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僕の魔女っ子大戦

 奈莉栖と闇子は、戦闘態勢をとりながらもなかなか僕には向かってこなかった。3人がかりでないと勝てない、という山羊の言葉に従い、もう一人の加勢を待っているのだろう。


「もう一つ大サービス。アヤメイブキ以外が最後まで生き残ったら、願いは叶えられないけど、魔女にはしてあげるよ」


 そんな膠着状態を嫌ってか、山羊が新たなルールを設けた。


 これは奈莉栖や闇子だけでなく、萌々香にとっても魅力的な提案だろう。兄を生き返らせたい萌々香は、魔女っ子よりも大きな力を欲しているのだろうから。萌々香はまだ悩んでいるようだけど、このままでは僕に襲いかかってくるのは時間の問題のはずだ。結局、戦うしかないのか……。


 僕は、藁にもすがる思いで杏樹を見た。今まで気付かなかったけど、杏樹は、何かを訴えかけるように、僕をじっと見詰めていた。その顔を見て、まだ何か方法があるのだと、僕は直感的に悟った。


「ちょっと待ってよ。僕を殺したって、結局は一人しか出られないんだよ? みんなで出られる方法を考えるべきじゃないかな」


 とりあえず、間近に迫った破局を回避すべく、僕は奈莉栖と闇子を説得しようとした。


「みんなでここから出るには、あの憎たらしい山羊を殺すしかないけど、そもそも私たちの魔法では山羊は殺せないんでしょ。可能性のない戦いを挑むよりは、あんたを殺して4分の1の可能性に賭ける方がマシよ」


 奈莉栖が話合いを拒絶する。しかし、奈莉栖のその言葉は、現状を非常に上手く整理し、要約するものだった。


「そうか、僕たちの魔法では(・・・・)、山羊には勝てないんだ……」


 奈莉栖のおかげで、僕はようやく、その事実に辿り着いた。杏樹が頷く。方法がある、と言ったときから、杏樹には分かっていたのだろう。


「そういうことだ。伊吹がそれに気付いたのなら、私は伊吹に付かせて貰おう」


「はぁ? 何言ってるのよ……」


 怪訝な顔をした奈莉栖が考え込んだ。一見矛盾する僕や杏樹の言葉の裏を探っているのだろう。そう、山羊から与えられた魔法では山羊を倒せない。でも、僕たちが自分で身につけた力、例えば武術でなら、山羊を殺せるのだ。自分の武に自信のある杏樹や僕は、その可能性に至ることも難しくなかった。でも、魔法以外に戦う術を持たない奈莉栖には、その発想の転換に時間がかかるのだろう。


「なるほど、そういうことか。確かに可能性がないわけじゃないんだろうけど……」


 なんとか、奈莉栖も同じ結論に辿り着いてくれたようだ。


「僕と杏樹が何とかするよ。サポートしてくれたら、嬉しい」


 根拠はないけど、僕は断言した。みんなで一緒にここから出るには、それしかない。


 しばらく考えていた奈莉栖が肩を竦めた。


「やれやれ。伊吹と杏樹を敵に回したら、残り3人で勝つのは難しいし、仮に勝てたとしても、生き残れる可能性は3分の1か……確かに、あんたたちに付いた方が生存確率は高いかもね。いいわ、もう一度正義の魔女っ子を目指してあげる」


 あれだけ腹黒いところを見せておいて、今更正義の魔女っ子もないけれど、可愛い奈莉栖が味方してくれるだけで僕には十分だ。


「ありがとう」


 奈莉栖が賛同してくれて、本当に嬉しくて、僕は心からお礼を言った。


「お、お礼なんて言わないでよ。あたしが味方するのは単に損得計算の結果で、別にあんたのためってわけじゃないんだから」


 照れて真っ赤になりながらもそんな憎まれ口を付け加える辺りが、奈莉栖らしくて微笑ましかった。


「ちょっと、自分たちだけで話を進めないでよ。要は、魔法が効かないなら、魔法を使わずに山羊を殺せばいいっていう話なんだろうけど、そんなこと、本当にできるの? はっきり言って、魔法の力がなかったら、私はただのか弱いカリスマ美少女ネットアイドルに過ぎないのよ?」


