第19章 王城決戦――大剣の魔人を討て!
迫り来る決戦
その日、夕暮れのセネルを、血のように赤い夕日が染め上げていた。
ヴァリアスとの共同戦線が成立してから、セネルでは着々と防衛体制が整えられていた。商人ペールの協力で集められた建築家たちは城壁を補強し、街道には防衛用の罠が設置されている。ローレンスは法と政治の両面から街を統制し、ミッチェルは自警団を再編して治安の維持に努めていた。
誰もが、自分にできることをしていた。
しかし、フローレンシアの表情に安堵はない。
彼女の脳裏に浮かぶのは、聖なる森へ向かった仲間たちの姿だった。
涼音、アリシア、マーリン、ソフィー、クローム、エリー、ケルビー、ベルクール……。
あの森には、強者でさえ己の限界を思い知らされるという伝承がある。彼女たちが無事に修行を続けていることを願う一方で、フローレンシアには、どうしても拭いきれない不安があった。
――敵もまた、こちらが強くなるのを待ってはくれない。
「みんな……無事でいてくださいね」
小さく呟いた彼女のもとへ、伝令の兵士が駆け寄ってきた。
「フローレンシア様。デュランダル王城の内部について、新たな情報が入りました」
「話してください」
「ガルヴァーとランガスは、国王陛下を王族の居住区に隔離しているようです。城内の兵士も、二人の命令に従っているとのことです」
フローレンシアは目を細めた。
「国王を表に出せない理由があるのでしょうね」
「はい。さらに、王城の地下で何らかの儀式が行われているという情報もあります。ただし、詳細は分かっておりません」
「儀式……」
彼女の脳裏に、七賢人の秘宝と、四本の炎剣を操る魔人の姿が浮かぶ。
レイジース・レコード。
そして、魔法をものともせず大剣を振るうゼルガディス。
敵は単なる反乱勢力ではない。七つの秘宝を巡る、もっと大きな計画が動いている可能性があった。
「分かりました。引き続き調査をお願いします」
兵士が去ると、フローレンシアは窓の外を見つめた。
「……これ以上、時間を与えるわけにはいきませんわね」
彼女は、王城奪還のための作戦を決断した。
今回の目的は、ガルヴァーとランガスを討つことだけではない。
毒に侵されたデュランダル国王を救出し、敵が秘宝を利用する計画を阻止すること。
それが、これから始まる戦いの本当の目的だった。
出撃前、作戦室には七人が集められていた。
指揮を執るフローレンシア。デュランダルの地理と王城の構造に詳しいアリシア。剣技に優れた涼音。精霊魔法を得意とするクレア。弓の名手ベルクール。そして、水と雷の力を操る二刀流のラルク。
最後の一人は、杖を手にした和人だった。
和人は机の上に広げられた王城の地図を見つめている。
「今回の目的は、国王陛下の救出です」
フローレンシアが全員を見渡した。
「ガルヴァーとランガスの身柄を確保できれば理想ですが、二人の背後にはレイジース・レコードとゼルガディスがいます。敵の能力を考えれば、正面から戦い続けるのは危険です」
ラルクが二本の剣に手をかけた。
「つまり、敵を全員倒してから国王を助ける、という作戦じゃないわけだな」
「ええ。国王を救出し、脱出経路を確保する。それを最優先にします」
「でも、敵が逃げたらどうする?」
クレアの問いに、フローレンシアは即答した。
「追いません」
「……追わないのか?」
ラルクが意外そうな顔をする。
「今は敵を全滅させることより、国王と仲間の命を守ることが重要です。勝利を焦って全員が倒れてしまえば、救えるはずの人まで救えなくなります」
和人も地図に目を落としたまま口を開いた。
「それに、俺たちはまだ二人の能力を完全には把握していない。魔法が効かないといっても、すべての魔法が無意味とは限らないはずだ」
「どういうこと?」
涼音が尋ねる。
「直接攻撃する魔法が効かなくても、地形を変えたり、動きを鈍らせたりする魔法なら、何かできるかもしれない。相手を倒すことだけが魔法の使い方じゃないからな」
フローレンシアが小さく頷いた。
「和人さんの魔法は、今回の作戦の要になるかもしれませんね」
「期待されるのはありがたいけど、俺の魔力にも限界がある。無茶な連発はできないよ」
「分かっています。だからこそ、全員で補い合うのです」
その言葉に、涼音が剣の柄を握った。
「私も、もう誰かに守ってもらうだけじゃ嫌だから」
和人が彼女を見る。
「聖なる森での修行はどうしたんだ?」
「……まだ、終わってないわ」
涼音は悔しそうに笑った。
「森の奥にいた白髪の男も、あの咆哮の主も、まだ正体が分からない。でも、今は国王を救うことのほうが先よ」
聖なる森で何が待っているのか。それは、彼女たち自身にもまだ分からない。
だが、目の前で助けを必要としている人を見捨てる理由にはならなかった。
「今回の戦いは、修行の成果を試す場ではありません」
フローレンシアは静かに告げた。
「それぞれが、自分にできることをする。それだけです」
涼音は頷いた。
「分かったわ」
