第15章 七賢人の秘宝を巡る戦火――第三勢力、両国と激突
数日が過ぎた頃。
セネルに集まった和人たちの仲間は、連日休むことなく鍛錬を続けていた。
剣士たちは剣技や魔法剣技を磨き、魔法師たちは新たな魔法の習得と魔力制御の訓練に励む。そして、それぞれの力を高めるだけでなく、仲間同士の連携にも力を入れていた。
これまでの冒険で培ってきた経験を共有し、何度も模擬戦を繰り返す。
最初は個々の実力に頼り、動きが噛み合わなかった者たちも、日を追うごとに互いの癖を理解し、少しずつ一つの部隊として形になっていった。
「右から来るぞ!」
「分かってる!」
アレフが雷を帯びた剣で相手の攻撃を弾き、その隙にラルクが二本の魔法剣を交差させる。
そこへマーリンが風を操り、相手の足元を崩した。
「今だ、クレア!」
「大地よ、彼らの足を縛りなさい!」
クレアの古式魔法が発動し、地面から伸びた岩の腕が相手の動きを封じる。
「よし、そこまで!」
訓練を見守っていたミッチェルが声を上げた。
全員が動きを止める。
「悪くない。だが、実戦なら今の一瞬の遅れで仲間が死ぬぞ。もう一度だ!」
「ええっ、また!?」
アリスが疲れた声を上げる。
「当然だ。敵は待ってくれないからな」
「……ミッチェルさん、厳しすぎません?」
「戦場はもっと厳しいぞ」
その言葉に、アリスは小さくため息をつきながらも杖を構え直した。
少し離れた場所では、ソフィーと涼音が剣を交えていた。
涼音の剣が風をまとい、鋭い軌道を描く。対するソフィーは、相手の視線と呼吸を読み、紙一重で攻撃をかわしていく。
「以前より動きがよくなったわね、涼音」
「そっちこそ。相変わらず、何を考えているのか分からない動きね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
二人は笑みを浮かべながら、再び剣を交えた。
その様子を少し離れた場所から見つめていた和人は、仲間たちの成長に確かな手応えを感じていた。
――これなら、戦える。
そう思った直後、和人は自分の考えに小さく苦笑した。
これから戦う相手は魔物ではない。
人間だ。
しかも、何百年もの歴史を持つ大国の軍隊である。
相手にも家族がいて、守るべきものがあり、自分たちと同じようにこの世界で生きてきた人間がいる。
魔物を倒すことと、国を相手に戦うことは違う。
勝利すれば、必ず誰かが何かを失う。
「……和人?」
いつの間にか隣に来ていた涼音が、彼の顔をのぞき込んだ。
「何か考え事?」
「いや。俺たちが本当にやろうとしていることを、改めて考えていた」
「怖くなった?」
「そりゃ怖いさ。ゲームの中なら、失敗してもやり直せる。でも、ここじゃそうはいかない」
和人は訓練を続ける仲間たちに目を向けた。
「誰かが死んだら、それで終わりだ」
涼音はすぐには答えなかった。
やがて、静かに口を開く。
「だったら、死なせないために考えましょう。戦わずに済む方法も、負けない方法も、全部」
「……ああ。そうだな」
「それに、あなたが無茶をしたら、私が止めるから」
「おい。それ、俺だけが無茶する前提じゃないか?」
「今までの実績を考えれば、当然でしょ?」
「ひどいな……」
和人は肩をすくめた。
ほんの少しだけ、胸の重さが和らいだ気がした。
そして――作戦会議の日がやってきた。
フローレンシアの屋敷。
そこには、和人たち四人をはじめ、八人の新たな仲間、そしてセネルの運営を支える五人の貴族が集まっていた。
全員が席につくと、フローレンシアはテーブルの上に大きな地図を広げた。
「皆さん、お待たせしました」
落ち着いた声が室内に響く。
それまで交わされていた小声の会話が止まり、全員の視線が地図へと集まった。
「これが、私たちの最初の作戦です。今回の戦いは、今後のセネルの命運を左右するものになるでしょう」
フローレンシアは一同を見渡した。
「失敗すれば、敵にこちらの戦力や目的を知られるだけでは済みません。私たちの存在そのものが、両国にとって排除すべき脅威になる可能性があります」
「つまり、負けられない戦いってことか」
クロームが低い声で言った。
「ええ。ただし、勝つことだけを考えて、無謀な戦いをするつもりもありません」
フローレンシアは地図上の一点を指した。
「最初の標的は――デュランダルです」
誰も口を挟まなかった。
フローレンシアは続ける。
「私たちはこれまで、両国の情報収集を進めてきました。デュランダルとヴァリアス、それぞれに潜り込んでいた密偵についても、こちらの動きが漏れないよう対処しています」
「もっとも、すべての情報経路を把握できているわけではありません」
商人のペールが補足した。
「こちらの計画がヴァリアスへ漏れる可能性は低いでしょう。しかし、デュランダル側に未知の情報網が存在する可能性は残っています」
「完全に安全な作戦なんてない、ということね」
シンシアが腕を組む。
「その通りです」
フローレンシアは地図上の両国の中間地点を指した。
「セネルから千五百名を動員します。そのうち五百名をこの地点に配置し、ヴァリアスがデュランダルへ援軍を送ろうとした場合、進軍を食い止めます」
次に、デュランダル側へ指を移した。
「残る千名で、デュランダル軍の前線部隊を攻撃します。敵の本拠地を無謀に攻めるのではなく、まずは国境付近の軍事拠点を崩す。それが今回の目的です」
「千五百人か……」
和人は地図を見つめた。
「できれば、殺さずに済ませたいんだがな」
「相手がこちらの話を聞いてくれるとは限らないわ」
涼音が静かに答える。
「分かってる。でも、最初から皆殺しにするつもりで戦うのは違うだろ」
「もちろんです」
フローレンシアは頷いた。
「投降した兵士や、戦闘の意思を失った者を不必要に傷つけないよう、全部隊へ通達します。ただし、こちらの仲間を守るために戦わなければならない場面では、迷わないでください」
その言葉に、ミッチェルが深く頷いた。
「前線の指揮は俺が執る。兵士たちにも徹底させよう」
「お願いします」
