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勇者

 ダンサルド王国は山々に囲まれた盆地にある小さな国だ。

 高い山には小さな坑道がいつくかあり、細々と鉱石を掘り出しては交易や生活の必需品などに充てている。

 埋蔵量が少ないのか、試掘の穴が岩山のあちらこちらに無数に空き、無残な姿を野ざらしにしていた。

 住人は山裾を切り開き、穀物の栽培や芋類を育てて暮らしていた。

 民の住む丸太小屋を望むのは、山の中腹に建ててられたりっぱな石造りの城だ。

 四代続くダルサンド王の居城。騎士や宮廷魔法使い達もここに住む。

 小さな国では農民などがおのずと兵士になる。この国では、幼少の頃から兵として訓練が定期的に行われていた。

 長らく戦争もない平和を享受していた彼らは、この先も同じだと信じて疑わなかった。

 青く澄んだ東の空が、ひととき赤く染まり王国に激震が走るそのときまでは。


 玉座にいるダルサンド王の眼前には革鎧を着た男女が十人が並んでいた。

 どの顔も厳しく覚悟を込めた表情をしている。

 その中のひとり、アイナはピンと背を伸ばして主張するように立っていた。

 姉が死んでから家族の反対を押し切り、ずっと訓練に明け暮れ、この機会を待っていたからだ。

 王座の隣で立っている側近がダルサンド王へ告げた。

「王よ! 勇者を志す候補を連れてまいりました! どの者も武に秀でており、必ずや敵を討ち滅ぼすと確信しております!」

 王座に肘をつけ聞いていたダルサンド王は(しわ)になった手を上げ、ひとりへ指を向ける。

「お前だ」

 それはアイナではない別の者だった。右隣三人目の者が一歩前へ出る。

「光栄なる喜び! リネッサは王のため、民のために剣を捧げます!」

 赤茶色の髪をなびかせリネッサは王の前でひざまづく。その胸には期待と興奮が渦巻いていた。

 長身で体格の良いリネッサは剣も上手く、愛嬌のある女で住人の人気が高い。選ばれなかったアイナは羨望の目でリネッサを見ていた。

「お前達はもうよい。城を出るがよい」

 側近に言われ、後ろ髪を引かれる思いでアイナは謁見の間を後にした。

 城を出たアイナはため息をつき、眼下に広がる町を一望した。夕日を受け、赤く染めた屋根がまばらに道沿いに並んでいる。

 不意に肩を叩かれ振り返ると勇者候補の一人、ドースがいた。アイナの三つ上で普段は木こりをしている男だ。

「残念だったな。だが、これであきらめがついたろ?」

「ほっといて」

「ははは。俺もそんなに待てないからな。早めに切り替えろよ」

 明るく笑ったドースが手をひらひらさせてアイナを追い抜いて坂をくだる。

 ドースは勝手にアイナに言い寄ってくる一人で、いつも結婚しろとか、その歳でもらってやるんだから感謝しろだのと気の滅入る事ばっかりを口にしてくる。

 おかげで親がその気になって、二人を結ばせようと必死だ。

 舌打ちしたアイナはドースの背中を睨みつけた。誰があんたと一緒になるもんかと。


 暗いアイナは家に帰ると両親に勇者になれなかったと、残念そうに報告した。

 喜ぶ母は革鎧を脱ぐのを手伝いながらアイナに言い聞かせた。

「これで良かったんだよ。姉は勇者になって帰ってこなかったから王様の配慮なのさ。なんて慈悲深いんだろうね、いき遅れた娘を気遣って。あんたが早くドースと一緒になれば王様も安心できるよ」

