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魔王

 翌日、太陽が真上にくる頃、革鎧に身を包んだリネッサは魔法使いや騎士達と共に王や民に盛大に見送られながら町を出発した。

 アイナは町から離れた草陰で遠くからリネッサ達を見ていた。

 討伐する勇者の総勢は五人。勇者リネッサに王城に住む魔法使い二人、そして騎士団からは二人が派遣されていた。

 勇者達の後ろでは荷物を積む車を運ぶ男が三人。彼らは旅に必要な食料や水、テントに毛布を積んだ荷車を押している。

 リネッサたちは徒歩で山道へ入ると登り始めた。

 見つからないように移動しつつ、アイナは食料の入った背袋を確かめて後を追う。

 しかしアイナは勇者達を見て不思議に思っていた。

 腕の立つリネッサはわかるが、魔法使いや騎士達は未熟な若い者ばかりだ。魔王を倒すなら、もっと実力者を選んだ方がいいに決まっている。

 そもそも、こんな少人数で討伐できるのかとアイナは徐々に疑問を持ち始めていた。

 そんなアイナを置いて、勇者達は確かな足取りで山を越えていく。


 一山越え、奥へと進む勇者達。

 たまに出る魔物を倒しながらも前進していく。

 アイナは巻き込まれることなく、風下からリネッサ達の後を追っていた。

 夜になり、野営する勇者達はたき火を囲み雑談しているようだ。見張りには騎士が二人立っていた。

 その明かりを遠く、木の影で見張りながらアイナは干し肉をかじっていた。

 今日はもう移動しないと確信したアイナは、木の幹に背をあずけて座り込んだ。

 自分が突然いなくなって両親は驚いただろうか……ふとアイナの頭によぎる。書き置きはしてきたが、心配していると思うと胸が痛んだ。

 それにネルの別れ際の顔を思い出すたびにズキズキと心が傷つく。

 話し相手のいなくなったネルは寂しくないのだろうか。それとも再び違う国へと旅立ってしまうのだろうか。

 初めて触れたネルの手の温かさに頬が熱くなる。

 ネルについて考えると止まらなくなるアイナは、首を振って頭の中から追い払うと夜空を見上げた。

 ふうと息を出し、無数に散らばる星に目を向ける。

 あの星のようにちっぽけな自分が、果たして姉の仇を取れるのかとアイナは思った。

 剣の入った鞘を引き寄せるとアイナは胸に抱き、身を守るように静かに目を閉じた。


 朝日を浴びて目を開けたアイナは、すっかり寝入っていたことに気がつく。

 急に意識が冷え慌ててリネッサ達の方に目を向けると、そこには人の居た形跡すらなく消えているのが見えた。

「しまった!」

 背袋を担ぐと焦ったアイナは走って小さな道に出ると荷車の跡を追い始めた。

 どうか見失わないようにと願いながら。


 どれぐらいたったかわからないが、ずいぶんと離されていたようだ。

 焦るアイナを気落ちさせるように天候が急変し、灰色の雲が立ち込めてきた。

 薄暗くなってきた道を進み、車輪の重みで刻まれた溝を頼りにアイナは駆けていく。

 小さな山を抜けていくと、かつて石切場で運んでいたような巨石が放置されている場所へと出てきた。

 大小まばらな石材が捨てられている中を走り、段々と道も開けてくる。

 しばらく進むと荷車の影が見え、道を外れたアイナは速度を落とし、木々に紛れて慎重に進む。

 ゆっくりと木の間を伝い隠れながら足を延ばすと荷車の横で男が三人休んでいるのが見えた。

 真横まで近づくと相手の顔がわかり、一人は初老の男に見え、あとの二人は成人を過ぎたばかりの若い男のようだ。初老の男は町で見かけたことのある人物で、他の二人はアイナは知らなった。