フローレンシアは一枚の資料を取り出した。
「そして、デュランダル軍を率いる騎士団長についても情報があります」
「だいたい予想はつくけど……念のため、誰なの?」
涼音が尋ねた。
「女性騎士――アリシアです」
その名前を聞いた瞬間、涼音の表情が変わった。
「やっぱり……アリシアなのね」
「知り合いなのか?」
和人が尋ねる。
「以前、闘技場で戦ったことがあるの。それだけじゃないわ」
涼音は少しだけ目を伏せた。
「一度、ヴァリアスとの戦闘で共闘したこともある」
「敵同士だったのに、一緒に戦ったのか?」
「その時は、共通の敵がいたから。アリシアは自分の信念に忠実な人よ。敵だからといって、無条件に誰かを憎むような人ではないわ」
涼音は資料に目を落とした。
「でも、騎士団長になったのなら、以前よりも簡単には動けないでしょうね。彼女には守らなければならない兵士たちがいるから」
「ならば、アリシアが前線に現れた場合は、涼音さんに対応をお願いします」
フローレンシアが告げる。
「分かったわ」
涼音は剣の柄に手を添えた。
「できることなら、戦わずに済ませたいけど……」
「無理なら?」
「その時は、私が止める」
涼音の声に迷いはなかった。
和人は彼女の横顔を見つめた。
知り合いだからこそ、戦うのはつらいはずだ。
それでも涼音は、自分の役目から逃げようとはしなかった。
フローレンシアは各人の配置を説明していった。
ミッチェルが前線の指揮を執り、アリスとシンシアが魔法部隊を率いる。ベルクールは遠距離から敵陣を崩し、ソフィーは遊撃として戦場を駆け回る。
アレフ、ラルク、マーリン、クレア、クローム、クレアたちも、それぞれの特性に応じた役割を与えられた。
そして、最後にフローレンシアは和人へ視線を向けた。
「和人さんには、全体の戦況を見てもらいます。この中で最も高い魔力を持ち、広範囲の魔法を使えるのはあなたです。戦況に応じて、必要な場所へ魔法を投入してください」
「了解した。ただ、広範囲魔法は魔力の消耗が激しい。連発はできないぞ」
「承知しています。だからこそ、使いどころを見極めてほしいのです」
和人は地図を見つめた。
「俺も、デュランダルを先に攻めることには賛成だ」
全員が彼を見る。
「デュランダルは剣の国だ。魔法師の数なら、ヴァリアスほど多くない。対して、こっちには魔法師も剣士も揃っている。戦場での連携がうまくいけば、優位に立てるはずだ」
「ただし、相手を侮るつもりはない、ということね」
フローレンシアが確認する。
「ああ。剣の国だからって、魔法に弱いと決めつけるのは危険だ。地形や罠、指揮官の判断次第で、戦況はいくらでも変わる」
和人は拳を握った。
「俺たちの力を試すには、ちょうどいい相手だ。でも、これは勝負じゃない。戦争だ。勝った後に何を残すかまで考えないといけない」
涼音が小さく笑った。
「……相変わらず言うことが大胆ね。もしかして、ラノベ知識?」
「そりゃ、ラノベで経験値を積んでるからな!」
「現実の戦争をラノベと一緒にしないでよ」
「分かってるって。だから、今回は慎重にいく」
「その言葉、忘れないでね」
二人のやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少し和らいだ。
だが、会議が終わっても、誰もすぐには席を立たなかった。
地図の上には、二つの大国と、小さな独立都市セネルが描かれている。
その小さな都市が、これから二つの国に立ち向かおうとしているのだ。
誰もが、その重さを理解していた。
そして――和人たちがまだ知らないところで、彼らの動きを追う者たちがいた。
セネルから遠く離れた薄暗い部屋。
一人の人物が、卓上に置かれた地図を見下ろしていた。
「……動いたか」
その指先には、黒い影を内側に閉じ込めたような宝石があった。
それは、和人たちの持つ五つの宝石とは、どこか似ていて、どこか違う。
人物は宝石を握りしめた。
「七つが揃う前に、確かめなければならない」
その声を聞く者は、誰もいなかった。
数日後。
ついに出撃の日が来た。
デュランダルへ続く街道。
和人たちは作戦通りに配置につき、敵軍の到着を待ち構えていた。
街道の両側には木々が生い茂り、足元には乾いた土が広がっている。遠くには緩やかな丘陵が続き、敵の姿を確認するには十分な見通しがあった。
しかし、その静けさがかえって不気味だった。
「……静かすぎないか?」
ラルクが小声で呟く。
「敵が来る前の戦場なんて、こんなものよ」
ソフィーは周囲を警戒しながら答えた。
「ただし、静かだからといって安心していいわけじゃない。敵がこちらの配置を把握している可能性もあるわ」
和人は杖を握り直した。
「罠は予定通りか?」
「ペールが手配してくれた。街道周辺には仕掛けてある。ただし、敵が気づいていれば効果は薄い」
ミッチェルが答える。
「分かった。全員、合図があるまで動くなよ」
やがて――。
遠くから、地面を揺らす音が聞こえてきた。
ドドドドド……。
土煙が舞い上がり、地平線の向こうからデュランダル軍が姿を現した。
「来たな」
和人が目を細める。
隊列を組んだ兵士たち。その中央には旗が掲げられ、鎧に身を包んだ騎士たちが整然と進んでいた。
だが、先頭の部隊は不用意に突き進んでいるわけではなかった。
兵士たちは周囲を警戒し、前方の地面にも注意を払っている。
「思ったより慎重だな」
ミッチェルが呟いた。
「こちらの動きが漏れていた可能性もある。油断するな」
和人は仲間たちへ視線を送った。
敵軍が一定の距離まで近づいた瞬間――。
地面が大きく崩れた。
「なにっ!?」
先頭を進んでいた兵士たちが足を取られ、隊列の一部が乱れる。
街道に仕掛けられていた罠が作動したのだ。
「今だ! ベルクール!」
「任せろ!」
ベルクールが弓を引き絞った。
その隣で、ソフィーが白龍を抜く。
「少しだけ、力を借りるわ」
白龍の刀身から放たれた光が、ベルクールの矢へと宿っていく。
一本、二本、そして三本。
光を帯びた矢が、同時に放たれた。
ヒュンッ!
