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第18章 聖なる森の試練――迫り来る二人の魔人

王国同盟――新たなる決意

ヴァリアス王国。


レイジース・レコードとの死闘を終えた一行は、負傷者の治療を済ませ、再び王城へと戻っていた。

謁見の間には、エリス、フローレンシア、和人、涼音、マーリン、アレフ、アリシアの姿があった。そして、遅れてヴァリアスへ帰還したオルスターも合流し、国王と女王の前に一同がそろっていた。

誰もが疲労を隠せずにいた。

しかし、それ以上に彼らの心を重くしていたのは、戦場で目の当たりにした異常な力だった。


四本の腕を持つ魔族――レイジース・レコード。

あの魔人が振るった四本の炎の剣は、ただの剣技ではなかった。魔法を打ち消し、戦場そのものをねじ伏せるかのような力。思い出すだけでも、背筋が冷たくなる。


国王は、エリスから戦闘の詳細を聞き終えると、続いてアリシアへと視線を向けた。


「アリシア。デュランダル内部の状況について、もう一度説明してくれ」


「はい」


アリシアは一歩前へ出た。


「デュランダルでは、教会に集まっていた信者や司教たちの魔力が何者かによって利用されていました。さらに、魔法の聖地に住む人々まで拘束され、その魔力も奪われた可能性があります」