和人も杖を握り直す。
「国王を救い出そう。そして、ガルヴァーたちが何を企んでいるのかを突き止める」
「では、出発しましょう」
フローレンシアの声が、作戦室に響いた。
こうして七人は、夜の闇に紛れてセネルを出発した。
目指すは、敵の本拠地――デュランダル王城。
そして、その城の地下では、彼らの到着を予期していたかのように、何者かが静かに動き始めていた。
闇に沈む王城
夜が深まるにつれ、一行はデュランダル王城へと近づいていった。
城壁の上には見張りが立ち、門の前には武装した兵士たちが並んでいる。
かつては王国の秩序を守るために配置されていた兵士たちだ。
しかし今、彼らが守っているのは国王ではなく、国王を操る者たちなのかもしれない。
「正門から入るのは無理ですね」
フローレンシアが囁く。
アリシアは周囲を確認しながら、城の西側を指差した。
「こちらです。城の西側には、古い排水路へ続く通路があります。以前、城の修繕に立ち会ったときに確認しました」
「今も使えるのか?」
和人が尋ねる。
「分かりません。ただ、ほかに確実な侵入経路はありません」
クレアが一歩前へ出た。
「なら、私が気配を薄めるわ。完全に姿を消せるわけではないけれど、暗闇に紛れるくらいならできるはず。和人さんは魔力が高すぎるので制限してください」
「魔力で探知される可能性もあるってことだな。なら出来るだけ魔力の放出を抑える」
彼女が両手を広げると、淡い光が足元から広がった。
風が静かに流れ、草木のざわめきが一行の足音を覆い隠していく。
「これで少しは見つかりにくくなるわ」
「助かる」
和人が短く答えた。
一行は排水路を抜け、王城の内部へと侵入した。
湿った石壁。冷たい水の滴る音。遠くから響く兵士たちの足音。
城内は静かだったが、その静けさは平穏とは程遠い。まるで城全体が、何かに息を潜めているかのようだった。
角を曲がるたびに見張りが現れ、彼らは壁の陰へ身を隠した。進路を塞ぐ兵士には、できる限り命を奪わず、素早く気絶させていく。
アリシアが先頭に立ち、迷いなく道を選んだ。
「次の階段を上れば、王族の居住区です」
その言葉を聞き、涼音は剣の柄を握り直した。
「国王は、そこにいるのね」
「ええ。ただ……今の陛下がどのような状態なのか、私にも分かりません。自分の足で歩けるかどうかも」
アリシアの表情が曇った。
国王が精神を侵す毒に冒され、幼子のような状態になっている――その情報は聞いていた。
それでも、かつて仕えた王の変わり果てた姿を、実際に目にする覚悟はできていなかった。
フローレンシアは彼女の肩にそっと手を置いた。
「アリシアさん。あなた一人に背負わせるつもりはありません。私たちも一緒です」
「……ありがとうございます」
アリシアは深く息を吸い、前を向いた。
「陛下を必ずお救いします」
やがて、一行は王族の居住区へ続く分岐点にたどり着いた。
フローレンシアが足を止める。
「ここから二手に分かれます」
全員が彼女に注目した。
「アリシアさんと涼音さんは、国王の寝室へ。国王の状態を確認し、安全に脱出させることを最優先にしてください。敵が現れても、無理に戦わず退路を確保すること」
「分かったわ」
涼音が答えた。
「残りの方々は私と行動します。ガルヴァーとランガスを押さえ、可能なら二人の魔人の動きも封じます」
和人は涼音へ視線を向けた。
「無茶はするなよ」
「そっちこそ。魔力を使い切って倒れないでね」
「分かってる」
「本当に?」
「……善処する」
涼音が呆れたように笑った。
「それ、絶対に無茶する人の返事よ」
「お互い様だろ」
ほんの一瞬だけ、緊張が和らいだ。
だが、二人はすぐに表情を引き締める。
「必ず合流しましょう」
涼音の言葉に、和人は頷いた。
「必ず」
二つの部隊は、それぞれの目的地へと進み始めた。
このとき、和人たちはまだ知らなかった。
王城に仕掛けられた罠は、侵入者を排除するためだけのものではない。
彼らがどのように戦い、どのような魔法を使うのかを見極めるための、試験でもあったのだ。
二人の魔人。
王城の大広間。
重厚な扉を押し開けたフローレンシアたちの前に、二人の男が姿を現した。
ガルヴァーとランガスの姿だった。
そして、その背後には異様な存在が控えていた。
四本の腕を持ち、四本の炎剣を操る魔人――レイジース・レコード。
その隣には、巨大な大剣を背負ったゼルガディスが立っていた。
二人から放たれる威圧感だけで、広間の空気が重くなる。
ガルヴァーは一行を見るなり、嘲笑を浮かべた。
「まさか、本当に乗り込んでくるとはな」
彼は指先で机を軽く叩いた。
「こちらには、お前たちの動きを知らせる者がいる。侵入経路も、人数も、すでに分かっていた」
和人の表情が変わる。
「密偵がいるのか……!」
「今さら気づいたところで遅い」
ランガスが冷たく笑った。
「たった七人で、我々を止められると思っているのか? それとも、死に急ぎに来たのか?」
フローレンシアは一歩前へ出た。
