第6話 薔薇子様は侯爵家の娘で皇太子妃候補でした 3
「なぁ。」
「…。」
俺は薔薇子の奢ってくれたコーヒーを一口飲む。うーん美味い。
そしてまた改めて、
「なぁ。」
「…。」
「なぁ。」
「なんですの?」
「待って、要件の前に、なんで俺を無視するんだ?」
「それはそうでしょう。お考えになって。
わたくし、まだ怒っておりますのよ!」
そう俺が間接キスコーヒーを飲み干してしまったから、まだ怒っていた。
「すまんな、そんなにコーヒー飲みたかったとは露ほど知らず。
ほら、そんなに欲しいならこれやるよ。飲み掛けだけど…。」
「いりませんわ!!!」
ガチギレされました。
さすがにいじりすぎたか。この辺でやめた方がいいだろう。
…この辺でやめておこう。
「にやにやしないでください…。」
…顔に出ていたようだな。薔薇子様はもはや半泣きである。
「それで…。なんですの。
あなたの言い出すことって大体がくだらないことですから。」
「失礼すぎん?」
「だって恋愛小説のヒーローがヒロインの髪をとか、コーヒーを味見するだとか、なんだかいかがわしい内容が多いですわ!
きっとくだらない内容に決まってますから、相手にするのも面倒なんですの。」
相変わらず薔薇子は俺の前で、喫茶店でも何かスマホで調べたりしてノートにまとめているのだ。
一方俺はというと図書館でも、カフェでも、基本は読書。飽きたら薔薇子を眺めてぼーっとしているのである。
何かよくわからんが忙しくしている薔薇子と暇人な俺というのが最近の構図だ。
「なるほど、俺のいじりの相手をしている暇ないのはそりゃそうだろうな。
無視は当然の摂理だったようだ。」
「何を納得しているのですか。
返事をしているわたくしの良心に感謝をしてさっさ要件を述べてくださいまし。」
「要件がないと話しかけたらいけないのか?」
「えぇ!!」
全力で肯定とはぴえんだな
「なぁ。翔子は俺のことをなんて呼んでいたか知ってるか?」
「…。恭介ですわ。」
「…、まぁいいや。じゃ、薔薇子も俺のことを恭介って呼んで。」
「わざわざ言うことですの?」
「そりゃそうだろ?言わないと呼んでくれないんだから。
この前中野家でおばさんと一緒に夕飯食べたときも、ずっと俺のことあなたって言ってたぞ。
知ってるか、昔日本では自分の旦那様のことあなたって「恭介って呼びますわ!」」
「よかった。やっと他人行儀?いや、身内すぎ?な呼び方?から解放だな。
彼氏彼女があなたじゃ現代だと喧嘩したのかと疑われる。」
「そういうものでしょうか?」
「わからん。多分?」
「まったく、はっきりしませんわね。」
「仕方がないだろ。こんなことが人生で何回もあったら困る。
今後同じようなやり取りは、結婚した時にあなた呼びに代わるかどうかくらいにしてもらってもいいか?」
「まったく。口が減りませんわね。」
「誰と結婚するか聞いてくれよ。」
「そんな物好きそうそういませんわ!」
ふんっとそっぽを向いているが薔薇子の耳は赤かった。
「そういえばわたくしからもよろしいでしょうか?」
薔薇子はキャラメルラテをごくっと飲むと、意を決したように言った。深刻な話だろうか。
「あぁ、改まってどうした?」
「実は…。買い物に行きたいんですの。」
「そうか…。行ってきな。
俺の許可することじゃないけど。」
「そういうことじゃないでしょう!
一人で行けるならなんで恭介にわざわざ申し出る必要があるのですか。
ついてきてほしいのですわ。
言わせないでくださいまし!紳士なら意をくんで誘いなおすところですわよ!?」
「男女平等?」
「ダメンズですわね。」
「あぁ、俺のプリンセス!どこに行きたいんだい?」
「手芸屋さんに行きたいのです。」
「手芸屋?」
「えぇ。あとは服も少し見たいですわ!翔子さんの私服は…。私からしたら少し素朴なのですわ。」
「なるほど、好みが合わないのか。確かに翔子の服は元次期皇太子妃候補の侯爵令嬢からしたら少し地味かもしれんな。しかし服を買うにしても予算はあるのか?」
翔子の私服のラインアップを思い返しながら俺は言った。
こいつの家はそんなに裕福ではない。
今ある服がぼろくもないのに好みではないからと総買い替えとはいかなないだろう。
俺の貯金から出してあげたいところだが、即おばさんにばれるだろうし、そうなると俺も薔薇子も怒られる可能性がある。おばさんは誠実なのだ。
「だからこその市場調査ですの。」
なるほど服をみたいとは買いたいという意味ではなく、文字通り見たいわけか。
「仕方ない。明日は土曜だし、久々にデート行くか。」
「え!?これってデートですの!?」
「休日に彼氏彼女がショッピングモールへお出かけ。逆にデート以外に何があるんだ?」
「え、あの、えと、その。」
なんで自分から誘っておいてそういうとこ初心なんだよ…。
仕方ない。
「薔薇子様。しがないわたくしにあなたと一緒に過ごす時間をくださいませんか?
実はショッピングモールで北海道物産展があり、そこでの買い物を母上に仰せ使っているのです。
よろしければ、出向いて一緒に手土産を見繕ってほしいのです。
その時に姫のお望みのお店にも寄りましょう。」
俺はすっと薔薇子に手を差し出す。
「いいですわ。明日の朝、家まで、わたくしが迎えに行って差し上げますわ。」
そういって薔薇子は俺の手に自分の手を重ねた。
「ありがたき幸せ。」
当然薔薇子の美しい手の甲にキスをすることを忘れない。
この前は恥ずかしいからもうやらせないようにしないとって言ってたのに。
笑ってしまいそうなのを堪えて、顔に出さないようにする。
その日薔薇子は上機嫌だった。
そして翌日である。
家の前…。ではなく家の中、いや、薔薇子は俺の部屋まで来ていたのだった。