「そうだぞアイナ。東の空が赤くなったときには肝を冷やしたが、こうして勇者が選ばれたんだ。これでしばらくは平穏な日が続くし、お前も子供をつくれば安泰だな」

「……」

 父の言葉も続く。アイナは無言で脱いだ革鎧を抱きしめて、かつて姉と共同で使っていた部屋へと入っていった。

 アイナは革鎧や剣を壁に立てかけ、藁を敷き詰めたベッドへ腰をおろす。

 やるせないアイナは手を握りしめて、木の蓋が開いた窓から覗く外を見た。


 ◇◆◇


 ダンサルド王国では東の空が赤く染まると魔王が出現して国を襲うとの言い伝えがあり、その討伐に勇者を選び向かわせていた。

 勇者は魔王を倒し平和が訪れる。

 しかし、ほとんどの勇者は魔王と差し違えて帰ってくることはなかった。例外は初代ダンサルド王だ。彼は魔王を討伐し、帰還したただ一人の者。

 毎度倒される魔王だが、しばらく力をつけると再びこの地へ現れた。それが五年か十年か、東の空を赤く染めるたびに出現したことを示すのだ。

 十年前、姉のレニーナは町でも評判の魔物狩りの一人だった。

 まだ幼いアイナにはとても大人で憧れの対象だった。妹に甘いレニーナは、いつもアイナのわがままを受け入れて可愛がっていた。

 ずっとこのまま家族四人で幸せに暮らしていくと思っていたアイナ。

 だが、東の空が染まった時、姉の運命は決まった。

 城に呼び出されたレニーナは勇者に指名されて、魔王の討伐へ行ってしまったのだ。

 泣いてすがりつく妹を置いて。


 ……やがて家族に知らせが来た。

 勇者達は魔王と相打ちで死亡したと。

 魔王の放った最後の魔法によって勇者達は跡形もなく消え去ったことを伝えられ、アイナは号泣し両親は悲しんだ。

 それからアイナは変わった。

 甘えん坊で優しい子供は消え、厳しく己を鍛えて決してくじけないアイナがそこにあった。

 姉の死を知ったときに涙して以来、アイナは泣くことをやめた。そんなアイナを両親は心配していたが、どんなに言っても勝手に鍛錬を始めた娘にどうにもならなかった。

 やがて姉のように美しく育ったアイナだったが、復讐以外のことには目を向けていなかった。

 かつての姉の姿を追い求め、魔物狩りに精を出しながらアイナはチャンスを狙っていた。

 再び勇者が求められることを。


 ◇◆◇


 ぐっと唇を噛んだアイナは立ち上がると、再び革鎧を着て剣を手にする。

 部屋から出て外へ行こうとすると母が声をかけてきた。

「どうしたんだい? どこへ行くの?」

「……魔物を狩ってくる」

「こんな夜にかい!?」

 驚く母に苛立(いらだ)ちを抑えながらアイナは剣の鞘を握る手に力を込める。

「前も言ったけど、夜の方が魔物の行動が活発になるんだよ。あまり遅くならないから」

 そう告げると、アイナは黙って見ていた父を通り過ぎて家の外へ出た。

 ドアの向こうでは父と母が何やら話す声が聞こえてくる。きっと自分のことに決まっている、いつまでも独り身なのだから。

 息を吐き出したアイナは、暗い夜道を山へ向けて歩き出した。


 町を出る前にアイナはリネッサと偶然出会った。

「アイナ!」

 声をかけられ振り向くとリネッサが小走りで近づいてきた。

「よかった。あんたの悔しそうな顔を見てたら、もう会えないかもしれないと思ってね」

「別に……」

 微笑むリネッサを眩しそうにアイナが目を細める。

 そんなアイナの肩に手を置いたリネッサが、真剣な表情で真っ直ぐに目を見つめる。

「レニーナの仇が討てなくて辛い気持ちはわかるよ。あんたの頑張りをあたいはずっと見てたからね。今回は残念だけど、あたいが駄目だったときは頼むよ」

「わかった。でも、リネッサなら問題ないよ。わたしより強いから……」

「ありがとう。あんたの代わりに魔王を討つよ」

「頼んだ」

 アイナは肩に置かれたリネッサの手に自分の手を重ねた。リネッサは照れくさそうに鼻の頭をかいて少し離れた。

「明日、あたいらは山へ行く。王様から魔法使いや騎士たちをお供にされたよ。てっきり一人かと思ってたけどね。見送りはいらないよ」

「死力を尽くして。姉の為に」

「ふふ、あんたらしいよ。じゃあね」

 明るく手を振ったリネッサはアイナと別れ町の中へと消えて行った。

 大きく息を吐き出したアイナは再び山へと歩き始めた。


 両親にはずっと黙っていたが、アイナにはいくらか魔法を使えた。

 山に入ったアイナは木々に覆われた獣道へ向かう。そこには漆黒の闇が待ち構え、不安と恐怖を駆り立てる。

 魔力を目に込めたアイナは昼のように見え、闇の中を進んで行く。

 中腹を過ぎたあたりから魔物の独特な臭いが立ち込めてくる。アイナは慎重に行動して魔物を探し始めた。

