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悪魔狩り

「なぁ、山羊子、奈莉栖を助けるには、本当に人を殺すしかないのか?」


 僕の問いに、山羊子が曖昧な笑みを浮かべた。


「基本はそうね。悪魔は勝手には人の魂を奪えないから、たまたま人の死に立ち会っても、その人の了解を得ていない限り魂を手に入れることはできないわ。例外は魔女が殺した人間の魂だけ。それは、人間である魔女が奪った魂を間接的に手に入れるだけだから許されるの。これが、悪魔が人間を魔女にしたがる理由よ」


「つまり、病院で誰か死ぬのを待っていてもダメってことか」


「アナタがその人に、魂下さい、と言って、了解を得られるなら大丈夫よ」


 山羊子が笑う。言われるまでもなく、無理なことはわかる。


「じゃあ、まだ見つかっていない殺人鬼の居場所とかわかる?」


 それならまだ罪悪感なく殺せるのではないか、そう思ったんだけど。


「まだ捕まっていない殺人鬼なんて、そうそう簡単には見つからないわ。それがわかるなら、アタシがソイツと契約を結ぶし。もしアタシにそれを求めるのなら、一人につき魂一つ貰うわよ」


 それでは全く意味がない。


「別に気にせずその辺の人を殺せばいいじゃない。どちらも、アナタたちの法では変わらず殺人でしょ。殺人鬼だから殺してもいいわけじゃないし。それなら、もっと簡単にその辺の人を殺せばいいのよ。大丈夫、魔女の魔力を使えば、証拠を残すことなく殺せるわ」


 山羊子が誘惑する。


「ダメだ。できないよ」


 法的にはどちらも変わらず殺人だと言われても、少なくとも僕個人の倫理観からすれば、両者には明らかな差があった。


「ホント、とんだアマちゃんね。いいわ、もう一つの方法を教えてあげる」


「もう一つの方法? どんなのだよ!?」


 藁にも縋る思いで、僕は山羊子の言葉に食いついた。


「それは、魂を蓄えている悪魔を殺すことよ。悪魔は魂を喰らって、魔力に変換し、自分の力とするの。もちろん、一度魔力にしてしまうと、もう一度魂に変換することは不可能なんだけど……悪魔にとっても、魂はかなり貴重なものよ。だから、多くの魂を手に入れることのできた悪魔は、その魂を一度には喰らわない。魂から魔力への変換は急げば急ぐほどロスがでるものだから。しっかりと保存して、一つずつ、ゆっくりと喰らうわ」


「つまり、そんな風に沢山の魂を溜め込んだ悪魔を殺すことができれば、一度に多くの魂を手に入れられるってわけか……」


 山羊子の前で言うのは躊躇われるけど、僕からすれば無関係の一般人を殺すよりは悪魔を殺す方が何万倍もましだった。


「そういうこと。そんな悪魔の位置でいいなら、一匹、教えてあげられなくもない」


「いいのか、そんなことして?」


「位置を教えるくらい、何の問題もないわ。人間と同じで、悪魔も、同族を殺せば罪になる。だから悪魔同士で殺し合うことは滅多にない。でも、アタシたちは人間よりもずっと、己の欲望に素直だから、自分の魔女を使って他の悪魔を殺させることも、ないわけではない。ただ、覚悟しておきなさい。悪魔を殺すなんて、人間を殺すよりもはるかに困難よ」


「わかった、気をつけるよ」


「まぁ、アナタが死んでも、アナタの魂はアタシのものになるから、アタシに損はないけどね」


 言って、山羊子は舌舐めずりした。


「それで、その悪魔はどこにいるんだよ」


「ここからざっと20kmというところね。それほど遠くないわ。近づいたら、アナタにも忌々しい気配を感じられるはずよ」


 ここから20km……なんとなく、僕には心当たりがあった。隣の御崎市内でも特に治安の悪い西区だ。そこは元々、日本でも5本の指に入るほどの犯罪率だけど、最近特に頻繁に、不審死や通り魔殺人が発生していると聞く。悪魔と何か関連があるのかもしれない。