「あなたたちの支配は、ここで終わりです。国王陛下を返していただきます」
「国王だと?」
ガルヴァーは肩をすくめた。
「もはや、あの男に何ができる? 王としての役目など、とうに終わっている」
「……その言葉、取り消しなさい」
フローレンシアの声が低くなる。
「あなたたちが何を企んでいようと、国王の尊厳まで踏みにじることは許しません」
ガルヴァーの顔から笑みが消えた。
「口の減らない女だ。やれ」
彼の命令と同時に、レイジース・レコードが四本の腕を動かした。
二本の剣には黒い炎が、残る二本には紅蓮の炎が揺らめく。
一方、ゼルガディスは背中の大剣を抜いた。
刃には、蜃気楼のように揺れる黒い靄がまとわりついていた。
「作戦を変更します!」
フローレンシアが叫ぶ。
「レイジース・レコードは私が引き受けます! ラルクさん、クレアさんはゼルガディスを! ベルクールさんは後衛から援護をお願いします!」
「了解!」
「和人さんは、戦況を見ながら私たちを支えてください!」
「分かった!」
和人は杖を構え、制限して押さえていた魔力を放出し、魔力を練り上げた。
「二人とも、直接の魔法攻撃は効かない可能性が高い! だけど、空間や地形に作用する魔法なら、動きを制限できるかもしれない!」
「試してみる価値はあるな」
ラルクが二本の剣を構えた。
フローレンシアの長剣に風と光の魔力が宿る。ラルクの右手の剣には雷が、左手の剣には水が渦巻いた。クレアは精霊たちに呼びかけ、その力を二本の剣へと重ねていく。
「準備はいいか?」
ラルクが尋ねる。
「いつでも」
クレアが答えた。
その瞬間、和人が杖を床へ向けた。
「――グラビティー!」
大広間の床が低く唸った。
見えない重力が広がり、レイジース・レコードとゼルガディスを押さえつける。
二人の動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
「今です!」
フローレンシアとラルクが同時に踏み込んだ。
光をまとった長剣がレイジース・レコードを襲い、雷と水を宿した二本の剣がゼルガディスへ迫る。
レイジース・レコードは二本の腕で攻撃を受け止めた。
しかし、グラビティーの影響で身体がわずかに傾く。
フローレンシアは、そのわずかな隙を見逃さなかった。
「もらいました!」
長剣が鋭く振り下ろされる。
――ザンッ!
レイジース・レコードの右上の腕が切断され、床へ転がった。
「やった……!」
和人が思わず声を上げる。
だが、喜びは一瞬だった。
レイジース・レコードは苦痛を感じた様子もなく、残る三本の腕で剣を振るった。
四本の腕から放たれる斬撃は、先ほどよりも激しさを増していた。
フローレンシアは紙一重で回避したものの、剣先が脇腹をかすめ、血が滲む。
「くっ……!」
「フローレンシア!」
和人が叫んだ。
「大丈夫です! かすっただけです。それより、ラルクさんたちは?」
その頃、ラルクはゼルガディスと激しい攻防を繰り広げていた。
二本の剣が大剣にぶつかるたび、雷光が弾ける。
ゼルガディスは一歩も引かず、圧倒的な力でラルクを押し返そうとしていた。
「くそっ……! なんて重さだ!」
ラルクが歯を食いしばる。
「剣を受けるだけで、腕が痺れてくる……!」
「それで終わりか?」
ゼルガディスが大剣を振り上げた。
「ならば、次で潰してやる」
大剣が振り下ろされる。
ラルクは左右の剣を交差させて受け止めたが、その衝撃で床に亀裂が走った。
「ラルク、下がって!」
クレアが叫び、精霊の力を解き放つ。
風がゼルガディスの足元を乱し、水が床を滑らかに覆った。
ほんの一瞬、巨体の重心が崩れる。
ラルクはその隙に身を引いた。
「助かった!」
「お礼はあと! 来るわよ!」
ゼルガディスは体勢を立て直し、再び大剣を構えた。
そこへ、ベルクールが弓を引き絞る。
「援護する!」
雷の魔力を込めた矢が三本、ほぼ同時に放たれた。
ゼルガディスは大剣で防ごうとしたが、一本が首元へ、もう一本が肩へと突き刺さった。
「ぐっ……!」
初めて、ゼルガディスの口から苦痛の声が漏れた。
和人は目を見開いた。
「効いている……!」
ゼルガディスの身体から黒い靄が噴き出す。
「やっぱり、ただの魔法は弾かれても、武器に魔力を宿した攻撃なら傷を与えられるんだ!」
フローレンシアは脇腹を押さえながら、和人を見た。
「和人さん、私の剣に魔力を追加してください! 次の一撃で、少しでも深い傷を与えたい!」
「分かった!」
和人は魔力を集中させ、フローレンシアの長剣に光のエンチャントを施す。
フローレンシアの長剣が、さらに強い光を放つ。
ラルクの二本の剣にも、激しい電撃と水流が絡みついた。
だが、そのわずかな隙をレイジース・レコードは見逃さなかった。
床に転がった自分の腕を拾い上げ、切断面を押し当てる。
黒い炎が傷口を覆った。
肉が蠢き、骨が繋がり、切断された腕が再び動き始める。
「な……何だと!?」
和人の顔から血の気が引いた。
