終戦
「やれやれ、本気で勝てると思っているなんて、バカだねぇ。キミたちがいくら束になったって、ボクに犯されて殺されて、魂までしゃぶられて終わりなのにさ」
「あんたがそんなに強いなら、魔女っ子とか魔女とか回りくどいことしてないで、さっさとそうすればよかったんじゃないの」
山羊の言葉にイラついたように、奈莉栖が挑発的な言葉を投げる。
「知らないのかい? 悪魔は人間を犯すのも殺すのも大好きだけど、自由にそうしていいわけじゃないんだ。悪魔の仕事は人間を堕落させることであって、殺すことではないからね。殺していいのは、人間が契約を破った場合だけだよ。同じように、悪魔は基本的には人間と契約をした上での、和姦しかできない。好きなように犯すと、人間は大抵、壊れちゃうからね。和姦なんて、契約相手を壊さないように気を使わないといけから、疲れるだけなのにね。でも、契約を破った人間をどう扱おうと、それは悪魔の自由だ。ボクへの敵対行為は契約違反だから、ボクは心置きなくキミたちを犯して殺せるってわけさ」
なるほど、僕たちが山羊を殺すという決断をした後の、山羊の楽しそうな様子は、それが原因だったのか。
「よくわかったわ。口実を与えてあげるから、犯せるものなら犯してみなさいよ。喰らえ、マジカルカードエクスプロージョン!」
僕たちを馬鹿にしきった山羊の態度に我慢できなくなったのか、突然、奈莉栖が山羊に向けて次々とカードを飛ばす。カードは奈莉栖の手から離れると炎を纏い、巨大な炎の竜となって山羊に襲いかかる。
「はっ、効かないって言ったでしょ」
山羊が軽く手を振るだけで、炎の竜が掻き消えた。自分の攻撃を軽くあしらわれたのに、奈莉栖の顔には一種余裕の笑みが浮かんでいた。
「よくわかったわ。効かない、の意味がね。食らっても大丈夫、ではなくて、魔法を消すことができるという意味なら、あたしたちにできることは色々あるわ」
なるほど、奈莉栖が真正面から小細工なしの魔法攻撃を仕掛けたのは、自分たちの魔法がどの程度役に立つかを確かめるためだったのか。
「はん、別に鬱陶しいから消しただけで、キミたち程度の魔力なら、魔法が直撃したって、蚊に刺されたほどにも効きやしないさ」
「それでも、わざわざ魔法を消したということは、食らえばダメージは0じゃないってことでしょ? 0じゃないならいつかは殺せるわ。それに何より、鬱陶しいと思ってくれるなら、それだけでも十分よ」
この辺りの奈莉栖の勝負勘は、魔女っ子に憧れていたというだけあって流石だ。おかげで、奈莉栖達が魔法で山羊の注意を引いて、僕と杏樹が武術で山羊を仕留めるという基本戦略が明確になった。
「萌々香、あんたはあたしと一緒に援護射撃。闇子はあたしたちや伊吹たちが隠れられるように、手当たり次第に闇を置いて! それから、決して立ち止まらないこと。立ち止まったらさっきの闇子みたいに狙い撃ちにされるわよ」
奈莉栖がてきぱきと指示を出す。
「了解です! お姉さま」
いつのまに姉認定したのか、萌々香が元気良く返事する。
「私は貴女たちの味方じゃないわよ。私は貴女たちが全滅した後、魔女になってここから出るんですから。大体、私をメンヘル呼ばわりした貴女に命令される言われはないわ」
奈莉栖の指示を、闇子は拒否した。奈莉栖の指示を拒否した闇子は、しかし、手当たり次第に闇を置きまくる。
「闇子、あんた……」
「ふん、別に貴女の指示に従っているわけじゃないわ。何故だか急に、本能の赴くままに闇を置きまくりたい衝動に駆られているだけよ。闇が邪魔で山羊を狙いにくいでしょ? でも止めてあげないわ。これは山羊への支援行為であって、敵対行為ではないはずよ」
「ふん、山羊を殺す時にどさくさに紛れてあんたも殺そうと思っていたけど、その発作的な奇行に免じて、見逃してあげるわ」
闇子の闇に身を隠しながら、奈莉栖が感謝とも脅迫ともつかない言葉を漏らした。
「ピンクリボンシャワー!」
「ミスディレクションコインズ!」
奈莉栖と萌々香が、適当な技名を連呼して華やかな魔法を放つ。奈莉栖が指摘したとおり、大してダメージがないからといって、喰らい続けるのは嫌なのだろう。山羊はできる限り魔法を消そうとする。
そのおかげで、僕と杏樹への注意は明らかに殺がれていた。僕と杏樹は、闇子の作った闇に潜み、山羊の隙を窺う。これなら行けるかもしれない。闇を渡りながら、僕と杏樹は着実に、山羊の背後に近づいて行った。
「隙だらけだな。背中が、ガラ空きだ」
一足先に山羊に辿り着いたのは、杏樹だった。一気に踏み込んで、杏樹が居抜きからの連撃を浴びせる。魔法と違い、流石にこれはかなり痛いのだろう。山羊が苦痛の呻きを漏らして転げ回る。
「ムキー、みんなで寄ってたかって、卑怯だよ!」
流石にストレスが溜まってきたのか、山羊が地団駄を踏む。
「あら、この国の魔女っ子のことを色々調べていたみたいだし、あんただって知っていたでしょ? 魔女っ子っていうのは基本的に、5人くらいが束になって、一人の敵にかかっていく、卑怯なものよ」
カードにコインにシルクハットにステッキ、ありとあらゆる小道具を山羊に向かって投げつけながら、奈莉栖が魔女っ子もののお約束を解説した。
「そうだよ、そして可愛い魔女っ子は、悪魔なんかには決して負けないんだから」
萌々香も負けじと、色とりどりのファンシーなビームを放つ。
杏樹に斬り伏せられた山羊に、魔法の追い打ちが次々と命中する。その途切れ目を狙って、僕も必殺の一撃を繰り出す!
