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奇襲

 テントに叩きつける雨の音をうっとおしくネルは眉をしかめた。

 アイナが別れを告げ、ここから出て行ってから二日は経っている。出ていったその日から続く雨はやみそうもない。

 あの美しい人の女ともう会えないかと思うと胸が痛んだ。引き留めればよかったのか…今でもネルは自問自答していた。

 姉の仇を打つことを至上とし、他の案にはけっして首を縦に振らなかっただろう。

 ふうとため息をついたネルは荷物をまとめはじめた。

 数年前に出会った女との交流が、ここまで自分を弱くしたのかとネルは再びため息をつく。

 遥か故郷では異端の存在だったネルは、逃げるように各地を転々としこの地へとやってきた。世捨て人のように隠れて住んでいたネルは、山菜を取りにテントを出ていたときにアイナと出会った。

 最初は迷い子と間違えられたが、魔法使いのハーフリングと教えると驚いていた。

 一目見た時から他人に思えなかったネルは、アイナをテントへ案内してもてなした。

 自分たち以外の人種を初めて知ったアイナは好奇心に瞳を輝かせて、ネルにあれこれと質問した。アイナの発する心地よい声の響きにネルは美しいと思った。

 山の中腹で場所を変えながら移動するネルだったが、どういうわけかアイナはすぐに見つけ出した。

 アイナがネルの元へと尋ねる形での交流は続き、いつしか本音を言える間柄になっていった。

 そのときには、ネルはアイナに魔法を教えていた。

 簡単な火を起こす魔法に、暗闇でも昼間のように見える魔法……ネルは惜しみなくアイナに魔法の知識を授けていった。

 両親も知らなかったがアイナには魔法の才能があったのだ。

 簡単な読み書きはできたが、さらにネルに教わり、難しい単語も魔法と同じようにアイナは吸収していった。

 ここは潮時かもしれないなと、片付けながらネルは思う。

 もはやこの地には再び足を踏み入れることはないだろう。思い出だけを残していこう。ネルは雨の寒さから身を守るように毛布を体に巻きつけた。


 そのとき、テントの幕をバサバサと乱暴に開けてアイナが現れた。

「な……!?」

 驚いているネルに飛び込み抱きついてきた。

 全身が濡れ、冷えた体と同じように青白い顔をして、ひどく怯えたようなゆがんだ表情のアイナ。

「嘘だったんだ! 魔王なんていなかった……あれはドラゴンだった! 母の言っていたことは正しかった。王は情けをかけてわたしを選ばなかったんだ! 同じ家の娘が二人も犠牲にならないように! 勇者なんて幻だ! あれはただの生贄だ!!!」

 ネルに抱きつきながら思いのたけを叫ぶアイナ。

 聞いたネルは内容にぎょっとしたが、優しくアイナの頭をなでる。

 震えながらアイナは王への悪態をつきながら、二度と流さないと誓った涙をあふれさせて嗚咽した。

 ネルは黙って泣きじゃくるアイナを暖めるように抱きしめていた。


 ……パチと目を開けたアイナ。

 どうやら泣きながら吐露(とろ)したまま、緊張の糸が切れて気を失うように寝てしまったようだ。

 あまりにも子供じみた行動を思い出し、恥ずかしさを覚える。

 ネルはアイナの頭を抱きかかえるように寝ていた。あたたかな温もりにこのまましばらく甘えていたかったが、意を決したアイナはそっとネルから離れた。

 ネルのかわいらしい寝顔を見て癒やされるアイナ。

 あの身も凍るような恐怖が嘘のように心から消えている。

 テントからアイナがそっと出ると外はすっかり雨が上がり、太陽が頭上から光を降り注いでいる。

 冷えた体も元通りになり、服も乾いている。どうやらネルが魔法で乾かしてくれたようだ。

 いまだ寝ているネルにアイナは感謝した。

 あの魔法の木片が敵に発見されずに守ってくれたから。そして、再びネルの顔を見られたから。

 アイナは走り出すと町を見渡せる場所まで移動した。

 遠くから望む町はいつもと同じようで、勇者達が死んだことが無かったような雰囲気だ。少なくとも自分の両親は騒いでいないように見え、平穏な日常が繰り返されている。

 予想していたとはいえ失望したアイナはため息をつくと、しばらく観察していた町に背を向け、ネルのテントへ向け走り出した。


 テントへ戻るとネルが起きていて、アイナを温かく迎えてくれた。

 そこでアイナは勇者達に起きた事を細かに話し、昨日の意味不明な叫びについて説明した。

 最後まで聞いたネルは鼻を鳴らし、感想を述べた。

「蘇った死者はゾンビじゃなくて死霊だね。きっとドラゴンに食われた者達の怨念が形作ったものね。ドラゴンから溢れた魔力が実体化させていたに違いないよ。最初に聞いたときから怪しいと思ってたんだ。だって私が旅している間に魔王が出たなんて聞いたこともなかったから」

