最終章 七つの秘宝――そして、世界に虹が架かる
全ての戦いの終わった王城には、久しく忘れられていた静けさが戻っていた。
かつて敵同士だった者たちが、同じ場所に集い、互いの無事を確かめ合っている。傷を負った者も、失ったものを抱える者もいた。それでも、誰もがようやく訪れた終わりを実感し始めていた。
そして、国王の間に、この戦いに関わった主要な面々が集結した。
代表として一歩前に出たのは、フローレンシアだった。
「国王陛下。これまでの経緯について、ご報告いたします。ガルヴァーとランガスの脅威は退けられ、三国を巻き込んだ戦いも終結いたしました。ただし、デュランダルの今後については、まだ決めなければならないことが残っていますわ」
国王は報告を聞き終えると、ゆっくりと立ち上がった。
そして、和人の前まで歩み寄る。
「和人どの。よく、やってくれた。そなたたちがいなければ、この世界はどうなっていたか分からぬ」
「いえ、俺一人の力じゃありません。ここにいる仲間たちがいたから、何とか乗り越えられたんです」
和人はそう答え、仲間たちへ目を向けた。
涼音、アリシア、ベルクール、エリー、ソフィー、シンシア、アレフ、アリス、クローム。そして、フローレンシア。
それぞれが危険を承知で戦い、何度も命を懸けてきた。
その中には、二度と戻らない仲間もいる。
和人の脳裏に、決死の覚悟で戦ったマーリンの姿が浮かんだ。
彼女が自分たちのために命を懸けたことを、決して忘れることはないだろう。
国王もまた、集まった者たちを見渡してから口を開いた。
「秘宝は、そなたの判断に委ねよう。元の世界へ帰るために使うもよし、この世界に残って新たな道を歩むもよし。そなたたちには、その選択をする権利がある」
和人は一瞬、言葉を失った。
元の世界。
学校があり、日常があり、好きなラノベやゲーム、フィギュアに囲まれた生活がある場所。
突然、この世界へ召喚されてから、どれほどの時間が過ぎただろう。
帰りたいと思ったことは、何度もあった。
けれど、今の和人には、この世界で出会った人々の顔が浮かんでいた。
「……ありがとうございます。少し、考えさせてください」
「うむ。急ぐ必要はない」
国王は穏やかにうなずいた。
それから、フローレンシアへ視線を移す。
「フローレンシアどの。そなたには、セネルを一つの国としてまとめ、導いてもらいたい。容易な仕事ではないだろうが、頼めるかな?」
フローレンシアは一瞬だけ目を見開いた。
これまで剣を振るい、仲間たちと共に戦ってきた彼女にとって、国を治めることは戦場とはまったく異なる責任を背負うことを意味していた。
それでも、彼女は迷わなかった。
片膝をつき、静かに頭を下げる。
「謹んでお受けいたしますわ。セネルの民が安心して暮らせる国を築いてみせます」
こうして、セネルの新たな歴史が動き始めた。
その日の夕刻。
和人は国王に頼み、城の中でもっとも高い場所へ案内してもらった。
そこは、王城の尖塔に設けられた見晴らし台だった。眼下には広大な城下町が広がり、その向こうには山々と平原、さらに遠くには、かつて戦場となった土地が見渡せた。
夕日が地平線へ沈みかけ、空は茜色に染まっている。
「こりゃ、絶景だな……」
和人は欄干に手を置き、しばらく景色を眺めていた。
やがて、懐から一つの秘宝を取り出す。
虹色の光を内側に宿した宝石――ハーモニクス。
七つの秘宝の中でも、調和を象徴する特別な秘宝だった。
和人はその宝石を掌に載せた。
「七つの秘宝があれば、この世界を元に戻すこともできる……。いや、元に戻すだけじゃ駄目なんだ」
これまで秘宝を巡って、どれほどの争いが起きただろう。
国と国が対立し、権力を求める者たちが人々を利用し、何も知らない民までもが戦火に巻き込まれてきた。
秘宝は人々を救う力を持っていた。
しかし、使い方を誤れば、世界を破滅へ導く力にもなり得る。
魔法の聖地で目にした黒い紋様が、脳裏をよぎった。
あの異変は、単なる魔法の暴走ではなかった。世界に流れる魔力そのものが、どこかで歪められていたのだ。
ガルヴァーたちの企みは阻止した。
だが、長い戦争の中で生まれた憎しみや、秘宝を巡る争いの火種まで、剣で斬り捨てることはできない。
「だったら、もう一度、世界の流れそのものを整えるしかない……」
和人は目を閉じた。
ハーモニクスに魔力を注ぎ込む。
最初は、宝石が淡く光るだけだった。
だが、和人がさらに魔力を送り込むと、虹色の輝きは次第に強くなり、宝石の表面に幾重もの光の輪が浮かび上がった。
その光は、まるで呼応するように、ほかの六つの秘宝へとつながっていく。
七つの秘宝が、一つの意志に応えるかのように輝き始めた。
「くっ……! これほどの魔力を、一度に持っていかれるのか……!」
身体から力が抜けていく。
それでも、和人は魔力の供給を止めなかった。
「頼む……。もう、誰も秘宝のために命を懸けなくていい世界にしてくれ!」
その瞬間だった。
空が、光に包まれた。
王城の尖塔から、七色の光が天へと伸びていく。光は空の彼方で交差し、巨大な虹を描いた。
一本ではない。
いくつもの光が重なり、空を横切るように広がっていく。
クロス状に交差した虹は、夕暮れの空を越え、夜の訪れさえ押しとどめるほどの輝きを放っていた。
城下町の人々が、次々と空を見上げる。