矢は空を切り裂き、敵軍の前方へ突き刺さる。
「ぐあっ!」
「何だ、あの攻撃は!」
兵士たちの間に動揺が広がった。
しかし、敵軍はすぐに態勢を立て直そうとする。
「負傷者を下げろ! 前衛は盾を構えろ!」
指揮官の声が響いた。
予想よりも早い対応だった。
「……やっぱり、簡単には崩れないか」
和人は唇を引き結んだ。
「第一段階は成功だ。だが、本番はここからだぞ」
その時だった。
敵軍の中央から、一人の女性が歩み出てきた。
銀色の鎧。腰に下げた剣。周囲の兵士たちとは明らかに違う、研ぎ澄まされた闘気。
その姿を見た瞬間、涼音の表情が変わった。
「……まさか」
女性もまた、こちらへ視線を向ける。
「……涼音?」
二人の声が、ほとんど同時に重なった。
「アリシア……!」
アリシアは驚きを隠せない様子で、涼音を見つめた。
「どうして、あなたがここにいるの?」
「それはこっちの台詞よ」
涼音は一歩前へ出た。
「あなたこそ、どうしてセネルに攻め込んできたの?」
「攻め込んできたのは、そちらでしょう」
アリシアは周囲の地形とセネル軍の配置を素早く確認した。
「第三勢力……。最近、国境付近で噂になっている独立勢力というのは、あなたたちだったのね」
「そうよ。私たちはセネルを拠点に、第三の勢力を作った」
「何のために?」
「この戦争を終わらせるために」
涼音は迷いなく答えた。
アリシアの眉がわずかに動く。
「戦争を終わらせるために、デュランダルを攻撃するの?」
「デュランダルだけじゃない。ヴァリアスとも戦うことになる」
「あなた……正気なの?」
「正気よ。だからこそ、あなたに聞いてほしいことがあるの」
涼音は周囲を一瞥した。
戦場の緊張は高まっている。いつ、どちらかが攻撃を仕掛けてもおかしくない。
「七賢人の秘宝について、どこまで知っている?」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの目つきが変わった。
「七賢人……?」
「デュランダルのマダスカスと、ヴァリアスのディストラ。この二つが、七つの宝石のうち残された二つなの」
「待って。七つの宝石ですって?」
「私たちは、すでに五つを手に入れている」
アリシアは息を呑んだ。
「そんな馬鹿な……。国王陛下からは、二つの秘宝が揃えば戦争を終わらせるだけの力を得られると聞かされているわ」
「それだけ?」
「……それ以外は、詳しく知らされていないわ」
アリシアは言葉を濁した。
その反応を見て、涼音は確信に近いものを感じた。
「やっぱり、すべてを知らされているわけじゃないのね」
「どういう意味?」
「七つの宝石は、ただの兵器じゃない。私たちは、七賢人が残した記録を調べている。宝石同士が共鳴し、魔力や空間に異常を引き起こす可能性も分かってきた」
「空間に……異常?」
「まだ分からないことも多いわ。でも、二つの秘宝を手に入れればすべてが解決するなんて、簡単な話じゃない」
涼音は一歩、アリシアに近づいた。
「それに、もし国王の側近たちが秘宝の力を引き出すために、ヴァリアスから魔法師を捕らえ、魔力を無理やり吸い上げるつもりだったら?」
アリシアの表情が凍りついた。
「……そんな話、私は聞いていない」
「本当に?」
「側近たちは、秘宝の力を得るためには相応の魔力が必要だと言っていた。でも、魔力をどうやって集めるのかまでは……」
アリシアは言葉を切った。
何かを思い出したように、目を伏せる。
「……そういえば、最近、王城の地下施設への出入りが厳しく制限されていた。私にも立ち入りを許されなかった場所がある」
「それが関係しているかもしれない」
「あなたの話を信じろというの?」
「信じなくてもいい。ただ、自分の目で調べてほしいの」
涼音は剣を構えたまま、真っ直ぐにアリシアを見つめた。
「私はあなたを倒すこともできる。でも、今はそれを望んでいない」
アリシアはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと剣の柄から手を離す。
「……少し時間をくれない?」
「何をするつもり?」
「自分で調べる。あなたの話が真実なら、私は王国と民を守る騎士団長として見過ごすわけにはいかない」
「アリシア……」
「ただし」
彼女の目に、騎士としての強い意志が戻る。
「あなたたちが攻撃してきた以上、私は騎士団長として戦わなければならない。私を信じてくれた兵士たちを、何の説明もなく危険にさらすことはできないわ」
涼音は、その言葉を理解していた。
アリシアは国に従うだけの騎士ではない。
彼女には、彼女なりの責任があるのだ。
「……分かったわ」
涼音は剣先をわずかに下げた。
「次に会う時までに、答えを出して」
「ええ。必ず」
その瞬間――。
「敵を倒せ! セネル軍を押し返せ!」
後方から怒号が響いた。
前線の指揮官が、戦闘開始の命令を下したのだ。
アリシアは一瞬だけ目を閉じ、剣を抜いた。
「……どうやら、話し合いだけでは終わらないみたいね」
「そうね」
涼音も剣を構え直す。
「アリシア。死なないでよ」
「それは、こちらの台詞よ」
二人は互いに背を向けた。
そして、戦場が動き出した。
「ソフィー!」
「分かってる!」
ソフィーが敵陣へ飛び込む。
白龍の光が剣を包み、敵兵の武器を弾き飛ばしていく。彼女は致命傷を与えることを避けながら、相手の隊列を崩し、味方が進むための道を切り開いた。
「こっちよ! 追いかけてきなさい!」
敵兵たちがソフィーを追う。
彼女は木々の間をすり抜けるように身を翻し、敵の視線を一方向へ誘導した。
「今よ!」
ベルクールの矢が頭上を通過した。
光をまとった矢が敵の盾を撃ち、隊列に隙間を作る。
「いい連携ね!」
「当然だ!」
ベルクールが笑った。
そこへ、アレフが雷を帯びた剣を振るう。
「こっちも忘れるなよ!」
稲妻が地面を走り、敵兵たちの足を止める。
ラルクとクロームがその隙を突き、敵の前衛を押し返した。
セネル軍の連携は、訓練の成果を確実に発揮していた。
しかし、デュランダル軍も黙ってはいない。
「隊列を崩すな! 前衛は敵の剣士を抑えろ! 弓兵は後方の魔法師を狙え!」
指揮官の命令が飛び交う。
乱れかけた隊列が、少しずつ立て直されていく。
「くそっ、立ち直りが早い!」
ミッチェルが歯を食いしばった。
「こちらの攻撃を読まれているのか?」
「いいえ!」
マーリンが風を操り、飛来した矢を逸らす。
「敵の指揮官が優秀なのよ。こちらの狙いを見て、すぐに対応している!」
「なら、対応する暇を与えなければいい!」
和人は杖を掲げた。