「再生した……というかくっついただと?」
いや、それだけではない。
復元された腕からは、先ほどよりも濃密な魔力が立ち上っていた。
レイジース・レコードは四本の剣を再び構えた。
「……面白い」
低い声が大広間に響く。
「俺の腕を落とした人間は、久しぶりだ」
四本の炎剣が、いっせいに燃え上がる。
「もう一度、試してみるか?」
その声に、フローレンシアの背筋が凍った。
腕を切り落としても倒せない。
むしろ、敵は戦いながらこちらの手の内を見極めている。
「みんな、聞いてくれ!」
和人が叫んだ。
「レイジース・レコードをここで倒し切るのは難しい! なら、まずはゼルガディスを集中攻撃する!」
ラルクが頷く。
「こいつを倒せばいいんだな?」
「そうだ! クレア、俺と一緒に幻影魔法を仕掛けてくれ。レイジース・レコードの目を欺きながら、ゼルガディスにはもう一度グラビティーをかける!」
「分かったわ!」
「ベルクールは先制攻撃を! ラルクとフローレンシアは、動きが止まった瞬間に全力を叩き込んでくれ!」
フローレンシアは剣を構え直した。
「短期決戦ですね」
「そうだ。長引けば、こっちが先に倒れる!」
和人とクレアが同時に魔法を発動した。
大広間に無数の幻影が生まれる。
フローレンシア、ラルク、クレア、ベルクール――幾人もの姿が、まるで分身したかのように広間を埋め尽くした。
レイジース・レコードは敵の位置を見失い、四本の剣を無造作に振り回す。
だが、ゼルガディスは違った。
「小細工を……!」
大剣を床へ叩きつけ、衝撃波で幻影を吹き飛ばす。
「見えているぞ!」
その視線が、本物の和人を捉えた。
「まずは貴様からだ!」
ゼルガディスが和人へ踏み込む。
「しまっ……!」
大剣が迫る。
その瞬間、床が再び唸った。
「グラビティー!」
和人が間一髪で魔法を発動させたのだ。
ゼルガディスの動きが鈍る。
「今だ、ベルクール!」
「任せろ!」
放たれた矢が、ゼルガディスの腕と肩を捉えた。
巨体がわずかに傾く。
そこへ、ラルクが一気に踏み込んだ。
「食らえ!」
二本の剣が、雷と水の軌跡を描いて襲いかかる。
ゼルガディスは大剣で防ごうとした。
だが、重力の影響で反応が遅れる。
ラルクの剣が、胸元を深く切り裂いた。
「ぐっ……!」
「まだです!」
フローレンシアも同時に間合いへ入る。
「旋風剣――一式・風なぎ!」
光のエンチャントがかかった長剣にフローレンシアが風をまとった長剣が、ゼルガディスの上半身を切り裂いた。
「二式・避雷針!」
雷光が走り、敵の動きを一瞬だけ止める。
「三式・火炎龍!」
炎のような光が大剣の防御を崩した。
ゼルガディスは大剣を振り回して反撃しようとしたが、重力の影響でわずかに遅れる。
ラルクはその隙を逃さなかった。
「俺の新技も受けてみろ!」
二本の剣を交差させ、水と雷の魔力を一点に集中させる。
水流が渦を巻き、その内側を激しい電撃が駆け巡った。
「合体技――流水の雷!」
ラルクの一撃が、ゼルガディスの腰を捉えた。
「ぐおおおおっ!」
ゼルガディスが膝をつく。
大剣が床に落ち、重い音を立てた。
しかし、フローレンシアは油断しなかった。
敵の身体から、まだ黒い闘気が立ち上っている。
「……まだ終わっていません!」
彼女は剣を握り直した。
「ここで決めます!」
長剣が眩い光に包まれる。
「奥義――光玉円斬!」
フローレンシアは身体を横回転させ、渾身の一撃を放った。
閃光が大広間を走り抜ける。
奥義が生み出した真空の渦がゼルガディスの身体を引き寄せ、逃げることも防ぐことも許さなかった。
そして――
切っ先が、ゼルガディスの首を捉えた。
一閃。
首が胴体から離れ、床へと転がった。
巨体が崩れ落ちる。
大剣の魔人は、ついに動かなくなった。
大広間に、重い沈黙が落ちた。
ラルクは荒い息を吐きながら、呆然と呟いた。
「……倒したのか?」
フローレンシアは剣を構えたまま、しばらく敵の身体を見つめていた。
やがて、ゆっくりと剣を下ろす。
「……ええ。今度こそ、倒したはずです」
和人は安堵の息を吐いた。
「やった……!」
しかし、その喜びも長くは続かなかった。
レイジース・レコードは幻影を見破り、四本の剣を携えて仁王立ちしていた。
その背後では、ガルヴァーとランガスが顔を青ざめさせている。
「馬鹿な……ゼルガディスが敗れるなど……!」
ガルヴァーは歯を食いしばった。
「撤退だ、ランガス!」
彼が懐から取り出した水晶が、怪しげな光を放つ。
「レイジース・レコード、戻れ!」
魔人は一瞬だけ、フローレンシアたちを見た。
「……次は、もっと楽しませてくれ」
黒い炎が立ち上る。
その炎が消えたとき、レイジース・レコードもガルヴァーたちも姿を消していた。
大広間に、再び静寂が戻る。
フローレンシアはその場に膝をついた。
「はぁ……はぁ……。もう、指一本動かせませんわ……」
ラルクも片膝をつき、床に手をついた。
「俺もだ……。今、あいつらが戻ってきたら、間違いなく終わっていたな」