「なんだ、あの光は……?」
「虹が……空に、こんなに大きな虹が!」
遠く離れたセネルでも、ヴァリアスの国境でも、デュランダルの山間部でも、人々は空に架かる光を目撃していた。
枯れかけていた泉に清らかな水が戻り、荒れた大地には新たな芽が顔を出す。
魔力の流れが乱れていた土地では、淀んでいた空気が少しずつ澄み渡っていった。
それは、世界の根幹に流れる魔力が調和を取り戻していく光景だった。
七つの秘宝は、もともと単なる強力な魔道具ではなかった。
異なる性質を持つ力を一つに結び、世界の均衡を保つための存在でもあったのだ。
ハーモニクスは、その力を一つにまとめるための鍵だった。
しかし、世界を変えるために必要だったのは、秘宝の力だけではない。
和人自身の魔力、これまで出会った仲間たちとの絆、そして争いを終わらせたいという強い意志。
それらが重なり合い、七つの秘宝を通して世界へと広がっていった。
やがて、虹色の光がゆっくりと薄れていく。
和人は、最後の力を振り絞ってハーモニクスを握り締めた。
「これで……少しは、変わったかな……」
その言葉を最後に、和人の意識は途切れた。
身体が傾き、床へと倒れ込む。
秘宝の輝きは静まり、空には美しい虹の残光だけが残っていた。
世界は、確かに変わり始めていた。
だが、その変化を起こした本人は、何も知らないまま深い眠りに落ちていた。
三日三晩。
和人は、目を覚まさなかった。
王城の一室で、涼音はずっと彼のそばにいた。
食事を取るときも、眠るときも、少し離れるだけで落ち着かなかった。医師たちは命に別状はないと告げていたが、これほど大量の魔力を一度に消費した例はなく、いつ目を覚ますのかは分からなかった。
そして、四日目の朝。
「……ん……」
和人が、ゆっくりと目を開いた。
見慣れない天井が視界に入る。
身体を起こそうとした途端、全身に鈍い痛みが走った。
「いってて……。俺、何日寝てたんだ……?」
すぐそばで、誰かが寝息を立てている。
視線を向けると、ベッドの傍らで涼音が眠り込んでいた。
「おい、涼音……起きろ」
和人が声をかけると、涼音はゆっくりと目を開けた。
そして、和人の顔を見た瞬間、目を大きく見開いた。
「和人……!? 目が覚めたの!?」
「ああ。おはよう……って、そんなに驚くことか?」
「そんなに驚くことか、じゃないわよ!」
涼音は勢いよく身を乗り出した。
「三日も目を覚まさなかったのよ! 医師の人たちは大丈夫だって言っていたけど、もしこのまま起きなかったらどうしようって……!」
言葉の途中で、涼音はうつむいた。
その肩が、小さく震えていた。
和人は何も言わず、そっと彼女の頭に手を置いた。
「悪かった。心配かけたな」
「……本当よ。もう、あんな無茶はしないで」
「努力する」
「そこは絶対って言いなさいよ……」
涼音は涙を拭いながら、ようやく笑った。
和人も、つられて笑みを浮かべる。
「ところで、外はどうなった?」
「それがね……。空に虹が出てから、世界中で魔力の流れが安定し始めたらしいの。荒れていた土地も、少しずつ元に戻っているって」
「そっか……」
和人は窓の外へ目を向けた。
遠くの空には、もう虹は残っていない。
それでも、世界が新たな一歩を踏み出したことは分かった。
「これで……終わったんだな」
その言葉は、誰に聞かせるためでもなかった。
長い戦いが終わった。
そう実感した瞬間、和人の胸の奥から、張り詰めていたものがゆっくりとほどけていった。
「なあ、涼音」
「何?」
「しばらく旅をしてみないか?」
「え? 突然どうして?」
和人はベッドから立ち上がり、窓辺へ歩いた。
「俺たちが来た場所も、秘宝があった遺跡も、まだちゃんと見て回っていないだろ。戦いの中じゃ、景色を楽しむ余裕なんてなかったからな」
「……そうね」
涼音も窓辺に立った。
「今度は、戦うためじゃなくて、旅をするために行くのね」
「ああ。急ぐ必要もないし、寄り道しながらのんびり行こうぜ」
「ふふっ。和人がそんなことを言うなんてね」
「どういう意味だよ」
「だって、いつも何か問題が起きると、真っ先に首を突っ込むじゃない」
「……否定できないな」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
今度こそ、自分たちの意志で歩く旅が始まろうとしていた。
数日後。
和人たちは、フローレンシアから馬を二頭借り、王城を出発した。
最初に向かったのは、和人がこの世界へ召喚された場所だった。
そこには、かつて戦いが起きた痕跡が今も残っていた。
地面には折れた剣や砕けた盾が突き刺さり、荒れた大地には、激しい戦闘の爪痕が刻まれている。
しかし、以前とは違っていた。
戦場の隅には小さな草が芽吹き、風に揺れていた。
和人は馬から降り、しばらくその場所を見つめた。
「俺はここから来たんだよ。それで、あそこで杖をもらった」
彼が指さした先には、召喚の際に立っていた魔法陣の跡があった。
「ここが、始まりの地ってわけだ」
涼音は、周囲を見渡しながらうなずいた。
「へぇ……。和人は、こんな場所から始まったんだ」
「ああ。最初は何が何だか分からなかったけどな。ゲームだと思っていたら、いつの間にか本当に命懸けになっていた」