国王の眉間に深いしわが刻まれる。


「つまり……国民の信仰と、聖地の人々の力を利用して、何かを成し遂げようとしているわけか」


「はい。そして、国王陛下には精神を侵す毒が盛られ、側近であるガルヴァーとランガスが実権を握っているという情報も得ています」


「……自国の王を毒で操り、国民まで利用するか」


国王は低く呟いた。


「それでは、国を守るための力が、国そのものを壊すために使われているではないか」


アリシアは唇をかみしめた。

彼女にとって、デュランダルは決して憎むべきだけの国ではない。生まれ育ち、守るべきだと信じてきた故郷なのだ。

それが今、変わり果てようとしている。


「アリシア」


国王が静かに呼びかけた。


「そなたは、これからどうするつもりだ?」


アリシアは一瞬だけ目を伏せた。

迷いがなかったわけではない。

自国の軍と戦うことになれば、かつての仲間と刃を交える可能性もある。戦場で倒れる兵士の中には、何も知らず命令に従っている者もいるだろう。

それでも――。

アリシアは片膝をつき、顔を上げた。


「私はセネルの軍に加わります。そして、ガルヴァーたちを止め、デュランダルを本来の姿に戻したいのです」


「自国と戦うことになるぞ」


「承知しております」


その声には、揺るぎない覚悟があった。


「ですが、今のデュランダルは、私が知っている国ではありません。国王陛下は操られ、民は真実を知らぬまま戦争へ巻き込まれています」


アリシアは拳を握りしめた。


「私は……この戦争を終わらせたいのです」


謁見の間に静寂が広がる。

やがて、涼音が小さく頷いた。


「アリシア……」


その声には、彼女の決意を受け止めるような温かさがあった。

アリシアは一度息を整え、さらに続けた。


「セネルには、すでに七賢人の秘宝が五つあります。一方、デュランダル側にはマダスカスがある。ガルヴァーたちが、その力をさらに利用する可能性は高いでしょう」


「今回の敵は、今までの敵とは次元が違いました」


アリシアの声がわずかに震えた。


「四本腕の剣士……レイジース・レコード。あれほどの強敵は見たことがありません」


彼女はフローレンシアへ目を向けた。


「フローレンシアさんがいなければ、私たちは全滅していたと思います」


「そんなことはありません。皆さんが最後まで諦めなかったからこそ、ここへ戻ってこられたのです」


フローレンシアは穏やかに答えた。

しかし、その表情には戦闘の疲労が色濃く残っていた。

和人は、その様子を黙って見つめていた。

あの戦いで、自分たちの力がまだ足りないことを思い知らされた。

どれだけ魔法を磨いても、どれだけ強力な術を覚えても、それだけでは届かない敵がいる。

和人は静かに口を開いた。


「……もう一人、危険な敵がいます」


一同の視線が集まる。


「大剣使いのゼルガディスです。あいつも魔法が効かない」


「魔法が効かない、だと?」


オルスターが険しい顔をした。


「ああ。巨体なのに動きが異常に速い。普通の攻撃じゃ、まともにダメージを与えられない可能性が高い」


和人は拳を握りしめた。


「もし、あいつらが同時に攻めてきたら……セネルだけでは対応しきれない」


「二人の魔人が、同じ目的で動いているということか」


マーリンが考え込むように呟いた。


「まだ断定はできません。ただ、偶然とは思えないんです」


和人は国王を真っ直ぐに見つめた。


「だからこそ、ヴァリアスの力が必要なんです。国同士で争っている場合じゃない」


国王はしばらく和人を見つめていた。

やがて、その目に決意の色が宿る。