和人は杖を握り締め、消えた敵の姿を思い返した。
「どうして退却したんだ……?」
ゼルガディスは倒した。
だが、レイジース・レコードは無傷で健在だった。
敵は負けたから逃げたのではない。
まるで、最初から何かを確かめるために戦っていたかのようだった。
「……今は考えている時間がない」
和人はフローレンシアとラルクに近寄った。
「二人とも、立てるか? 国王を救出したら、すぐに城を脱出するぞ」
フローレンシアは苦笑しながら頷いた。
「ええ……。ここに長居するのは危険ですわ」
そのとき、和人の視線が床に落ちた。
ゼルガディスの大剣。
その刃には、黒い靄がまだわずかに残っていた。
「……この剣、普通の武器じゃないな」
和人が近づこうとした瞬間、黒い靄が刃の上で蠢いた。
まるで、生き物のように。
和人は反射的に手を止めた。
「触るな、ということか……?」
答える者はいない。
彼はその場を離れた。
今は、国王を救い出すことが先だった。
一方、涼音とアリシアは王族の居住区へと急いでいた。
アリシアの案内で廊下を進み、いくつもの扉を通り過ぎる。やがて二人は、装飾の施された大きな扉の前で足を止めた。
「……ここです」
アリシアの声が震えた。
涼音は彼女の横顔を見つめた。
「アリシア。覚悟はできてる?」
「……ええ」
アリシアは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。
「どんなお姿になっていても、私は陛下をお救いします」
彼女は扉に手をかけ、静かに押し開けた。
そこにいたのは、かつてデュランダルを統べていた国王だった。
しかし、その姿は二人の記憶にあるものとは大きく違っていた。
痩せ細った身体。こけた頬。力なく垂れた腕。
国王は床に座り込み、色とりどりの積み木を並べて遊んでいた。
「おや……アリシアではないか」
国王は顔を上げ、無邪気に笑った。
「ちょうどよかった。一緒にお相手をしてくれぬか?」
アリシアは言葉を失った。
「……陛下」
かつての国王は、強い意志と正義感を持った人物だった。
長く続く戦争の中でも民の暮らしを案じ、国を守るために奔走していた。時には臣下の反対を押し切ってでも、民の命を優先することがあった。
その人が今、目の前で積み木を並べている。
「陛下……どうして……」
涙が頬を伝った。
国王は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたのだ? 泣くことなどない。ほら、これを見てみよ。高い城ができたぞ」
国王が積み木を掲げた。
その無邪気な笑顔が、かえってアリシアの胸を締めつけた。
涼音も、思わず視線を伏せた。
「……毒の影響が、ここまで」
「陛下。もう大丈夫です」
アリシアは震える手で国王の肩を支えた。
「私が、必ずお助けします。だから……どうか、もう少しだけお待ちください」
しかし、国王は彼女の言葉を理解しているのかさえ分からなかった。
「アリシア。そなたも一緒に城を作らぬか?」
「……はい」
アリシアは涙を拭った。
「喜んで、お付き合いいたします」
涼音は、その光景を黙って見つめていた。
やがて、彼女はアリシアに声をかける。
「国王を連れ出しましょう。ここにいたら、また何をされるか分からない」
「……ええ。お願い、涼音。陛下を安全な場所へ連れていきたいの」
「任せて」
涼音は頷いた。
だが、国王を背負わせる前に、一つだけ確かめておきたいことがあった。
「アリシア。最後に聞かせて」
「何?」
「国王は、本当に民のために戦争を続けていたの?」
アリシアの表情が変わった。
涼音は真剣な眼差しで続ける。
「長い戦争で、多くの人が傷ついた。デュランダルにも、ヴァリアスにも、戦争を望んでいない人がいるはずよ。それでも戦い続けたのは、国を守るためだったの? それとも、自分の野心のため?」
アリシアは国王を見つめた。
しばらくして、静かに口を開く。
「陛下は、正義感の強いお方だったわ。少なくとも、私が仕えていた陛下は、民の命を軽んじる人ではなかった」
「……」
「何百年も続いた戦争を終わらせるために、七賢人の秘宝を求めていた可能性はある。でも、己の欲望のためだけに戦争を続けていたとは思えない」
アリシアは国王の手を握った。
「私は、この命に懸けてそう誓うわ」
涼音はアリシアの目を見つめた。
そこに迷いはなかった。
以前、二人が剣を交えたときも、アリシアの剣には曇りがなかった。勝つためだけではなく、自分の信念を貫くために剣を振るう者の目だった。
「……分かった。あなたを信じる」
涼音は剣を抜いた。
「国王を連れていきましょう。ここから先は、私が守る」
アリシアは歩くことのできない国王を背負った。
国王は彼女の背中で、不思議そうに呟いた。
「おや……どこへ行くのだ? まだ城が完成しておらぬぞ」
アリシアは唇を噛みしめた。
「……申し訳ありません、陛下。でも、必ず戻ってまいります」