 狼のような魔物を二匹ほど倒し、血抜きすると担いで山の中を進む。

 しばらく中腹を回っていくと大木の根のそばに小さな棒が打ち付けられているのを発見した。棒にはまじないが彫られ、魔物が近寄らないようになっている。

「今日はここか……」

 アイナは独りごち、先を急いだ。

 やがて茂みに偽装した小さなテントが見え、アイナはニヤリと笑みをこぼした。

 テントに近づき声をかける。

「ネル。いるか?」

「もう少し声を落とせ馬鹿者。せっかく結界を張っているのに無意味にする気か?」

 中からネルがぬっと顔を出し、アイナを叱る。

 気にしていないのか平然とアイナが寄ってくると、仕方ないなと首を振ってネルが姿を現した。

 背は子供ぐらいで、くたびれたローブを着込み、金色の長い髪に尖った耳、そして可愛らしい顔でアイナを出迎えた。


 ハーフリングのネルは数年前にこの山へ流れてきた。

 逃げるように他国から来たネルは、ダンサルド王国の町に近い山でひっそりと一人で暮らしていた。

 あまり山の深いところに行くと強い魔物が徘徊して身が危険になるからだ。

 世捨て人のように森で生活していたネルは、たまたま狩に出ていたアイナと遭遇してしまった。

 最初アイナは子供が山で迷っているのかと勘違いして、ネルを町へ連れて行こうとした。だが、ネルが魔法を使い抵抗したのを機によそ者だと気がついた。

 不思議と気の合った二人は、ときどきアイナがネルのテントを訪れては交流していた。両親や町の者には秘密にして。

 そのときから、アイナはネルに魔法を教わり続け、ある程度は使えるようになっていた。

 可愛らしいハーフリングのネルは、かなり腕の立つ魔法使いだとアイナは後になって知った。

 いつしか気を許したアイナは何でも話せる相手としてネルを信頼していた。そしてネルも親密にアイナと接していた。

 親とも確執があり、町でも浮いた存在だったアイナは、異質なネルが身近に感じられていたのかもしれない。

 アイナにとってネルのいるテントは、自分の部屋以外で唯一くつろげる場所だった。


 ドサリと倒した魔物を一体、ネルの前へ置く。

「これ、おみやげ」

「珍しく夜にどうしたの?」

 ネルがアイナをテントに誘い、低く狭い中で座ったのを見て温かなスープを手渡した。

 湯気をふーふーとかき分け、口に含んだアイナはため息をついた。

「勇者が決まった」

「あーあの。そういえば先日、東の空が赤くなっていたね。アイナの言ってた通りだね」

「明日、町を出るようだ」

 淡々と語るアイナに以前から聞いていた勇者の選定に漏れたようだとネルは苦笑した。

「どうやら選ばれなかったようだね。姉の仇を討ちたいのなら、こっそりついていけばいいじゃないの?」

「そのつもりだ」

 スープを飲み込むアイナ。どうやらネルに別れをしに来たようだ。不器用な友の振る舞いにネルは眉を下げた。

 自分の分を一口含んだネルがゆっくりと飲み込み、喉を温めてから疑問を口にする。

「でも、魔王とは本当にいるの? いままで通り過ぎた国々で聞いたことも無い話しだもの。だいたい、勇者達が全員死んで誰が王様へ報告したの? 生き残りもいないのに」

「わからない。わたしは頭が良くないから。そういうのはネルが得意だろ? わたしは姉の仇を討つだけ」

 かぶりを振ったアイナの言葉にネルは反応した。

 持っていた木の器を置くと、アイナの顔を両手で包み目を合わせた。

「嘘だ。アイナは頭がいい。私の魔法をだいぶ覚えているんだ。並の人間には無理なことをアイナは理解したもの。二度と自分が頭が悪いなんて言うな!」

 初めて見るネルの剣幕に驚いたアイナは黙って(うなず)いた。

 両方の頬に触れている温かな小さな手にアイナはドギマギしていた。真剣なネルの淡いグリーンの瞳が綺麗だなとアイナは思った。

 手を離したネルは背を向けるとテントの奥にある小さな箱を空けて、中をがさがさとあさり始める。

 しばらくして向き直り、小さな木片をアイナに差し出した。

「餞別にこれをやる。敵から目をそらす魔法がかけてあるの。気休めかもしれないが持ってて」

「ありがとう」

 受け取って見ると木片にはまじないが彫られていた。まだアイナはまじないを習っていないので不思議な図形が並んだようにしか見えない。

 アイナは大事そうにもらった木片を服の中へしまい、ネルに感謝をした。

 やがてスープを飲み干したアイナは心配そうなネルに別れを告げ、山を下りていった。


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