルスターの指揮によって軍の編成が進められていた。

ヴァリアスの国王も、セネルからの連絡を待つだけでは危険だと判断し、独自に防衛体制を整えていたのである。

フローレンシアからの書状を受け取った国王は、内容を読み終えると、すぐさま兵士たちに指示を出した。


「セネルへ兵を派遣する。向こうの指揮に従い、必要な場所へ配置できるよう準備せよ!」


国王の命令によって、ヴァリアスの軍は迅速に動き始めた。

さらに、国王はフローレンシアへ返書を送り、セネルに対して可能な限りの援軍を派遣することを約束した。

こうしてセネルの戦力は大幅に強化され、その一部が魔法の聖地へと向かうことになった。

だが――。

彼らが到着したとき、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

魔法の聖地は、すでに襲撃を受けていたのである。

建物は破壊され、地面には血痕が広がっていた。血なまぐさい臭いが辺りに漂い、そこかしこに倒れた住人たちの姿がある。

女子供を含む多くの住人が命を奪われ、高ランクの魔法師たちは縄で拘束され、どこかへ連れ去られていた。


「こ、これは……!」


先頭に立っていた兵士が、あまりの惨状に言葉を失った。

ある者は、その異様な光景に耐えきれず、食べたものを吐いた。


「生存者を探せ! まだ助かる者がいるかもしれない!」


指揮官の声が響き渡り、兵士たちは散開して生存者の捜索を始めた。

やがて、かろうじて生き延びた住人が発見された。

その人物は震える手で兵士の服をつかみ、かすれた声で告げた。


「黒い服の男たちが……。高ランクの魔法師と、聖地を束ねる長を……連れていったんだ……」


「どこへ連れていったのか、分かりますか?」


兵士が尋ねると、住人は力なく首を横に振った。


「分からない……。気づいたときには、もう……」


それ以上、詳しい情報を得ることはできなかった。

敵は必要な人物だけを選び、手際よく連れ去っていた。まるで、最初から誰を狙うのか決めていたかのようだった。

和人たちが予想したとおり、ガルヴァーとランガスはレイジース・レコードを伴い、すでに魔法の聖地へ侵入していたのだ。

そして、彼らが去った後に残されたのは、取り返しのつかない惨劇だけだった。

兵士の一人は、破壊された建物の残骸に目を向けた。


「いったい、何のためにこんなことを……」


その問いに答えられる者はいなかった。

ただ一つ明らかなのは、敵が無差別に暴れたわけではないということだった。彼らは高ランクの魔法師と、聖地を束ねる長を狙い、確実に連れ去っている。

その行動には、明確な目的があった。

そして、その目的が達成されるまで、敵は立ち止まるつもりなどなかった。

フローレンシアは、魔法の聖地への派遣と並行して、デュランダルにも兵士を送っていた。

だが、そこで待っていたのも、予想外の光景だった。

城の中は不気味なほど静まり返り、兵士の姿がほとんど見当たらなかったのである。


「城内に人影がありません! 確認できる範囲では、兵士たちも姿を消しています!」


報告を受けたフローレンシアは、思わず眉をひそめた。


「……やはり、城も捨てたということですか」


幸い、城下町の住人には大きな被害が出ていなかった。

貴族たちが中心となって城下町の防衛体制を整えていたことが、結果的に住人たちを守ることにつながったのだろう。

しかし、安堵できる状況ではなかった。

敵は城を空にし、魔法の聖地を襲撃し、必要な人物を連れ去った。

その一連の行動には、明確な意図があるはずだった。


「くそっ……! 一歩遅かったか!」


和人は報告を聞き、悔しそうに拳を握った。


「まさか、ここまで早く動くとは……。偶然とは思えない。俺たちが魔法の聖地を警戒すると読んでいたのか?」


「それは分かりません。しかし、少なくとも敵は、こちらが動くよりも早く次の手を打っていたようですね」


フローレンシアも険しい顔で答えた。


「デュランダルの城はもぬけの殻。魔法の聖地の高ランク魔法師と長も連れ去られた。これでは、敵の目的を探る手掛かりが少なすぎます」


「いや……手掛かりがまったくないわけじゃない」


和人は地図を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「錬金術師が作り出した秘宝だ」


「秘宝……ですか?」


「ああ。あの秘宝同士は共鳴する。近くに別の秘宝があれば、何らかの反応が現れる可能性が高い。理屈のうえでは、マダスカスを持つ敵の拠点を探す手掛かりになるはずだ。だが、同時にこちら側の接近にも気づくだろうな」