「死霊……」

 思い出して呟(つぶや)くアイナ。大丈夫だよと優しく笑うネル。

 準備していた温かいスープを出しながらネルが聞いてくる。

「ところでアイナはどうするの? 私はここを出ようと思っているけど」

「わたし……」

 戸惑うアイナは顔を伏せ、決めかねているようだ。

 真の敵を目の当たりにして尻込みするアイナ。あの伝説といわれた竜が相手なのだ。姉の仇とはいえ、ひとりでは荷が重すぎる。

 だけど、あの一方的な赤竜の蹂躙(じゅうりん)を思い出し、姉に重ね合わせる。何もできずに牙にかかったであろう姉を。

 ふつふつと怒りが湧き出し、握る拳に力が入る。

 そうだ、魔法使いの一撃は確かに赤竜に通じたのを見た。決して無敵の存在ではないのだ。

 それに片翼を失って傷を負っている。すでに手負いなのかもしれない。

 顔を上げたアイナは真っ直ぐにネルの目を見た。

「わたしは仇を討つ。だけど一人では無理だ。ネルの命を貸して欲しい」

「……ふふ。そう言うと思ってた。私の命は高いよ?」

「あいつを倒せるのなら何だってするよ! 頼む! お願いだ!」

 必死に頭を下げ懇願するアイナ。それが可笑しくてたまらないようにネルは笑う。

「あはははは! こんな世間から逃げているくたびれた魔法使いに頭を下げるなんてアイナもバカね。友人の頼みは断らないよ。それに伝説のドラゴンを見たいからね」

「ネル……」

 期待に顔を輝かせるアイナにネルはウインクした。


 それからネルとアイナはテントを畳み、出発の準備をした。

 身の丈より高い杖を持ったネルは荷物を積んだ背負子をつけ、アイナも同じように背負う。

「まずは相手の様子を見よう。アイナの話しだと巣穴に戻ったからしばらくは出てこないだろう。ヤツが完全に寝ていればこちらのもんさ」

 ネルの言葉に頷(うなず)いたアイナ。

 二人はドラゴンの住む採石場跡へ向けて出発した。


 再び同じ道を通るアイナとネル。

 あのとき一人で心細かったのとは違い、今は横に頼りになるネルがいる。

 もし、自分が駄目でもネルがなんとかしてくれるだろうと、アイナの肩は少し軽くなっていた。

 夜になり辺りが暗くなる頃、テントを張って野営する。

 魔物避けを周囲に置き安全を確保すると、二人はテントの中で明日の準備を始めた。

 ネルはさまざまなまじないを彫った木片をアイナに持たせた。それは炎にまとわりつかないものや、ケガを軽減するものなど、赤竜と対決するために必要なものだ。

 あいにく強力な魔法は教えていなかったため、ネルはアイナにすぐに覚えられる簡単な魔法を伝授した。

 やがて寝るときになり、緊張か恐怖か震えがきてしまうアイナ。

 目をつぶると、あの惨状が脳裏に蘇り動悸が激しくなる。

 隣で寝ていたネルは、震えるアイナを抱きしめ、安心させるように耳元で恐くないよと囁(ささや)き気分を紛らせた。

 ネルの胸元に顔をうずめたアイナは強く抱きしめて、温かさを求め、孤独でないことを確かめていた。


 翌日起きた二人はテントをたたみ、朝食を済ますと道を急いだ。

 ネルの提案でアイナがいた採石場の崖の上に向かう。

 一度、その場所から観察してから洞窟へ進入するつもりのようだった。

 きっとネルに何か考えがあるのだろうとアイナは、あのときの岩へと案内していく。

 岩へ来たネルは辺りを見下ろす。

「なるほど、よく見えるの……さぞかし不快な光景だったろうね」

 アイナが目撃したであろう場景を思い浮かべ、ネルは眉をしかめる。

 しばらく観察して赤竜が洞窟から出てこないことを確認すると二人は下へと向かう。

 採石場の正面へ来た二人は漂う腐敗臭に苦い顔つきになる。

 リネッサ達が死闘を繰り広げた場所に立つが、死霊どもは見当たらない。ネルは、竜が近くにいないと復活しないのではないかと予想した。

 とうとう洞窟の前へと来た二人。

 手の震えをなんとか抑えているアイナは唇を噛み、恐怖と戦っている。

 そんなアイナに明るく声をかけてネルは決戦の準備を始めた。