「……よかろう」


国王は玉座から立ち上がった。


「これほどの脅威が迫っている以上、もはや傍観しているわけにはいかぬ。セネルとヴァリアス――正式に共同戦線を結ぼう」


フローレンシアが深く一礼する。


「ありがとうございます」


「そして、ヴァリアスの秘宝ディストラを、和人に預ける」


「俺に……ですか?」


思いがけない言葉に、和人は目を見開いた。


「そなたは七賢人の秘宝を集めているのであろう。ならば、その力を守り抜いてみせよ。それに、そなたたちは一時とはいえ、我が国を救うために戦ってくれた。信頼に値する者たちだと、私は判断した」


和人は少しの間、言葉を探した。

秘宝を集めるということは、それだけ敵に狙われる危険も増すということだ。

だが、ここで退くわけにはいかない。


「……分かりました。必ず守ります」


国王は頷いた。


「ヴァリアス軍の指揮はエリスに任せる」


「はい。必ず国を守り抜きます」


「オルスターは国内に残り、兵士たちの指導を頼む」


「お任せください」


そして、国王の視線がアレフへと移った。

片腕を失った彼は、以前よりも静かな表情をしていた。


「アレフ。そなたも国内に残れ」


「……俺が、ですか?」


「その傷を抱えたまま戦場へ出る必要はない。だが、剣術と魔法の双方を扱えるそなたの経験は、兵士たちにとって大きな力になる。ここは魔法の国だ。剣と魔法を組み合わせた戦い方を、後進に教えてやってくれぬか」


アレフは失った腕の付け根に、そっと手を添えた。

戦えなくなったわけではない。

それでも、以前と同じ戦い方はできない。

少し考えた後、彼は顔を上げた。


「……分かりました。俺にできることをやります」


「頼んだぞ」


こうして、セネルとヴァリアスの共同戦線が正式に成立した。

だが、その決断が下された頃には、敵もまた動き始めていた。

七つの秘宝を巡る戦いは、もはや一国の存亡だけでは終わらない。

その力を手にする者によっては、この世界そのものが変わってしまうかもしれないのだから。


聖なる森へ――強さを求める者たち

セネルへ戻った一行は、すぐに今後の戦力について話し合った。

広間に集まった仲間たちを見渡しながら、フローレンシアが口を開く。


「敵が強すぎる以上、今のまま戦い続けるわけにはいきません。防衛体制を整えると同時に、私たち自身も戦い方を変える必要があります」


「だったら……私たちも強くなればいい」


声を上げたのは涼音だった。

彼女は椅子から立ち上がり、仲間たちを見渡した。


「この前の戦いで、はっきり分かったの。フローレンシアさんほどの人でも、ゼルガディスやレイジース・レコードを相手にするのは簡単じゃない」


涼音は腰の剣に手を添えた。


「次に戦ったとき、誰かに守ってもらうだけじゃ嫌なの。自分の身を守るだけじゃなくて、仲間を守れる力が欲しい」


和人は、幼い頃から知っている彼女の横顔を見つめた。

いつもの涼音なら、どんな危険な場所へ向かうときでも、もう少し冗談めかして話すことがある。

だが、今の彼女は違った。

剣を握る手に、強い意志が宿っている。


「だから――聖なる森へ行きましょう」


「聖なる森?」


和人が聞き返す。


「古代から、強者たちが修行に使ってきた場所よ。濃密な魔力と闘気が満ちていて、強力な魔物も数多く生息しているって聞いたわ」


アリシアが頷いた。


「知っています。デュランダル領内にある森ですね。古い文献にも記録が残っています。ただし、あの森は普通の修練場とは違います。帰ってこられなかった者もいると聞きます」


