第14章 第三勢力、始動――七つの宝石を巡る戦争
再び仲間に加わったエリーを見つめながら、和人は静かに息を吐いた。
コリン村に戻り、七賢人の古文書を調べ、そして明らかになった「始まりの地」という謎の手がかり。
旅を続けるほど、知りたいことは増えていく。
七つの宝石は何のために作られたのか。
なぜ、自分たちはこの世界に召喚されたのか。
そして、あの遺跡で自分を支配しかけた黒い力は、一体何だったのか。
答えはまだ、どこにもない。
魔物との死闘も、古代遺跡での危険な探索も、呪われた武器に意識を奪われかけた経験も、すべては謎の入り口にすぎなかった。
「……考えていても、答えは出ないか」
和人は手の中の宝石を見つめ、そっと握り込んだ。
今の自分たちにできることは限られている。
だからこそ、まずは生き残るための力を身につけなければならなかった。
「なぁ、エリー」
「はい?」
「風の魔法を使えるんだよな?」
エリーは少し不思議そうに首を傾げた。
「使えますけど……まだ初歩的なものばかりですよ。風を起こしたり、物を少し浮かせたりするくらいで」
「それで十分だ。次の目的地へ向かう前に、みんなで鍛錬しようと思う」
「鍛錬?」
「ああ。今までの戦いを振り返ってみろよ。魔物にしろ、遺跡の守護者にしろ、俺たちが勝てたのは運がよかった部分もある」
和人は自分の右手を見つめた。
「特に俺は、一歩間違えれば仲間を巻き込んでいた。次も同じことが起きたら、今度は取り返しがつかないかもしれない」
あの暗黒の渦が脳裏をよぎる。
自分が何をしたのか、すべてを覚えているわけではない。
だが、目を覚ましたときの仲間たちの表情は、今でも忘れられなかった。
涼音が静かに頷く。
「私も賛成。剣の腕だけじゃ、守り切れない場面があるって分かったから」
「私も異論はないわ」
ソフィーは二本の剣を軽く持ち上げた。
「もっと強い相手と戦うなら、今のままでは面白くないもの」
「ソフィーさん、そういうところは本当に変わりませんね……」
エリーが苦笑する。
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒めているかどうかは、少し怪しいですけど」
「ふふっ。言うようになったじゃない」
久しぶりに、仲間たちの間に穏やかな笑いが広がった。
しかし、和人は笑いながらも考えていた。
この先に待っているのは、遺跡の魔物だけではない。
七つの宝石を巡る争いに足を踏み入れれば、人間同士が敵になる。
しかも相手は、八百年もの間、戦争を続けてきた二つの大国なのだ。
今の自分たちには、まだ力が足りない。
だからこそ、ここからの鍛錬には意味があった。
こうして四人は、ルークが古文書の解読を進める間、コリン村に滞在することになった。
翌朝。
村の外れにある広場で、涼音は木剣を構えていた。
その正面に立つのはソフィー。
「もう一度お願いします!」
「いいわ。でも、今度は私の剣を目で追わないこと」
「目で追わない?」
「相手が動いてから反応していたら、速い相手には間に合わない。呼吸、重心、肩の動き……攻撃が始まる前の変化を感じ取るのよ」
ソフィーがゆっくりと構えを取った。
涼音も息を整える。
次の瞬間、ソフィーの姿が視界から消えた。
「っ!」
涼音は反射的に身をひねった。
木剣が頬をかすめ、背後から肩を軽く叩かれる。
「はい、一本」
「また……!」
「今のは悪くなかったわ。最初よりは反応できている」
「でも、攻撃を見失いました」
「だから、目だけで追わないの。相手の身体全体を見る。人間は攻撃する直前、必ずどこかに力が入るものよ」
ソフィーは木剣を下ろし、涼音の構えを修正した。
「あなたは剣の技術が高い。そのぶん、自分の技術を信じすぎるところがあるわね」
「うっ……」
「強い剣士ほど、相手の予想外の動きに弱くなることがある。自分の常識を捨てることも覚えなさい」
涼音は悔しそうに唇を結んだ。
だが、すぐに木剣を握り直す。
「分かりました。もう一度!」
「その意気よ」
二人の稽古は、昼を過ぎても続いた。
一方、ソフィーもまた、エリーから風魔法を学んでいた。
「風は剣にまとわせるだけじゃないんです」
エリーが両手を広げる。
すると、足元の草が揺れ、周囲の空気が渦を巻いた。
「風の流れを身体全体で感じて、動きに合わせて制御するんです。足だけを速くするのではなく、腰や背中、腕まで風を巡らせるイメージで」
「身体全体に風をまとわせる、か……」
ソフィーは目を閉じ、エリーの動きを真似た。
最初は風が片側に偏り、身体の軸が崩れる。
二度目は足元に風が集中し、勢い余って数歩よろめいた。
「……思ったより難しいわね」
「無理に強い風を起こそうとしないでください。最初は、身体の周囲を流れる風を感じるだけでいいんです」
「なるほど。力を押し出すんじゃなくて、流れに乗るのね」
ソフィーは何度か試したあと、わずかに口元を緩めた。
「面白いわ。使いこなせれば、攻撃だけじゃなく回避にも応用できそうね」
「はい。慣れれば、動き出す瞬間を速くすることもできます」
「なら、もう少し教えてちょうだい」
「もちろんです!」
その後、今度は涼音がソフィーに居合抜きを教えることになった。
「剣を抜く瞬間に力を込めるんじゃない。腰の回転と足の踏み込みを合わせるの」
「こうかしら?」
「惜しい。腕だけで抜こうとしている。身体全体を一つの動きにするのよ」
ソフィーは何度も試した。