「――炎よ、集え!」
周囲の魔力が揺らぎ、杖の先に赤い光が集まっていく。
和人は敵の隊列を見極め、味方が巻き込まれない位置を選んだ。
「――エクスプロード!」
巨大な炎が敵軍の中央へと走った。
次の瞬間、爆発が戦場を揺るがす。
轟音とともに土煙が舞い上がり、敵の隊列が大きく崩れた。
「今だ! 前進!」
ミッチェルの号令が響く。
セネル軍が一斉に突撃した。
戦場は一気に乱戦へと変わる。
だが、広範囲魔法を放った和人の呼吸は荒くなっていた。
「……っ、思ったより魔力を持っていかれたな」
杖を握る手に力を込める。
まだ戦いは終わっていない。
無理をすれば、次に魔法を使うべき場面で動けなくなる。
「和人、無茶しないで!」
少し離れた場所から涼音が叫んだ。
「分かってる!」
和人は呼吸を整え、次の一手を考える。
その時、敵軍の中央で大きな声が響いた。
「セネル軍をこれ以上進ませるな!」
一人の騎士が、崩れた隊列を立て直そうとしていた。
彼はアリシアとは別の部隊を率いる騎士団長だった。
「我々はデュランダルの騎士だ! 独立勢力ごときに屈するな!」
騎士団長が剣を振り上げ、兵士たちを鼓舞する。
その姿に、崩れかけていた敵兵たちが再び集まり始めた。
「……厄介だな」
ソフィーが目を細める。
敵の士気が戻れば、こちらの損害も増える。
「なら、指揮官を止めるまでよ」
ソフィーは黒龍を抜いた。
黒い刃が光を吸い込むように鈍く輝く。
「お前たちの連携など、私には届かん!」
騎士団長が剣を振り下ろした。
ソフィーは紙一重でかわし、相手の懐へ滑り込む。
「残念ね。連携というのは、一人で戦うためのものじゃないのよ」
白龍が閃いた。
一撃目で相手の剣筋を逸らし、二撃目で体勢を崩し、三撃目で剣を弾き飛ばす。
「な……っ!」
騎士団長が目を見開いた。
最後の一撃が鎧をかすめ、彼は地面へ倒れ込んだ。
「そこまでよ。まだ戦うつもりなら、次は武器を弾くだけでは済まないわ」
ソフィーは剣先を向けた。
周囲の兵士たちは、指揮官が倒れたことで動揺した。
戦場の一角で、デュランダル軍の隊列が完全に崩れた。
しかし――。
アリシアの部隊だけは、まだ健在だった。
彼女は戦況を見渡し、唇を引き結ぶ。
セネル軍の連携は予想以上だった。
正面から押し返すには、すでに損害が大きすぎる。
それでも、彼女は簡単に撤退を命じることができなかった。
ここで退けば、セネルがさらに勢力を拡大する可能性がある。
だが、無理に戦い続ければ、兵士たちを無駄に失うことになる。
「……くっ」
アリシアは目を閉じ、剣を掲げて後ろを振り向き決断した。
「全軍、撤退!」
その声に、兵士たちが一斉に反応する。
「騎士団長! まだ戦えます!」
「これ以上は無理よ! 負傷者を回収し、隊列を維持して後退しなさい!」
アリシアは厳しい声で命じた。
デュランダル軍は、少しずつ街道から後退していく。
涼音はその背中を見つめていた。
「アリシア……」
遠くから、彼女の声が聞こえる。
「涼音! 私は必ず調べる! もしあなたの話が真実なら――」
アリシアは一度言葉を切った。
「……次に会う時、私は敵とは限らない」
涼音は剣を下ろした。
「待ってるわ」
その言葉を最後に、二人の姿は土煙の向こうへと消えていった。
セネル軍は初戦に勝利した。
だが、戦場に立っていた者たちの顔に、歓喜の色はなかった。
血の匂いに倒れた兵士、そして壊れた武器。
そして、初めて目の当たりにした戦争の現実。
和人は、仲間たちの表情を見つめた。
勝利した。
それでも、誰も心から笑うことができなかった。
彼らが倒した相手もまた、誰かの仲間だったのだ。
和人は兵士たちの前に立った。
「みんな、よく戦ってくれた」
兵士たちが彼を見る。
「今日、初めて戦場に立った奴もいると思う。怖かった奴もいるだろう。思ったように動けなかった奴もいるはずだ」
和人は一人一人の顔を見た。
「でも、それを恥じる必要はない。怖いと思うのは、生きたいと思っているからだ」
誰も口を挟まなかった。
「これからも戦いは続く。相手はさらに強い軍を送り込んでくるかもしれない。だからこそ、絶対に忘れないでほしい」
和人は、ゆっくりと言葉を続けた。
「一番に自分の命を守れ。危険を感じたら退け。仲間を信じろ。そして、仲間が危険な時は助け合え」
彼は拳を握った。
「俺たちは、戦争を終わらせるためにここにいる。誰かを倒すことだけが目的じゃない。戦いの先に、守りたいものがあるはずだ」
その言葉を聞き、兵士たちは静かに頷いた。
勝利は、始まりにすぎない。
そのことを、和人自身も強く感じていた。
次なる標的――魔法王国ヴァリアス
セネルへ戻った和人たちは、すぐにフローレンシアの屋敷へ向かった。
作戦会議室には、再び地図が広げられていた。
「そうですか……。アリシアが撤退を決断したのですね」
報告を聞いたフローレンシアは、しばらく考え込んだ。
「彼女が前線での戦いを避けるようになれば、デュランダル軍の動きはしばらく鈍くなるでしょう」
「ああ。ただ、アリシアが本当にこちらの話を調べてくれるかは分からない」
涼音が答える。
「彼女は自分の目で確かめる人よ。でも、国王や側近たちが何を考えているかまでは、まだ分からない」
「それでも、わずかな可能性が生まれたことは確かです」
フローレンシアは地図の反対側へ視線を移した。
「ならば――次はヴァリアスです」
「俺も同じことを考えていた」
和人は頷いた。
「ただし、ヴァリアスはデュランダルとは違う。魔法の国だ。こちらが魔法で優位に立てるとは限らない」
和人はヴァリアスにいた頃の記憶を思い返していた。
魔法を学び、魔法師たちと接し、国の仕組みを少しずつ知っていった日々。
その中で、特に警戒すべき人物が二人いた。
「気をつけるべきなのは、エリスとオルスターという二人の魔法師だ」
「エリス……?」
フローレンシアが資料に目を落とす。
「ああ。エリスは兵法に詳しい。陣形の扱いにも長けている。こちらの戦力が少なくても、配置次第で何倍もの力を引き出せるタイプだ」
「戦場を支配する指揮官、ということですね」
「そういうことだ。こっちの作戦を見抜かれれば、数で勝っていても苦戦する」
「もう一人のオルスターは?」
ペールが尋ねた。
「人望が厚い魔法師だ。光魔法を得意としていて、魔法の指南役もしていた高位の魔法使いだよ」
「単純な戦闘力だけでなく、兵士たちからの信頼も厚いわけですね」
フローレンシアは腕を組んだ。
「つまり、正面から戦えば苦戦する」
「ああ」
「ならば、正面から戦わなければいい」
彼女の目が鋭く光った。