和人はそこで言葉を切り、ため息をついた。


「ただし、問題がある。敵の居場所が分からない以上、広大な大地を一つずつ調べなければならない。秘宝の反応を頼りに探す方法では、時間がかかりすぎる」


「精霊術で探すことはできないのでしょうか?」


フローレンシアが尋ねた。


「俺が元の世界で読んでいた本には、精霊術を使って式を放ち、対象の居場所を探す方法があった。だけど、あれは物語の中の話だからな……。実際にできるかどうかは分からない」


和人がそう言うと、クレアがおずおずと手を挙げた。


「あの……和人さん。それでしたら、古式魔法の一つである式神を使えば、ある程度の範囲を探ることはできますよ」


「本当か?」


「はい。ただし、どこにでもいる対象を無条件に見つけられるわけではありません。探せる範囲にも限りがありますし、敵が強力な結界を張っていれば、式神が近づけない可能性もあります」


クレアは少し申し訳なさそうに続けた。


「移動しながら式神を放ち、それらしい場所を一つずつ調べていくしかないと思います。確実な方法ではありませんが、何もしないよりは可能性があるはずです」


「そうか……。手掛かりが少ない以上、試す価値はあるな」


和人は頷いた。

しかし、すぐに別の考えが頭をよぎった。

敵の居場所を見つけるのに時間がかかるのなら、敵が次に狙う場所を予測すればいいのではないか。

和人は地図の前に立ち、ヴァリアスを指さした。


「いや、待てよ……。敵の居場所を探すことにこだわる必要はないかもしれない」


「どういう意味ですか?」


「次に攻められる場所を予測するんだ。今回の行動から考えれば、敵が狙っているのは、マダスカスの力をさらに引き出すための条件を整えることだと思う。もしかしたら、ヴァリアスに秘宝があることも把握している可能性がある」


和人は地図の上に置かれた資料を手に取った。


「以前、古代の錬金術師が残した文献を調べただろう。そこには、それぞれの秘宝が持つ能力について記されていた」


「ええ。ヴァリアスの秘宝ディストラは、魔力を増大させる能力を持つとされていましたね」


フローレンシアが答える。


「そうだ。一方、敵が持つマダスカスには、一国を滅ぼしかねないほどの力があるとされている。強大な魔物を召喚する能力も、その一つだ」


和人は二つの秘宝の名を、頭の中で並べた。


「そして、秘宝を使うには高ランクの魔法師が必要になる。魔法の聖地を襲ったのは、そのためかもしれない。高ランクの魔法師と長を確保し、ディストラまで手に入れれば……マダスカスの力を、さらに増幅させられる可能性がある」


その場にいた全員の顔が強張った。


「つまり、次に狙われるのは……ヴァリアスということですか?」


「その可能性が高い。ディストラを奪われれば、敵の力は今までとは比べものにならなくなる。そうなる前に、ヴァリアスを守らなければならない。だがディストラは俺の手にあることは敵は知らないはずだ」


和人の言葉を聞いたフローレンシアは、すぐに行動を起こした。


「私が先にヴァリアスへ向かいます!」


彼女は馬に飛び乗り、手綱を握った。


「魔法の聖地の惨状を見る限り、すでに手遅れかもしれません。それでも、国王陛下に状況を伝え、これから起こり得る事態に備えていただく必要があります。もし、すでに敵が攻め込んでいたとしても、私ができる限り対処します」


馬を走らせようとした、そのときだった。


「待て、フローレンシア!」


和人が彼女の手をつかんだ。


「お前はセネルの要だ。ここで無理をして倒れられたら困る。それに、敵が本当にヴァリアスを狙っているなら、レイジース・レコードが現れる可能性もある。それにお前のあの大技に加えて奥義は体にかなりの負担をかけるんじゃないのか?」


「それは承知しています。しかし、時間がありません!」


「だからこそ、もう一つ策を用意するんだ。シンシアを連れていってくれ」


「シンシアを?」


「ああ。彼女の得意分野は闇属性の魔法と幻術だ。もしも敵がすでに攻め込んでいたとしても、相手を撹乱して時間を稼げるかもしれない」


和人は一度言葉を切り、さらに説明した。


「もし、まだ攻め込まれていなかった場合でも、シンシアの幻術を使えば、城や城下町に幻影を作り出して敵を惑わせられる可能性がある。大規模な術になるから、簡単ではないだろう。それでも、敵の進軍を遅らせることはできるかもしれない」