二本の剣を自在に操る彼女にとっても、一本の剣を鞘から抜く一瞬にすべてを込める居合は、まったく別の技術だった。
「……なるほど。最初の一撃に、すべてを凝縮するのね」
「そう。ただし、外したら次の動きに切り替えないといけない。居合だけに頼るのは危険よ」
「分かったわ。ありがとう、涼音」
「こちらこそ。私もソフィーから学ぶことが多いから」
それぞれが自分の弱点と向き合い、互いの技術を吸収していく。
四人の間には、以前よりも確かな信頼が生まれ始めていた。
そして――。
和人だけは、村から少し離れた森の中で、ひとり黙々と鍛錬を続けていた。
「……もっとだ」
目を閉じ、周囲の魔素を探る。
空気中に漂う、目には見えない魔力の粒子。
それらを感じ取り、自分の身体へと取り込んでいく。
「焦るな……流れを乱すな……」
取り込んだ魔素を自分の魔力へと変換する。
以前なら、これほど繊細な操作はできなかった。
だが、宝石との接触を重ねるうちに、和人の魔力感知には変化が生じていた。
周囲の魔素だけではない。
ときおり、遠く離れた場所から、かすかな呼び声のようなものを感じることがある。
まるで、何かが自分の存在に気づいているかのように。
「……またか」
和人は目を開いた。
一瞬だけ、手元の宝石が黒く光った気がした。
だが、次の瞬間には元の色に戻っている。
「気のせい……だよな」
そう呟きながらも、不安は消えなかった。
もっと強くならなければならない。
ただ強敵に勝つためではない。
自分の中にある、正体の分からない力を制御するためにも。
和人は再び目を閉じ、魔素の流れに意識を集中させた。
数日後。
ルークが四人を屋敷の一室に集めた。
テーブルの上には、解読作業に使われた古文書が何冊も積み重ねられている。
その中央に置かれていたのは、例の分厚い書物だった。
「皆さん、お待たせしました。ひとまず、重要な箇所の解読が終わりました」
ルークの顔には、いつもの穏やかさがなかった。
「ただし、すべてが判明したわけではありません。むしろ、分かったことで新たな問題が見つかりました」
和人は身を乗り出した。
「何が書かれていたんだ?」
「まずは、魔物の異常発生についてです」
「魔物……?」
ルークは古文書を開き、いくつかの記述を指し示した。
「七賢人が残した宝石には、それぞれ異なる魔力が宿っていると考えられます。そして、複数の宝石が一定の距離まで近づくと、互いの魔力が反応することがあるそうです」
「それが、共鳴……?」
エリーが小さく呟いた。
「はい。共鳴が強くなると、周囲の魔力の流れが乱れ、空間に歪みが生じる。その歪みに引き寄せられるように、魔物が出現する場合があると記されています」
和人は、懐にしまった宝石へ視線を落とした。
湖底遺跡で遭遇した異常な魔物。
呪われた武器を持つ、あの異様な守護者。
それらすべてが宝石の共鳴によって引き起こされたのだとしたら――。
「俺たちが宝石を集めたせいで、魔物が増えていた可能性があるってことか?」
「断定はできません。しかし、その可能性は否定できないでしょう」
涼音の表情が険しくなった。
「待って。それじゃあ、宝石を集めれば集めるほど、危険も増えるんじゃない?」
「そのとおりです」
ルークは頷いた。
「宝石を一か所に集めること自体が、何らかの危険を招くのかもしれません。七つすべてが揃ったとき、何が起こるのか……現時点では想像もつきません」
ソフィーが腕を組む。
「それでも、集める必要があるのね?」
「少なくとも、両国が宝石を巡って戦争を続けている以上、放置するわけにはいかない」
和人はそう答えた。
ルークは次のページを開いた。
「そして、こちらが最も重要な記述です」
そこには、七つの宝石に関する記録が残されていた。
「七賢人は、それぞれ異なる性質を持つ宝石を作り、世界各地に分散させたとされています。そのうち、五つが集まり、残る二つ――デュランダルとヴァリアスが保有する宝石が加わったとき、特別な現象が起こる可能性があるようです」
「特別な現象って?」
涼音が尋ねる。
ルークは一度言葉を切り、慎重に答えた。
「七つの宝石が、ひとつの力へと統合される……そう読める記述があります」
「統合……つまり、融合するってことか?」
「おそらくは。ただし、宝石そのものが物理的に一つになるのか、それとも魔力だけが融合するのか、そこまでは分かりません」
和人は腕を組んだ。
七つの宝石。
それぞれが異なる力を持ち、互いに共鳴する。
そして、すべてが揃ったとき、何かが起こる。
「具体的に、どんな力が生まれるんだ?」
「残念ながら、その部分は欠落しています。ただ、両国が所有する二つの宝石は、ほかの宝石と比べても特別な位置づけにあるようです」
「だからこそ、八百年も奪い合ってきた……?」
エリーが呟いた。
「それも考えられます。ただ、両国が宝石の本当の性質をどこまで把握しているかは不明です」
和人の頭の中で、点と点が少しずつつながっていく。
デュランダルとヴァリアス。
八百年にも及ぶ戦争。
両国が譲ろうとしない国宝。
そして、七賢人が残した七つの宝石。
「……もしかすると、両国は宝石の一部の価値しか知らないのかもしれないな」
「私もそう考えています」
ルークは別のページを開いた。
「ただし、宝石の力を引き出すには、特別な条件が必要だとも書かれています」
「条件?」
「非常に高い魔力を持つ者が、宝石に力を供給しなければならないようです」
涼音の顔から笑みが消えた。
「高い魔力を持つ者……魔法師が必要ってこと?」
「そう考えるのが自然でしょう」