「行くなら深夜、だよね? やっぱり」


「人に見られたくなければそうでしょうね」


「どんな悪魔か知ってるの?」


「狡猾でいけすかない、でも強大な悪魔よ。兄様やアタシは美しい山羊の眷属だけど、アイツは醜くて汚い、蠅の眷属よ」


「蠅か……確かに、強そうだな」


 蠅の王のイメージがあるからだろう、かなり怖い気がする。


「一つ確認しておくけど、そいつを殺せば、奈莉栖だけでなく、他の3人の魂も修復できるよね?」


「ええ。十分な量の一般組成が手に入るはずよ」


「もう一つ。もしも、僕がその悪魔と相討ちになっても、4人の魂を修復してほしいんだ」


 山羊子は呆れたように溜息を吐いた。


「心配しなくていいわ。兄様の契約の履行が不完全だったとわかった以上、契約を完全に履行する義務はアタシにあるもの。魂さえ手に入れば、アナタの魂を貰う前に、あの4人はちゃんと治してあげる」


 契約という言葉を口にした以上、悪魔ながら山羊子は信頼できる、そんな気がして、僕はかなり安心した。後は蠅を殺すだけだ。


 深夜までの間、僕はネットで西区の地図を調べた。蠅の悪魔についても情報を集めようとしたけれど、ネット上の情報の多くはゲームに出てくる敵のもので、有益な情報は何一つ得られなかった。僕は適当なところで情報収集を切り上げ、しっかりと夕食をとった。そして、深夜まで仮眠して英気を養った。


***


 深夜0時に目覚めた僕は、ジーンズにTシャツといういつもの格好にジャケットを羽織って自転車に乗った。魔法で移動できないかとも思ったんだけど御崎市へは滅多に行かないから、明確に想像できるような場所がなかったのだ。昼間に調べた地図を頼りに、自転車を走らせる。およそ40分ほどで、御崎市西区に入った。どうやら、勘は当たったようだ。確かに、何やら、不気味といっていい気配を感じる。


 逆に、相手の悪魔にも、その悪魔の魔女にも、他の魔女が近づいていることはわかるだろう。相手からしたら、僕を殺したところで魂は手に入らないんだから、僕は標的とはならない筈だ。つまり、僕は、自分から襲いかかることになる。相手が人間の魂を乱獲する悪い悪魔(山羊子もいい悪魔ではないだろうけど)とその魔女だとは言え、気が進まないことは確かだ。


 更に自転車を走らせること、5分ほど。いよいよ不気味な力を間近に感じるようになったとき、目の前に人影が現れた。長身の男だ。こてこてに汚れた服、かなり離れているのにツーンと臭う。一見、ただの浮浪者だけど、痩せぎすの貧相な顔には病的と言っていいほど爛々と血走った眼が輝いている。一目見て分かった。こいつは、「魔女」だと。とりあえず僕は自転車を降りた。


「なんだよ、お仲間かよ。何しに来た? 俺の縄張り荒すんじゃねえよ」


 お仲間、という割には、友好的なそぶりは何一つ見せない。それどころか、手にした錆びついた鉈のようなものでこちらを威嚇している。僕は誤解を解いておくことにした。


「別に縄張りを荒しにきたわけじゃないよ。単に、お前と契約している悪魔を、狩りに来たんだ」


 男は一瞬驚愕して目を見張らせたが、続いて、笑いだした。


「ひゃはっは、そいつは愉快だ。お前程度のちっぽけな力で悪魔を狩る、だ? ガキが、折角悪魔と契約を結べたのに、そんな下らないことして何になるんだ」


「理由はあるさ、お前に理解してもらう必要はないけどね」


「分かってないようだから、教えてやる。俺たち魔女は、死んだら悪魔に魂をとられるんだぞ? そしたらもう、自然の一部として生まれ変わることは不可能だ。俺たちには、今のこの人生しかないんだよ。まあ、もっとも、生まれ変わるっつったって、記憶も何もなくすんだから、来世が幸せでも今世がクソじゃ意味ないからな。今世で失敗した俺は、可能性だけの来世になんざ未練はないがな。それでも、来世と引き換えに手に入れた力を使って、今世を楽しまないでどうするんだ?」