その言葉が届いているのかどうかは分からない。
それでも、彼女は国王を背負い直し、前へ進んだ。
二人は脱出用の通路へと向かった。
だが、寝室を出てしばらく進んだときだった。
涼音が突然、足を止めた。
「待って」
アリシアも立ち止まる。
「どうしたの?」
「……気配がする」
涼音は剣を構えた。
廊下の奥。
闇の中から、黒装束の一団が姿を現した。
全部で五人。
いずれも顔を隠し、気配を消す技術に長けている。
そのうちの一人が、ゆっくりと口を開いた。
「国王を連れ出すつもりか。残念だが、そうはいかない」
涼音は相手を睨みつけた。
「何者? ここは通さないわ」
「おまえたちは、ここで終わりだ」
「……ガルヴァーの手下ね?」
返事はなかった。
代わりに、鎖鎌が飛んできた。
涼音は剣をひねって鎖を受け流し、相手との距離を一気に詰める。
「遅い!」
一閃。
最初の男が床に倒れた。
残る四人が一斉に散開する。
二人は短剣を構え、別の一人は鎖鎌を引き戻し、最後の一人は背後から涼音を狙った。
「アリシア、下がって!」
涼音は前方から迫る刃を弾きながら、身体を低く沈めた。
背後からの攻撃をかわし、その勢いを利用して相手の足を払う。男が床に倒れた瞬間、涼音の剣がその武器を弾き飛ばした。
「あなたたちの腕では、私を倒すのは無理よ。これ以上、無駄な抵抗はやめなさい!」
しかし、暗殺者たちは答えない。
二人が左右から挟み込むように迫ってきた。
涼音は水の魔力を剣に宿す。
「なら、容赦はしない!」
剣閃が走った。
一人の武器が弾き飛ばされ、もう一人が壁際へと吹き飛ばされる。
残る二人は、涼音の実力を悟ったのか距離を取った。
「……こいつ、以前より速くなっている」
「聖なる森で鍛えたという噂は本当か……」
その言葉を聞いた瞬間、涼音の目が鋭くなった。
「聖なる森?」
暗殺者たちがわずかに動揺する。
「どうして、あなたたちがそれを知っているの?」
返事はない。
次の瞬間、二人は煙のように闇へ溶け込んだ。
「待ちなさい!」
涼音が追おうとしたが、アリシアの声が響いた。
「涼音! 陛下を!」
涼音は悔しそうに歯を食いしばり、すぐに国王のもとへ戻った。
床に倒れた男の一人は、まだ意識があった。
涼音はその襟元を掴む。
「答えなさい。あなたたちは何者?」
男は苦しげに笑った。
「……俺たちは、暗殺を生業としているニザール……」
「暗殺集団ニザール……!」
フローレンシアが警戒していた組織だった。
「誰に雇われたのか答えなさい!」
男は口を閉ざした。
そして次の瞬間、自らの舌を噛み、自害した。
「くっ……!」
涼音は男の身体を離し、周囲を見渡した。
雇い主の名を聞かずとも、予想はついている。
ガルヴァーとランガス。
あの二人が、国王の救出を阻止しようとしたのだろう。
しかし、それ以上に気になることがあった。
――なぜ、聖なる森のことを知っていたのか。
彼女たちが森へ向かったことは、限られた者しか知らないはずだった。
「アリシア、急ぎましょう。和人たちも危ない」
「ええ!」
アリシアは国王を背負い直し、脱出用の通路を進んだ。
涼音はその後ろを警戒しながら、敵の気配を探り続けた。
いつ再び襲われるか分からない。
それでも、ここで足を止めるわけにはいかなかった。
そして涼音は、心の中で誓った。
――聖なる森の謎も、ニザールの正体も、必ず突き止めてみせる。
王城からの脱出
二人が大広間へ戻ると、そこには激しい戦闘の痕跡が残されていた。
砕けた床に深く刻まれた剣痕。
壁にまで広がった魔法の焦げ跡。
そして、床に転がる巨大な大剣。
涼音は目を見開いた。
「……これ、全部あなたたちが?」
和人が振り返った。
「涼音! 無事だったか!」
「ええ。途中で暗殺集団と出くわしたけど、国王も無事に救出できたわ」
「暗殺集団だと?」
和人の表情が険しくなる。
「ニザールよ。ガルヴァーたちが雇ったのか、それか共通点があって共闘を結んだのか分からないけどどちらかの可能性が高いわ」
「ニザール……聞いたことがある。フローレンシアも警戒していた組織だ」
フローレンシアは壁に手をつき、なんとか立ち上がった。
「今は詳しい話をしている時間はありませんわ。ラルクさんも、もう限界でしょう?」
ラルクは荒い息を吐きながら、剣を鞘へ戻した。
「ゼルガディスは倒した。だが、ガルヴァーたちとレイジース・レコードには逃げられた」
和人は涼音を見た。
「国王の状態は?」
涼音は少しだけ視線を落とした。
「……生きてはいる。でも、精神を侵す毒の影響はかなり深刻みたい。今のところ、元に戻る見込みは分からない」
アリシアは国王を慎重に床へ下ろし、その手を握った。
国王は周囲を見回し、不思議そうに首を傾げる。
「おや……ここはどこだ?」
アリシアの唇が震えた。
「……陛下」
国王は彼女に微笑みかける。
「どうした、アリシア? そんな顔をするな。ほら、一緒に城を作ろう」
アリシアの目に、再び涙が浮かんだ。