ルークは静かに続けた。
「しかし、気になるのは、この先の記述です。宝石に魔力を供給する者について、通常の魔法行使とは異なる表現が使われています」
和人は嫌な予感を覚えた。
「どういう表現だ?」
ルークは古文書に視線を落とした。
「『器の限界を超えて、宝石へと生命を捧げる』……と」
室内が静まり返った。
エリーが口元を押さえる。
「生命を……捧げる?」
ソフィーの目が鋭くなった。
「つまり、魔力を使い切るだけじゃ済まない可能性があるということね」
「はい。最悪の場合、宝石の力を引き出すために、人間の命そのものが必要になるのかもしれません」
和人は低く呟いた。
「……生贄、か」
ルークは否定しなかった。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
もし両国がこの仕組みを知っていたとしたら。
もし、国宝の真の力を引き出すために、魔力の高い者を集めていたとしたら。
その先に待つものは、決して平和ではない。
和人は椅子から立ち上がった。
「だったら、先に俺たちが動く」
「和人?」
「両国が宝石の力を完全に引き出す前に、残り二つを手に入れる。そして、七つの宝石に何ができるのかを確かめる」
涼音が眉をひそめる。
「言いたいことは分かる。でも、私たちだけで二つの大国を相手にするつもり?」
「いや」
和人は首を横に振った。
「俺たちだけじゃ無理だ。だから――第三勢力を作ろうと考えてる」
「第三勢力……?」
ソフィーが興味深そうに目を細めた。
「ああ。デュランダルにもヴァリアスにも属さない、独立した勢力だ」
和人はテーブルに地図を広げた。
指が止まったのは、自由都市セネルだった。
傭兵、冒険者、商人、そして戦争から逃れてきた人々が集まる場所。
国王を持たず、特定の大国の支配下にもない、自由な都市。
「セネルには、両国から流れてきた人間がいる。腕の立つ剣士も、魔法師も、傭兵もいるはずだ」
「確かに、仲間を集めるなら適した場所ね」
ソフィーが頷いた。
和人は地図から顔を上げた。
「ただし、俺たちが宝石を奪えば、両国から敵と見なされる可能性がある」
「それだけじゃないわ」
涼音が続けた。
「私たちに協力してくれた人たちまで、戦争に巻き込まれるかもしれない」
「分かってる」
和人は一度、目を伏せた。
「だから、宝石だけを奪って終わりにはしたくないんだ」
「どういうこと?」
「片方の国から宝石を奪えば、もう片方の国がやったと思われるかもしれない。そうなったら、八百年続いてきた戦争は、さらに激化するだろうな」
和人は地図上の二つの国を交互に指した。
「俺たちが目指すのは、どちらかの国を滅ぼすことじゃない。両国がこれ以上、戦争を続けられない状況を作ることだ」
涼音は黙って和人を見つめた。
幼い頃から知っている彼は、時々、信じられないほど無茶なことを言い出す。
だが、今回はいつもと違った。
目の前の問題から逃げるためでも、誰かに認められるためでもない。
本気で、この世界の未来を変えようとしている。
「……本気なのね」
「ああ」
「本当に、両国の戦争を止めるつもりなんだ」
「そうだ」
和人は迷わず答えた。
「それに、もう一つ目的がある」
「元の世界へ帰る方法?」
エリーの言葉に、和人は頷いた。
「七つの宝石をすべて集めて融合させれば、俺たちが元の世界に帰れる手がかりが見つかるかもしれない」
誰もが言葉を失った。
確かな根拠があるわけではない。
七つの宝石が世界を変えるほどの力を秘めていたとしても、それが異世界から帰る方法につながる保証はない。
それでも、可能性があるなら確かめたい。
この世界に残ると決めたわけではない。
元の世界には、帰りたい場所があるのだから。
ソフィーが、ふっと息を吐いた。
「世界を救って、戦争を終わらせて、そのうえ元の世界に帰る方法まで探す……欲張りね」
「自分でもそう思う」
「でも、嫌いじゃないわ」
ソフィーは笑った。
「セネルなら、私にも多少の伝手がある。傭兵仲間に声をかけてみるわ」
エリーも小さく頷いた。
「私も協力します。戦争で両親を失ったわけではありませんが、戦争が続くせいで家族と離れ離れになった人を、何人も見てきましたから……」
一瞬、彼女の表情に寂しさが浮かんだ。
行方不明の両親。
まだ見つからない手がかり。
それでもエリーは、前を向こうとしていた。
「この世界から、戦争をなくせる可能性があるなら、私も力になりたいです」
涼音は大きく息を吐いた。
「まったく……昔から和人は、思いついたら止まらないんだから」
「悪いな」
「謝るくらいなら、最初から相談してよ」
そう言いながらも、涼音は笑っていた。
「……でも、私も賛成。やるなら最後まで付き合う」
四人の意志が、ひとつにまとまった。
そのとき、ずっと話を聞いていたルークが口を開いた。
「計画そのものには賛成です。しかし、セネルには国王がいません。誰が都市を統治し、治安を守り、周辺国との交渉を行うのでしょうか?」
「俺が国王になるつもりはないよ」
和人は即答した。
「セネルを支配したいわけじゃない。必要なのは、俺たちが戦っている間も、街を守り、住民の生活を支えられる仕組みだ」
「では、政治を任せられる人物が必要ですね」
「ルーク。デュランダルとヴァリアスに、それぞれ信頼できる貴族の知り合いはいるか?」
ルークは少し考えたあと、頷いた。
「います。戦争に疑問を抱いている者や、領地の民を守るために独自に動いている者も」