「それでも、行く価値はあると思う」


涼音は迷わなかった。


「実戦に勝る訓練はないわ。敵が待ってくれない以上、私たちも立ち止まってはいられない」


「……確かに、その通りですね」


フローレンシアは少し考え込んだ。

森での訓練は危険だ。しかし、次の戦いまでに少しでも力をつけなければ、同じ悲劇が繰り返される可能性がある。


「いいでしょう。ただし、全員が行くわけにはいきません。セネルとヴァリアスの防衛も必要ですし、秘宝の管理も考えなければなりません」


「分かっています」


涼音は頷いた。

こうして、聖なる森へ向かうメンバーが選ばれた。

涼音、アリシア、マーリン、ソフィー、クローム、エリー。そして、ケルビーとベルクール。

それぞれが得意とする武器も魔法も違う。だからこそ、共に戦うことで得られるものがあるはずだった。


「和人は?」


涼音が尋ねる。

フローレンシアは首を横に振った。


「和人さんには別の役割があります」


「俺には、行くなってことか?」


「今は、です」


フローレンシアは言葉を選びながら続けた。


「七賢人の秘宝を五つ持っている以上、敵があなたを狙う可能性は高いでしょう。あなたが森へ向かえば、その隙に秘宝を奪われる危険もあります。今は前線の強化だけでなく、秘宝をどう守るかを考えなければなりません」


和人は納得しきれない表情を浮かべた。

自分も強くならなければならない。

あの四本腕の魔人を前にしたとき、攻撃を重ねるだけでは意味がないと痛感した。

それでも、秘宝を持つ者としての責任がある。


「……分かった。俺は俺にできることをする」


涼音が和人の前に立った。


「和人。私たちが戻るまで、無茶はしないでね」


「それはこっちの台詞だ。危なくなったら、すぐに逃げろよ」


「分かってるわ」


涼音は微笑んだ。


「でも、今度は逃げるだけじゃ終わらせない」


その言葉を最後に、彼女は仲間たちとともに出発した。

一行の背中が遠ざかっていく。

和人はしばらく、その姿を見送っていた。

自分も、立ち止まっているわけにはいかない。

秘宝を守ることも、仲間を守ることも、同じ戦いの一部なのだから。

一方、フローレンシアはセネルとヴァリアスの防衛体制を整え始めた。

商人を束ねるペールは建築家を集め、城壁の補強や侵入者を想定した罠の設置を開始。ローレンスは政治と法律の面からセネルを統制し、ミッチェルは自警団を再編して街の治安を強化した。

