紫の眼
「んーっ、よく寝た……」
俺は、う~んっと伸びをし、目を開けた。
なんだか、深く眠っていた気がする。
ん?……ここどこだ?
俺が寝ていたところは、藁がしきつめられている。
温かいが……、あれ、俺どうしたんだっけ?
辺りを見回すと、周囲は岩壁の大きなホールみたいになっている。
すると、そこに、
「起きたか?」
という声とともに、ぬっと入口の方からドラゴンが現れた。
急な登場に、一瞬、体がびくっとなり、恐怖で身が強張る。
すると、
「おびえなくていい。私はお前を襲ったりはしない」
と声がひびく。
あれ、これ、声というより、頭の中に直接話しかけてる…?
――それよりも、そうだ、思い出した。
俺はドラゴンに遭遇して、顔をなめられた後に意識を失ったんだ。
「魔力切れをおこしたんだよ、懐かしい紫の子よ」
紫の子って俺のこと?紫って、俺の目のことを言ってる?
「紫の民の子孫だね、まだ血が続いていたとは……」
ドラゴンは懐かしそうな、どこか、いとおしむような眼をする。
「紫の民…?」
それって何…?
疑問に思ったのが顔に出たようで、ドラゴンは優しく笑った。
「お前はしらないのだね。では、教えてあげよう。
かつて我々と共にあった
紫の民のことを」
その昔、紫の民という一族がいた。
紫の民は、動物と心を通わすことができ、特にドラゴンと共鳴することができた。
一族は皆、瞳が紫色であり、その紫の瞳は、なぜか、
フェロモンのように動物を魅了する能力を持っていたという。
そんな中、文明が進化し、人間が農耕地の拡張のため、また、資源を得るために、森を切り開くようになる。
紫の民は、初めは、人間とドラゴンをはじめとした動物の共存を訴えていたが、
それを疎んじた権力者たちに異端者と貶められ――やがて、迫害される側になった。
そして、紫の民は森に姿を消した。
「最初は、森で私たちと一緒に暮らしていたんだよ。
ただ、紫の民は、その美しい容姿の反面、体が強くないものが多かった。
なれない森の暮らしのなかで、一族はだんだんその数を減らしていった」
ドラゴンは悲しそうにため息をもらした。
「そのうち、その美しさに目をつけた悪い人間たちに、連れ去られる者たちが出てきた。
連れ去られた紫の民はもう戻ってくることはなかった。
人身売買され、奴隷にさせられたと噂されていた。
それに憤るには、紫の民はもうそんなに人数が残されてなかった。
そして――
最後のひとりが死んだのは、もう百年以上も前のことだ。」
頭が追いつかなかった。
ドラゴンの言葉が、うまく現実として飲み込めない。
え、俺って、紫の民の末裔ってこと?
でも、俺以外、家族や親せきに紫の目の人間っていないけど…。
すると、その疑問を察したかのようにドラゴンが口を開いた。
「おそらく、お前の先祖に連れ去られた紫の民がいたのだろう。
紫の目は魔力の結晶だ。
おそらく、お前の先祖は、自分の子や子孫がほかの人間に迫害されないよう、
魔力を封じる術を知り、力を封じたのだろう。
ただし、時の経過とともに、その効果が薄まり、紫の目を持つ子が生まれた」
へー、そうなんだ。
…じゃ、おれ、絶滅危惧種ってこと?
いや、それよりも、さっき、迫害されていたって言ってた?
じゃあ、この目を出しているとまずいんじゃ…。
俺は、焦った。
すると、ドラゴンがまた、俺の疑問に答えた。
「紫の民が森にその姿を隠して、長い時がたった。
また、攫われたものたちも、そのあとの過酷な環境に永らえたものは少ないと思う。
紫の民のことは古文書に残っているかもしれないが、知っている人間は少なかろう。
現に、お前もその年まで周りから目のことを言われたことはなかったのではないか?」
確かに誰も何もいわなかった。
両親はこの目のせいで喧嘩してたけど。
まあ、途中から俺が前髪で目を隠していたのと、影が薄いせいもあったと思うが…。
――ん?
あれ?
今、俺、疑問を口に出していたっけ?
すると、ドラゴンはにやりとした。
「私は、お前の考えていることを読むことができる」
へー、そうなんだ。
……。
…ってええ!!
それむっちゃ恥ずかしいヤツ!!!