「なら、その人たちに協力を求めたい」
「……分かりました」
ルークの表情に、決意が浮かんだ。
「私も、この計画に加わりましょう。戦争を終わらせるために、できることがあるはずです」
和人は拳を握った。
「俺たちが作るのは、戦争をするためだけの国じゃない」
窓の外では、村人たちが畑を耕し、子供たちが走り回っていた。
「戦争を終わらせるための力だ」
その言葉を、ルークは静かに受け止めた。
それから数週間後。
ルークの呼びかけによって、五人の有力者がコリン村に集まった。
商人たちを束ねるペール。
自警団を率いるミッチェル。
かつて戦争で参謀を務めたピート。
政治と法律に精通するローレンス。
そして、五人の中でも最も高い地位を持つ貴族、フローレンシア。
彼らはそれぞれ異なる立場にあり、抱えている事情も違っていた。
しかし、一つだけ共通していたことがある。
――八百年も続く戦争を、いつまでも続けるべきではないと考えていたことだ。
「最初に申し上げておきますが、私は理想だけでは動きません」
会議が始まるなり、フローレンシアが和人を見据えた。
「戦争を終わらせる。その言葉は立派です。しかし、具体的に何をするのか。誰が責任を負うのか。そこが曖昧なままでは、協力するわけにはいきません」
和人は頷いた。
「そのとおりです。だから、今日は具体的な計画を相談したいと思っています」
「ほう。若いのに、話は分かるようですね」
フローレンシアはわずかに口元を緩めた。
会議の中心となったのは、セネルを独立した都市国家として機能させるための制度作りだった。
治安維持。
法律の整備。
商業と貿易の拡大。
街道の修復。
医療と教育の充実。
そして、冒険者や傭兵を受け入れ、実力を公平に評価するための施設。
その中でも、和人が特に力を入れたのが、コロシアムの建設だった。
「コロシアムを作るのは、強者を集めるためだけですか?」
ローレンスが尋ねた。
「それもあります。でも、戦争以外で自分の力を試せる場所が必要なんです」
和人は答えた。
「力を持っているからといって、戦場に行くしか道がない。そんな状況を少しでも変えたい」
ピートが腕を組む。
「だが、強者が集まれば、問題も起こる。腕に自信のある者同士が衝突すれば、街の治安を脅かすことにもなりかねん」
「だから、ルールを作ります」
和人は即座に答えた。
「勝敗だけじゃなく、反則や危険行為への罰則も決める。観客と選手の安全を確保する仕組みも必要です」
「なるほど。競技場を、戦力の発掘と管理の両方に利用するわけか」
ピートの目が細くなった。
「悪くない考えだ」
その後も議論は続いた。
商業の発展にはペールが知恵を出し、自警団の再編にはミッチェルが協力した。
ピートは軍事と防衛の計画を練り、ローレンスは法制度を整えた。
そして、フローレンシアは周辺勢力との交渉や政治面の調整を引き受けた。
「この計画が本気なら、私たちにも覚悟が必要ですね」
フローレンシアが言った。
「両国から見れば、セネルが独立した力を持つこと自体が脅威になる可能性があります」
「分かっています」
和人は答えた。
「だからこそ、誰か一人の意思で動く組織にはしたくない。俺が間違ったことを言ったら、遠慮なく止めてください」
涼音が横から口を挟んだ。
「その役目なら、私が一番得意かもね」
「おい」
「何よ。事実でしょ?」
ソフィーが笑いをこらえ、エリーも小さく肩を震わせた。
張り詰めていた空気が、わずかに和らいだ。
フローレンシアはそんな四人を見つめ、静かに頷いた。
「分かりました。私たちも協力しましょう」
彼女は一人ずつ、会議に参加した者たちの顔を見渡した。
「この世界には、戦争を終わらせるために動く者が必要です。誰かが始めなければ、何も変わりませんから」
その日、セネルを第三勢力として発展させるための計画が正式に動き出した。
ただし、それは新しい国の誕生を意味する一方で、二つの大国に対して、明確な意思を示すことでもあった。
――もう、どちらかの国の都合で世界を動かさせはしない。
その決意が、静かに広がり始めていた。
数か月後。
セネルは、以前とは見違えるほど変わっていた。
荒れていた街道は修復され、商店が増え、各地から商人が訪れるようになった。
冒険者ギルドも新たに整備され、依頼の管理や報酬の支払いが改善された。
治安を守る自警団は再編され、住民が安心して暮らせる区域も広がっていった。
さらに、医療施設や教育の場まで整備され始めていた。
そして、街の中心には巨大な建造物が姿を現した。
コロシアム。
剣士、魔法師、傭兵、冒険者。
あらゆる者が実力を競い合うための場所だ。
もちろん、和人たちにとっては、ただの競技場ではない。
この世界に散らばる強者を見つけ、仲間に迎え入れるための場所でもあった。
「……短期間で、よくここまで変わったな」
完成間近のコロシアムを見上げ、和人が呟く。
「貴族様様ね」
涼音が腕を組んだ。
「お前、最近そればっかりな」
「だって、私たちだけじゃ絶対に無理だったでしょ?」
「まあ、それは否定しない」
和人が苦笑すると、ソフィーが肩をすくめた。
「ただの賞金稼ぎだった私が、街の発展にまで関わることになるなんてね。人生、何が起きるか分からないものだわ」
「ソフィーさんは、賞金稼ぎをやめるんですか?」
エリーが尋ねた。
「まさか。仕事の幅が広がっただけよ」
「それなら、少し安心しました」
「どうして?」
「ソフィーさんが賞金稼ぎをやめたら、何をしているのか想像できなくて……」