戦争は、もはや国と国だけの戦いではない。

そこに暮らす一人ひとりの命を守るための戦いへと変わりつつあった。


そして――その変化を待ってくれるほど、敵は寛大ではなかった。

ゼルガディス襲来――魔法が通じない敵

涼音たちが聖なる森へ向かった直後。

セネルの城へ、一人の使者が駆け込んできた。


「フローレンシア様! 緊急の報告です!」


「どうしました?」


「デュランダル軍がヴァリアスへ向かっています!」


その報告に、広間の空気が一変した。


「規模は?」


「およそ五百です!」


フローレンシアは、わずかに目を細めた。

五百。

ヴァリアスを攻め落とすには、あまりにも少ない。


「……妙ですね」


「捨て駒にして、こちらの戦力を削るつもりでしょうか?」


側にいた兵士が尋ねる。


「それなら、もっと大きな軍を動かすはずです。何か別の目的があるのかもしれません」


フローレンシアはすぐに決断した。


「すぐに軍を編成します。ヴァリアスへの援軍を出してください!」


やがて、ヴァリアスからも魔法師部隊が到着した。

その中には、アレフの姿もあった。


「アレフさん?」


フローレンシアが驚いて声をかける。


「オルスターから聞いたんだ。剣に魔法を宿す技術をな」


アレフは右肩を軽く叩いた。


「腕を失ったからって、戦えなくなったわけじゃない。今までと同じ戦い方ができないなら、新しい戦い方を身につければいい」


彼は剣を抜いた。

刃に魔力が流れ込み、淡い光が揺らめく。


「今度は俺が役に立つ番だ」


フローレンシアは微笑んだ。


「頼もしいですね」


しかし、次の瞬間だった。

遠くから、地響きが聞こえてきた。

ズ……ズ……ズ……。

大地を踏みしめる重い足音。

兵士たちが森の向こうへ目を向ける。


「敵が見えました!」


土煙の向こうから、デュランダル軍が姿を現した。

そして、その先頭を歩いていたのは――。

巨大な大剣を背負った男。

黒い闘気をまとい、まるで周囲の空気そのものを押し潰すかのような存在感を放っている。


「……あいつだ」


アレフの顔から笑みが消えた。


「ゼルガディス……!」


男は立ち止まることなく進んでくる。

前方に仕掛けられた罠が作動した。

地面から鋭い杭が飛び出し、頭上から魔法の矢が降り注ぐ。

だが――。

ゼルガディスは大剣を一振りしただけで、それらをまとめて弾き飛ばした。

魔法が直撃しても、黒い闘気が揺らぐだけ。

男の歩みは止まらない。


「くそっ……! 魔法が効いていない!」


兵士の一人が叫ぶ。

フローレンシアは剣を抜いた。


「全軍、距離を保ってください! 無理に接近しては駄目です!」


彼女は馬を降り、ゼルガディスの前へと歩き出した。


「フローレンシアさん!」


アレフが声を上げる。


「軍の指揮をお願いします」


「まさか、一人で止めるつもりか?」


「時間を稼ぐ必要があります。あの男を自由にさせれば、後ろの兵士たちまで巻き込まれます」


フローレンシアは剣を構えた。


「私が、あの男を止めます」


ゼルガディスは大剣を肩から下ろした。

その口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「人間にしては闘気はたいしたものだが……弱そうな女だ」


フローレンシアは眉一つ動かさなかった。


「それは――」


長剣が光を放つ。


「戦ってから判断してくださいっ!」


次の瞬間、二人の姿が消えた。

――ギィィィンッ!!

剣と大剣が激突する。

凄まじい衝撃波が大地を揺らし、近くにいた兵士たちが思わず身をかがめた。

フローレンシアは大剣の軌道を見極め、紙一重で攻撃をかわす。そのまま懐へ踏み込み、ゼルガディスの足元を狙って剣を走らせた。

しかし、男は巨体からは想像できない動きで跳び退いた。

直後、大剣が振り下ろされる。

フローレンシアは後方へ跳んだ。

ズガァンッ!!

地面が大きくえぐれ、土砂が舞い上がった。


「……なるほど」


フローレンシアの額から汗が流れ落ちる。


「力も素早さも、聞いていた以上ですね」


「お前も人間にしては手ごたえがあるな」


ゼルガディスが初めて笑った。

次の瞬間、二人は再びぶつかった。

光と闇。

二つの闘気が激しく交錯し、周囲に猛烈な剣風を巻き起こす。

フローレンシアは相手の力を正面から受け止めるのではなく、剣筋をわずかにそらし、その隙に反撃を叩き込んだ。

キンッ!

鋭い金属音。

フローレンシアの剣がゼルガディスの腕を斬り裂いた。

鮮血が飛び散る。


「……ほう」


ゼルガディスは傷口を一瞥した。


「俺に傷をつけるか」


だが、その表情に怒りはない。

むしろ、獲物を見つけた獣のように口元を歪めた。


「ならば、これはどうだ?」


大剣が横薙ぎに振られる。

フローレンシアは身を沈めてかわした。

しかし、攻撃はそこで終わらない。

上段からの斬撃。

踏み込みと同時の突き。

巨体を利用した体当たり。

ゼルガディスは、途切れることなく攻撃を繰り出してきた。

一撃ごとの威力が大きいだけではない。

かわした先まで計算したように、次の攻撃が待ち構えている。

フローレンシアは少しずつ追い詰められていった。


「……速い!」


彼女は息を切らしながら、距離を取る。

力では負けていない。

剣技でも十分に渡り合える。

それでも、戦いが長引くほど不利になっていく。

体格差以上に、体力の差が大きかった。

ゼルガディスは、傷を負っても攻撃の勢いを緩めない。

一方のフローレンシアは、すでに呼吸が乱れ始めていた。

このままでは、押し切られる。


その瞬間――。

フローレンシアが大きく後退した。


「今だ!」


アレフが叫んだ。

彼はオルスターから教わった自己加速術式を発動させる。

風魔法が全身を包み込み、地面を蹴った瞬間、身体が弾丸のように飛び出した。

ゼルガディスの意識は、目の前のフローレンシアへ集中していた。

その一瞬の隙を、アレフは見逃さない。


「――これでも食らえ!」


魔力を込めた剣が、ゼルガディスの横腹を捉えた。


「ぐっ……!」


鎧が砕け、男の身体がわずかに傾く。

その隙を、フローレンシアは逃さなかった。


「これで……!」


光をまとった長剣が、アレフのつけた傷口へ叩き込まれる。

ドォンッ!!