「……はい、陛下」
その声は、かすかに震えていた。
和人は拳を握り締める。
「必ず原因を突き止める。毒の正体も、治す方法も……何か手掛かりがあるはずだ」
フローレンシアが頷いた。
「ええ。ただ、今は撤退を優先しましょう。消耗が激しすぎます。私もラルクさんも、すぐに再戦できる状態ではありませんわ」
「追手が来る前に出るぞ」
和人の言葉に、全員が頷いた。
一行は国王を守りながら、城の裏手へと急いだ。
何度か兵士の姿を見かけたものの、アリシアが知る抜け道を利用し、なんとか王城を脱出することに成功した。
城壁の外へ出たとき、東の空がわずかに白み始めていた。
夜明けは近い。
しかし、一行の表情に晴れやかさはなかった。
ゼルガディスを倒した。
国王も救い出した。
作戦は、ひとまず成功したといえる。
だが、ガルヴァーとランガスは健在であり、レイジース・レコードも再び戦場へ現れる可能性がある。
そして、ニザールという暗殺集団まで動いている。
敵は一つではなかった。
「……なあ」
和人が、誰にともなく呟いた。
「俺たちは本当に、敵の計画を止められているのかな」
誰もすぐには答えられなかった。
敵の目的は七賢人の秘宝。
それは間違いないはずだった。
だが、レイジース・レコードの態度も、ガルヴァーたちの撤退も、どこか不自然だった。
まるで、ゼルガディスの死さえも計画の一部だったかのように。
和人は、王城の方角を振り返った。
「……まだ、何かある」
その予感だけが、胸の奥に重く残っていた。
新たな脅威
セネルへ帰還した一行は、すぐに国王を治療院へ運び込んだ。
医師たちは懸命に診察を行ったが、精神を侵す毒の正体も、失われた国王の意識を取り戻す方法も、簡単には分からなかった。
アリシアは寝台の傍らに座り、国王の手を握り続けていた。
「陛下……どうか、もう一度……」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
国王は眠っているのか、それとも目を覚ましているのかさえ分からない。ただ、ときおり何かを探すように手を動かしては、再び静かになる。
アリシアは、その手を離さなかった。
一方、別室ではフローレンシアが和人たちとともに、今回の戦いを振り返っていた。
「ゼルガディスを倒せたのは大きな成果です。しかし、レイジース・レコードの再生能力は予想以上でした」
「腕を切り落としても再生した。しかも、あいつはまだ余力を残していたようにも見えた」
和人は腕を組み、戦闘を思い返す。
「それに、ガルヴァーたちは水晶のようなものを使って姿を消した。あれが転移のための道具なのか、それとも別の力なのか……」
「私たちが倒すべき敵は、まだ残っているということですね」
クレアが静かに言った。
「ええ。それに、ニザールも気になります」
涼音が口を挟む。
「なぜか、私たちが聖なる森で修行していたことまで知っていたわ。単なる暗殺者の集団ではないのかもしれない」
「聖なる森か……」
和人は考え込んだ。
森の入口で涼音たちを待ち受けていたという、白髪の謎の人物。
森の奥から響いた巨大な咆哮。
そして、暗殺者たちが口にした修行の噂。
それらが偶然だとは思えなかった。
「涼音。森で何が起きているのか、もう一度調べる必要がありそうだ」
「分かってる。でも、今は国王を治す方法を探すのが先よ」
「そうだな」
和人は頷いた。
「秘宝を集めることも、敵を倒すことも大事だ。でも、国王を救う方法が見つかるなら、俺はそっちも諦めたくない」
フローレンシアは窓の外を見つめた。
夜明けの光が、ゆっくりとセネルの街を照らし始めている。
「いずれにしても、これで終わりではありません」
彼女は仲間たちへ向き直った。
「ゼルガディスを失ったガルヴァーたちが、次にどのような手を打ってくるのか。そして、レイジース・レコードが何を目的としているのか。それを突き止めなければなりません」
和人は頷いた。
「秘宝を狙っているのは間違いない。だけど、それだけが目的なのかは分からない」
「……そうですね」
フローレンシアは静かに答えた。
「敵の目的が分からない以上、私たちも備えを怠るわけにはいきません」
そのとき、部屋の扉がノックされた。
入ってきたのは、ヴァリアスから派遣された伝令だった。
「フローレンシア様。ヴァリアス王国から緊急の報告です」
「何があったのですか?」
「デュランダルの一部部隊が撤退した一方で、国境付近に新たな魔力反応が確認されました。これまで観測された魔力とは性質が異なり、通常の魔法師では接近することすら難しいとのことです」
和人の表情が変わった。
「新たな魔力反応……?」
伝令は頷いた。
「詳細は不明です。しかし、ヴァリアスの魔法師たちは、その反応が七賢人の秘宝と関係している可能性を疑っています」
フローレンシアは一瞬、言葉を失った。
「……また秘宝ですか」
「はい。国王陛下からも、引き続き警戒を強めるよう指示が出ております」