「私もよ。まさか剣道の経験が、こんなところで役に立つなんて思わなかったわ」
「それにしても、よく生き残れたよな、俺たち」
「ほんとにね」
二人はしばらく、風の音に耳を傾けていた。
かつては恐怖と混乱の中で立っていた場所。
今は、静かな風が吹き抜けている。
和人は小さく息を吐いた。
「よし、次へ行くか。今度は涼音が召喚された場所だ」
「うん。案内してあげるわ」
二人は馬にまたがり、旅を続けた。
秘宝が眠っていた遺跡、かつて訪れた村、仲間たちと戦った街道。
道中では、戦争で家を失った人々が新しい家を建てていた。商人たちが荷車を連ね、各国の品物を運んでいる。子供たちが道端で遊び、旅人たちが笑顔で言葉を交わしていた。
まだ、すべてが元どおりになったわけではない。
失われた命は戻らず、壊れた建物の修復にも時間がかかる。
それでも、人々は前を向いていた。
秘宝の力によって世界の魔力は安定し始めたが、平和を守り続けるのは人間自身だ。
和人は、その光景を目に焼き付けるように、ゆっくりと馬を進めた。
やがて、二人はデュランダルの領土にある、涼音が召喚された場所へたどり着いた。
周囲には、見覚えのある景色が広がっていた。
「ここが、涼音の始まりの場所か」
「そうよ。私も、最初は何が起きたのか分からなかったわ」
「今となっては、ずいぶん昔のことみたいだな」
「実際、いろいろあったものね」
涼音は笑った。
和人はその場所を見渡したあと、ふと思い出したように口を開いた。
「さてと……あいつに会いに行くか」
「誰のこと?」
「着けば分かるさ」
二人が向かったのは、ルークが暮らす場所だった。
ルークは二人の姿を見つけると、驚いたように目を見開いた。
「和人さん! 涼音さん! お久しぶりです!」
「よぉ、ルーク。元気そうだな」
「ええ。おかげさまで、こちらも平和になりました。お二人は、これからどうされるのですか?」
「しばらく旅をしていたんだ。ヴァリアスやデュランダル、秘宝があった遺跡なんかを見て回ってな。これからセネルにも顔を出すつもりだ」
「そうでしたか。フローレンシア様も、きっと喜ばれるでしょう」
和人は、ルークの顔をまっすぐに見た。
「なあ、ルーク。お前は人望もあるし、責任感も強い。まだ話せないこともあるんだが、近いうちに、お前に頼みたいことがある」
「僕に、ですか?」
「ああ。今はまだ、旅を楽しんでおくよ」
和人は意味ありげに笑った。
ルークは首をかしげたが、深く追及はしなかった。
「分かりました。お待ちしています」
二人はルークに別れを告げ、セネルへと向かった。
セネルに到着すると、フローレンシアは山のような書類に囲まれていた。
「久しぶりだな、フローレンシア。……おいおい、その書類の山は何だ?」
和人が声をかけると、フローレンシアは疲れ切った表情で顔を上げた。
「あら、和人さんに涼音さん。お久しぶりですわ」
「統括してみて、どうだ?」
「書類の整理に、外交に、貿易に……。戦場で剣を振るっていたころのほうが、よほど気楽だった気がしますわ」
フローレンシアは額に手を当て、深いため息をついた。
「ははっ。まあ、国をまとめるってのは、そういうものなんだろうな」
「笑い事ではありませんわよ!」
その言葉とは裏腹に、彼女の表情には少しだけ明るさが戻っていた。
和人は窓から街の様子を眺めた。
市場には多くの人々が集まり、各地から運ばれてきた品物が並んでいる。以前は見かけなかったデュランダルの工芸品や、ヴァリアスの魔法道具まで売られていた。
「街の景気はよさそうだな。ペールがうまく動いてくれているんだろう?」
「ええ。商人たちをまとめ、各国の間を行き来しているようです。自分の利益だけを考えるのではなく、三国全体が豊かになるように働いてくれていますわ」
「いいことじゃないか。これなら、少しずつ戦争の傷も癒えていくな」
フローレンシアは窓の外へ目を向けた。
「そうなることを願っています。けれど、平和を維持するのは、これからが本番ですわ」
「ああ。俺たちも、できることを考えていくよ」
和人は彼女に向き直った。
「今日は一つ、頼みがあって来たんだ。近いうちに、戦いに関わった仲間たちをヴァリアスへ集めてもらえないか?」
「皆を、ですか?」
「ああ。今後のことを、ちゃんと話し合っておきたい」
フローレンシアは少し考えたあと、うなずいた。
「分かりましたわ。皆、それぞれの仕事がありますから、数日はかかると思いますが」
「問題ない。悪いけど、頼むよ」
「ええ。お任せください」
数日後。
ヴァリアスの王城では、戦いに関わった者たちを集めた宴が開かれていた。
広間には料理と酒が並び、楽師たちの演奏が響いている。貴族たちも、兵士たちも、かつては敵対していた者たちも、今夜ばかりは同じ席で笑い合っていた。
そこには、久しぶりに顔を合わせた仲間たちの姿もあった。
「いやぁ、こうして全員そろうと、いろいろと思い出すな!」
ベルクールが杯を掲げる。
「思い出すって……あなた、危うく命を落としかけたことも何度もあったでしょう?」
エリーが呆れたように言うと、ソフィーが小さく笑った。
「それでも、こうして笑って話せるのですから。皆が生きていて、本当によかったです」
その言葉に、周囲の表情が少しだけ静かになった。
彼らは、失った仲間のことを忘れてはいない。