「……分かりました。シンシアと合流し、急いでヴァリアスへ向かいます」


フローレンシアは力強く頷くと、馬の向きを変えた。

彼女は一度セネルへ戻り、シンシアに事情を説明すると、すぐさま二人でヴァリアスへ向かった。


ヴァリアスに到着したフローレンシアは、門番に国王との謁見を申し出た。

ほどなくして、二人は謁見の間へと通された。

そこには、国王と女王が待っていた。


「フローレンシア殿。急な訪問だが、ただ事ではないようだな」


「はい。至急、お伝えしなければならないことがあります」


フローレンシアは、デュランダルの国王が救出されたこと、ガルヴァーとランガスが逃亡したこと、そして魔法の聖地が襲撃されたことを、順を追って説明した。

特に、マダスカスとディストラの関係については、慎重に言葉を選びながら伝えた。

話を聞き終えた国王は、しばらく黙り込んでいた。


「……ディストラを狙っている可能性がある、ということか……和人に預けてある情報は漏れていないのだとしたら……」


「断定はできません。しかし、敵が高ランクの魔法師を集めていることを考えると、警戒する必要があります」


「分かった。まずは城下町の住人を避難させよう。戦闘になってからでは遅い」


国王はすぐさま決断した。


「女王、兵士たちに指示を。住人を安全な場所へ移動させる。オルスターにも連絡し、防衛部隊の配置を急がせてくれ」


「ええ。すぐに手配します」


女王も迷うことなく頷いた。

国王の判断を聞いたフローレンシアは、セネルにいる貴族のペールへ書状を送ることを提案した。

ペールは商人たちとのつながりが深く、建築や物流にも精通している。彼の協力があれば、大勢の住人を受け入れる場所を短時間で確保できるはずだった。

国王は自ら書状をしたため、急使をセネルへ向かわせた。

書状を受け取ったペールは、すぐに商人を通じて建築家たちを集めた。


「時間がない。最低限の生活ができる場所を、城から離れた場所に急いで建設してくれ。食料や水の確保も忘れるな。住人を移すだけでは意味がないからな!」


ペールの指示によって、仮住まいの建設が急ピッチで進められた。

しかし、すべての住人が避難に納得したわけではなかった。


「なぜ、今まで暮らしてきた家を離れなければならないんだ!」


「敵が来るという証拠はあるのか?」


「避難先で本当に生活できるのか?」


不満を口にする住人も多かった。


それでも国王の命令であり、兵士たちも危険を説明して回ったため、住人たちは渋々ながら移動を始めた。

夜が更けるころには、城下町の大半の住人が避難を終えていた。

フローレンシアは城壁の上から、灯りが一つずつ消えていく街を見つめていた。


「これで、少しでも犠牲を減らせればいいのですが……」


隣に立つシンシアが、静かに頷く。


「きっと間に合います。みんな、懸命に動いていますから」


その言葉に、フローレンシアは小さく微笑んだ。

だが、彼女の胸の内から不安が消えることはなかった。

敵は魔法の聖地を襲い、高ランクの魔法師たちを連れ去った。マダスカスを持つガルヴァーたちが、次に何を仕掛けてくるのかは分からない。

それでも、今できることをするしかなかった。

そして――。

まるで彼らの行動を見計らっていたかのように、夜半過ぎ、ヴァリアスの城壁から遠く離れた場所に異変が起きた。


「……報告します! 前方に大規模な集団を確認!」


見張りの兵士が叫んだ。


「人間か?」


「いえ、違います! あれは……まっ……魔物の軍勢です!」


闇の向こうから、無数の影が押し寄せてくる。

地面を踏み鳴らす音が重なり、低い唸り声が夜の静寂を破った。数え切れないほどの魔物が、ヴァリアスへ向かって進軍していたのである。


「なんという数だ……!」


兵士たちの顔から血の気が引いた。

魔物の種類はさまざまだった。巨大な牙を持つ獣型の魔物、甲殻に覆われた四足獣、武器のような角を生やした異形の怪物。その群れは、まるで夜そのものが形を持って迫ってくるかのようだった。