「シンシアとクレアを先行させます。二人の能力を利用して、敵の陣形を崩しましょう」
「幻惑と古式魔法か」
和人が頷く。
「ええ。まずは奇襲を仕掛け、その後、シンシアの幻惑魔法でこちらの姿を隠す。敵が状況を把握できない間に、前衛を突入させます」
「ただし、敵がこちらの位置を魔力で探知してくる可能性もあるわ」
シンシアが冷静に指摘した。
「幻惑は万能じゃない。視覚を惑わせても、魔力の流れまでは完全に消せないもの」
「だからこそ、最初の一撃が重要になる」
和人は地図の中央を指した。
「敵の陣形が完成する前に崩す。そこが勝負だ」
そして、ふとエリーへ視線を向けた。
「エリー、ソウルパワーを使えないか?」
「私のソウルパワーを?」
「ああ。離れた場所では効果が薄いんだったよな」
「そうね。相手の気配や魔力を捉えることはできるけれど、距離が離れるほど精度が落ちるわ」
「なら、城下町に協力者を潜り込ませることができれば?」
エリーは少し考え、頷いた。
「協力者が近くにいれば、周囲の情報を拾いやすくなるかもしれない。ただし、相手の思考を何でも読めるわけじゃないわ。警戒されれば、こちらの存在を察知される可能性もある」
「十分だ。エリスがどんな陣形を使うのか、事前に分かれば大きな助けになる」
ペールが身を乗り出した。
「商人なら、城下町へ入り込むこと自体は難しくありません。物資の取引を理由にすれば、軍関係者と接触できる可能性もあります」
「危険は?」
ソフィーが尋ねる。
「もちろんあります。こちらの正体が露見すれば、協力者が拘束されるかもしれません」
「それなら、無理はさせないで。情報を持ち帰ることより、生きて戻ることを優先してほしい」
和人の言葉に、ペールは深く頷いた。
「承知しました」
フローレンシアは地図を畳み、全員を見渡した。
「ヴァリアスとの戦いまで、七日です。それまでに情報を集め、部隊の再編成と訓練を進めます」
「今度は魔法師同士の戦いになるな」
アレフが雷を帯びた剣を軽く振った。
「雷に強い魔法師が相手なら、俺の出番もあるかもしれない」
「相手の属性が分からないうちから、得意分野を決めつけないことね」
アリスが苦笑する。
「分かってるって」
「本当に?」
「……努力します」
張り詰めた会議室に、小さな笑いが起きた。
しかし、全員が理解していた。
次の戦いは、初戦よりも厳しいものになる。
そして、ヴァリアスには和人がかつて知っていた人々がいる。
その中には、かつて同じ世界を生きていた仲間もいるのだ。
和人は、胸の奥に小さな不安を抱えながらも、前を向いた。
戦わなければ、何も変わらない。
だが、戦うことで何を失うのかも、決して忘れてはならない。
その夜、セネルでは勝利を祝う宴が開かれた。
兵士たちは酒を飲み、食事をし、仲間と語り合った。
戦場で張り詰めていた心を、少しでも休ませるためだった。
「明日からは、また訓練か……」
クロームが椅子にもたれかかる。
「当然でしょ」
シンシアが杯を傾けた。
「今日の勝利に満足していたら、次は負けるわよ」
「分かってるよ。少しくらい休ませてくれ」
「休むのも訓練のうちだ」
ミッチェルが笑った。
「ただし、朝の鍛錬には遅れるなよ」
「結局それかよ!」
周囲から笑い声が上がった。
和人は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
戦場では敵だった者たちも、こうして仲間と食事をし、明日のことを話していたのだろう。
「何を考えているの?」
涼音が隣に座った。
「いや……こういう時間を守りたいと思ってな」
和人は杯を置いた。
「俺たちが戦争を終わらせたい理由って、結局はそこなんだよな。誰かが普通に笑って暮らせる世界にしたいんだ」
「そうね」
涼音は静かに頷いた。
「だったら、まずは私たちが生き残らなきゃ」
「……ああ」
「それと、あなたは広範囲魔法を使いすぎないこと。今日だって、最後は顔色が悪かったわよ」
「はいはい、分かりました」
「本当に分かってる?」
「分かってますって!」
涼音は満足そうに笑った。
その笑顔を見て、和人も少しだけ笑った。
だが、宴の喧騒から離れた屋敷の一室では、フローレンシアが一人、報告書を読み返していた。
デュランダル軍の動き。
ヴァリアスの情報網。
そして、最近になって各地で確認され始めた、正体不明の集団の存在。
彼らはセネルにも、デュランダルにも、ヴァリアスにも属していない。
それなのに、七賢人に関する古文書が見つかった場所には、必ずと言っていいほど不審な痕跡が残されていた。
「……偶然とは思えませんね」
フローレンシアは報告書を閉じた。
彼女はまだ知らない。
その集団が、和人たちよりもずっと前から、七つの秘宝を追っていたことを。
翌日から、セネルでは再び厳しい訓練が始まった。
そして、戦いの前日。
ペールがセネルへ戻ってきた。
「情報が入りました」
作戦会議室に、和人たちが集まる。
ペールは一枚の書類をテーブルに置いた。
「エリスが使用する陣形が判明しました」
「何だ?」
和人が身を乗り出す。
「最初に竜渦の陣。その後、鋒矢の陣へ移行する予定だそうです」
和人は地図を見つめた。
「竜渦の陣……」
記憶をたどりながら、指先で地図をなぞる。
「全方向からの攻撃に対応するための陣形だ。敵を円形に包み込み、攻撃を受けながらも中央の指揮系統を守ることができる」
「守りが固い陣形なのね」
アリスが言った。
「ああ。しかも、こちらがどこから攻めても対応できるように配置されるはずだ」
「その後の鋒矢の陣は?」
クレアが尋ねる。
「一点突破に特化した陣形だ。竜渦の陣で敵の攻撃を受け止めた後、こちらの弱い場所を見つけて、一気に突き崩すつもりだろう」
和人は顔を上げた。
「つまり、陣形を変更する瞬間が最大の隙になる」
「なるほど……」
シンシアが微笑んだ。
「守りから攻めに切り替える、その一瞬ね」
「そうだ。だが、こちらが狙っていると気づかれれば、エリスは陣形の変更を遅らせるかもしれない」
「それなら、変更せざるを得ない状況を作ればいい」
フローレンシアが地図の中央を指した。
「最初の竜渦の陣が完成した直後、クレアとシンシアに先行してもらいます。敵の中央を崩し、幻惑魔法でこちらの位置を見失わせる」
「その間に、剣士部隊が突入する」
和人が続けた。
「魔法師部隊は詠唱を必要とする。敵の陣形が崩れた瞬間に接近できれば、強力な魔法を放つ前に妨害できる」
「でも、オルスターがいるわ」
エリーが静かに口を開いた。
「彼が魔法師たちをまとめているなら、陣形が崩れてもすぐに立て直す可能性がある。光魔法で幻惑を見破られることだって考えられるわ」