 アイナの持つ剣の切っ先に人なら数秒で死に至る毒をたっぷりと塗り込み、魔法の詰まった玉を渡す。これは目つぶしや大きな音を鳴らし、相手を怯(ひる)ませる物だ。

 ネルも杖に魔法をかけて支度をする。

 最後にネルはアイナと自分に魔法をかけ、計画を伝えて戦いの準備を終えた。


 二人は洞窟に入ると、魔法の目を使い暗闇の先を見通す。獣臭のような独特な臭いが奥から風に乗ってくる。

 なるべく鼻で息をしないように先に進む二人。

 中は大きな空洞が奥へ真っ直ぐに続く。なるべく足音を立てないよう慎重に動いていく。

 しばらく進むとやや広い空間に出てきた。

 そこには尾を身につけ、うつぶせで目を閉じている赤竜の巨体があった。

 竜の体温のせいか、この空間の気温は外よりも高く、臭いを別にすれば居心地が良さそうだ。

 巨体を前に冷や汗をかくアイナの腕を握るネル。

 ネルも竜を見たのは初めてだ。大きな赤い鱗に覆われた小屋ほどもある巨体。頭だけで牛ほどの大きさはある。

 息を飲んだネルがアイナを見上げると目が合う。

 アイナもこれほど間近で接したのが初めてなのだ。二人は互いを励ますようにうなずき合う。

 そしてネルの計画に添って、アイナは気がつかれないように赤竜の背後、尾の方へ慎重に回っていく。

 両手に杖を握り、力を込める。緊張したネルは杖に体重をかけ己に活を入れた。


 赤竜の規則正しい寝息がささやかな風となって洞窟を突き抜ける。

 竜の背中を注視しつつ、手に汗をにじませたアイナは剣を握り直し、ネルの合図を待つ。いつでも飛び出せるように前傾姿勢のままゴクリと喉を鳴らした。

 すっと杖を赤竜へ向け、集中するネル。

 杖の先で空気が渦巻き魔力が収縮されて赤竜へと発射される!

 ドォオオン!!!

「ギャアアアアァアアアアア!!!!」

 頭で爆発が起こり、息が出来なく赤竜が目を見開きパニックになる。ネルはその隙に場所を移動した。

 ゴォドォオオオオ!

 急に立ち上がった赤竜が狭い洞窟の天井へ勢いよくぶつかり、岩片が崩れ落ちてくる。

「グァアアアアアアアッッ!!!」

 自由に身動きできずに怒り狂う赤竜。

 尻尾を振るが壁に阻まれ思うように動かせない。

 いまだ姿勢を保ったままのアイナは、目と鼻の先で尾がかすめて通るのを冷や汗をかきながら見ていた。

 赤竜の注意は襲撃者に向けられて、見えない相手を探している。

「ガァアアアアアォオオオオオ!」

 威嚇する赤竜がのばした頭に横から魔法の球が飛んで来た!

 ドガァンン!!!

「ギャアアアアアアーーーー!!!」

 再び頭に爆発を浴びた赤竜が悲鳴にも似た叫びを上げる。魔法の球が飛んできた方へ赤竜が顔を向けると、

 ピカッ! 暗闇の中でフラッシュのような強烈な閃光が赤竜の目を潰した!

「アァガァアアアアア……」

 急に視覚が白く遮断され首を振る赤竜。目をしばたたかせて失った視界を戻そうとしている。


 今だ!

 待ち望んでいた合図にアイナは飛び出し、岩場を蹴り出して動きが鈍った赤竜の背中へ乗り込む。

 目に神経が集中して気がつかない赤竜の背を走り目指す部位へと向かう。

 硬い鱗に守られている赤竜の一番柔らかい部分。それは失った片翼。

 傷は癒えているが鱗の無い翼の跡にアイナは剣を突き立て深く押し入れた!

「ガアアアアアアーーーー!!!」

 赤い血が勢いよく飛び散り、痛みに声を荒げた赤竜が体を振り回す。

 体制を崩したアイナが地面へと投げ飛ばされる。

 二階ほどの高さから落下した衝撃で、全身を打ちつけたアイナはか細い悲鳴を喉から絞り出した。

 あえぎながらも固くなった体をなんとか動かす。幸いにも剣は強く握りしめ、手放していなかった。

 ブォオオン! 倒れていたアイナの体の上を赤竜の尾がかすめていく。

 早く離れないと……歯を食いしばり、痛みに耐えながらアイナはよろよろと立ち上がった。


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