だが、敵の姿が確認できる距離まで近づいたとき、フローレンシアは別のことを考えていた。

この軍勢だけなら、ヴァリアスの軍で対処できるかもしれない。


しかし、問題はそこではない。

魔物たちの背後に、あの四本腕の剣士がいるかどうか――。

フローレンシアは目を凝らし、闇の中を探った。


「シンシア、お願い。部隊が体勢を整えるまで、幻術で敵を撹乱してちょうだい。大規模な術になると思うけれど、何とか時間を稼いで!」


「分かりました! 任せてください!」


シンシアは迷うことなく前へ出た。

しかし、彼女はすぐにフローレンシアへ向き直った。


「フローレンシアさん。ここは幻影魔法よりも、幻術の方が適していると思います」


「幻術?」


「はい。フィアーという術を使います。相手の精神に恐怖を与え、目の前にいる敵を実際以上に恐ろしい存在だと錯覚させるんです。大勢を相手にするため、魔力の消耗は激しくなりますが……時間は稼げるはずです」


「無理はしないで。あなたまで倒れてしまったら、こちらの作戦が崩れてしまうわ」


「大丈夫です。できる限り持ちこたえてみせます!」


シンシアは両手を前に掲げ、詠唱を始めた。

次の瞬間、彼女の周囲から闇色の魔力が広がり、夜の空気を静かに侵食していった。


「――フィアー!」


魔力が波のように敵軍へと押し寄せる。

すると、先頭を進んでいた魔物たちが突然足を止めた。

ある魔物は頭を抱え、ある魔物は何かから逃げるように後ずさる。中には、目の前にいる仲間を敵と錯覚し、手当たり次第に武器を振るうものまで現れた。


「すげぇ……効いている……!」


兵士の一人が驚きの声を上げた。

フィアーの効果は確かに現れていた。

しかし、術を維持するシンシアの額には、すでに汗が浮かんでいる。

これほど広範囲に幻術をかけ続けるのは、並大抵のことではない。

シンシアは敵軍の様子を見ながら、歯を食いしばった。


「まだ……! もう少しだけ、時間を稼がないと……!」


フローレンシアは、その間も周囲を警戒し続けていた。

彼女が最も恐れていたのは、魔物の数ではない。

あの男の存在だ。

もし、レイジース・レコードがこの軍勢とともに現れたなら、戦況は一気に悪化する。

だからこそ、彼が現れた瞬間に備え、仲間たちには空へ魔法を放ち、狼煙代わりの合図を送るよう指示していた。

そのときだった。

魔物たちの後方、闇が最も濃い場所に、一つの影が現れた。

ほかの魔物とは明らかに違う。

その影はゆっくりと歩みながら、周囲の空気を押し潰すような威圧感を放っていた。

四本の腕。

それぞれの手に握られた剣。

そして、闇の中でもはっきりと分かる、異様な存在感がまっすぐに向かってくる。


「いたわ……レイジース・レコード!」


フローレンシアの表情が強張った。

再び現れた。

かつて自分たちを追い詰めた、あの四本腕の剣士が。

胸の奥から、冷たい恐怖が這い上がってくる。

それでも、彼女は剣の柄を強く握りしめた。


「皆、聞いて!」


フローレンシアは仲間たちに向かって叫んだ。


「敵の中にレイジース・レコードがいる! 合図の魔法を空へ放って、増援に知らせてちょうだい! それまでの間、私があいつを引きつける!」


「一人で相手をするつもりですか!?」


兵士の一人が声を上げた。


「他に方法がないわ。あいつを自由に動かせば、こちらの部隊が崩壊しかねない。私が食い止める!」


フローレンシアは急ぎ城下町の外へ出ていき、長剣を抜いた。

フローレンシアは長剣を構え、混乱している魔物をよそにレイジース・レコードへと向き直った。

彼女の剣身に魔力が集まり、淡い光を放ち始める。


「増援が来るまで、何とか耐えなければなりませんね……。正直、一人でどこまで持ちこたえられるか分かりませんが」


そう呟いた直後、彼女は自己加速術式を発動させた。

地面を蹴り、一気に間合いを詰める。


「はああっ!」


横一線に振り抜かれた剣が、レイジース・レコードの腹部を捉えた。

鮮血が散る。

だが、斬撃が深く食い込む直前、レイジース・レコードは後方へと身を引いていた。致命傷には至っていない。

フローレンシアは、すぐさま次の動きへ移った。

