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70話 聖剣


 暗い場所からいきなり明るい場所に移ると、目が眩んで、少しの間何も見えなくなる。いわゆる眩惑という現象だが、今の俺にはそれと似たような現象が起きていた。

 目の前にある眩いばかりの光は、あくまでも加護の光であって、実際に発行しているわけではないのにも関わらず、だ。

 そんなことが起こるのかと信じがたい気持ちはあるが、ともかく俺は今、実際に見えているわけでもない光によって、目が眩んでいるのだ。つまり、目の前にあるこの光は、加護を通して、感覚を揺さぶる程の力だということだった。


「…こ…れは…」


 少しずつ目が慣れはじめ、光の中心にある物が見えてくる。一瞬幻覚かとも思ったがそうではなく、確かにそこには、何かがあるようだった。しかし、それが何かよく見えない。当然だ、くどいようだが加護の光は実際に見えているわけではない。つまり、目の前にある何かは、完全に暗闇の中に沈んでいるのだから。


 魔道具で周囲を照らすという考えも一瞬脳裏に浮かんだが、何故だかそうする気にはならなかった。だからそのまま、加護の光を目指して、ゆっくりと手を伸ばす。

 そして、ついに、掴んだ。何かを、はっきりと。これは──


「…剣? ──!? なんだ!?」


 剣の柄のようなものを握りしめた、その時。まるで剣の中に引き込まれるかのような──いや、ようなではない! 信じられないことだが、剣の中に、意識が引き込まれる──!


「この…! 感覚は…! ルゥフの時の…!」


 ルゥフが初めて魔王軍四天王と戦った時、まるでルゥフの感覚を追体験しているかのような状態になったことがある。これはその時の感覚と非常に似ている!

 しかし、生物ならまだしも、相手は剣、無機物だ。剣の感覚とは一体──!?


「ぐ…! ダメだ、引き込まれる! …うわあぁぁぁぁっ!!」


──────────────────────────────────


「くっ…」


 サイが遺跡の深部へと向かってからすぐのこと。ジェシカは、すでに立ち上がっていた皆と共に、再び魔王との壮絶な攻防を繰り広げていた。


 何事もないかのように立ち尽くす魔王の周囲に、いくつもの魔法陣が浮かび、そこから大量の魔力の塊が射出されている。

 一つ一つが凄まじい速度、しかも魔王はこちらを見てすらいないのに正確に自分を狙って飛んでくる。スタミナ切れを起こさないよう加護を緩めに発動しているせいで、ジェシカにとっては攻撃を避けるだけでも精いっぱいだった。


「っ!? しまっ──」


「危ない…!」


 回避に集中しすぎて足元の瓦礫に気が付かず、躓きかけるジェシカ。あわや致命傷という直前で、ルゥフが獣化した腕で攻撃を弾き飛ばす。


「あ、あんた、その腕…。…いや、助かったわ」


「うん、大丈夫そうでよかった。ところで、サイは…?」


「よくわかんないけど、遺跡の奥に向かったわ。なんとか、なるかもしれないって」


「遺跡の奥…?」


 ジェシカが指さした方を見てすんすんと鼻を動かすルゥフ。そして少し怪訝な顔をする。


「なに、この匂い…? さっきまではなかったのに…っ!?」


 よそ見をしていたルゥフのもとに、再び魔力弾が飛んでくる。ジェシカと共に飛び退いて躱し、再び魔王へと意識を集中させる。


 当の魔王はしばらくルゥフらの様子を眺めていたが、やがて考え事をするかのように顎に手を当てて溜息をつく。


「ふむ…。思いのほかしぶといな。予定だとそろそろ一人くらい死ぬかと思ってたんだが…。やはり長いこと封印されていたせいで鈍ったか」


 今も自分に襲い掛かってくる人間たちをまるで気にする様子もなく、独り言を呟く魔王。そして、伸びをするかのようにゆっくりと翼を伸ばす。


「まあいい。そろそろ目も覚めてきたころだ。眠気覚ましはこの辺にして、そろそろ本題に取り組むとしようか」


 そう言い放ち、パチン、と、魔王はその場で小さく指を鳴らした。すると──


「ぐ…う…!?」


「こ…れは…! まさか…!」


 その場にいた皆が、胸を抱えてうずくまる。心臓が、異常なほどに早く脈打っていた。沸騰しているかと錯覚するほどの熱い血液が全身に流し出され、頭に激痛が走る。

 まるで自分が塗り替えられていくかのような、別の何かに生まれ変わるかのような激痛を伴うこの感覚、ヒートには覚えがあった。


「悪魔化…! そんな、触れられてすらいないのに…!」


「我は魔の王ぞ。先の攻撃でこの空間にはもう十分に我の魔力が充満している。人間数人を悪魔に変えるくらいのこと訳はない」

 

 全員がその場にうずくまったことで、必然、皆が魔王に跪いているような状況になり、満足そうに魔王は話を続ける。


「まあ、そう悲観することもあるまい。貴様ら人間は我らを根絶したいと思っているだろうが、別に我は貴様らを滅ぼそうなどとは考えておらん。何せ悪魔には生殖機能がなくてな…。人間を変化させることでしか増やせんのだ。だから人間とは共存関係を気付いていこうではないか。お前らにはその先駆けになってもらうとしよう」


「この…、ぐ、うううぅぅぅぅぅっ!」


 どれだけ抵抗しようとも、それはもはや何も意味をなさないようだった。全身から見る見るうちに力が奪われていき、魔法どころか、加護を使うことすらままならない。


「ぐ…ぎ、い…」


 もう、どうにもならない。そう悟った時、ジェシカは、無意識のうちに握りしめていた剣に目を落とした。


「このまま、悪魔になるくらいなら──」


 いっそ──と、最後の力を振り絞り、自らの首筋に切っ先を当てる。


「 ──人間を悪魔にする力…。なるほどな、何となく仕組みがわかったよ」


 その時、ジェシカの背後から聞きなれた声が響き、光が爆発した。


「なにっ…!?」


「俺の加護は光の大きさを変化させてただけだった。だが、お前は…力の性質そのものを変換させてたんだ。光を、闇に。魂を、人間から悪魔にな」


「馬鹿な…悪魔化の呪いが…!?」


 狼狽する魔王をよそに、爆発した光は周囲に広まり、皆を優しく包み込む。悪魔になりかけていた体が、一瞬のうちに治っていくのがわかる。


「加護を持っていない人たちでも、僅かにでも「光」は持っている。当然だけどな。それを反転させていたわけだ。悪魔が、加護の光を見ることができるのもそれが理由か。光を反転させて、人間を悪魔にするために…」


「お前は…何だ…!? さっきまでそこらで震えていた雑魚の分際で…! 何をした…!?」


 魔王は、突如として現れた、光を纏い細身の剣を携えた男に警戒心を露にして叫んだ。


「俺か? 俺はずっと昔に、お前を封印した男さ」


「なっ…!? 貴様、まさか──!?」


「なんてな。俺はただの雑魚だ。そして、お前を殺す者でもある」


 そう言って、その男──サイは、光を放つ、細身の剣を構えた。

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