 男の言ってることは、明らかに正論だった。おそらくこれが、山羊の言っていた「立派な魔女」というものなのだろう。


「それで、無関係な人の命を、魂を、悪魔に捧げて回っているのか?」


「捧げる? 何か勘違いをしているな。魔女が人を殺すのは、別に悪魔のためだけじゃないぜ。魔女にもちゃんと、取り分がある。魔女のおかげで魂を手に入れた悪魔は、その対価に魔女の願いを叶えなければならないんだ。物質的な欲望程度なら何だって叶えて貰えるさ。まあ、一番の楽しみは、あの汚らしい最高の牝悪魔(ビッチ)とまぐわうことだけどな。それに、悪魔が強くなれば、契約している魔女も強くなる。その意味で、悪魔と魔女の利害は一致しているんだ」


 なるほど。僕が誘拐犯を殺した後、山羊子が僕の頼みを聞いてくれたのは、これが理由なのだろう。


「よくわかったよ。お前が、自分の欲望を満たすためだけに人を殺す、屑だということがね」


 屑、自分で言っておいてなんだけど、それはお互い様だろう。僕にしても、女の子を助けたいという個人的な願望のために、こいつを殺そうとしてるんだから。


「け、お前を殺しても何の得にもならないから、魔女の素晴らしさを教えてやったってのに」


 男は鉈を構えなおした。僕も、軽く腰を落とし、構えをとる。


「死ねや!!」


 言葉と同時に、男が地を蹴った。信じられないくらいに、速い。その速さは、明らかに人間離れしていた。魔力を使った動きだろうけど、僕よりも数段上の速さだ。首を目掛けた横薙ぎの一撃を、僕は何とか左腕で防いだ。左腕に鈍痛が走る。少なくとも骨にヒビは入ってしまっただろう。


「けけ、よく防いだな。だが、遅いな、お前」


「そうか? 僕にはお前の方が遅く見えるけど」


「はあ? バカか、お前」


 男が嘲る。確かに、物理的な速度という意味の速さでなら奴が数段上だ。でも明らかに、武術の腕はこちらが遥かに上なのだ。速さを活かした奇襲の一撃で僕を殺せなかった以上、速度差というアドバンテージは既に無いに等しい。武術的な速さは、物理的な速さに限らないのだ。僕は落ち着き払って、再び構えをとった。


「何度やっても同じだ!」


 男も再び地を蹴る。先ほどとは異なり、一旦サイドステップでフェイントを掛けた上で僕に襲いかかる。ただ、どんな動きをしても速度は同じだ。同じ速度で動く以上、タイミングは読める。目で追える程度の動きであれば、僕からすれば止まっているのも同然だった。僕は地を這うほどに上体を沈めて男の斬撃をかわすと同時に、軽く足を掛けた。足をとられ、男は前のめりに転げた。自分の速さを、完璧には使いこなせていないのだろう。


「……ごめん」


 罪悪感を感じながらも、僕は倒れている男の喉を踏み抜いた。それでお終い。人の命を奪うことは、こんなにも容易い……。


 男との戦いを終え、僕はとりあえず、魔力を注いで左腕を治した。誰かに見つからないように、一刻も早く死体から離れるべきなのに、気だるくて身体が動かない。


 誘拐犯を殺した時とは異なり、初めて明確な殺意を持って人を殺したのだ。罪の意識に潰されそうだった。この辛さを超えれば、殺人鬼としての新たな境地が開けるのかも知れないけれど、そんな境地には達したくなかった。

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