誓い
少しすると森の奥から、地鳴りのような咆哮が響いた。
空気が震える。馬が怯え、足を止めかける。
「......チッ」
俺は手綱を強く引いた。
「止まるな。行け」
――ロズが、あの先にいる。
魔鏡の示す地点に到着すると異様な光景が広がっていた。
そこには、おびただしい数の魔獣が、まるで円を描くかのように地面に倒れている。
そして、その中心にはー倒れているロズがいた……。
「ロズーッッッ!!!」
俺はロズにかけよろうとすると、
「――とまれ」
地響きのような声が頭にひびく。
みると、ロズの傍に巨大なドラゴンがいた。
「紫の子に近寄るな。近づいたらお前を消す」
ドラゴンが俺の頭に直接思念を送ってくる。
「紫の子とはロズのことか?!
俺はそいつを害するつもりはない。
俺はーそいつの(将来の)夫だから」
「…………。
いいだろう。
変な真似をしたらその場で消し炭にするからな」
ドラゴンの殺気がやわらいだ。
俺は、ロズに駆け寄る。
ロズは、まるで紙のように白い顔をしており、唇は紫がかり、呼吸はほとんど感じられない。
そして、上半身を抱き寄せると、ぐったりとしてその力のない腕はだらんと下がる。
腕には刀で切ったかのような傷があり、そこから、血がたらたらと流れている。
俺は、あわてて、ロズの脈を確認する。
すると弱々しいがなんとか感じ取れた。
すぐに、もっていた包帯で止血をする。
周辺にはおそらくロズの血と思われる血だまりができていた。
血を大量に失っている。
命があぶないー!!
「ドラゴンよ、お前がロズを傷つけたのか!?」
俺は、怒りに我を忘れドラゴンをどなりつけた。
「無礼者めが。
我が、この子を傷つけるはずがない。
この愛しき紫の子ロズを。
お前こそ、夫と名乗るのであれば、この子の危機に何をしていた?」
「――っ」
俺は返事につまった。
返す言葉もない。
ドラゴンは続けた。
「この子の命の火は消えようとしている。
大量の血とともに、大量の魔力を失った。
もってあと四半時だろう。
もう苦しみもない。
静かに逝かせてやれ」
「―ふざけるなっっ」
誰がっ、誰がロズを死なせるものか。
―なんとしてでも、俺の命をもってしても、ロズを助ける!!
俺は、ロズを静かに地面におろす。
そして、詠唱を始めた。
傷をいやすヒールの魔法と、
その扱いの難しさに使用を禁じられている、
魔力移動の魔法を同時に発動させるために。
魔力移動の魔法は、慎重な加減が要求される。
その力加減を間違えると、発動者の魔力が一気に受け手に移動してしまい、
発動者は魔力欠乏、受け手は一気に流入した魔力に体が拒否反応を示して、
両者とも死んでしまう恐れがあるからだ。
ロズの体がぼぅっと光りだした。
――流れている。
だが、まだ足りない。
俺はヒールでロズの血を増やしながら、
慎重にロズの体に魔力を流し続けた。
30分ほどたったころ、ようやくロズの顔に赤みがさしはじめる。
命の危機は過ぎ去ったはずだ。
が、しかし、念には念をいれて、ロズの治療を続けた。
1時間ほどたったとき、ドラゴンが静かに頭の中に話しかけてきた。
「もう、この子は大丈夫だ。
あとは、ゆっくり養生させれば、時間とともに回復するだろう」
俺は、安どからふっと力が抜けるのを感じた。
―本当に良かった。
ロズの命が助かって……。
ロズの脈をとると、しっかりと脈が感じられた。
手先にふれると、その指先は温かい。
俺は、額の汗をぬぐい、ドラゴンに問いかけた。
「ドラゴン殿。
貴殿はロズを見守っていたのか?
ロズに何があったのか教えていただけないか?」
ドラゴンは答えた。
「いいだろう。
紫の子の夫となる者であれば、すべてを知っておいた方がよかろう」
そして、ドラゴンはすべてをエリアスに伝えた。
紫の一族についてとその能力、
―そしてロズがその末裔であること。
また、ロズが仲間、ひいては国を救うために、
命と引き換えにその能力を使ったことを。
――そうだったのか。
すべてを聞いたエリアスは驚愕し、
そして、恐怖で震えていた。
もう一歩遅ければ、俺は、ロズを失うところだったのか。
俺は、ロズを抱きしめる。
その温もりに触れた瞬間、こらえていたものが崩れた。
――ぽたり、と涙が落ちる。
その涙がロズの頬にあたる。
ロズのまぶたが、わずかに震える。
そして、ゆっくりと紫の瞳が開いた。
「―エリアス?」
「ロズッ、無事で……よかった」
嗚咽で声がうまくだせない。
ロズは、一瞬びっくりしたように目を見開き、そしてほほ笑んだ。
「……なんだ、お前、泣いているのか?」
そして、手をゆっくりエリアスの頭にあてると、撫でるように動かした。
「しょうがないなぁ。大丈夫だよ。
俺が……守ってあげる・・から・・」
そして、また、意識を手放し、小さく寝息を立て始めた。
俺は、ロズをぎゅっと抱きしめる。
愛しくて、そして同時に不安が胸にこみあげてくる。
ロズなしでは、もう、俺は生きられない。
こんなに、健気で、優しくて、いとおしい存在は
いない。
――二度と、離さない。
その寝息は、まだか細い。
それでも――確かに、生きている。
俺の腕の中で。