「ちょっと。それ、どういう意味?」
「い、いえ! 悪い意味ではなくて!」
慌てるエリーに、涼音が吹き出した。
その笑い声を聞きながら、和人は街を見渡した。
かつて、戦争の影に怯えていた人々。
住む場所を失い、明日を生きるためだけに働いていた者たち。
そんな人々の表情に、少しずつ笑顔が戻ってきている。
「……ここからだな」
和人は小さく呟いた。
街を変えることはできた。
しかし、戦争そのものはまだ終わっていない。
デュランダルとヴァリアスは、今も互いを敵と見なし、国宝を巡る争いを続けている。
セネルがどれだけ豊かになっても、戦争が続けば、いずれその影響は及ぶだろう。
だからこそ、次に必要なのは――力だった。
国を動かす力。
仲間を守る力。
そして、戦争を止めるための力。
そのための第一歩が、今まさに始まろうとしていた。
コロシアム第一回大会の日。
朝早くから、会場の周囲には大勢の人々が集まっていた。
「おい、あの魔法師を見ろよ!」
「背中に見たことのない武器を背負ってるぞ!」
「噂じゃ、他国からも凄腕の傭兵が来ているらしい!」
会場は熱気に包まれていた。
参加者の目的はさまざまだ。
賞金を求める者。
自分の腕を試したい者。
名を上げ、仕事を増やしたい者。
そして、まだ見ぬ強敵と戦うことだけを望む者。
そんな中、和人たちは控室から会場を眺めていた。
「すごい人数ね……」
涼音は、少し緊張した面持ちで呟いた。
「観客の前で戦うのは久しぶりだわ」
「大丈夫よ」
ソフィーが余裕の笑みを浮かべる。
「私たちは、もっと恐ろしい化け物と戦ってきたじゃない」
「それはそうだけど……人間相手だと、また違う緊張感があるのよ」
「なら、いい経験になるわね」
「ソフィーは本当に前向きだな……」
和人が呆れたように言うと、エリーが小さく笑った。
そのとき、会場に大きなアナウンスが響き渡った。
『それでは、第一回セネル・コロシアム大会を開始します!』
歓声が爆発する。
そして、和人たちの試合が始まった。
対戦相手は、各地で活動している冒険者の一団だった。
装備は整っているが、これまで戦ってきた魔物や遺跡の守護者と比べれば、実力差は明らかだった。
和人は仲間たちにだけ聞こえる声で告げた。
「全力は出すなよ」
「え?」
エリーが目を丸くする。
「俺たちの目的は優勝だけじゃない。ここに集まった強者を見極めることだ」
涼音はすぐに意図を理解した。
「なるほど。私たちが本気を出しすぎたら、相手の実力を判断する前に試合が終わっちゃうのね」
「そういうことだ。相手の技術も見たいし、俺たち自身の戦い方も隠しておきたい」
ソフィーが口元を緩めた。
「わざと苦戦しているように見せるわけね。ずいぶん芝居がかった作戦だこと」
「言い方!」
「でも、嫌いじゃないわ」
こうして四人は、実力を隠しながら試合に臨んだ。
魔法の威力を抑える。
剣の速度を調整する。
相手が攻撃を仕掛ける余地を残し、反撃の機会を探る。
観客には互角の戦いに見えるようにしながら、実際には余裕を持って相手の動きを観察していた。
ただし、相手を侮るつもりはない。
どんな戦いにも予想外はある。
和人は、必要以上に相手を傷つけないことも仲間たちに伝えていた。
「勝ち上がることより、誰がどんな力を持っているかを見ろ」
その言葉どおり、四人は一戦ごとに参加者の戦い方を記録し、気になった者の名前を控えていった。
そして大会は進み、ついに決勝戦を迎えた。
和人の視線が、対戦相手の一団に止まる。
その中に、一人だけ異質な男がいた。
剣を携え、無駄な動きをせず、静かに立っている。
一見すると、どこにでもいる剣士だ。
だが、和人には分かった。
男の周囲には、ごく微量の魔力が漂っている。
しかも、それは一般的な魔法師のものとは違う。
「……あいつだ」
「何か気になるの?」
涼音が尋ねる。
「あの剣士だ。おそらく、普通の剣士じゃない」
涼音は男を観察し、わずかに口元を緩めた。
「確かに。立ち方に隙がないわね」
「一対一で戦ってみてくれ」
「了解」
涼音は木剣ではなく、自分の剣を手に取った。
決勝戦が始まる。
両チームが一斉に動き出す中、涼音だけが男の前に立った。
「あなた……普通の剣士じゃないわね」
男は剣の柄に手をかけた。
「それは、あんたにも言えるんじゃないか?俺には分かるぜ」
男の視線が、涼音の剣へと向けられる。
「ただの剣士にしては、妙な魔力を感じる。それに、隠しているつもりかもしれないが、相当な闘気だ」
「よく見ているのね」
「お互い様だろ」
男が剣を抜いた。
その瞬間――刀身に青白い光が走った。
「魔法剣……!」
涼音は水の魔力を剣へと宿す。
次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。
剣と剣が激突する。
火花が散り、観客席から歓声が上がった。
だが、次の瞬間。
「っ……!」
涼音の腕に鋭い痺れが走った。
男の剣から、電撃が流れ込んできたのだ。
「なるほど……雷の魔法ね!」
男は答える代わりに、剣を横薙ぎに振るった。
刀身から放たれた雷撃が、一直線に涼音へと飛ぶ。
涼音は風をまとい、身体を横へと滑らせた。
雷撃が頬をかすめ、背後の地面を焼く。
「速いな……!」
男の目に、初めて驚きが浮かんだ。
涼音は一気に距離を詰める。
水をまとった斬撃が男の剣を捉えた。
しかし、男もまた素早く身をひねり、攻撃を受け流す。
続けざまに繰り出される二撃、三撃。
そのすべてを、男は紙一重でかわしていった。