 役に立たないことを認めながらも精一杯の虚勢を張って、闇子が疑問を呈する。


「安心していいわ。最初から誰もあんたを戦力として数えてないから」


「あら、そう? じゃあ、私は態度を保留させてもらうわ。貴女たちがみんな山羊に殺されたら、その時は勝者は私ということで」


 奈莉栖の憎まれ口を逆手に取って、闇子が一番美味しいポジションを主張した。


「うわ、最低、この性悪女。山羊、そんなことを許していいの?」


 奈莉栖が闇子の足を引っ張りにかかる。性格の悪さでは決して奈莉栖も引けを取っていないと思うけど、僕は口を噤んだ。我ながら、賢明な判断だと思う。


「ボクに敵対する行動をとらないなら、別に構わないよ」


 どうでもよさそうに、山羊は素気なく答えた。


「ねぇ、山羊さん、一つ教えて。魔女になったら、山羊さんが萌々香たちを生き返らせてくれたように、人を生き返らせることができるの?」


 それまで沈黙を保っていた萌々香が口を開いた。


「モチロンできるよ。ボクは優しい悪魔だからね。そのために必要な方法もちゃんと教えてあげるよ」


 山羊がうぷぷと笑う。人を惑わせる邪悪な笑みだ。萌々香の顔が悲痛に翳る。兄を生き返らせることができるなら、僕たちと戦うことも辞さないと、萌々香の瞳が語っている。


「じゃあ、萌々香は……」


「事実の全てを明かさないのは、フェアじゃないな」


 決断して口を開きかけた萌々香を遮ったのは、杏樹だった。


「人を生き返らせるには2つのものが揃っていないといけない。一つは肉体。そして、もう一つは魂だ。特に、魂は壊れ易い。肉体から離れた魂は、すぐに特別な方法で保存しないと、容易に大気と混じり合って希釈化してしまう。そうなったら、後からかき集めても、もう魂としての役割を完全には果たさない」


「あんた、どうしてそんなこと知ってるのよ」


 奈莉栖が訝る。杏樹はそれには答えずに説明を続けた。


「それに肉体も、ただ死体があるだけでは駄目だ。死因が肉体の損傷なら、その損傷を何とかしておかないと、仮に魂を完全な状態で戻したとしても、すぐにまた死んでしまうことになる。また、損傷がなくても、魂が抜ければ肉体の腐敗は急速に進行していく。防腐処理を施すか、速やかに魂を戻さなければ、腐った死体に魂が宿ることになる。そうなれば生きた死体(リビングデッド)になってしまう。わかりやすく言えば、いわゆるゾンビという奴だ」


 どうしてそんなことを知っているのか、その疑問の答えは出ていないけれど、淡々とした口調の杏樹の説明には、決して嘘とは思えない説得力があった。


「そんな……お兄ちゃんの身体は火葬されてもう残ってないし、魂だって、保存とかよくわからないし……。もし生き残ったのが私で、魂も肉体も残っていないお兄ちゃんを生き返らせてってお願いしたら、どうなったの?」


 杏樹の説明に青ざめながら、萌々香が山羊に詰め寄った。


「もちろん生き返らせてあげたさ。まあ、確かに、身体も魂もちゃんと保存してないんじゃ、お骨か何かに不完全な魂が宿った、スケルトンみたいなものになるだけだっただろうけどね」


 杏樹に真実をばらされて、都合のいい事実の一部だけを並べることを諦めたのだろう。山羊は笑いながら正直に答えた。


「そっか……」


 萌々香の声が沈む。でも、諦めと共に、萌々香の瞳に強い光が灯った。


「だったら萌々香はもう、魔女になる必要はないわ。お兄ちゃん、こいつを殺してここから出よう」


 萌々香がはっきりと宣言した。兄の呪縛から解き放たれて、ようやくその死を受け入れることができたのかも知れない。


「ひどいなぁ、キミたちにこんな素敵なチャンスを与えてあげたのに、恩知らずにもボクを殺そうとするなんて」


 言葉とは裏腹に、山羊はどこか楽しそうだ。自分が殺されるかもしれないという恐怖は微塵にも感じられない。


「僕たちが、怖くないのか? 僕がその気になれば、お前を縛ってしまうことだってできるんだぞ。そうすれば、お前だって無傷では済まないだろ」


 なんとなく不安になって、僕ははったりをかましてみた。


「確かに、初めて会ったとき、キミはイメージの中でボクを縛ることができた。でも、それは、ボクがキミのことを知らない、いわば不意打ちだったからこそできたことだよ。今の状況でキミがボクをどうにかできると思っているのなら、それは大きな間違いさ」


 山羊の言うとおり、今の僕は奴を縛れる気がしなかった。


「あたしたちがフォローするんだから、一対一よりはかなり有利になるはずよ。安心しなさい」


「そうだな。山羊の動きを封じてくれれば、私が叩き斬ってやる」


 奈莉栖と杏樹の言葉が心強い。そうだ、僕は一人じゃないんだ。みんなで力を合わせれば、何とかできる気がした。

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