レイジース・レコードが反撃のために腕を大きく振りかぶる。そのわずかな隙を見逃さず、彼女は体勢を変えて剣を走らせた。


「旋風剣、一式――風なぎ!」


鋭い斬撃が、レイジース・レコードの左腕を切り裂いた。

その瞬間、彼の動きが不自然に乱れた。

まるで、そこにいるはずのフローレンシアを見失ったかのように、別の方向へ剣を振るっている。


「フローレンシアさん!」


後方からシンシアの声が響いた。


「レイジース・レコードにフィアーを集中させました! 今、彼は恐怖によって幻を見ているはずです! 効果が続いているうちに攻めてください!」


シンシアは、魔物の軍勢全体にかけていたフィアーの力を弱め、その大部分をレイジース・レコード一人に集中させていた。

その代償は大きかった。

魔物たちを抑えていた恐怖が薄れ、彼らは再び群れをなしてヴァリアスの軍勢へと襲いかかってきたのだ。


「敵が来るぞ! 各部隊、陣形を維持しろ!」


兵士たちの怒号が飛び交う。

だが、シンシアが時間を稼いだおかげで、第一部隊と第二部隊の魔法詠唱はすでに完了していた。


「第一部隊の皆さん! 一斉に魔法を放ってください!」


シンシアの合図とともに、無数の魔法が夜空を駆けた。

炎が、氷が、風が、稲妻が、それぞれの軌跡を描きながら魔物の群れへと直撃していく。

爆発音が連続し、先頭の魔物たちが次々と倒れた。

しかし、後続の勢いは止まらない。


「第二部隊、攻撃開始! 第一部隊は後退して、次の詠唱に入ってください!」


シンシアは息を切らしながらも、次々と指示を飛ばした。

第一部隊が後退し、第二部隊が魔法を放つ。その間に、第一部隊は再び詠唱を始める。

攻撃を途切れさせないための、連続攻撃の陣形だった。

それでも、敵の数は多い。

魔物たちは仲間の死骸を踏み越え、ヴァリアスの兵士たちへと迫っていた。


一方、フローレンシアとレイジース・レコードの戦いも、激しさを増していた。

フィアーによる幻惑が解け始めると、レイジース・レコードの剣は正確さを取り戻していく。

四本の腕から繰り出される斬撃は、まるで逃げ道を塞ぐ網のようだった。

フローレンシアは剣で受け、身をひねり、わずかな隙間を縫うようにして攻撃をかわす。

だが、四本の剣すべてを見切ることはできない。

剣風が腕をかすめ、鎧にぶつかり、太ももを浅く切り裂いた。


「くっ……!」


フローレンシアは歯を食いしばりながら後退した。

彼女は自己加速術式を維持し、剣にも魔力を込め続けていた。その消耗は激しく、呼吸は次第に荒くなっていく。

そして、わずかに足元のバランスを崩した瞬間だった。

レイジース・レコードの剣が、彼女の顔面を狙って一直線に突き出された。


「しまっ――!」


フローレンシアは反射的に顔を横へ向けた。

剣先が頬をかすめ、髪を数本切り飛ばす。

間一髪で攻撃を避けた彼女は、その勢いを利用して横へ回転し、剣の柄をレイジース・レコードの後頭部へ叩きつけた。

彼の上体がわずかに前へ傾く。

フローレンシアは、その隙を逃さなかった。


「そこです!」


背後へ回り込み、剣を突き立てる。

刃が背中へ食い込み、彼女はそのまま力いっぱい横へ斬り払った。

レイジース・レコードの口から、低い呻き声が漏れる。

だが――。

次の瞬間、彼の全身から黒い闘気が噴き出した。

切り裂かれた傷口が、目に見える速さで塞がっていく。


「なっ……!」


フローレンシアは息を呑んだ。

再生能力は、単に失った腕を取り戻すだけではない。

傷つけたはずの身体さえ、瞬く間に元へ戻してしまうのだ。

黒い闘気をまとったレイジース・レコードは、さらに速度を上げた。

四本の腕から繰り出される連撃が、フローレンシアを容赦なく襲う。

彼女は必死に剣を振るい、斬撃を受け流そうとする。しかし、攻撃のすべてを防ぐことはできなかった。

腕に、鎧に、太ももに、次々と剣がかすめる。

衣服は血に染まり、足元がふらつき始めた。


「はあっ……はあっ……!」


自己加速術式を使い続け、剣にも魔力を込めているため、体力も魔力も限界に近づいていた。

やがて、ひときわ重い一撃が剣を打ち据えた。