「その程度の小細工、無駄無駄無駄無駄ああああ!」
僕の掌打が山羊を打ち据える寸前、山羊の怒りが爆発した。いや、爆発したのが怒りだったのかどうかはわからないけど、兎に角、山羊が爆発したように見えた。その爆風は山羊を中心に円形に広がり、奈莉栖も萌々香も闇子も、闇子の闇も、僕も、杏樹も、吹き飛ばされた。一瞬でみんな、ずたぼろになった。衣装も原型を留めないくらいに破れて、まさに満身創痍だ。
「ホントに、虫けら如きが調子に乗っちゃってさ。悪魔との契約に違反した人間には、死しかないよ」
山羊が吐き捨てるように言った。その顔には、いつもの人を小馬鹿にしたような笑みは浮かんでおらず、言葉とは裏腹に余裕のなさが窺われる。もう少しのはずなのに……。
「大体、人の身でボクを倒したければ、本職の悪魔祓いでも連れてこないとムリだよ」
本職の悪魔祓い……そんな怪しげな職業が日本に存在するのだろうか? 激しく疑問だったけれど、意外にもそれは驚くほど近くにいたらしい。杏樹が名乗りを上げたのだ。
「悪いな、本職の悪魔祓いなら此処にいる。すぐに殺してやるさ。この退魔師、アンジュ・ノアールがな」
杏樹の紫水晶の瞳が強い光を放つ。退魔師というのがどういうものなのか、僕にはさっぱりわからないけれど、杏樹のこれまでの不可思議な言動は、退魔師という地位に関係していたのだろう。
「聞いたことがあるね。悪魔の血を引きながら悪魔を狩る、裏切りの黒姉妹、確か妹の方が美しき黒天使と呼ばれていたね。でも、噂ほどじゃないなあ。他の魔女っ子と大して変わらないし。姉を連れてきた方がよかったんじゃないの?」
山羊が嘲笑う。
「確かに、な。貴様の企みを阻止するつもりで足を突っ込んだのに、この様だ。姉なら兎も角、私一人の手には負えなかったようだ」
その挑発的な言葉を、杏樹は素直に認めた。
「あれれ、やけにしおらしいじゃないか。ホントにキミが、数多の同族たちを屠ってきたという黒天使なの?」
山羊が訝る。確かに、居合の達人というならともかく、悪魔退治のスペシャリストと言われてもぴんと来ない。
「仕方がないだろう。退魔の御神刀を忘れてきた今の私は、能力的にも普通の人間と大して異ならないのだから」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大事なもの忘れてくるとか、ありえないでしょ? あんた何考えてるのよ!?」
奈莉栖が怒りとも呆れともつかない叫びをあげる。
「済まない……まさか、御神刀がいつの間にかクマのぬいぐるみにすり替わっているなんて、思いもしなかったんだ」
杏樹が変身前に大事そうに抱えていたあのクマのぬいぐるみは、御神刀のつもりだったのか。寝ぼけていたにしても、酷い間違えだ。奈莉栖、闇子だけでなく萌々香さえも、そのあまりの間抜けさに頭を抱えている。
「ひょっとして、ドジっ娘属性があるの? 可愛いなぁ。ボクと契約を結んで魔女になるなら、キミだけは特別に生かしてあげてもいいよ」
山羊が杏樹を口説きにかかる。御神刀を持たないとは言え、杏樹は僕たちにとって貴重な戦力だ。ここで杏樹が敵に回ったら、勝利は絶望的になる。
「聞いてなかったのか? 言っただろう、すぐに殺してやる、と。私一人では無理でも、私には、仲間がいるからな」
よかった、山羊の言葉にも、杏樹の心は動かなかったようだ。言いながら、杏樹は尻餅をついていた僕の手を取って、立ち上がらせてくれた。
「バカだねぇ。折角ボクが最後のチャンスをあげたのに。悪魔退治の武器を忘れてくるような間抜けな退魔師にただの人間が加わったって、ボクに勝てるわけがないじゃないか」
杏樹はそれに応えず、山羊に聞こえないよう僕に耳打ちをした。
「頼む、奴の注意を私から逸らしてくれないか。15秒でいい」