「こいつ……強い!」
涼音の表情が変わった。
久しぶりに、技術と技術をぶつけ合える相手だった。
力任せではない。
魔法だけに頼っているわけでもない。
剣術と魔法を組み合わせ、互いの弱点を補い合っている。
そして男もまた、涼音の実力を認め始めていた。
「なるほど。あんた、相当な場数を踏んでいるな」
「あなたもね!」
男の全身に、青白い雷がまとわりつく。
まるで、電撃そのものを鎧にしたかのようだった。
「ここからは、少し本気でいかせてもらう!」
男が地面を蹴った。
雷鳴とともに、凄まじい速度で涼音へと迫る。
「涼音!」
和人が思わず声を上げた。
男の剣が振り下ろされ、雷撃が爆発する。
衝撃で砂埃が舞い上がり、二人の姿が見えなくなった。
観客席から悲鳴が上がる。
「おい、大丈夫なのか!?」
「今の直撃したんじゃないか!?」
しかし、和人は視線を逸らさなかった。
涼音なら、まだ立っている。
そう信じていた。
やがて、砂埃の向こうから人影が現れた。
涼音だった。
衣服の一部は焦げ、呼吸も乱れている。
それでも、彼女はしっかりと立っていた。
「……なるほど。雷を全身にまとわせて、攻撃と防御を同時に強化しているのね」
男が目を見開いた。
「今のを受けて、まだ分析する余裕があるのか……!」
「余裕なんてないわよ」
涼音は剣を構え直した。
「でも、あなたの動きは分かった」
風が巻き起こる。
足元から背中へ、そして腕へ。
涼音の身体を、風の魔力が一瞬で駆け巡った。
男が再び突進する。
雷が走る。
だが、今度の涼音は違った。
雷撃が届く寸前、身体をわずかに傾けて攻撃をかわす。
そのまま風の加速を利用し、男の懐へと滑り込んだ。
「なっ……!」
一閃。
涼音の剣が、男の剣を正確に弾き飛ばした。
雷をまとった剣が宙を舞い、地面へと突き刺さる。
会場が、一瞬で静まり返った。
そして――。
『勝者! 和人たちのパーティー!』
爆発するような歓声が、コロシアムを包み込んだ。
涼音は剣を収め、男へと歩み寄った。
「あなた、強いわね」
男は落ちた剣を拾い、苦笑した。
「……あんたこそ。本気を出し切っていなかっただろ?」
「さあ、どうかしら?」
「とぼけるなよ。最後の一撃、あの速度は普通じゃない」
涼音は楽しそうに笑った。
「ふふっ。あなたの名前、聞いてもいいかしら?」
「アレフだ。賞金稼ぎをしている」
アレフは、自分の剣を見つめた。
「この剣は、以前受けた依頼で見つけた財宝の中にあったものだ。手にした途端、雷を放つようになった」
「ヴァリアスの出身?」
「ああ。魔法は使えるが、攻撃系は得意じゃない。援護や補助に使う魔法が中心だ。だから、この剣の力を借りて戦っている」
「剣に魔力を通す技術を、自分で身につけたの?」
「ああ。最初は何度も失敗した。まともに扱えるようになるまで、かなり時間がかかったよ」
涼音は感心したように頷いた。
そのとき、和人たちが二人のもとへやってきた。
「アレフ、少し話があるんだ」
和人が声をかける。
「俺は和人。こっちは涼音、ソフィー、エリーだ」
「それで、何の用だ?」
アレフは警戒を解かずに尋ねた。
和人は正面から彼を見つめた。
「よかったら、俺たちと一緒に戦わないか?」
「……一緒に戦う?」
「これから、少し大きなことを始める。強い仲間が必要なんだ」
「何をするつもりだ?」
和人は少しだけ考えた。
今ここで、七つの宝石のことも、二つの大国に立ち向かう計画も、すべて話すことはできる。
だが、初対面の相手に簡単に打ち明けられるほど、軽い話ではなかった。
「詳しい事情は、まだ話せない」
アレフの眉が動く。
「ずいぶん信用されていないんだな、俺は」
「違う。あんたを信用していないんじゃない。話せば、あんたまで危険に巻き込むことになるからだ」
和人は正直に答えた。
「それでも、仲間になってほしいと思った。あんたの剣には、俺たちが必要としているものがある」
アレフはしばらく黙っていた。
やがて、口元に笑みを浮かべる。
「事情は言えない。だが、面白いことを始める。しかも、俺の力が必要だ……か」
彼は剣を肩に担いだ。
「いいだろう。どうせ賞金稼ぎを続けていても、似たような依頼ばかりだ。たまには、先の読めない仕事も悪くない」
「ありがとう」
「ただし、危険な仕事なら報酬の話はきっちりさせてもらうぞ」
「そこは相談させてくれ」
和人が苦笑すると、アレフは声を上げて笑った。
こうして、和人たちの計画に最初の新たな仲間が加わった。
コロシアムの大会は、その後も定期的に開催された。
一か月ごとに大会を開き、戦いを通じて実力を見極める。
勝敗だけでなく、判断力、仲間との連携、危険な状況での対応力。
和人たちは、さまざまな角度から参加者を観察していった。
やがて、コロシアムの噂はセネルの外にも広がり始めた。
各地から冒険者が集まり、名の知れた傭兵も姿を見せるようになった。
氷の魔法を自在に操る魔法師。
闇の幻惑で相手を翻弄する術師。
大鎌を振り回す怪力の戦士。
二本の剣を操る魔法剣士。
風をまとったレイピア使い。
精霊を媒介に古式魔法を使う術師。
そして、特殊な弓で常識外れの射撃を行う射手。
戦いの中で、和人たちは少しずつ仲間を増やしていった。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
協力を断る者もいた。
金銭だけを目的に近づいてくる者もいた。
中には、和人たちの目的を聞き出そうとする者さえいた。