特にマーリンの話題になると、誰もが自然と声を落とした。
彼女が仲間を守るために見せた勇気。最後まで戦い抜いた姿。あのとき彼女がいたからこそ、救われた命があった。
「マーリンがこの場にいたら、きっと『湿っぽい顔をするな』って怒られたでしょうね」
シンシアがつぶやく。
「そうだな……。だから、今夜は笑っていよう」
和人はそう答え、杯を持ち上げた。
「マーリンに。そして、ここまで一緒に戦ってくれた皆に」
仲間たちも杯を掲げた。
それは、戦いで失われた命を悼みながら、これからの未来を祝うための乾杯だった。
しばらくして、和人は国王と王妃のもとへ歩み寄った。
「国王陛下、少しお時間をいただけますか?」
「もちろんだ。何かあるのだな?」
和人は二人に耳打ちした。
国王は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔でうなずいた。
「……よかろう。皆を呼ぼう」
国王が召使に言伝をすると、指名された者たちが客間へ案内された。
集まったのは、各貴族に加え、フローレンシア、涼音、アリシアだった。
「宴の途中で申し訳ない。みんなに聞いてもらいたいことがある」
和人は一同を見渡した。
「三国は、ようやく一つの未来へ向けて歩き始めた。貿易も始まり、人々の暮らしも少しずつ落ち着いてきている。だけど、まだ解決しなければならない問題がある」
和人は窓辺へ歩き、デュランダルの方向を見た。
「デュランダルには、まだ正式に国を治める者が必要だ。俺たちが各地を見て回った限り、表向きの治安は落ち着いている。でも、混乱に乗じて悪さをする者もいる。国を守る仕組みを整えなければ、同じことが繰り返される」
「そのとおりですわね」
フローレンシアがうなずいた。
「国を再建するには、戦う力だけでなく、民を守る仕組みが必要です」
「そこで、俺から提案がある」
和人は一同へ向き直った。
「デュランダルの国王には、ルークが適任だと思う。あいつには人望があるし、民のことを考えて行動できる。国を立て直す役目を任せるなら、あいつしかいない」
貴族たちの間に、ざわめきが広がった。
「ルーク殿ならば、確かに人々からの信頼も厚い」
「若さはありますが、これからの国を築くには適任かもしれませんな」
和人は続けた。
「アリシアには、デュランダルの治安維持に協力してほしい。各地を巡回し、問題が起きたら早い段階で対処する。ペールには、三国をまたぐ貿易の中心になってもらいたい。商人たちをまとめ、どの国も一方的に損をしない仕組みを作ってほしい」
「お任せください。三国の品物が行き交うようになれば、戦争をするよりも、共に商いをするほうが得だと皆が気づくはずです」
ペールの言葉に、和人はうなずいた。
「治安維持については、ミッチェルとピートにも協力してもらいたい。自警団の経験を生かして、地域ごとに人々を守る仕組みを作ってくれ」
「承知した。自分たちの暮らしを、自分たちでも守れるようにしていこう」
ミッチェルが答える。
最後に、和人はローレンスへ視線を向けた。
「そして、法律だ。デュランダルには新しい法律が必要になる。ローレンス、政治や法制度に詳しいお前の力を貸してほしい。ヴァリアスも、今の仕組みが本当に民のためになっているのか、見直したほうがいいと思う」
ローレンスは静かにうなずいた。
「法律は、民や国を縛るためだけのものではありません。弱い立場の者が、不当に扱われないためのものでもあります。時間はかかるでしょうが、各国と協議しながら整えていきましょう」
国王と王妃は顔を見合わせた。
やがて国王が口を開く。
「そなたの提案、もっともである。これからは戦いの強さだけでは国を守れぬ。法と制度を整え、民が安心して暮らせる国を築いていこう」
そして、国王は和人を見た。
「では、そなたたちはどうするつもりなのだ? 七つの秘宝がそろった今なら、元の世界へ帰ることも可能なのだろう?」
和人は、しばらく考え込んだ。
元の世界に帰ること。
それは、かつて何よりも望んでいたことだった。
だが、今は違う。
この世界には、守りたい人たちがいる。
共に戦った仲間たちがいる。
そして、秘宝が再び争いの原因になることを防がなければならない。
「……俺は、秘宝を守る義務があると思っています」
和人は、はっきりと答えた。
「この秘宝のせいで、戦争が続き、内乱が起き、多くの人が苦しんだ。世界の魔力は安定し始めたけど、秘宝の力を悪用しようとする人間が二度と現れないとは限らない」
和人は涼音を見た。
「だから俺は、コリン村の領主になろうと思う。七つの秘宝を厳重に保管して、必要以上に誰かの手に渡らないようにする。そのうえで、俺たち自身もこの世界で生きていく」
涼音は驚いたように目を見開いた。
和人は、彼女の前に立つ。
「涼音……。俺と一緒に、この世界で暮らしてくれないか?」
周囲が静まり返った。
和人は少し照れくさそうに頭をかいたあと、まっすぐに彼女を見つめた。
「俺は、お前のことがずっと好きだった。昔から一緒にいたのに、そんな気持ちをちゃんと言葉にしたことがなかった。戦いの中で、お前の強さも、優しさも、俺が知らなかった一面も、たくさん見た。これからも隣にいてほしい」
一度息を吸い、和人は続けた。
「……俺と、結婚してほしい」
「えっ……!?」