杏樹の声は真剣そのものだ。山羊がその気になれば15秒でも稼ぐのは難しいだろうけど、僕は迷わず頷いた。御神刀がなくても、杏樹は退魔師として山羊を滅ぼす何らかの切り札を持っている。それを準備するのに15秒必要で、失敗すれば本当に後がなくなるのだということを、僕は瞬時に理解した。
「女の子に頼りにされたら、応えないわけにはいかないよね」
僕はゆっくりと山羊に向かって歩を進めた。
「変態の男の娘とは思えない、男らしいセリフだね」
馬鹿にしたように、山羊がうぷぷと笑う。
「悪かったな。でも、女装くらいで変態扱いはちょっと早いんじゃないか? 今から、本当の変態という奴を見せてやるよ」
僕の言葉に山羊が何を期待したのかは、知らない。でも、一瞬興味深げに僕を注視した山羊を見て、僕は成功を確信した。
「僕の異名を教えてやるよ。一つはカリスマ高校生緊縛師。そしてもう一つが、荒縄の魔術師、さ。自分の身体を見てみなよ」
「え、えぇぇぇ!?」
山羊が驚きの声を上げる。その一瞬で、僕は亀甲縛りにされた山羊をイメージしたのだ。そして、そのイメージの通りに、荒縄が具現化した。
「ふっ、緊縛、完了!」
荒縄の魔術師の面目躍如だ。魔女になったこともあってか、荒縄の具現化は魔女っ子の時よりもかなり容易だった。
「ふざけるなー!」
でも、喜んだのも一瞬、山羊はあっと言う間に縄を引きちぎってしまった。まだ15秒は稼げていない。僕は破れかぶれで山羊に向かって突進した。
「キミと遊ぶのももう飽きたよ。いい加減、死んでしまえ!」
山羊が明確な殺意を持って、僕に向けて強大な魔力を放つ。僕は無我夢中で左腕に魔力を集中させ、それを楯に正面突破を図った。
「全部出し切るわよ、萌々香!」
「はい、お姉さま!」
ここが勝負処だというのは、奈莉栖と萌々香にもわかったのだろう。二人の全力の援護射撃がほんのわずかながら山羊が放った魔力の軌道を逸らしてくれた。ありがたい。
僕は左手の楯に隠れるように半身になって、巨大な魔力の塊に飛び込んだ。山羊の言ったとおり、魔女の魔力では、山羊の魔力に対抗することはできないようだ。左腕に、千切れるのではないかと思うほどの激痛が走ったけど、僕はなんとか死の魔弾をいなし、山羊の懐に飛び込む。瞬時に体を沈め、力を溜める。そしてイメージの中で何万回と練ってきた、とっておきの絶招を放つ!
「桜花掌 咲乱!」
基本の川掌を突き詰め、昇華した掌打。掌から放たれる勁が、まるで咲き乱れる桜のようだと、師匠が名付けてくれた僕の得意手。縛りを覚える前に妄想の中で何万人をも打ち殺してきた、僕の狂気の結晶だ。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ」
山羊が苦悶の叫びを上げる。手応えはあった。殺せこそしなかったものの、かなりの痛手を与えた筈だ。そして、杏樹との約束も。
「これでいいだろ、杏樹!」
「十分過ぎる……さぁ、山羊よ、裁きの時間だ。喰らえ、退魔結界!」
杏樹が右手を振りかざすと、山羊を中心に大地が十字架の形に輝き始めた。
「うぎゃああああああ!?」
それはまさしく、光の棺だった。しかし、その棺は、神秘的な静謐さとは裏腹に、山羊に安息を与えてはくれなかったようだ。山羊の口から呪詛の呻きが漏れる。
「くそ、くそ、お前らみたいなカスが、覚えていろよ!?」
光の棺から逃れるように、山羊の姿が薄れていく。逃したらダメだ、と僕の本能が警告を発する。
「悪いけど、覚えているのも面倒だから、ここで滅んでおくれ……桜花掌、咲乱!」
必殺の掌打を、山羊の頭部に叩き込む。
「ぐぎゃぁぁああぁ」
撒き散らされたのは、紛れもなく断末魔の叫びだった。深手を負った山羊が光の棺の中で溶けて無くなるのに、ものの5秒もかからなかった。