それでも、彼らは焦らなかった。
力だけでなく、信頼できる人間かどうかを見極める。
それが、和人たちの方針だった。
そして――一年が過ぎた。
セネルは、もはや以前のセネルではなかった。
商業は発展し、治安は改善され、街には新たな住民が増えた。
冒険者たちが仕事を求めて集まり、コロシアムは街の象徴となっていた。
その一方で、セネルが独自の力を持ち始めたという噂は、周辺国にも広がっていた。
デュランダルとヴァリアス。
二つの大国もまた、セネルの変化を無視できなくなりつつあった。
そして、和人たちのもとには、八人の新たな仲間が集まっていた。
雷の魔法剣を操るアレフ。
氷魔法を得意とする魔法師アリス。
闇魔法と幻惑を操るシンシア。
大鎌を使う怪力の戦士クローム。
二刀流の魔法剣士ラルク。
風魔法を操るレイピア使いマーリン。
精霊を媒介とした古式魔法を使うクレア。
そして、異能の弓を操るベルクール。
それぞれが、異なる技術と経験を持っていた。
彼らが集まったことで、和人たちの戦力は大きく変わった。
だが、和人はそれを「最強の軍団ができた」とは考えていなかった。
八人が仲間になったからといって、二つの大国に勝てる保証などない。
むしろ、ここからが本当の始まりだった。
ある日の夜。
和人たちは屋敷の客間に集まっていた。
十二人が一つのテーブルを囲み、中央にはセネル周辺と二つの大国を描いた地図が広げられている。
和人は席を立った。
「みんな、ここまで来てくれてありがとう」
集まった八人が、静かに和人を見つめる。
「今日、話しておきたいことがある。これから俺たちが何を目指すのか、そのために何と戦うことになるのか」
和人は深く息を吸った。
「俺たちはこれから――デュランダルとヴァリアス、その両国に立ち向かう」
室内に緊張が走った。
アリスが目を細める。
「二つの大国を相手にする、ということですか?」
「そうだ」
和人は地図の上に指を置いた。
「目的は二つある」
指を一本立てる。
「一つ目は、八百年続いてきた戦争を終わらせること」
次に、二本目の指を立てた。
「二つ目は、両国が保有している七賢人の宝石を手に入れることだ」
アレフの表情が変わった。
「七賢人の宝石……?」
「ああ。俺たちはすでに五つの宝石を持っている。残る二つが、デュランダルとヴァリアスにあると考えている」
「七つすべてを集めたら、どうなるんだ?」
ラルクが尋ねた。
涼音が答える。
「古文書によれば、七つの宝石が一つの力へと統合される可能性がある。ただし、詳しい仕組みはまだ分かっていないわ」
「それだけの力を手に入れて、何をするつもりだ?」
シンシアの問いは、静かだが鋭かった。
和人は目を逸らさなかった。
「宝石の力を調べ、両国がそれを利用して何をしようとしているのかを確かめる。そして、戦争を終わらせるために使える可能性があるなら、その方法を探す」
「可能性があるなら、か……」
クロームが低く唸る。
「確実な勝算があるわけじゃないんだな」
「ない」
和人は正直に答えた。
「宝石を集めれば何もかも解決する、なんて思っていない。七つの宝石には危険な力があるかもしれないし、集めることで、これまで以上の脅威を招く可能性もある」
その言葉に、エリーが静かに頷いた。
湖底遺跡で起きたことを、彼女も忘れてはいない。
和人は続けた。
「それでも、両国が宝石を奪い合い、戦争が続いている現状を放置するわけにはいかないんだ」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてアレフが立ち上がった。
「……面白いじゃないか」
全員の視線が集まる。
「俺はヴァリアスの出身だ。戦争で故郷を離れた人間も、仕事を失った人間も見てきた。国同士の事情なんて、俺たちには分からないことだらけだ」
アレフは自分の剣を見つめた。
「だが、戦争が続く限り、苦しむ人間が増える。それだけは間違いない」
そして、和人へと視線を戻した。
「勝算がないからやめる、というつもりなら、俺は最初からここにはいない。やると決めたなら、最後まで付き合うさ」
「アレフ……」
「ただし、無謀と勇気は別物だ。勝てない戦いに仲間を突っ込ませるようなら、俺は止めるぞ」
和人は笑った。
「もちろんだ。俺も、誰かを無駄に死なせたいわけじゃない」
その言葉を皮切りに、仲間たちが次々と頷いた。
アリスは氷の魔力を宿した指先を見つめながら、静かに言った。
「私も協力します。力を持つ者が、何のために力を使うのか。それを考える必要があると思うから」
シンシアは、わずかに笑った。
「私は、面白そうだから。それに、戦争を終わらせることができれば、闇に紛れて生きる必要のない人も増えるでしょうね」
クロームは大きな手で胸を叩いた。
「難しいことはよく分からん。だが、守るべきものがあるなら、俺は戦う」
ラルクも頷く。
「二つの国を相手にするのは簡単じゃない。でも、最初から諦める理由にもならないだろ」
マーリンは椅子に寄りかかりながら笑った。
「風向きが変わる瞬間って、案外こういうところから始まるのかもしれないわね」
クレアは目を閉じ、精霊に語りかけるように呟いた。
「精霊たちも、この世界の変化を感じ取っています。私も、あなたたちの選択を見届けたいです」
最後に、ベルクールが口を開いた。
「俺は遠くの敵を射抜くことしかできない。だが、その一射が仲間を救えるなら、力を貸そう」
和人は八人を見渡した。
まだ、彼ら全員が同じ未来を思い描いているわけではない。