「ぐっ……! なんていう力なの!」


フローレンシアの身体が数メートル後方へ吹き飛ばされた。

地面を転がり、彼女は片膝をつく。

立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

目の前では、レイジース・レコードが切り落とされた腕を拾い上げていた。

そして、それを自分の身体へと押し当てる。

傷口が黒く光り、腕が再び接合していく。

四本の腕を取り戻したレイジース・レコードは、ゆっくりとフローレンシアへ向き直った。

彼女は剣を支えに立ち上がろうとした。

しかし、身体は思うように動かない。

――ここまでなのか。

そんな考えが脳裏をよぎった、その瞬間。


「フローレンシアさんから離れなさい!」


二つの影が、彼女の前へと飛び込んだ。

涼音とソフィーだった。


「待たせてごめんね、フローレンシアさん!」


涼音は剣を構え、レイジース・レコードを睨みつけた。


「涼音……! どうしてここに?」


「森の試練は中断になったの。ヴァリアスに魔物の軍勢が向かっているって聞いて、急いで戻ってきたのよ!」


涼音は一瞬だけフローレンシアを振り返った。


「詳しい話は後! 今は、こいつを止めることが先決ね!」


彼女はすぐにレイジース・レコードへと向き直った。


「ソフィー、まずは仕掛けて時間を稼いで! 私は一撃を放つための力を溜めるわ!」


「了解!」


ソフィーは二本のレイピアを抜き放ち、レイジース・レコードへと突進した。

その瞬間、後方から光り輝く三本の矢が飛来した。

矢は正確にレイジース・レコードの背中へ突き刺さる。

ベルクールの援護だった。


「今だ!」


和人の声が響く。

魔力を付与された二本のレイピアが、ソフィーの手の中で淡い光を放った。


「はああっ!」


ソフィーは左右の剣を交互に繰り出し、休む間もなく連撃を浴びせる。

レイジース・レコードは二本の腕でレイピアを防ぎながら、残る二本で反撃してきた。

ソフィーは身をひねって斬撃をかわし、隙を見つけては攻撃を繰り返す。

しかし、相手の剣速は凄まじい。

何度か攻撃を受け、ソフィーの身体も後方へ押し戻されていく。


「くっ……! さすがに、簡単にはいかないわね!」


それでも、ソフィーは退かなかった。

彼女が時間を稼いでいる間、涼音は静かに呼吸を整えていた。

剣を低く構え、全身に闘気を集める。

必要なのは、ただ一度の好機。

レイジース・レコードの動きを止め、確実に一撃を叩き込むための隙だった。


「ソフィー! 準備ができたわ!」


涼音が叫んだ。


「レイピアで閃光を放って! 目くらましをしたら、すぐに後退してちょうだい!」


「分かった!」


ソフィーは二本のレイピアを十字に重ね合わせた。


「――閃光!」


激しい光が周囲を照らした。

レイジース・レコードが一瞬だけ動きを止める。

そのわずかな隙を、涼音は逃さなかった。

彼女の姿が、消えたかのように見えた。

地面を蹴り、一瞬で間合いを詰める。

次の瞬間、涼音の剣が鞘から抜き放たれた。


「――居合抜き!」


狙いは、レイジース・レコードの太もも。

鋭い一閃が走り、片足が切り落とされた。

レイジース・レコードはバランスを崩し、動きを止めた。

そして、切り落とされた足を手に取ると、四本の腕のうちの一つでそれを握りしめた。

その眼光が、涼音たちを射抜く。

怒りとも、殺意ともつかない異様な気配が、周囲に広がった。


「……まだ動くつもりなの?」


涼音は剣を構え直した。

足を失っても、レイジース・レコードの脅威は消えていない。

むしろ、ここから何を仕掛けてくるのか分からないことが、彼女たちの不安をかき立てていた。


「敵に隙を与えるな!」


和人が叫んだ。


「できる限り魔法を撃ち込んで、動きを鈍らせるんだ! 再生する時間を与えるな!」


彼は魔物の軍勢へ向き直り、両手に魔力を集め始めた。

これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかない。

ヴァリアスの兵士たちは必死に戦っているが、敵の数は依然として多い。レイジース・レコードが再び動き出せば、前線が崩れる危険もあった。

