終決
閃光の魔法を放った後、ネルはすでに違う場所へと移動していた。
見当違いの場所に鋭い爪を振り下ろす赤竜。
「グォオオオオオオオッ!!!」
岩を砕き、怒りに満ちた咆哮にネルの全身が震えた。
不可視の魔法をかけているが、このままだといづれ気がつかれる。
アイナの一太刀が赤竜の背に刺さるのが見え、計画がうまくいったとネルは思っていた。
だが、赤竜は死ぬどころか暴れ回っている。
伝説の生き物は世にも恐ろしいなとネルは岩陰に隠れながら冷や汗をかく。アイナは無事だろうか。ネルは勇敢な女のことを心配していた。
足を引きづりながら赤竜から離れていくアイナ。
自分の巣を破壊する勢いで暴れる赤竜から逃げている。ときおり、近くで赤竜の腕が地面へ振り下ろされ、土や岩が爆ぜて破片が飛んでくる。
洞窟の壁に体を押しつけながら安全な場所へとアイナは移動していく。
人には広いが赤竜にとっては狭い洞窟の広間では、巨体を動かすたびに天井や壁が赤竜のどこかに当たり崩れている。
激しく散る岩の雨を避けながらアイナはネルを探した。
壁伝いに回ると赤竜の近くの岩場を背にしてネルが隠れているのを発見する。
暴れている赤竜がいてうかつに近づけない。
「ガァアアアアア!!!」
両手を振り回し、壁に爪痕を刻みながら敵を探す赤竜。
よもや自分の巣の中に人が侵入してくるなど頭になかった赤竜は、怒りに燃え姿を見せない相手にいらだっていた。
身の回りに当たり散らしているが、侵入者はあぶりだされてこない。
ますます怒り狂う赤竜は全身で暴れ始めた。
ネルの隠れているすぐ隣に巨大な腕が振り下ろされ、辺りを破壊する。
激しい攻撃にネルが身動きできずにいるのを見ていたアイナは焦る。このままではネルも巻き添えになりそうだからだ。
アイナは左手に魔法の玉を取り出し握ると赤竜に投げつけた!
キィイイイーーーーーーーーィイイイイイ!!!
甲高い大音量が洞窟内を震わせ響き渡り、耳が痛くなる。
「ギャァアアーー!」
目に続き聴覚までも狂わせて赤竜がたまらず頭を隠すように、残った翼の中へと突っ込む。
その隙にアイナは痛む足を無理矢理動かしネルの元まで走って行く。
岩の陰で杖にしがみつき縮こまって震えているネルに近づきアイナが声をかけるが、さきほどの音で耳が遠く聞こえていないようだ。
アイナはネルを強引に立たせて赤竜の死角へと連れて行きながら、再び魔法の玉を投げつける。
今度は白い煙が吹き出て視界をさえぎり、濃い霧のように洞窟の広場へと広がっていく。黒煙のようにむせることがなく、普通に息は出来る不思議な魔法の霧だ。
「グァアア!?」
ドシン! と赤竜がどこかへぶつけた振動とガラガラと岩が崩れる音が聞こえる。
再び壁際へネルを導き、アイナは無事に逃げのびて一呼吸した。
そこへアイナの腕を片手で握り、杖を持つ手を広間の中央へ向けるとネルは魔法を放つ。
ドドドドドド……
「ギャァアアアアッッ!!」
凄まじい音と振動、赤竜の叫び声が白い霧の中で響き渡る。
相手の状態が見えないまま、ネルはその場をアイナを連れて離れて壁沿いに歩いて行く。
そして再び魔法を放ち、破壊音と赤竜の叫びが聞こえた。
どうやらネルは赤竜を挑発し、壁に自分でぶつかるよう誘導しているようだ。
先ほどと同じように魔法を放ち移動することを二度ほど繰り返したが、赤竜は中央部分に踏みとどまり、見えぬ敵に警戒している。
多少は負傷したようだが、それが魔法か壁や天井にぶつけて出来た怪我かは不明だ。
やがて白い霧が薄くなり、段々と視界が開けてきた。
目を凝らしたアイナが赤竜がどの方向へ頭を向けているのか、濃くなりつつある影から見極めようとする。
薄くなる霧の合間に赤竜の目が光る。
相手の正面にいることに気がついたアイナはネルを抱え込むと、赤竜の後ろへと向け走り始めた。
「ガァアアアアアッ!!!!」
とうとう存在を感知された二人に赤竜は腕を振り下ろした!