 茂みの陰から覗くアイナには気がついていないようで、深い(しわ)に緊張感を漂わせて初老の男が若い二人に声をかけていた。

「だいぶ雲行きが怪しくなってきたな。こりゃ帰りには雨になっているかもしれん」

「勇者様は大丈夫ですかね?」

 若い男が聞くと、初老の男は苦い顔つきになり、道の先を目を細めて見つめる。

「…俺はおやじからこの仕事を継いで今回で二度目になるんだがな、ここからでも悲鳴と炎の熱気、叫ぶ声が聞こえてくるんだよ。俺らは静かになったら、魔王が巣に帰って大人しくしているのを確認して帰るんだ。いいな? この仕事は沈黙が重要だ。ここで見聞きしたことは王様以外には誰にも言うんじゃないぞ」

「それって…」

「お前たちは初めてだ。このことを口外したら王国は許さないだろう」

 言いかけた若者を遮る初老の男の言葉に喉を鳴らした。

 もう一人も顔を青くして初老の男が見つめる先に目を向ける。

 初めて聞いた話にアイナは混乱した。確か王様の説明では勇者は魔王と死闘の末、相打ちになるが、土に染み込んだ魔王の血から時を経て復活するとあったはずだ。

 だが、今の話ではまるで違う。

 これでは勇者達が死ぬのを待っているようなものだ。

 とにかくリネッサを追わねばとアイナは先を急ぐことにした。男達からそっと離れたアイナは腰を落とし、木々に紛れながら小走りに進む。


 道沿いの雑木林を進むにつれ、道がなだらかに下っていく。

 先に行くにしたがって生っぽい腐敗臭が強くなってくる。顔をしかめたアイナは布で鼻と口を覆い、少しは臭いを緩和させ不安を感じていた。

 黒ずんだ厚い雲が立ち込める中、どんどん道からずれて上の方になっていくにつれ、アイナは戻ったほうがいいかと悩み始めた。

 しかし、見通しの良い道にいれば勇者達や魔物に発見されやすくなってしまう。

 アイナはもう少し先にいってから考えようと足を進めた。

 やがてすり鉢状の採石場の上へと出てきた。底は(たいら)で広く、周りには岩石を削ってできた崖が囲んでいた。

 そして奥には岩山が崩れてできたと思われる大きな洞窟が、ぽっかりと黒い穴を開けていた。

 崖の上から覗き見たアイナは、眼下でリネッサ達が何かと戦っているのが見えた。

 動きの遅い人のような生物が勇者達を襲い、反撃にあって四肢を切り飛ばされている。

「なんだあれは?」

 アイナが独りごち、岩陰へと身を隠す。相手から見えないように気をつけながら勇者達を観察していた。


 襲撃者をよく見ると、年季の入った服はボロボロで黒ずんでおり、頭皮が禿げてむけ、伸ばした腕の一部が欠け骨がむき出しになっている。

 下から上へ抜けてくる風が運ぶ死臭にむせそうになりながらアイナは思い出した。

 死者が人の肉を求めさまよい墓場から蘇るとネルが語っていたことを。これがそうなのかと背筋を震わすアイナ。

 しかし、リネッサ達は声を掛け合い連携して倒していく。

 見た目は恐ろしいが、動作の鈍い死者達は足を引きずりながら向かい、勇者達に斬られ、魔法を浴びて肉塊にされていた。

 やがてポツポツと大粒の雨が降り始めてきた。

 ぬかるみはじめた地面に足を取られながらもリネッサは死者を(ほふ)っていく。倒しても倒しても、どこからか出てくる死者達。

 雨が本降りになった頃、ほとんどの死者は立っておらず、勇者達は肩で息をして仲間が誰も倒れていないのを確認していた。

 だが、上から見ていたアイナは気がついていた。

 大きく口を開けた洞窟から赤い鱗を雨に打たれながら、のそりと姿を現したそいつに。

 叫びそうな声を殺し、両手で口を押えたアイナ。両目は大きく開かれ、見たものを否定したい衝動に囚われている。

 ビチャビチャと足音をさせて洞窟から姿をさらけ出したそいつは……

「ドラゴンだ! なんでここに!?」

 リネッサが叫ぶ。

 丸太小屋ほどの大きさの赤い鱗を持つ竜が、のそのそと勇者達の前へ出てきた。

 背についていた二翼のうち、がひとつなくなっており空を飛べないことを示していた。

 グルルル……

 低く唸る赤竜がおもむろに口を開く。


 ゴオッ!!!

