第25話 翔子と俺が幼馴染になったとき
翔子が俺の家の隣に引っ越してきたのは俺たちが小学校三年生の時だった。
もともと翔子の母親と俺の両親は幼馴染だったらしい。
今俺が住んでいる家は母と母方の祖父母が住んでた土地に新築を立て直したもので、母方の祖父母はもっと駅近くの中古マンションに引っ越していった。ちなみに父方の祖父母も近所に住んでいて徒歩圏内だ。
一方、翔子の母方の祖父母はなくなり家はしばらく空き家で、隣に住んでいたよしみで母方の祖父母、そして祖父母が引っ越してからは母がたまにお邪魔して掃除をしたりしていた。
翔子の家族はそのころは遠方で暮らしていた。翔子の家族は父方の親族と一緒に暮らしていたらしい。祖父は早くに亡くなっていたそうで、翔子の両親と、祖母と叔母と五人で暮らしていたそうだ。そのころは翔子の両親は共働きをしていて家にはあまりいなかった。
翔子が学校から帰ってくると家に居るのは祖母と無職の叔母だけ。
これは俺が俺の両親から聞いたことで詳細は分からない。
でも、翔子が俺の家の隣に引っ越してきたとき、明らかに翔子はおかしかった。
そう、翔子は祖母と叔母にひそかに虐待されていたそうだ。
殴る蹴るとか暴力ではない。精神的ないじめだ。
両親が帰る頃までよく外の納屋や押し入れに入れられていたようだ。
だから翔子は薔薇子になるまで暗いところが怖かった。
翔子の母親は翔子がどんどん痩せていくのをおかしいと思ってはいたが、仕事が忙しかったのと、自分以外の大人が複数名周りにいたので安心しきって油断していたそうだ。やっと気が付いた時はストレスで翔子が夕食を吐き戻したときだった。
そこから祖母と叔母を擁護する夫と大喧嘩の末にスピード離婚し、すぐに親友である俺の両親に助けを求めたのだった。
翔子は初めは同年代の子供だった俺にだけ懐いた。
こんなになるまで気が付かなかった自分の母親も、他人である俺の母親にも、もちろんだが俺の父親にも懐かなかった。
初めは本当に何もしゃべらなかった。
学校の行き帰りも常に手をつないで帰った。
翔子のお母さんが仕事から家に帰ってくるまで毎日うち一緒に過ごした。
どうやらうちの両親と翔子のお母さんは三人で二人を子育てすることにしたようだ。
翔子のお母さんが休みの日は、翔子の家で夕飯を食べることもあった。というか食事はとにかく五人前作るのが当たり前だった。
どんどん元気になって、花が咲くように笑うようになった翔子を俺はずっと見ていた。
中学生になってから、目立たないようにしたい翔子に合わせて俺も目立たないように過ごした。
中学生、思春期真っ只中の子供は少しでも男女のあれやこれやをにおわせるとすぐからかいの的になるからだ。
そのころには翔子は手をつながなくても大丈夫になったし、一人で帰ったりもできるようにはなっていたが、俺が家に帰ると翔子は相変わらず家に居た。
こんなもう家族だろって感じに育った俺たちは幼馴染にしても距離が近すぎた。
俺は翔子に初めて出会ったとき、運命の人だって、当時は小学生だったのに思った。
まるで雷に打たれたかのように、いや、どこかで聞いたあの歌のように。前々前世で会ってました?と思ったほどだ。
だってめちゃくちゃ翔子には悪いけど、出会った頃の翔子はただの小学生のガキだ。小学生の男子だっていっちょ前に、みんな胸の大きい美人のお姉さんが好きなんだよ。クラスで可愛い女子が好きだ。
でも翔子は全然違った。ごめん翔子。
寧ろ虐待されてたからか、年齢より小さくて下手したら大きめの小学一年生と言われたら信じる程度に背も低く、がりがりに痩せてた。
ストレスで肌つやや髪質も悪かったし、顔色も悪かった。
新しく買い与えられたであろう服が、かわいい髪留めが、完全に浮いていた。
なのになんでだろうな。
やっと会えたって思うほど、見た目で惹かれたわけでもないのに、ひとめぼれってあるのかな。今は容姿も超好きだけど。いやどんな翔子でも好きなんだが。
だから、当たり前だろ。命を懸けてでも助けたい。
あの日、小説の、アニメの、ゲームの主人公みたいにそう誓った。
だから身体が勝手に動いた。
遠くから薔薇子を見かけたとき、以前薔薇子にからもうとしていた先輩こと吉田洋一が、すごい形相で薔薇子に死角から近づくのがみえた。
何かひどく胸騒ぎがして、自分の鞄を大地に投げつけ俺は走り出してた。
「あ、おい、恭介!」
康太の声が聞こえるが無視する。
走り出した俺を見て後ろから三人が慌てて追いかけてくれている足音がする。
こういうとき俺の勘ってなんかめっちゃ当たるんだよな。
結構薔薇子との距離があった。
運動神経が良い高校生男子の脚力をもってしても、ギリギリ薔薇子と吉田の接触は免れない、絶妙に間に合わない。
また心優しい薔薇子が暴言を吐かれたりするのは見るに堪えられない。
汚いものをあいつの視界にいれたくない。
ふとその時大きな風が吹き抜けた。
今の今まで全く風なんて吹いていなかったのにな。
そう思ったが、風は追い風だ。
風が俺の背中をぐいっと押した。
少し身体が前のめりになった。
その時俺の目には信じられない光景が移った。
薔薇子に背後から迫ってきた吉田は、あろうことか、薔薇子を車道へ突き飛ばしていた。
俺は迷わずぐっと足を踏みしめ、迷うことなく薔薇子に手を伸ばした。
「翔子!」
とどけとどけとどけとどけとどけ!
さっきの追い風が、本当に背中を押してくれたようで、ぎり翔子の手へ俺の伸ばした届く!
腕に渾身の力を込めて、思いっきり引っ張ると、羽のように軽い翔子の身体はふわっと歩道側へ飛んで行った。
翔子の身体と入れ替わるように、俺の身体が車道に放り出されるが気にしない。なんなら好きな人を助けて死ぬとかかっこよすぎるだろ。
翔子と目が合い、あっけにとられていたが持ち直した翔子が叫ぶ。
「恭ちゃん!」
あぁ、懐かしい、久々に聞いたわ。
翔子。思い出したんだな。
ドンっ
俺の身体に衝撃が走った。