アイナの背後で轟音が炸裂し、細かな岩が飛んでくる。
必死に残った霧に向かい、姿を消そうとするアイナ。
迫り来る赤竜へ抱えられながらネルが魔法を放った。
地面がせり上がり、壁のように赤竜の前へと立ちふさがる。
「ギァア!」
すかさず爪を立てて破壊する赤竜。
飛び散る土片にまぎれアイナ達は濃い霧の部分へ逃げ込んだ。
赤竜が崩した壁沿いの穴へと身を隠す二人。
肩で息をするアイナは必死に息を殺そうとしている。ネルは最期が近いことを痛感していた。
もはやあの赤竜から逃げるのは不可能だ。
外から洞窟の広場へと続く穴は破壊されて岩が重なり、ちょっとした山になっている。出口に通じる上部に空いた穴へとたどり着く前に捕まってしまう。
二人とも大ケガはないが、飛んで来た岩の破片などで、あちこちを打ちつけ血がにじんでいた。
いまだ目をギラギラさせているアイナが剣を強く握る。しかし体力は落ち、体中の打ち身に震えて耐えている。
ネルは魔力の底が近いと感じていた。良くてあと二回は魔法を使えば終わりだ。
泥や己の血で汚れているアイナの顔。それでも美しさは損なわれていない。その姿を目に焼きつけたネルは決断した。
「逃げて」
それだけ言うと穴からはい上がり、ハーフリングの素早さを活かし赤竜の前へと躍り出た。
「ネルゥウ!?」
アイナの抗議の短い叫びが聞こえたが、無視したネルは振り返りつつある赤竜へ魔法を使った。
ゴゥウウウッ!
どす黒く燃える大きな炎の球が赤竜へとぶつかり爆ぜる!
「グォオオオオッ!!!」
再び首元を吹っ飛ばされ、とうとう赤い鱗が割れて飛び散る。
血を吹き出しながら赤竜が頭をネルに向け、腕を振るう!
迫り来る爪の前に後ろに飛び逃げようとしたネル。
しかし、その試みも無駄に終わった。
「うぁわああああああーーーーっ!!!!」
アイナが雄叫びをあげながら素早くネルをさらうと赤竜の懐へ猛然と走る!
背後を通り過ぎる赤竜の爪がアイナの背中に一筋の傷跡を残し、鮮血を飛ばす。
赤竜はネルが後ろへ逃げると予想して、爪の位置を後方へと向けていたのだ。そのまま下がっていれば、ネルは間違いなく串刺しになっていたに違いない。
「アイナ!?」
胸元で驚くネルに激痛に耐えながらアイナが笑みを返す。
そのままアイナは赤竜の腹の下へと走り込んだ。
「ガァアア!!!」
二人を押しつぶさんと赤竜はズドンと体を落とし腹ばいになる。
が、人が潰れた感触のないことに気がついた。
体を持ち上げ、確認しようと頭を下げる赤竜。
天地が反対にひっくり返った赤竜の視界には、上にある地面に亀裂があるのが見えた。先ほど赤竜が暴れたときにできた亀裂。二人はそこに逃げ込んだのだ。
その亀裂から剣先が降りて己が腹へと突き立てられる!
「ギャアアアアアァアアアーーーーー」
柔らかい腹への攻撃に赤竜が悲鳴をあげる中、力強く深々と剣の鍔まで入りきりアイナは両手を離した。
赤竜がドシドシと足を踏み鳴らし、その場を離れようとするが狭い洞窟の中でままならない。
腹から飛び出た剣の柄へ向けて、今度はネルの魔法が飛ばされる。
バリバリバリバリ……
電撃が剣を伝わり赤竜の内蔵へと流れ込む。
「アァアアアアガガガガガ…」
今までに無い全身の痛みに赤竜が悶える。
さらにここにきて、体の異変に赤竜が気がついた。
胃が痙攣し、全身の血管が激しく脈打ち浮き出す。
「ゴォオオオォエエエエエエッ!」
突然、口から大量の血を吐き出す赤竜。
急に立ってもいられなくなり、ズドンと壁沿いに体を横たえる。
肺が急に苦しくなり、荒く息をつきながら目からも血が流れ始める。
手足が痺れ痙攣して片翼は弱々しくだらりと垂れ下がった。
一体何が起きたのか理解できぬ赤竜は、体の感覚がじょじょに無くなっていくのを感じていた。
血で真っ赤に染まった視界には、あの地割れ部分が映っている。
その地割れからアイナとネルが傷を負った体で重たそうにはい出てきた。
餌のくせに忌々しい人族が自分をこんな目に遭わせたのかと、赤竜は最後の力を振り絞り火炎を吐こうと小さく口を開けた。
しかし、そこから出てきたのは己の大量の血だった。
「死んだの?」
血の海に沈み、白目を剝く赤竜を観察しながら恐る恐る聞くアイナ。
「間違いない。かなり遅かったが毒が効いたな」
薄く笑ったネルが大きく頷く。
真っ暗な洞窟内は赤竜が暴れたお陰で、あちこちが崩れもろくなっている。おまけに錆びた鉄と腐った肉の臭いが漂っていた。
魔法の目で暗闇を見通せる二人は、静かになった広間でパラパラと天井から岩が落ちてくるのに気がつき、早くここから出る事にした。
通路をふさぐ岩山を抜け出口付近にさしかかったとき、二人の耳に奥からゴゴゴゴ…低くとどろく音が響いた。
奥の広間が崩壊した振動が伝わり、今いる洞窟の通路の天井も崩れてきそうだ。
慌てたアイナはネルと共に、痛む体を押して早足で出口へと急いだ。