衝撃が走った。

ゼルガディスの巨体が後退し、ついに片膝をついた。


「……なるほど」


男は口元から血を流しながら、ゆっくりと笑った。


「魔力を……剣に宿すか……」


アレフは剣を構えたまま、息を整える。


「魔法が効かないなら、剣そのものに魔力を込めればいい。そうだろ?」


「面白い……」


ゼルガディスが立ち上がろうとした、その瞬間。

黒い闘気が一気に膨れ上がった。


「全員、退避してください!」


フローレンシアが叫ぶ。

次の瞬間、黒い爆炎が周囲を包み込んだ。


「なっ……!」


熱風と衝撃が兵士たちを襲う。

視界が黒煙に覆われ、誰もが一瞬、身動きできなくなった。

やがて風が吹き抜け、煙が晴れる。

そこに、ゼルガディスの姿はなかった。

残されていたのは、深くえぐれた地面と、黒く焼け焦げた草木だけだった。

フローレンシアは、その場に剣を突き立てた。


「……逃げましたか」


アレフが駆け寄る。


「大丈夫か?」


「ええ。あなたのおかげで、何とか」


フローレンシアは苦笑した。


「ですが、一つ分かったことがあります」


「何だ?」


彼女は剣の刃を見つめた。


「あの男には、魔法そのものはほとんど通用しません。ですが、魔力を宿した武器による攻撃なら、傷を与えられる」


アレフは自分の剣を見下ろした。

刃に宿っていた魔力は、すでに薄れている。


「つまり、俺たちにも戦える可能性があるってことか」


「ええ。ただし……」


フローレンシアの表情が引き締まる。


「一対一で勝てる相手ではありません。あの男は、まだ本気を出し切っていなかった可能性もあります」


アレフは唇を引き結んだ。

勝てる可能性が見えた。

しかし、それは決して勝利を意味するものではない。

敵の力を知ることができただけだ。

そして、その力を知ることすらできずに倒れる者が、これからも現れるかもしれない。


「……次は、逃がさない」


アレフは剣を握り直した。

失った腕を悔やんでいる暇はない。

自分にできる戦い方を見つけるしかないのだ。

その頃、ヴァリアス軍は負傷者の救護と周辺の警戒を急いでいた。

ゼルガディスは退いた。

だが、戦いは終わっていない。

五百の軍勢が何を目的としていたのか。そして、なぜゼルガディス自身が先頭に立っていたのか。

疑問は残されたままだった。

フローレンシアは、黒煙の消えた空を見上げた。


「……レイジース・レコードだけでも厄介なのに」


彼女は小さく呟いた。


「もう一人、あのような魔人がいるなんて……」


聖なる森――白髪の案内人

その頃。

聖なる森へ向かった涼音たちは、ようやく森の入口へと到着していた。

目の前に広がるのは、天を覆い隠すほどの巨大な木々。

枝葉の隙間から差し込む光は薄く、昼間だというのに森の奥は薄暗かった。

一歩足を踏み入れただけで、肌にまとわりつくような濃密な魔力が感じられる。


「……ここが、聖なる森」


エリーが見上げる。


「何だか、普通の森とは全然違うね」


「魔力の流れが異常です」


アリシアは周囲に意識を向けた。


「自然に満ちているというより……森そのものが魔力を生み出しているように感じます」


マーリンも、いつになく真剣な表情をしていた。


「確かに妙だ。魔力が濃いだけじゃない。まるで、こちらの存在を探っているみたいだ」


「森が私たちを探ってる?」


ソフィーが二本の剣を抜く。


「気味が悪いわね」


クロームは大鎌を肩に担ぎ、周囲を見渡した。


「まあ、魔物が出るって話なんだろ? だったら、さっさと出てきてもらおうじゃないか」


その言葉に応えるように、ケルビーが低く唸った。


「グルルル……」


ベルクールも、森の奥を警戒するように身構える。

涼音は剣の柄に手を添えた。

ここでの目的は、ただ魔物を倒すことではない。

強くなること。

自分の限界を知り、それを乗り越えること。

そして、次に強敵と相対したときには、仲間の隣に立てるようになること。


「みんな、気をつけて。何が出てくるか分からないから」


涼音が声をかけた、そのときだった。


「……早速、魔物がいるわね」


ソフィーが森の奥へ目を向けた。

木々の間で、何かが動いた。

一つではない。

複数の気配が、こちらを囲むように広がっていく。


「来るぞ!」


クロームが大鎌を構える。

しかし、マーリンが片手を上げて制した。


「待て。魔物だけじゃない」


「何がいるの?」


涼音が尋ねる。

マーリンは森の奥を見つめていた。


「誰かいる。……いや、いるというより、ずっとこちらを見ていたのかもしれない」


その瞬間、森の奥から低い声が響いた。


「ここへ来る者は珍しい」


一同が一斉に振り返る。

いつの間に現れたのか。

そこには、白い髪をした人物が立っていた。

年齢は分からない。

細身の身体にまとった衣服は古びているが、どこか気品を感じさせる。白い髪の隙間から覗く瞳は、長い年月を生きてきた者のように静かだった。

それ以上に異様だったのは、その人物から魔力をほとんど感じ取れないことだった。

これほど濃密な魔力に満ちた森の中で、まるで周囲に溶け込むように気配を消している。


「誰!?」


涼音が剣を構える。

白髪の人物は、彼女たちの武器を順番に眺めた。

そして、少しだけ口元を緩めた。


「力を求めて来たのか?」


「……そうよ。あなたはいったい何者なの?」


涼音が問い返す。

だが、白髪の人物は答えなかった。

代わりに、森の奥へと視線を向ける。


「ならば、覚えておけ」


静かな声だった。

それなのに、その場にいた全員が自然と耳を傾けていた。


「この森は、弱き者に力を与える場所ではない」


「では、何を与えるの?」


涼音が問い返す。

白髪の人物は、彼女をまっすぐに見た。


「己の限界を知る場所だ」


その言葉に、涼音は一瞬だけ息を呑んだ。

まるで、自分たちがここへ来た理由を最初から知っていたかのようだった。


「……限界を知る、か」


マーリンが小さく呟く。


「それは、どういう意味だ?」


「その答えは、森の奥にある」


白髪の人物は、それ以上何も語らなかった。

そのとき――。

森の奥から、巨大な咆哮が響き渡った。


「グオオオオオオオッ!!」


ズガァァァァン!!