俺が焦っていると、ドラゴンは、ふっと微笑み、また、俺の顔をベロリと舐めた。
まるで、無事を確かめるみたいに。
でも顔じゅうが唾液だらけだ。
…なにか拭くものがほしい。
というか、敵意がないのは十分わかったから、舐めるのやめてほしい。
すると、ドラゴンは俺の考えていることを読まなかったのか、あえて無視したのかしらないが、
それには触れず続けた。
「お前の紫の目は、生き物を魅了するが、魔力を費やしてしまう。
さっき、私を魅了したため、魔力不足に陥り、お前は気を失ったのだ」
あ、そうなんだ。
それで、力が抜けたような感じがしたんだ。
俺が納得していると、ドラゴンは心配そうに言った。
「半日寝ていたから、大分回復したとはおもうが。
まだ、体がだるいようなら、寝ていなさい」
あ、このドラゴン、俺が魔力不足になったから、
休ませようと、ここに連れてきてくれたんだ。
…いい人だ。
俺はドラゴンの優しさにじ~んときていた。
――っと。
今、半日って言った?
やばい、俺、半日も寝てたのか?
ダニーやみんなはどうなった?
魔獣流入はどうなったんだ……?!
俺、もどらなきゃ…!!
俺は、ドラゴンに向き直った。
「えと、ドラゴンさん。
助けてくれてありがとうございました。
俺は、戻ります。
それで、ここはどのあたりでしょう?」
「…ここは、お前がいたところから、約70km離れた森の奥だ」
「え……」
俺は目が点になった。
ここ、そんなに離れているの?
馬でも半日はかかる距離だ。
……しかも、今の俺には馬すらない。
「私が運んであげよう。おそらく、40分ほどで着く」
「いいんですか?ありがとうございます!」
俺は、素直に甘えることにした。
「それと、私の名前はミュルジアムという。ミュールと呼ぶがよい」
「ありがとうございます、ミュールさん!俺の名前はロズです!」
ドラゴンは微笑む。
そして、俺を両前足で優しくつかむ。
背中じゃないんだ?
昔読んだ絵本とかで、ドラゴンの背中に乗って
空を飛ぶシーンが出てきたため
てっきり背中にのると思ってた。
すると、ドラゴンは、明らかに俺の考えを読んで答えた。
「背中だと、背びれしか掴むところはない。
私の背びれはお前の手には大きすぎる。
無理につかんでいたら、急に姿勢が変わった際に
滑り落ちるかもしれないからね」
なるほど~!
そう納得していると、ドラゴンは
「じゃあ、出発する」
と羽をはばたかせ、空中へと急上昇した。
「ギャー――――――!!!!」
俺は恐怖から思わず叫んだ。
内臓が浮き上がる。
気持ち悪い。
自分が自分でなくなるような感じたことのない感覚に
俺は、冷や汗がどっと吹き出るのを感じた。
「ミュールさーん!!
恐いです!!
すみません、もう少しゆっくり飛んでください!!!」
と叫びながら懇願する。
ドラゴンもといミュールさんは、
「やれやれ、そういえば、紫の民は空中浮遊が苦手なものが多かったな」
と少しスピードを緩め、穏やかにまっすぐに飛ぶようにしてくれた。
ふーっ、俺は息を吐き、ようやく周りを見渡す余裕がでてきた。
――すごい、森が一望できる!
森の中に、大きな滝が見えた。
すさまじい勢いで水が流れ落ち、その上に虹がかかっている。
そして、木々のはざまから、大きな動物が生息しているのがところどころ見える。
なんて、雄大な景色なんだろう……。
俺は、ひととき、今の緊迫した状況を忘れ、上空からの景色に感動していた。
「世界はこんなに美しいのに……」
俺がぽつりとつぶやく。
するとミュールさんがそれにこたえるかのように話し出した。
「そうだな…。人はなぜ争うのだろう。
紫の民こそ我らと心を同じくしていたが、それ以外の人間たちは、他の種族を迫害してでも自分たちの利益を追求する。
それが、いずれ自らの首を絞めることになると、なぜ気づかないのだろう。
まったく愚かで寂しい哀れな生き物よ」
俺はなにも言えなかった。
ミュールさんの言うことが正しいと思ってしまったからだ。
しばらく、俺もミュールさんも言葉を発することなく、飛行が続いた。
下界では、広大な森が延々と続いているかのように見えた。
どのくらい時がたったのか。
遠方からかすかに、何か音が聞こえてきた。
何かの大群が地を踏み鳴らすような、重い音――。
ミュールさんがその音がする方向に近づいていく。
近づくにつれその音の正体がわかった。
あれはー。魔物の大群だ。
…魔物の大群が、フォルセイン側の森を進んでいる。
――その進行方向は、王都だ。