伝令が去ったあとも、誰も口を開かなかった。
ゼルガディスを倒したことで、敵の戦力は確実に減ったはずだった。
それなのに、新たな脅威の気配が現れている。
まるで、敵の本当の計画はまだ始まってすらいないかのように。
和人は杖を握り締めた。
「……急がないと」
その声には、焦りが滲んでいた。
「七つの秘宝が揃ったとき、何が起きるのか。敵がそれを知っているなら、俺たちも知らないままじゃいられない」
フローレンシアは頷いた。
「ええ。次は、敵の目的そのものを突き止めましょう」
だが、その頃――。
暗闇に潜む計画
デュランダル王城の地下深く。
窓一つない部屋で、ガルヴァーが水晶を机の上へ置いていた。
その向かいでは、ランガスが苛立ちを隠せない様子で拳を握り締めている。
「ゼルガディスが倒されるとは……。セネルの連中、想像以上の力を持っている」
「だからといって、我々の計画が終わったわけではない」
ガルヴァーは冷たい笑みを浮かべた。
「ゼルガディスは失った。しかし、我々にはまだマダスカスがある」
「レイジース・レコードもな」
ランガスが答えた。
そのとき、部屋の奥から低い声が響いた。
「……ゼルガディスは、弱かった」
二人が振り返る。
そこには、四本の腕を持つ魔人が立っていた。
レイジース・レコード。
四本の炎剣が、暗闇の中で不気味に揺らめいている。
「次は、俺が行く」
魔人が一歩踏み出す。
その足元で、石床がわずかにひび割れた。
ランガスは思わず息を呑んだ。
「待て。お前まで失えば、我々は……」
「黙れ」
レイジース・レコードの声が、冷たく響いた。
「お前たちは俺に命令できる立場なのか?」
四本の炎剣が、ゆっくりと持ち上がる。
ランガスは言葉を失った。
しかし、ガルヴァーだけは表情を変えなかった。
「いや……まだだ」
彼は古びた書物を開いた。
そこには、七賢人の秘宝について、誰も知らない古代文字が記されている。
「セネルには五つの秘宝がある。ヴァリアスにはディストラがあり、デュランダルにはマダスカスがある」
ガルヴァーはページの一節を指でなぞった。
「七つすべてが揃ったとき、何が起こるのか……。その答えを、我々はまだ知らない」
ランガスが眉をひそめた。
「では、次は秘宝を奪うのか?」
「そうだ」
ガルヴァーの口元が歪む。
「だが、正面から攻める必要はない。敵が守りを固めるなら、その守りを崩せばいい」
「……誰を狩ればいい?」
レイジース・レコードが尋ねた。
「我が剣は、まだ血に飢えている」
ガルヴァーは答えなかった。
代わりに、書物の最後のページを開いた。
そこには、七つの宝石を囲む奇妙な紋様が描かれていた。
紋様の中心には、見慣れない文字が刻まれている。
ランガスが顔を近づけた。
「これは……何と書かれている?」
「古代文字だ。すべては解読できていない」
ガルヴァーは指先で、その文字をなぞった。
「だが、一つだけ分かっていることがある」
「何だ?」
ガルヴァーはゆっくりと顔を上げた。
「七つの秘宝は、単なる国宝などではない」
部屋の空気が張り詰めた。
「それぞれが、何かを封じるために存在している可能性がある」
ランガスの顔から血の気が引いた。
「封じる……何かを?」
「そうだ。もし、この記述が正しいのなら――」
ガルヴァーは書物を閉じた。
「七つの秘宝が揃うことは、我々が力を得ることを意味するとは限らない」
レイジース・レコードが、四本の剣を静かに下ろした。
「……ならば、なぜ集める?」
ガルヴァーは答えず、窓のない部屋の奥を見つめた。
そこには、黒い布で覆われた巨大な石碑があった。
布の隙間から、かすかな赤い光が漏れている。
「知る必要があるからだ」
ガルヴァーの声が、暗闇に響く。
「この世界の始まりと、七賢人が秘宝を残した本当の理由をな」
ランガスは石碑を見つめた。
「……まさか、あれを目覚めさせるつもりなのか?」
「まだ何も決まってはいない」
ガルヴァーは書物を抱え直した。
「まずは秘宝を手に入れる。そして、すべての謎を解き明かす」
レイジース・レコードの炎剣が、激しく燃え上がった。
「……ならば、すべて斬り捨てよう」
魔人の笑い声が、地下室に響いた。
「秘宝を持つ者も、我が前に立ちはだかる者も。すべてだ」
その炎が、壁に不気味な影を踊らせる。
そして、誰も気づかなかった。
布に覆われた石碑の表面に、七つの宝石と同じ紋様が浮かび上がっていたことに。
その紋様は、まるで呼応するように、弱く明滅していた。
ゼルガディスを倒したことで、戦況は確かに変わった。
だが、それは勝利の始まりなのか。
それとも――七つの秘宝を巡る、さらなる災厄の幕開けなのか。
答えは、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ確かなことがある。
セネルで和人たちが次の戦いに備えている間にも、デュランダルの地下深くでは、世界の運命を左右する何かが、静かに目覚めようとしていた。