 赤い炎のうねりが一人の魔法使いを襲う。

「ぎゃぁああああああっ!!!!」

 火炎に身を燃やす魔法使いが断末魔をあげた!

 赤竜は素早く動くと、火だるまの魔法使いを鋭い牙の並んだ大口を開けて飲み込む。

「ひっつ!?」

 近くにいて難を逃れた騎士が腰を抜かし、濡れた地面に尻餅をついた。

 伝説の怪物を前に戦意を喪失してガタガタと震えている。

 首を動かし騎士の目と鼻の先へ顔を向けた赤竜。固まって動けなくなった騎士を何のためらいもなく食べた。

 ゴリゴリと鎧ごと噛み砕き、ゴクリと飲み込む。

「よ、横に回れ! アッシャー! 魔法を使え!」

 やっと理性が働き現実に戻ったリネッサが指示を出し、自分も赤竜の横へと走り出した。

 しかし、リネッサの向かった方から赤竜の尾が迫りくる。

「あガッッ…」

 避けそこなったリネッサが太い尾に弾き飛ばされ、水しぶきを上げながら地面へ叩きつけられた。

 ちょうど反対側に回り込んだ魔法使いが杖をかかげる。

「水よ凍れぇえええ!」

 振り続ける雨が凍って固まり、巨大な氷柱となって赤竜に突き刺さる!

「ギャァアア!」

 思わぬ反撃に悲鳴を上げた赤竜が魔法使いの方へ体を倒してドスンと転がる。

 慌てて逃げようとした魔法使いが叫ぶ間もなくメキメキと巨体に押し潰された。

 そのとき残っていた騎士は剣を放り投げ、ぬかるみに足をとられながらも必死にその場から逃げ出していた。

 赤竜は首を巡らせ騎士を確認すると素早く移動して後ろから上半身にかぶりつき、逃走を阻止する。

 残った下半身も平らげると再び潰れた魔法使いの元へとゆっくりと歩いていく。

「う……」

 頭を振って痛む全身にむち打ち体を起こしたリネッサの前では、物言わぬ魔法使いを貪る赤竜の姿があった。

「ひぃ……」

 闘争心が一瞬にして冷め、絶望感にさいなまれたリネッサが短く悲鳴をあげる。

 まるで竜巻のような惨状だ。

 竜が現れて数分もしないうちに勇者達五人は、なすすべもなく全滅した。

 蒼白な顔が引きつり涙が雨と交じり全身を濡らしている。

 心が折れ、無力感に身じろぎもせずリネッサは、ゆっくりと近づいて来る赤竜をだだ見つめていた。


 ◇◆◇


 全身が震え口を開けないように両手で塞ぐアイナは、リネッサが赤竜に足をかまれ、持ち上げられ、一飲みにされるのを目の当たりにしていた。

 満足したのか片翼の赤竜は再び洞窟へと体を揺らしながら堂々と向かっていく。

 残酷な現場を一部始終見ていたアイナ。崖の上で隠れていた岩に引っ込み背をつけるとアイナは声にださない絶叫を発した。

 そう、アイナは理解したのだ。

 今まで自分が信じていたことが全て嘘だったことを。

 姉は勇者でもなんでもなかった。ただの餌だったのだ。

 ダンサルド王は全てを知っていて、民を騙して(みずか)らドラゴンの前へ行くように仕向けていたのだ。

 胃からせり上がる嫌悪感でアイナは両手を地面について吐き、呪いの言葉をつぶやいた。その呪いは王への罵詈雑言。町で誰かに聞かれていたら鞭打ちの刑になるものだ。

 降りしきる雨の中、冷えた体の寒さと恐怖で全身を震わせながらアイナは立ち上がり、小走りで採石場を後にした。

 とても一人では無理だ。

 どんなに強がっていても怪物と戦う前に心神喪失してしまう。

 巨大な赤竜の恐ろしさに打ちのめされながら、アイナは嗚咽を繰り返し、よろよろと走っていく。

 早くこの忌々しい場所から立ち去り、安全な方を目指すように。

 雨は、アイナが立てる音を隠し、誰にも気づかれぬよう逃走を手助けしていた。


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