「その通りだ」
和人は頷いた。
「だから、奇襲だけで終わらせるつもりはない。敵が立て直す前に、俺が中央へ広範囲魔法を叩き込む」
「また大きな魔法を使うの?」
涼音が心配そうに尋ねた。
「必要な場面ではな。ただし、一発で決める。無駄撃ちはしない」
「約束よ」
「ああ、約束する」
和人は杖を握り直した。
「今回の作戦は、全員の連携が鍵になる。誰か一人でも予定から外れれば、全体が崩れるかもしれない」
彼は仲間たちを見渡した。
「怖いと思うなら、遠慮なく言ってくれ。無理をして命を落とす必要はない」
「今さら何を言っているのよ」
ソフィーが肩をすくめた。
「ここまで来たのは、私たち自身が決めたことよ。あなた一人に背負わせるつもりはないわ」
「そうだな」
アレフが頷く。
「俺たちはセネルの仲間だ。誰か一人のために戦うんじゃない。自分たちが選んだ未来のために戦うんだ」
仲間たちが次々と頷いた。
和人は少しだけ目を細めた。
「……ありがとう」
それ以上の言葉は、必要なかった。
翌朝。
タリージェ草原。
広大な草原に、両軍が向かい合っていた。
風が草を揺らし、遠くで軍旗がはためいている。
ヴァリアス軍の前方には、整然と並んだ魔法師部隊がいた。
その中心に立つのは、エリス。
彼女は遠くのセネル軍を見つめていた。
「……来たわね」
「敵軍、確認!」
兵士の声が響く。
エリスは静かに手を上げた。
「第一陣、配置につきなさい。魔法師部隊は円形に展開。前衛は外周を固めて、中央を守ること」
ヴァリアス軍が一斉に動き始める。
竜渦の陣。
兵士たちが円を描くように配置され、魔法師たちは互いの魔力を補い合う位置へ移動していった。
その陣形を見て、和人は小さく息を吐いた。
「……さすがだな。隙がほとんどない」
「それでも、計画通りに進めるしかないわ」
隣にいたシンシアが答えた。
「クレア、準備は?」
「いつでも」
クレアは杖を握り、地面へ意識を集中させた。
エリスが最後の兵士の配置を確認する。
「これで竜渦の陣は完成……」
その瞬間だった。
「今よ」
シンシアが呟いた。
すでに二人は、敵の視界の外へ回り込んでいた。
クレアが杖を地面へ突き立てる。
「――大地の精霊よ。眠れる力を解き放ち、我らの道を切り開け!」
大地が低く唸った。
次の瞬間、ヴァリアス軍の中央で地面が盛り上がり、巨大な亀裂が走った。
「なに!?」
「地面が崩れるぞ!」
魔法師たちが慌てて体勢を立て直す。
竜渦の陣の中央が分断され、円形の配置が崩れ始めた。
「陣形を維持しなさい! 中央を埋めて!」
エリスが即座に命じる。
だが、その時にはすでにシンシアの幻惑魔法が発動していた。
セネル軍の姿が揺らぎ、草原の風景に溶け込むように消えていく。
「敵が……消えた……だと!?」
「どこだ!?」
「落ち着きなさい! 魔力の流れを探るのよ!」
エリスが叫んだ。
彼女はすぐに幻惑の存在を見抜いた。
しかし、敵の正確な位置を特定するには、わずかな時間が必要だった。
そのわずかな時間こそが、和人たちの狙いだった。
「今だ!」
和人の号令が草原に響く。
「突撃!」
セネル軍の剣士部隊が、一斉に駆け出した。
アレフの剣が雷を放ち、ラルクとクロームが敵の外周を切り崩す。マーリンは風を操り、味方の進軍を助けた。
そして――。
和人が杖を掲げる。
「――エクスプロード!」
巨大な魔法が戦場の中央へ放たれた。
轟音と閃光。
地面が大きく揺れ、土煙が空高く舞い上がった。
ヴァリアス軍の陣形が大きく崩れる。
「ぐああああっ!」
「陣形を立て直せ!」
エリスが叫んだ。
しかし、すでにセネル軍の剣士たちが敵陣へ入り込んでいた。
「まずい……!」
エリスは歯を食いしばる。
竜渦の陣を崩されたことで、予定していた鋒矢の陣への移行も難しくなっていた。
それでも、彼女は諦めなかった。
「前衛は敵の剣士を抑えなさい! 後方部隊は中央へ集結! 陣形を再構築する!」
兵士たちが動き始める。
その時――。
「全員、速やかに詠唱開始!」
後方から声が響いた。
オルスターだった。
白いローブをまとった高位魔法師が、杖を掲げて戦場を見渡している。
「敵の幻惑に惑わされるな! 魔力の流れを追え! 魔法師部隊、攻撃準備!」
その声に応じ、ヴァリアス軍の魔法師たちが一斉に詠唱を始めた。
炎、氷、雷、風、光、闇。
さまざまな魔力が草原を満たしていく。
「やはり来たか……!」
和人は杖を握り直した。
相手もまた、簡単に崩れるような軍隊ではない。
「魔法師同士の戦いになるぞ!」
次の瞬間、無数の魔法が戦場を飛び交った。
炎が草原を走り、氷の槍が地面を貫く。雷が空気を裂き、風が土煙を巻き上げた。
セネルの魔法師たちも応戦するが、ヴァリアス軍の魔法は洗練されていた。
個々の魔法の威力だけではない。
複数の魔法師が互いの詠唱を補助し、連続して攻撃を放っているのだ。
「くっ……! 相手の詠唱が途切れない!」
アリスが氷の壁を展開する。
「こっちも連携を崩さないで! 前の魔法師を守って!」
シンシアの幻惑魔法が再び広がるが、オルスターは光魔法を使い、少しずつ幻惑の影響を打ち消していった。
「幻惑を見破られ始めている……!」
シンシアが歯を食いしばる。
「長くは持たないわ!」
「十分だ!」
和人は戦場を見渡した。
敵の中央は崩れた。
だが、オルスターが指揮を執り始めたことで、ヴァリアス軍は反撃の態勢を整えつつある。
このまま時間を与えれば、戦況が逆転する可能性もある。
「……ここで決めるしかない!」
和人は馬に飛び乗った。
「和人! どこへ行くの!?」
涼音の声が響く。
「エリスのところだ! 指揮系統を止めないと、また陣形を立て直される!」
「一人で行く気!?」
「無茶はしない! 近づけるところまで近づいて、話をする!」
「その言葉、信用していいのかしら……!」
涼音は不安そうに眉を寄せたが、すぐに剣を構え直した。
「分かったわ。でも、危なくなったらすぐに戻ってきて!」
「ああ!」
和人は馬を走らせた。
飛び交う魔法を避けながら、敵陣の中央を目指す。
そして――。
「エリス!」
和人の声が戦場に響いた。
「……え?」
聞き覚えのある声に、エリスが振り返る。
「和人……?」
彼女は一瞬、目を見開いた。
「どうして、あなたがここにいるの?」
「久しぶりだな」
和人は馬を止めた。
「長いこと続いている、くだらない戦争を終わらせるためだ」
「戦争を終わらせる……?」
エリスは警戒を解かないまま、和人を見つめた。
「あなたが? それとも、セネルという独立勢力が?」