涼音の顔が、一瞬で赤くなった。
「ちょ、ちょっと……! いきなり、そんなこと言われても……!」
「悪い。急なのは分かってる。でも、ちゃんと伝えておきたかったんだ」
涼音はうつむき、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さな声で答えた。
「……考えさせて」
「ああ。待ってるよ」
和人は、それ以上何も言わなかった。
その場にいた仲間たちは、二人を温かく見守っていた。
フローレンシアだけは、どこか意味ありげな笑みを浮かべていたが、今は何も言わずにいた。
宴の広間へ戻ると、国王が杯を掲げ、皆の注目を集めた。
「皆の者、聞いてくれ!」
楽師たちの演奏が止まり、広間が静まり返る。
「今日まで、この世界を守るために戦ってきた者たちへ、わしから感謝の意を示したい。そなたたちの勇気と働きを称え、叙勲と騎士の称号を授けたいと思う!」
国王が名前を読み上げていく。
「アリシア、涼音、ベルクール、エリー、ソフィー、シンシア、アレフ、アリス、クローム、フローレンシア。そして、和人どの!」
呼ばれた者たちが前へ進み、片膝をついた。
国王自らが、一人ひとりの首に勲章をかけていく。
それは単なる褒賞ではなかった。
彼らが守り抜いたもの、失ったもの、そしてこれから背負っていく責任の証でもあった。
最後に、国王は和人の前に立った。
「和人どの。そなたには、王家に伝わる最高位の栄誉を授けよう。月光のユミエールの勲章である」
王家に伝わるマントが、和人の肩に掛けられる。
さらに、王冠が彼の頭上に置かれた。
和人は思わず固まった。
「……えっ? 国王陛下、これって、まさか……」
「心配するな。王位を譲るという意味ではない。そなたの功績を、王家が正式に認めたということだ」
「そ、そうですか……。いや、びっくりした……」
広間から笑い声が起こった。
和人は苦笑しながら、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。この栄誉に恥じないよう、これからも努力します」
拍手が広間を満たす。
その音を聞きながら、和人はふと思った。
召喚されたばかりのころ、まさか自分が異世界の王城で、こんな姿になるとは想像もしなかった。
あのころの自分に教えてやりたい。
この世界で出会った仲間たちが、どれほど大切な存在になるのかを。
夜が更けたころ。
和人は城の見晴らし台で、夜風に当たっていた。
城下町には明かりが灯り、遠くから宴のにぎやかな声が聞こえてくる。
しばらくすると、背後から足音がした。
「……和人」
振り向くと、涼音が立っていた。
「どうした? 宴はもう終わったのか?」
「ううん。ちょっと、話がしたくて」
涼音は和人の隣まで歩み寄り、欄干に手を置いた。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、彼女が口を開く。
「あのね……。返事なんだけど」
和人は、思わず姿勢を正した。
「……うん」
「待たせてごめんね。私も、和人が好き」
和人の目が大きく開かれた。
「本当に……?」
「本当よ。ずっと幼なじみで、何でも言い合える相手だった。それが、こんな世界に来て、一緒に戦って……。和人のことを、前とは違う目で見るようになったの」
涼音は、照れくさそうに笑った。
「最初は、単なる中二病のオタクだと思っていたのにね。くすっ」
「おい! 最後に余計なことを付け加えるな!」
「だって、本当のことでしょう?」
「俺の黒歴史を掘り返すなよ……」
二人は顔を見合わせて笑った。
その笑いが落ち着くと、涼音は真剣な表情になった。
「でもね。和人がどんな人なのか、私は知っているつもりだった。なのに、この世界で初めて見る顔がいっぱいあったわ。怖くても前に進むところ。仲間が傷つくと、自分のことみたいに怒るところ。無茶をしてでも、誰かを助けようとするところ」
彼女は和人を見つめた。
「だから、私も一緒にいたい。これから先も、ずっと」
和人はそっと彼女の肩に手を回し、優しく抱き寄せた。
「俺も、お前と一緒にいたい。これからも、よろしくな」
「うん……」
そのときだった。
「あらあら。ずいぶんお熱いことですわね、お二人さん」
聞き覚えのある声がした。
二人が振り向くと、フローレンシアが立っていた。
「フローレンシア!? お前、いつからそこにいたんだ!」
「つい先ほどですわ。もっとも、いい雰囲気でしたから、声をかけるのをためらってしまいましたけれど」
「だったら、そのまま帰れよ!」
「まあ、ひどいですわね。私は和人さんが、いつか私と婚約するものとばかり思っていたのに……」
フローレンシアは、わざとらしく肩を落とした。
「お前……呑んでるだろ? しかも、相当酔ってるな?」
「あら、少しくらい構わないでしょう?」
彼女は頬をほんのり赤く染めていた。いつもより華やかな装いに、和人は思わず視線を泳がせた。
「それにしても……その格好、いつもと違わないか?」
「ふふっ。似合いませんか?」
「いや、似合ってるけど……って、いや、そうじゃなくてだな……!」
和人が言い訳を探していると、涼音の拳が頭に落ちた。
「どこ見てんのよ、あんたは!」
「痛っ! いや、違う! 今のは不可抗力だ!」