和人は深く息を吸い込み、膨大な魔力を一点へと集中させた。


「これで終わりにしてやる……!」


彼の周囲に熱気が渦巻き、空気が揺らぎ始める。


「食らいやがれ! 炎系最強の範囲魔法――カグヅチ!」


詠唱が終わった瞬間、魔物の軍勢の中央で大爆発が起きた。

轟音とともに炎が噴き上がり、地面を走るようにして広がっていく。

灼熱の奔流は、次々と魔物たちを飲み込んだ。

逃げようとする者も、仲間を押しのけて進もうとする者も、炎の中に消えていく。

夜空は赤く染まり、辺り一帯が熱気に包まれた。

やがて炎が収まったとき、魔物の軍勢は大きくその数を減らしていた。


「やったのか……?」


兵士の一人が呟いた。

しかし、和人は警戒を解かなかった。


「まだだ! レイジース・レコードはどうなった!?」


その声に反応するかのように、黒い影が動いた。

切り落とされた足は、すでに再生を終えていた。

レイジース・レコードは涼音たちを睨みつけると、黒い闘気をまとい、ゆっくりと後退した。


「逃がすな!」


兵士が叫んだが、その声が届くよりも早く、レイジース・レコードの足元に黒い空間が広がった。

次の瞬間、彼の姿は闇の中へと消えた。


「くそっ……また逃げられたか!」


和人は悔しそうに歯を食いしばった。

魔物の軍勢は壊滅的な打撃を受け、ヴァリアスの防衛線も何とか持ちこたえた。

だが、彼らが最も警戒していた敵を倒すことはできなかった。

そして、レイジース・レコードが最後に見せたあの余裕のある態度が、和人の脳裏から離れなかった。

まるで、今回の戦いなど大した意味もないと言わんばかりだった。

――あいつらは、本当に何を狙っている?

和人は、黒い空間が消えた場所を見つめた。

倒した魔物の数は多い。こちらにも負傷者が出た。

それでも、敵は撤退しただけで、計画そのものが崩れたわけではない。

むしろ、今回の襲撃によって、敵が何かを確かめようとしていた可能性さえある。

その考えが、和人の胸に重くのしかかった。


戦いが終わり、負傷者の救護が始まった。

フローレンシアは治療を受けながら、レイジース・レコードが消えた場所を見つめていた。

あと少しだった。

涼音とソフィーの援護がなければ、自分は確実に倒されていただろう。

そして、和人の魔法がなければ、魔物の軍勢を押し返すことも難しかったはずだ。


「皆さんのおかげで、何とか持ちこたえられました。ありがとう」


フローレンシアは、集まった仲間たちに頭を下げた。


「気にしないで。私たちだって、あなたが時間を稼いでくれたから間に合ったんだから」


涼音が答えた。

ソフィーも頷いた。


「それにしても、あの四本腕……。足を切り落としても再生するなんて、普通の相手じゃないわね」


「本当に厄介な敵だ。不死身なのか、あいつは……。ゼルガディスを倒したからといって、状況が好転したとは言い切れないな」


和人は、炎が焼き尽くした戦場を見つめながら言った。


「むしろ、今回の襲撃は本格的な戦争の始まりですらない可能性がある」


「どういうことですか?」


フローレンシアが尋ねた。


「敵は大規模な軍勢を送り込んできた。だが、レイジース・レコードがいたにもかかわらず、ディストラを奪うために城へ突入する様子はなかった。あの軍勢の目的は、こちらの戦力を削ることだったのかもしれない」


和人は一度、周囲を見回した。


「俺たちがヴァリアスに戦力を集めれば、セネルや別の場所が手薄になる。敵はそこを狙うこともできるはずだ。こちらが一つの戦場に集中している間に、別の場所で計画を進めている可能性もある」


「……敵の本当の目的は、まだ見えていないということですね」


フローレンシアは静かに答えた。


「ああ。だからこそ、今度はこちらから動く必要がある。敵のアジトを突き止め、ガルヴァーとランガスの計画を止めなければならない」


和人は拳を握った。


「そのためには、まずヴァリアスの国王に今回の結果を報告し、今後の方針を決める必要がある。セネルの貴族たちにも集まってもらおう。これ以上、後手に回るわけにはいかない」