「両方だ。俺たちはデュランダルにもヴァリアスにも属さない。どちらか一方に勝たせるためじゃなく、両国の戦争そのものを終わらせるために戦っている」
「それなら、どうして最初に攻撃してきたの?」
「話し合いだけで、八百年続いた戦争が終わると思うか?」
和人は苦い表情を浮かべた。
「俺だって、最初から戦いたかったわけじゃない。でも、何もしなければ、何も変わらない。だから、まずは俺たちの存在を示す必要があった」
「……あなたらしい答えね」
エリスは小さく息を吐いた。
「相変わらず、思い切ったことをする」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてはいないわ」
ほんの一瞬だけ、二人の間に以前のような空気が戻った。
しかし、周囲では依然として戦闘が続いている。
エリスはすぐに表情を引き締めた。
「それで、あなたたちの本当の目的は何?」
「両国の秘宝を手に入れることだ」
和人の言葉に、エリスの目が鋭くなった。
「ヴァリアスのディストラも?」
「ああ。その通りだ」
「……デュランダルのマダスカスまで手に入れるつもりなの?」
「そうだ。俺たちはすでに五つの宝石を持っている」
「五つ……?」
エリスは息を呑んだ。
「七賢人が作った七つの秘宝だ。残る二つが、ディストラとマダスカス」
「そんな話、聞いたことがないわ」
「国が秘宝の由来を隠しているのか、それとも本当に知らないのかは分からない。でも、俺たちは古文書を調べて、七つの宝石が互いに共鳴することを知った」
和人は声を落とした。
「このまま両国が秘宝を兵器として使おうとすれば、何が起きるか分からない。だから、俺たちが先に集める」
「七つを揃えて、どうするつもり?」
エリスの問いに、和人はすぐには答えなかった。
七つの宝石を融合すれば、何かが起きる。
それが世界を救う力なのか、世界を滅ぼす力なのか。
まだ、誰にも分からない。
「……正直に言えば、俺たちにもすべては分かっていない」
和人はまっすぐにエリスを見た。
「でも、少なくとも、国が人々を犠牲にして力を得るようなことはさせたくない」
「……」
「城に戻ったら調べてみろ。七賢人の記録が残っているなら、秘宝の本当の目的が分かるかもしれない」
エリスは周囲を見渡した。
崩れた陣形。
負傷した兵士たち。
押し込まれる魔法師部隊。
そして、自分たちを包囲しつつあるセネル軍。
このまま戦い続ければ、被害はさらに増える。
だが、ここで撤退すれば、セネルの存在を認めることになる。
エリスはしばらく目を閉じていた。
やがて、静かに口を開いた。
「……分かったわ」
「エリス……」
「今日のところは撤退する。これ以上、兵士たちを無駄に傷つけるわけにはいかない」
彼女は指揮官として、撤退の合図を出そうとした。
しかし、その前に和人を睨みつける。
「でも、覚えておきなさい」
「……何だ?」
「私は、あなたたちの言葉をそのまま信じたわけじゃない。七賢人の話も、宝石の話も、必ず自分で調べる」
「ああ。それでいい」
「そして、もしあなたたちが間違っていると分かったら――」
エリスの声が強くなる。
「私は一歩も引かない。あなたたちがヴァリアスの民を脅かす存在なら、今度こそ全力で排除するわ」
和人は静かに頷いた。
「望むところだ。俺たちだって、間違っている可能性はある。だからこそ、確かめる必要があるんだ」
エリスは一瞬だけ目を見開いた。
まさか、和人が自分たちの正しさを絶対だと考えていないとは思わなかったのだ。
「……本当に、あなたらしいわね」
彼女は小さく呟いた。
そして、兵士たちへ向き直る。
「全軍、撤退! 負傷者を優先して回収しなさい。隊列を崩さず、後方の部隊と合流すること!」
ヴァリアス軍が撤退を始めた。
セネル軍は勝利した。
しかし、誰も歓声を上げなかった。
和人は、遠ざかっていくヴァリアス軍を見つめていた。
デュランダルに続き、ヴァリアスにも勝った。
第三勢力としての力は、確実に増している。
だが、最も恐れていたことも起きた。
七賢人。
そして、七つの秘宝。
その存在が、ついに両国へ知られてしまったのだ。
セネルへ戻った和人は、すぐにフローレンシアの屋敷へ向かった。
「デュランダル、ヴァリアス――両方に勝利しました」
報告を聞いたフローレンシアは、静かに頷いた。
「素晴らしい戦果です。こちらの被害も、想定より少なく済んだようですね」
「ただ、問題がある」
和人は表情を曇らせた。
「アリシアとエリスに、七賢人と七つの秘宝の話を伝えた。二人とも、これまで詳しいことを知らされていなかったようだ」
「それは重要な情報ですね」
フローレンシアは腕を組んだ。
「国王や側近たちが秘宝の真実を隠しているのか。それとも、彼ら自身も知らないことがあるのか……」
「どちらにしても、両国が黙っているとは思えない」
涼音が言った。
「私たちが五つの宝石を持っていることまで知られたら、今まで以上に狙われるわ」
「その通りです」
和人はテーブルの上に五つの宝石を並べた。
デモンズスピリッツ。
メイクトゥルー。
エタニティー。
ハーモニクス。
そして、アキュムレイトと思われる暗い宝石。
それぞれの宝石が、淡い光を放っている。
「今までは、俺たちが五つを持っていることを知られていなかった」
和人は宝石を見つめた。
「でも、これからは違う」
「今度は私たち自身が狙われる……」
涼音が呟く。
「そういうことだ。宝石を守るだけじゃない。セネルの民の安全も考えなければならない」
ソフィーは腕を組んだ。
「今までは宝石を探す側だった。でも、これからは追われる側になるかもしれないわね」
「だからといって、宝石を手放すわけにはいかない」
エリーが言った。
「七つの秘宝が本当に世界に影響を及ぼす力を持っているなら、誰が持つべきなのか、慎重に考えなければならないわ」
「……ああ」
和人は頷いた。
「俺たちが正しいと決まったわけじゃない。でも、何も知らないまま国に渡すわけにもいかない」
その時だった。
テーブルの上の宝石が、かすかに震えた。
「……ん?」
和人が顔を上げる。
五つの宝石が、同時に淡く輝き始めた。
「え……?」
エリーが息を呑む。
ハーモニクスの光が強まり、ほかの宝石から伸びた光が、その周囲で揺らめいた。
まるで、互いの存在を確かめ合うように。
「これ、前にも見た反応か?」
和人が尋ねる。
「似ているけれど、違うわ」
エリーは宝石へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。