地面が震え、木々が大きく揺れる。

鳥たちが一斉に飛び立ち、遠くで何か巨大なものが動く音がした。

エリーが思わず息を呑む。


「い、今のって……」


「ただの魔物じゃなさそうね」


ソフィーが剣を握り直した。

クロームは大鎌を構え、口元に笑みを浮かべる。


「いいねぇ。どうやら、退屈はしなさそうだ」


「油断しないで」


アリシアが注意を促す。


「この森の魔物は、私たちが知っているものとは違う可能性があります」


涼音は剣を握り直した。

恐怖がないわけではない。

だが、ここで足を止めるつもりもなかった。


「……行こう」


仲間たちが頷く。

白髪の人物は、彼女たちが歩き出すのを黙って見送っていた。

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「七つの光が再び集まり始めたか……」


その瞳が、森のさらに深い場所を見つめる。


「ならば、あの封印も……いずれ」


言葉の続きを口にすることなく、白髪の人物は静かに目を閉じた。

次に涼音たちが振り返ったとき、そこにはもう誰もいなかった。

まるで、最初から存在していなかったかのように。


「……今の人、どこへ行ったの?」


エリーが辺りを見回す。

マーリンは険しい顔で森の奥を見つめた。


「分からない。だが、ただの森の住人とは思えないな」


「いったい何者なんだろう……」


涼音は小さく呟いた。

その問いに答える者はいない。

一行は警戒を強めながら、森の奥へと進んでいった。

しかし、彼女たちはまだ知らなかった。

この森で待っているのは、単なる修行ではない。

自分たちの限界を突きつける試練。そして、かつてこの世界で封印された「何か」へとつながる手掛かりが、この森の奥に眠っていることを。


暗黒の王城――七つの秘宝を狙う者

一方、その頃。

デュランダル王城の奥深く。

窓一つない薄暗い部屋で、ガルヴァーは一冊の古びた本を開いていた。

本の表紙には、現在の文字とは異なる古代文字が刻まれている。

紙は黄ばみ、ところどころが崩れかけていたが、そこに記された内容は今もなお、恐るべき意味を持っていた。


「ゼルガディスが戻ったか」


背後から、ランガスが声をかけた。


「ああ。負傷はしたようだが、まだ十分に役に立つ」


ガルヴァーはページをめくった。


「人間どもも、少しは学習したらしい。魔法が通じない相手に、魔力を武器へ宿して対抗するとはな」


「次に戦えば、さらに厄介になるかもしれません」


「構わん」


ガルヴァーは冷たく笑った。


「ゼルガディスは、あれだけで終わる男ではない」


ランガスは、机の上に広げられた古代書へ目を落とした。

そこには七つの宝石を思わせる図と、いくつもの古代文字が記されていた。


「……七賢人の秘宝」


ランガスが呟く。

ガルヴァーは、ページの中央に描かれた七つの紋章を指でなぞった。


「五つはセネルにある。残る二つを奪えば……」


「七つすべてがそろう、というわけですか」


「そうだ」


ガルヴァーの口元に、ゆっくりと笑みが広がった。


「秘宝がそろったとき、何が起こるのか。古代書には断片的な記録しか残っていない。だが、一つだけ確かなことがある」


彼は顔を上げた。


「七つの秘宝は、単なる力の結晶ではない」


ランガスの表情が変わる。


「それは、どういう意味です?」


「……さあな。だからこそ、確かめる価値がある」


そのときだった。

部屋の奥から、低い声が響いた。


「……七つ、すべてを集めるのか?」


二人が振り返る。

暗闇の中に、一つの影が立っていた。

四本の腕。

そして、その手に握られた剣。

一本目に炎が灯る。

続いて二本目。

三本目。

最後に、四本目の剣へ紅蓮の炎が燃え上がった。

揺らめく炎が、魔人の輪郭を不気味に浮かび上がらせる。


「レイジース・レコード……」


ガルヴァーが名を呼んだ。

四本腕の魔人は、楽しげに笑った。


「人間どもは、なかなか面白い。あの程度で、まだ抵抗を続けるとはな」


「ゼルガディスが戻ったばかりだ。お前まで動く必要はない」


「必要?」


レイジース・レコードは首を傾げた。


「俺が動くかどうかは、俺が決める」


部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。

ランガスは警戒するように身構えたが、ガルヴァーは動じなかった。


「ならば、ちょうどいい。次の仕事を与えよう」


ガルヴァーは古代書を閉じた。


「セネルには、七つの秘宝のうち五つが集まっている。奪ってこい」


レイジース・レコードは、四本の剣をゆっくりと持ち上げた。

炎が壁を赤く染める。


「次は……どこへ行けばいい?」


ガルヴァーは、セネルのある方角へ視線を向けた。


「決まっている」


そして、冷酷な声で告げた。


「秘宝を持つ者たちを、すべて狩りに行け」


「……いいだろう」


レイジース・レコードは笑った。


「今度は、どんな顔で絶望してくれるのか……楽しみだ」


炎が大きく揺らめいた。

その姿が暗闇へと溶けていく。

部屋に残されたガルヴァーとランガスは、しばらく沈黙していた。

やがて、ランガスが口を開く。


「本当に、七つをすべて集めるおつもりですか?」


ガルヴァーは閉じた古代書へ手を置いた。


「もちろんだ」


「ですが、古代書に記されているのは断片的な情報だけです。もし、我々の知らない力が目覚めたら……」


「そのときは、その力さえ利用すればいい」


ガルヴァーは薄く笑った。


「力を恐れる者に、世界を変える資格はない」


だが、その言葉とは裏腹に、彼の指先は古代書の表紙を強く押さえていた。

ページの隅。

誰も気づかなかった小さな古代文字が、暗闇の中で一瞬だけ淡く光る。

それは、七つの秘宝に関する記録とは別のものだった。

まるで――。

秘宝を集めようとする者たちを、何者かが遠い昔から待ち続けていたかのように。

そして、聖なる森の奥では、涼音たちが最初の試練へと足を踏み入れようとしていた。

二人の魔人が動き出し、国々は戦いの準備を整え、七つの秘宝を巡る運命が少しずつ動き始める。

まだ誰も知らない。

この戦いの先に待っているのが、単なる勝利や敗北ではないことを。

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