「あらあら、仲がよろしいこと」
フローレンシアは楽しそうに笑った。
しばらく三人で言い合っていたが、やがて和人が大きくあくびをした。
「……さて、もう遅いし、俺たちも休むとするか」
「えっ……?」
涼音が顔を赤くした。
「え? あ、あんたと……寝るの? ちょっと、まだ心の準備が……」
和人は、きょとんとした。
「は? 何を想像してるんだよ。一緒に寝るわけないだろ!」
「なっ……! もう、知らない!」
涼音は顔を真っ赤にして走り去っていった。
「……あいつ、何を勘違いしてたんだ?」
「ふふっ。和人さんは、もう少し女性の気持ちを考えたほうがよろしいですわね」
「いや、お前にだけは言われたくないんだけど……」
フローレンシアは満足そうに笑い、夜の広間へ戻っていった。
和人は一人、星空を見上げた。
笑い声が遠ざかり、夜風が静かに吹き抜ける。
ようやく、戦いのない夜が訪れたのだ。
しかし、和人には、まだやらなければならないことが残っていた。
「……そうだ。あいつのところへ行かないとな」
城を出た和人が向かった先は、治療院だった。
静かな廊下を進み、治療師に案内された一室へ入る。
そこには、ベッドに横たわるデュランダルの国王がいた。
身体は生きている。
しかし、長い間にわたって受けた毒の影響は深く、精神も以前の状態には戻っていなかった。
アリシアが慕い、忠誠を誓ってきた国王。
彼が再び目を覚まし、元の自分を取り戻せるのかどうか、まだ誰にも分からなかった。
和人はベッドのそばに立ち、静かに国王を見つめた。
「……かなり酷いな」
彼は、懐から秘宝エタニティを取り出した。
永遠を象徴する秘宝。
その力は、時間や生命に深く関わるものだった。
だが、使い方を誤れば、命を永遠に閉じ込めてしまう危険もある。
「永遠の命、か……。命には限りがあるからこそ、価値があるんだよな」
和人は、かつての戦いを思い出していた。
不死を求める者たち。
失うことを恐れ、永遠を手に入れようとして、かえって多くのものを失った者たち。
小説やゲームなら、不死の力は魅力的な能力として描かれることもある。
しかし、ここはゲームではない。
生きている人間がいて、苦しみがあり、失われる命がある現実の世界だ。
「この力を使うなら、慎重にやらないとな……」
和人は目を閉じ、エタニティに少しずつ魔力を注ぎ込んだ。
宝石が淡い光を帯びる。
その光を確かめながら、和人は魔力の供給を細かく調整していった。
「力を抑えて……少しずつ。まだだ……あと少し」
エタニティの輝きが安定した。
和人は、ゆっくりと国王へ手をかざした。
「今度こそ、戻ってきてくれよ」
エタニティから放たれた光が、国王の身体を包み込む。
光は身体の表面を巡り、やがて胸元へと集まっていった。
その瞬間、室内の空気が震えた。
和人の視界が一瞬だけ揺らぐ。
時間が止まっていたかのように滞っていた魔力が、少しずつ動き始めたのだ。
国王の身体が淡く浮かび上がり、光に包まれる。
そして、凝縮された光が体内へと吸い込まれていった。
やがて、国王の身体は静かにベッドへ戻った。
「……これで、どうだ?」
和人は額の汗を拭った。
完全に治ったかどうかは分からない。
だが、先ほどまで感じられなかった生命の力が、わずかに戻ってきている。
「毎回のことだけど、秘宝を使うと、ふらつくな……」
和人は近くの空きベッドへ腰を下ろした。
急激に魔力を消費したせいか、身体が重い。
「少しだけ……休むか」
そうつぶやくと、和人は横になり、そのまま眠りに落ちた。
翌朝。
和人が目を覚ますと、まず国王の様子を確かめた。
顔色は、昨日よりも明らかによくなっていた。弱々しかった呼吸も安定し、身体から感じられる生命力も強まっている。
「……よかった。効いているみたいだな」
そのとき、部屋の扉が開いた。
「国王陛下……!」
駆け込んできたのは、アリシアだった。
彼女は、国王のもとへ通うために、ヴァリアスへ戻ってからも毎日治療院を訪れていたという。
国王の姿を見たアリシアは、言葉を失った。
それから、ゆっくりとベッドのそばへ近づき、涙を浮かべた。
「……本当に、よかった……」
彼女は振り返ると、和人へ駆け寄り、そのまま抱きついた。
「和人が……和人が、助けてくれたのね。本当にありがとう……!」
「お、おい……。まだ、完全に治ったかどうかは分からないぞ」
和人は少し戸惑いながらも、彼女の肩にそっと手を置いた。
「身体は回復し始めている。でも、意識が戻ったときにどうなっているか、まだ分からない。アリシア、ここで見守ってやってくれ」
「……うん。分かったわ」
「俺には、まだやることがあるんだ。また後で様子を見に来るよ」
和人は治療院を後にした。
その足で向かったのは、ヴァリアスの国王と王妃のもとだった。
「デュランダルの国王の件なんだが、秘宝エタニティを使って治療を試みた。身体の状態はよくなっている。ただ、精神まで完全に戻ったかどうかは、目を覚ますまで分からない」
国王は真剣な表情でうなずいた。
「そうか……。そなたには、何度も助けられているな」
「もし国王が目を覚ましたら、事情を説明して和解の道を探ってほしい。今はもう、秘宝を奪い合う理由はない。三国は、ようやく前へ進み始めているんだ」
「分かった。できる限りのことはしよう」