「以前は、近くにある宝石同士が反応していた。でも、今は……」
「今は?」
「遠くにある何かへ、呼びかけているように感じる」
その言葉に、室内の空気が凍りついた。
「遠くにある何かって……」
涼音が宝石を見つめる。
その瞬間、和人の胸の奥で、何かがざわめいた。
湖底遺跡で、あの呪われた杖を手にした時と同じ感覚。
意識の底から、黒い何かが浮かび上がろうとする。
――集めろ。
そんな声が聞こえた気がした。
「……っ!」
和人は思わず胸元を押さえた。
「和人!?」
涼音がすぐに駆け寄る。
「どうしたの? 顔色が悪いわ!」
「いや……何でもない。少し、頭が痛んだだけだ」
和人は平静を装った。
だが、彼の視線は五つの宝石から離れなかった。
その一瞬、暗い宝石の表面を、黒い影のようなものが走った。
誰にも気づかれないほど、ほんのわずかな変化だった。
ただ一人、エリーだけは、和人の様子に違和感を覚えていた。
「和人……。本当に何でもないの?」
「ああ。大丈夫だ」
和人は答えた。
それ以上、何も言わなかった。
そして――。
遠く離れたデュランダルの王城。
厳重に封鎖された地下の一室で、台座に安置されていたマダスカスが、突然光を放った。
「な、何だ!?」
監視をしていた兵士が声を上げる。
宝石から放たれた光は、壁に刻まれた古い文字を照らし出した。
その文字は、普段は誰の目にも見えないものだった。
同じ頃、ヴァリアスの王城でも異変が起きていた。
ディストラが、誰も触れていないにもかかわらず、淡い光を放ち始めたのだ。
地下の保管庫にいた魔法師たちが、次々と異常な魔力の流れを報告する。
「宝石の魔力が急激に変化しています!」
「原因は分かるのか!?」
「分かりません! ですが、まるで……遠くの何かに反応しているようです!」
両国の王城で、同じ異変が起きていた。
しかし、その事実を知る者は、まだ限られていた。
セネル。
デュランダル。
ヴァリアス。
それぞれの場所で、七つの宝石が互いの存在を感じ取っていた。
そして、セネルから遠く離れた薄暗い部屋でも、一つの宝石が淡い光を放っていた。
和人たちが持つ五つの宝石とも、両国の秘宝とも違う、黒い影を宿した宝石。
その前に、一人の人物が立っていた。
「……やはり、反応したか」
人物は、光を放つ宝石を見つめた。
「五つが目覚め、残る二つも呼応した。これで、計画を次の段階へ進められる」
傍らに立つ者が、静かに尋ねた。
「セネルをどうしますか?」
「まだ手を出すな」
人物は即座に答えた。
「彼らには、もう少し動いてもらう必要がある」
「しかし、あの少年が宝石を持っている限り、計画に影響が出る可能性があります」
その言葉に、人物はわずかに沈黙した。
「……あの少年か」
脳裏に浮かぶのは、黒い魔力に包まれた一人の青年の姿。
「彼が何者なのか、まだ断定できない。だが、宝石が彼に反応しているのは間違いない」
「では、排除しますか?」
「いや」
人物は首を横に振った。
「彼を殺せば、すべてが解決するとは限らない。それどころか、取り返しのつかないことになる可能性もある」
その声には、警戒とも、恐れともつかない響きがあった。
「七つの宝石が揃う時、世界は変わる。救われるのか、滅びるのか……それを決めるのは、宝石そのものではない」
人物は黒い宝石を握りしめた。
「選ばれる者が、何を望むかだ」
そして、部屋の奥へと歩き出す。
「デュランダルも、ヴァリアスも、セネルも。いずれ真実を知ることになる」
扉が閉じた。
残された部屋には、黒い宝石の淡い光だけが揺れていた。
セネルへ戻った和人は、再び五つの宝石を見つめていた。
デュランダルに続き、ヴァリアスにも勝った。
第三勢力として立ち上がり、その存在を両国に知らしめた。
だが、勝利によって戦争が終わるどころか、新たな動きが始まっている。
「……来るか」
和人が呟いた、その時。
扉が開き、伝令の兵士が駆け込んできた。
「報告があります!」
「何だ?」
「デュランダル方面から、新たな情報が入りました! 国王直属の部隊が動き始めたとのことです!」
室内が静まり返る。
「それだけではありません。ヴァリアス側でも、これまで確認されていなかった強力な魔法師部隊が、王城から移動を開始しています!」
「国王直属の部隊……」
フローレンシアが険しい表情を浮かべる。
「両国とも、これまでとは違う戦力を投入してくるということですね」
「アリシアとエリスはどうなった?」
和人が尋ねた。
「現時点では、両名が指揮を執るかどうかは不明です。ただ、国王側が独自に動いている可能性があります」
「つまり、今までの戦いとは別の連中が出てくるかもしれないってことか」
ソフィーが呟く。
「ええ。しかも、私たちが知らない部隊が存在していたことになります」
フローレンシアは地図を見つめた。
「両国の軍事力を、私たちはまだ完全には把握できていない。これまでの勝利だけで優位に立ったと考えるのは危険です」
和人は五つの宝石を見つめた。
その光は、いつの間にか弱まっていた。
だが、完全に消えたわけではない。
まるで、何かが近づいてくるのを待っているかのようだった。
「……七つの秘宝を巡る戦いは、これからが本番か」
和人は小さく息を吐いた。
涼音が隣に立つ。
「後悔している?」
「いや」
和人は首を横に振った。
「ただ、思っていたよりも大きなものに巻き込まれている気がする」
「今さら引き返すつもりはないんでしょう?」
「ああ。でも、何も考えずに突っ走るつもりもない」
和人は杖を握りしめた。
「俺たちが何を守りたいのか。それだけは、忘れないようにする」
涼音は静かに頷いた。
その時、五つの宝石が、再び淡く光った。
今度は先ほどよりも短く、かすかな光だった。
それでも、確かに何かへ呼応していた。
七つの宝石がすべて揃った時、何が起きるのか。
世界を救う力となるのか。
それとも、世界を滅ぼす引き金となるのか。
そして、和人の中に潜む黒い力は、宝石とどのような関係を持つのか。
まだ、誰も知らなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
第三勢力として立ち上がったセネルを、両国はもう無視できない。
そして、七賢人の秘宝を追っているのは、デュランダルとヴァリアスだけではなかった。
戦争の裏側で、誰かが動いている。
その者は、両国の争いを止めようとしているのか。
それとも――。
七つの秘宝を使い、世界そのものを変えようとしているのか。
答えを知る者は、まだ誰もいない。
だが、運命の歯車は、すでに回り始めていた。