それぞれに事情があり、信念があり、譲れないものがある。
だが、少なくとも今は、同じ目的のためにここに立っている。
「ありがとう。これから先、俺たちは何度も選択を迫られると思う」
和人は言った。
「そのときは、俺の言葉をただ信じるんじゃなく、自分で考えてほしい。俺が間違えたら、遠慮なく指摘してくれ」
涼音が小さく笑った。
「その役目なら、任せておいて」
「頼もしいな……」
「今さらでしょ?」
室内に笑いが広がった。
だが、和人はすぐに表情を引き締めた。
「そして、俺たちだけで突っ込むつもりはない」
作戦の立案は、かつて戦争で参謀を務めたピートが担当する。
その補佐を、自警団を率いるミッチェルが務める。
フローレンシアは政治面を支え、ペールたちは商業と兵站を整える。
ローレンスは法律と交渉の仕組みを整備し、ルークは七賢人の古文書や宝石に関する情報の収集を続ける。
セネルの住民を守るための防衛計画も、同時に進めることになった。
「俺たちは、戦争を止めるために動く。だからこそ、戦い方を間違えるわけにはいかない」
和人は拳を握った。
「作戦開始まで、さらに鍛える。情報を集める。必要な準備を整える」
涼音が剣に手を添えた。
「また訓練ね。でも、前よりずっと意味があるわ」
ソフィーは二本の剣を確かめるように抜き、すぐに鞘へ戻した。
「一年間、ただ遊んでいたわけじゃないもの。次の相手が人間の軍隊なら、戦い方も変える必要があるわね」
エリーも小さく拳を握った。
「私も、もっと強くなります。今度こそ、誰かを守れるように」
和人は頷いた。
「次に俺たちが戦う相手は、コロシアムの冒険者じゃない」
一人ひとりの顔を見渡す。
「国そのものだ」
その瞬間、客間の空気が変わった。
魔物でもない。
賞金稼ぎでもない。
相手は、数千、数万の兵士を抱える国家。
その背後には、長い歴史と複雑な政治、そして国を守るためなら手段を選ばない者たちがいる。
さらに、両国には和人たちと同じように、七つの宝石を狙う者たちがいるかもしれない。
戦いは、これまでとは根本から違うものになる。
それでも、もう後戻りはできなかった。
七つの宝石を巡る戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
七、動き始めた第三の影
深夜。
セネルの街は静まり返っていた。
コロシアムの灯りは消え、商店の扉も閉ざされている。
遠くから聞こえるのは、夜警の足音と、風が街路を抜ける音だけだった。
その頃、セネルから遠く離れた場所では、一つの報告が届けられていた。
薄暗い部屋。
壁には、この世界の地図が掲げられている。
デュランダル。
ヴァリアス。
そして、その両国の境界から離れた場所に、小さく記された自由都市セネル。
机の上には、七つの円が描かれた古い文書が置かれていた。
そのうち、いくつかの円には印がつけられている。
「……セネルの動きが、予想以上に速いようです」
報告者の声が、静かな部屋に響いた。
「商業、治安、防衛。どれも短期間で整備されつつあります。さらに、各地から腕の立つ冒険者や傭兵が集まっているとのこと」
部屋の奥に座る人物は、しばらく黙っていた。
やがて、地図の上のセネルを指先でなぞる。
「誰が中心になっている?」
「柊和人という魔法使いの若者です。仲間たちとともに、セネルの有力者をまとめ上げたようです」
「柊和人……」
その名を口にした瞬間、人物の指が止まった。
「七つの宝石との関わりは?」
「確証はありません。しかし、各地の古代遺跡で起きた異常現象と、彼らの行動には無視できない共通点があります」
報告者は、机の上の文書を見つめた。
「また、セネルでは七賢人に関する情報を集めている形跡もあります」
長い沈黙が続いた。
やがて、奥の人物が低く笑った。
「そうか……。ならば、予定を早める必要があるな」
「計画を進めるのですか?」
「ああ。ただし、まだ表には出るな」
人物は地図から手を離し、七つの円が描かれた文書を閉じた。
「デュランダルもヴァリアスも、宝石を手に入れることしか考えていない。セネルの者たちも、まだ本当の意味を理解していないようだ」
「では、我々は何を?」
「彼らが互いに争い、消耗するのを待つ必要はない」
暗闇の中で、人物の目が細くなる。
「七つの宝石が揃う前に、こちらも動く」
机の上に置かれた小さな宝石が、かすかに光を放った。
その輝きは、和人たちが持つ宝石のものとよく似ていた。
しかし、どこかが違う。
光の奥に、まるで生き物のような黒い影が揺らいでいた。
「選ばれるのは、宝石を集めた者とは限らない……」
人物は誰にともなく呟いた。
「それを、あの少年が理解するのはいつになるだろうな」
窓の外では、雲が月を覆い始めていた。
デュランダルとヴァリアス。
そして、自由都市セネル。
三つの勢力が、それぞれ異なる思惑を抱えながら動き始めている。
だが、そのどれもが、まだ本当の敵の姿を知らない。
七つの宝石は、ただの国宝ではない。
世界を救う鍵なのか。
それとも、世界を滅ぼすための装置なのか。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。
そして和人たちは、まだ気づいていなかった。
自分たちが宝石を集めようとするたびに、どこか遠くで、同じように宝石を追い求める者たちが動いていることに。
戦争の幕が、上がろうとしていた。
――第三の勢力は、すでに動き始めている。