和人は、さらに一つのことを付け加えた。
「ただ、時間を止められていたような状態が、完全に解消されたとは限らない。記憶や精神に影響が残っている可能性もある。焦らず、本人の回復を待ってやってくれ」
「承知した」
和人は深く頭を下げ、部屋を後にした。
それから、和人と涼音は各地の情勢を見て回った。
最初に訪れたのは、セネルだった。
「よぉ、フローレンシア。相変わらず忙しそうだな……その書類の山」
「あら、和人さんに涼音さん。おかげさまで、毎日が充実しておりますわ」
そう言いながらも、フローレンシアの目の下には疲れが見えていた。
「こういう仕事が嫌いだから、今まで表舞台に立たなかったのだけれど……」
「まあ、戦ってるほうが性に合ってるんだろうな」
「否定はいたしませんわ」
三人は笑った。
和人は街の様子を眺めながら言った。
「街を見る限り、景気もよさそうだな。ペールが頑張っているんだろう?」
「ええ。各国の商人をうまくまとめてくれています。以前はデュランダルでしか手に入らなかった品物も、今ではこちらの市場に並んでいますわ」
「いいことじゃないか。物が行き来すれば、人も行き来する。お互いのことを知れば、戦争をする理由も減っていく」
フローレンシアは、静かにうなずいた。
「そのとおりですわ。もっとも、これから先も問題は起こるでしょう。国が違えば考え方も違いますし、利益が対立することもありますから」
「それでも、話し合える仕組みを作っていけばいい。俺たちが戦ってきた意味は、そこにあると思う」
フローレンシアは、少しだけ表情を和らげた。
「……和人さんも、随分と変わりましたわね」
「そうか?」
「ええ。以前なら、そんなことを言う前に、何か魔法を放っていたかもしれませんもの」
「おいおい、俺を何だと思ってるんだよ」
「ふふっ。頼りになる魔法使い、ですわ」
和人は照れくさそうに頭をかいた。
「今日は様子を見に来ただけなんだ。また何かあったら連絡してくれ」
「ええ。お二人も、どうかお元気で」
二人はセネルを後にした。
続いて向かったのは、デュランダルだった。
その途中、二人はかつて錬金術師たちが研究を行っていた宮殿を訪れた。
以前は不気味な静けさに包まれていた場所だったが、今では周辺に家々が建ち、ひとつの村として復興が進んでいた。
宮殿の一部は修復され、温泉街として整備されている。
戦争によって住む場所を失った人々も迎え入れられ、村には活気が戻りつつあった。
「ここも、ずいぶん変わったな」
和人は、かつて秘宝の謎を追っていたころを思い出した。
「以前は、こんなふうになるなんて想像できなかったわね」
「そうだな。遺跡だって、使い方次第では人々の暮らしを豊かにできる。大事なのは、力そのものじゃなくて、それをどう使うかってことなんだろうな」
涼音は、村で遊ぶ子供たちを見つめた。
「この子たちが、戦争を知らずに育っていけるといいわね」
「ああ。そのためにも、平和を守らなきゃな」
やがて、二人はデュランダルの城下町へ到着した。
そこで出迎えたのは、ルークだった。
「和人さん! 涼音さん! よく来てくださいました!」
「よっ、ルーク。頑張ってるみたいじゃないか」
「ええ。領主をしていたころとは違って、国王の仕事は想像以上に多いですね。ですが、城下町の人々が安心して暮らせるよう、毎日努力しています」
「街の様子を見る限り、治安も落ち着いているようだな。貿易も盛んになっているし」
「ペールさんたちが尽力してくださっています。ローレンスさんにも、法律の整備で助けてもらっていますよ」
「困ったことがあったら、ヴァリアスの国王にも相談するといい。三国は、もう敵同士じゃないんだからな」
「はい。これからは、互いに支え合える国を目指します」
和人は、満足そうにうなずいた。
「それじゃあ、最後に涼音に見せたいものがあるんだ」
「私に? 何よ、突然」
「まあ、着けば分かるさ」
そして、二人はコリン村へ向かった。
見慣れた道を進み、村の入り口をくぐる。
そこには、以前とは違う景色が広がっていた。
新しく整備された道。修復された家々。畑で働く人々。そして、村の外れに建てられた大きな屋敷。
和人は馬を降り、涼音へ手を差し出した。
「ここだ」
「……え?」
涼音は、屋敷を見上げた。
「ここが、俺たちの住む場所だ」
「えっ!? ちょっと待って、いつの間にこんなものを……!」
「旅に出る前に、ルークに頼んでおいたんだ。コリン村の領主になるなら、住む場所も必要だろ?」
和人は、少し照れくさそうに笑った。
「もちろん、俺一人で決めるつもりはない。これからは、二人で相談しながら暮らしていきたいと思ってる」
涼音は、もう一度屋敷を見上げた。
窓からは、柔らかな光が差し込んでいる。
豪華な城ではない。
けれど、二人が暮らしていくには十分な場所だった。
「……本当に、ここで暮らすのね」
「ああ。秘宝を守りながら、この村を少しずつ発展させていく。何か問題があれば、俺たちができる範囲で助ければいい」
和人は涼音を見つめた。
「改めて聞くけど……俺についてきてくれるか?」
涼音は微笑み、彼の手を握った。
「ええ。私は、ずっと和人のそばにいるわ」
和人は、彼女の手を優しく握り返した。
そのとき、屋敷の奥から風が吹き抜けた。
窓辺に置かれた七つの秘宝が、淡い光を放っている。