フローレンシアは頷いた。


「分かりました。一度セネルへ戻り、貴族たちを集めましょう。その後、全員でヴァリアスへ向かい、国王陛下を交えて会議を開くことにします」


涼音は剣を鞘に収めながら、和人へ視線を向けた。


「和人。さっきの話だけど……魔法の聖地から連れ去られた人たちも、敵の計画に必要なんだよね?」


「ああ。高ランクの魔法師と、聖地を束ねる長。わざわざ選んで連れ去った以上、何かに利用するつもりだろう」


「だったら、急がないと。もし、その人たちが秘宝を使うために必要だとしたら……」


涼音は言葉を切った。

その先を口にするのが、恐ろしかったのだ。


「そうだな。時間をかければかけるほど、助け出せる可能性が低くなるかもしれない」


和人は静かに答えた。


「必ず見つけ出す。そして、ガルヴァーたちの計画を止める」


その声には、強い決意が込められていた。

こうして一行は、負傷者の治療と防衛の引き継ぎを済ませた後、セネルへと帰還することになった。

戦いには勝った。

しかし、敵の首謀者は生き残り、マダスカスも奪われたままだ。

さらに、魔法の聖地から連れ去られた高ランクの魔法師と、その長の行方も分かっていない。

彼らが何のために必要とされているのか。

そして、ガルヴァーとランガスが次に狙うものは何なのか。

答えは、まだ闇の中にあった。

だが、一つだけ確かなことがある。

次に敵が動いたとき、今までと同じ戦い方では、誰一人として守りきれないかもしれない。

セネルへ向かう道中、和人は夜空を見上げた。

雲の切れ間に、かすかな星明かりが見える。

その光を見つめながら、和人は心の中で誓った。


「待っていろよ、ガルヴァー……ランガス。次は、こっちからお前たちを追い詰めてやる」


しかし、その決意が敵に届くことはなかった。

遠く離れた地下の一室では、黒い炎が静かに揺れていた。

その炎の前に立つガルヴァーとランガスの足元には、魔法の聖地から連れ去られた者たちが横たえられている。

高ランクの魔法師たちは、魔力を封じる拘束具によって身動きを封じられていた。その奥には、聖地を束ねる長の姿もある。


「予定より早く、ディストラを持つ連中が動き始めたようだな」


ガルヴァーが低く呟いた。


「構わん。むしろ、こちらの狙いどおりだ。あの連中がヴァリアスを守るために戦力を集めれば、別の場所を攻める隙が生まれる」


ランガスは不敵な笑みを浮かべた。


「それに、レイジース・レコードもまだ使える。今回の敗北など、あいつにとっては些細なことだろう」


「だが、油断はできん。和人という男……あれは、我々の想定以上に厄介だ」


ガルヴァーは、机の上に置かれた古代の書物を開いた。

そこには、七つの秘宝に関する記録が記されている。


「秘宝がそろえば、すべてが動き出す。ディストラも、マダスカスも、そして残る秘宝もな……」


彼はページの一つを指でなぞった。

そこに描かれていたのは、七つの宝石を取り囲む奇妙な紋様だった。

中央には、古代文字で一つの言葉が刻まれている。

――封印。


「これが本当に封印を意味するのなら……」


ランガスの表情から笑みが消えた。


「まさか、七つの秘宝は何かを封じるために作られたというのか?」


「あるいは、封じられたものを解き放つためかもしれんな」


ガルヴァーは本を閉じた。


「いずれにせよ、今さら引き返すつもりはない。必要なものは、すべて手に入れる」


その言葉に呼応するかのように、部屋の奥に置かれた石碑が、かすかな光を放った。

七つの紋様のうち、一つが黒く輝いている。

それは、遠く離れた場所にある秘宝と、何らかのつながりを持っているかのようだった。

ガルヴァーは石碑を見つめ、口元を歪めた。


「さあ、始めようか。世界を変えるための準備をな」


その背後で、レイジース・レコードが四本の剣を静かに構えた。


「次は、もっと楽しませてくれ」


低い声が、地下室に響く。

セネル、ヴァリアス、そしてデュランダル。

三つの国を巻き込んだ戦いは、まだ始まったばかりだった。

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