かつては、争いを生み出す原因となった力。
今は、誰かの欲望を満たすためではなく、世界を守るために保管されている。
和人は、その光を見つめながら静かにつぶやいた。
「……今度こそ、守り抜いてみせる」
それから、季節が移り変わった。
デュランダルでは、ルークを中心に国の再建が進められた。アリシアは治安維持に力を尽くし、ミッチェルとピートの自警団も各地で活動を続けていた。
ペールが中心となった貿易は三国を結び、各地の産物や技術が行き交うようになった。
ローレンスたちは法律の整備を進め、国の違いによって不当に扱われる者が出ないよう、新たな仕組みを築いていった。
セネルでは、フローレンシアが国の統括者として忙しい日々を送っていた。書類の山に頭を抱えることもあったが、彼女は少しずつ、戦場とは異なる方法で人々を守る力を身につけていった。
そして、ヴァリアスでは、国王と王妃が他国との協調を重視した政策を進めていた。
治療院にいたデュランダルの国王も、やがて意識を取り戻した。
エタニティの力によって身体は回復し、長く停滞していた魔力の流れも、少しずつ正常な状態へ戻っていった。
ただし、記憶や精神の回復には時間が必要だった。
アリシアは、焦らずに国王を支え続けた。
やがて、国王は自分が置かれていた状況と、戦争が終結したことを理解するようになった。
ヴァリアスの国王との間では和解に向けた話し合いが行われ、デュランダルの再建と三国の協力体制を支えるための合意が結ばれた。
国王は、かつての地位にそのまま戻るのではなく、ルークと協力してデュランダルの再建に携わる道を選んだ。
それは、過去を取り戻すためではなく、新しい国を築くための選択だった。
世界から、争いが完全になくなったわけではない。
人と人が違う考えを持つ以上、意見がぶつかることもある。利益を求める者もいれば、他人を傷つける者もいる。
しかし、国と国が武器を取る前に話し合う道ができた。
力を独占するのではなく、互いに支え合う仕組みが生まれた。
そして、七つの秘宝は、コリン村の屋敷で厳重に保管されることになった。
和人と涼音は、秘宝の管理を怠らず、その力が再び争いの原因にならないよう見守り続けた。
ときには村の人々の相談に乗り、ときには各国から届く知らせに耳を傾ける。
忙しい日々ではあったが、そこには戦場で過ごした日々とは違う、穏やかな時間が流れていた。
ある晴れた日の朝。
和人は屋敷の窓を開け、差し込んでくる陽光に目を細めた。
庭では涼音が剣を振っている。
かつて戦いのために磨いた剣技を、今は身体を鍛え、心を整えるために使っていた。
「和人! いつまでぼーっとしてるの? 朝ごはん、冷めちゃうわよ!」
「分かってるって! 今行く!」
和人は慌てて窓を閉め、部屋を出た。
廊下の壁には、二人が旅の途中で手に入れた品々が飾られていた。
召喚された場所で見つけた小さな石。
秘宝の遺跡で拾った古い欠片。
旅先の村で子供たちから贈られた、手作りの木彫り。
どれも高価なものではない。
けれど、二人にとっては大切な思い出だった。
食卓につくと、涼音が和人の前に料理を置いた。
「はい。今日は私が作ったんだから、ちゃんと食べてよね」
「おお、ありがとな。……って、これ、ちょっと焦げてないか?」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません!」
涼音がじろりと睨むと、和人は慌てて料理を口に運んだ。
その様子を見て、涼音は満足そうに笑った。
窓の外では、村の子供たちが元気に走り回っている。
遠くから、商人たちの声が聞こえてくる。
世界は、ゆっくりと前へ進んでいた。
和人は食事の手を止め、窓の外を見つめた。
この世界に召喚されたとき、自分はただ元の世界へ帰ることだけを考えていた。
けれど、今は違う。
ここには、守りたい場所がある。
共に生きていきたい人がいる。
そして、自分たちが築いていく未来がある。
「……悪くないな、こういうのも」
「何が?」
「いや、何でもない」
和人は笑った。
涼音も、つられて微笑んだ。
七つの秘宝は、屋敷の奥で静かに眠っている。
その輝きが、再び世界を揺るがす日が来るのかどうかは、誰にも分からない。
だが、和人はもう、未来を恐れてはいなかった。
何が起きても、一人ではない。
仲間がいる。
涼音がいる。
そして、自分たちには、守り抜きたい日常がある。
窓から吹き込む風が、カーテンを揺らした。
遠い空には、淡い虹が架かっていた。
それは、かつて世界を包み込んだ虹のように大きなものではない。
けれど、確かにそこにあった。
争いの終わりを告げるためではなく、これから続いていく日々を祝福するかのように。
和人は涼音の手を取った。
「さて、今日はどこへ行こうか?」
「そうね……。たまには、何も起きない一日を過ごしたいわ」
「それ、いいな」
二人は顔を見合わせて笑った。
こうして、長い戦いの物語は幕を閉じた。
しかし、二人の人生は終わらない。
七つの秘宝を守りながら、世界を見守りながら、そして大切な人と共に歩きながら。
和人と涼音の物語は、ここからまた始まるのだ。
――剣と魔法が支配する世界。ダークオベリオン。
その世界に、二人が選んだ未来が刻まれていく。
……END




