60話 瞬殺力
「…‥」
悪魔は俺のことを睨みつけながらじりじりと後ずさる。どうやら突然現れた俺を思いきり警戒しているらしい。というかかなりの及び腰な様子で、なんなら逃げそうな感じだ。
正直逃げるなら逃げてくれた方がありがたいのだが…。まあいい、今は放置だ。
前も言ったが俺が悪魔に対して正面向いてようが後ろを向いてようが相手がその気になれば瞬殺されるのだ。だから俺は悪魔から目を放しジェシカの方を向いた。
とりあえずジェシカには復活してもらわないとヤバイ。だが、その前に。
「‥‥サイ…?」
ジェシカの前に、目の高さを合わせるように膝立ちに座ると、彼女は恐る恐るといった様子で俺の目を覗き込む。
コイツのこんな態度は久しぶり、それこそ子供のとき以来だ。昔から結構打たれ弱いところがあったが未だに‥‥いや、この状況でそれは流石に酷か。
そんな彼女にどうしても言いたいことがある俺は、右手でジェシカの肩を掴み真っ直ぐに目を見つめる。彼女の身体が小さく震えているのが伝わってきた。
そして、ゆっくりと口を開き。
「…‥お前、俺に何か言うことは?」
「ふえ‥‥?」
今までのことを思い返し、俺にも悪いところがあったということはわかった。だからさっきも謝ったし、今はそこまで怒ってはいない。しかし、しかしだ。
──だからって俺だけ謝ってコイツは謝らないってのは納得できません。一回謝っていただかないと。
「う‥‥う‥‥」
最初はポカンとしていたジェシカだったが、徐々に目に涙が溜まっていき。
「ううぅ‥‥ごめんなざぃ…‥! だって私…‥! うぅ‥‥今まで、ごめんねぇ‥‥」
堰を切ったかのように泣き出すジェシカ。一度弱気になると一気にボロが出るのは相変わらずらしい。
その姿を見るとまるで子供の頃に戻ったかのようで、わずかに残っていた怒りも何処へやらだ。
俺は、大きく息を吐き。
「ジェシカ、よく聞け。今からお前の力を復活させる。あの悪魔を、倒せるか?」
「え‥‥?」
「詳しいことは後で話す。とにかく今は、アイツを倒さなきゃならない。いいな?」
困惑していたジェシカだったが、涙を拭い、いつものように力強く目を輝かせる。
「わかった‥‥わよ‥‥。なんだかよくわかんないけど…‥あいつをぶっ殺せばいいんでしょ?」
そう言いながら、ジェシカはゆらゆらと立ち上がり、そして悪魔を睨みつけた。
「あのガキ‥‥散々いたぶってくれちゃってさぁ‥‥丁度ぶっ殺してやりたいと思ってたのよね」
それを聞いた悪魔は、警戒しながらも笑みを浮かべる。
「はぁ~? ボロボロのおねーちゃんなんか目を瞑ってても勝てるんですケド~? そっちのおにーちゃんは面倒そうだけどさぁ…‥」
そして悪魔は翼を広げ、周囲に禍々しい魔力が満たされた。
「まあいーや! 私は魔王四天王‥‥えーと…? …どうでもいいか! とにかく、四天王ソローティアちゃんに勝てる奴なんているわけないんだからさぁ! 二人まとめて悪魔にして、一生飼ってやるよ!」
その言葉と同時に、ソローティアと名乗った悪魔は地面を蹴り、姿を消す。
──その直後に起きたことは、俺にはよくわからないかった。
ソローティアが消えたと思ったら正面と左の方からほぼ同時に轟音が聞こえ、気付いたら俺の左の木の下にソローティアが腹を抱えてうずくまっていた。
「な‥‥ぁ…なんで‥‥」
呻くソローティアに対し、ジェシカはいつの間にか振り上げていた足をゆっくりと下ろし、自分の両手を見つめる。俺が戻した加護の調子を確かめているのだろうか。
そしてジェシカはちらりと俺の方に顔を向け、ちょっとだけ感謝しているような、それでいて怒りの混じっているような複雑な視線を向けた。多分加護のことだろう。
しかし彼女はそれ以上追求せず、諦めたように溜息をつき、悪魔に視線を戻す。
「おーい、聞こえるー? 苦しそうね? 土下座でもするなら許してあげてもいいけど?」
力が戻った途端早速イキリ出すジェシカ。こいつほんといい性格してんな…
「ぐ‥‥まぐれで一回当たったくらいで…調子に…‥‥!?」
翼で体を支えるようにして立ち上がるソローティア、しかし、顔を上げてジェシカを見た瞬間硬直する。
「‥‥は、はぁぁぁ…‥? なに…その‥‥か、加護…? あ、ありえ、ありえないんですケド‥‥?」
元々青かった彼女の顔からさらに血の気が引く。
俺の力によって強化されたジェシカからは眩いほどの力が迸っていた。見たこともないような加護の奔流だ。
…というかいくら俺が強化したからって一気に強くなりすぎな気がする。こいつが勇者だの何だのって話はもしかすると案外本当なのかもしれない。
と、俺がそんなことを思っていると。
「──っ!? なんだ!?」
ソローティアの周りを黒い煙が覆い、姿が見えなくなる。隠れて攻撃するつもりか? いや、これは‥‥
「ジョーダンじゃないし! 私は命かけるほど魔王様に忠誠誓ってるわけじゃ…‥うぎゃっ!?」
逃げるつもりだ、と俺が注意を促す前に、ジェシカが一瞬のうちに姿を消し、そして煙の中から悲鳴が聞こえてくる。
煙が晴れるとそこには、翼を切り落とされ座り込むソローティアと、その目の前で剣を首筋に突き付けるジェシカの姿があった。
「残念だけど、逃げられないわよ。それじゃ──」
「まっ!? ま、まって、ちょっと待って! 土下座すればいいんだっけ!? わかった、わかったから──」
「ああ、悪いけどサービス期間は終わっちゃったのよね。別にやりたいって言うなら止めはしないけど」
ゆらゆらと剣を揺らすジェシカに、ソローティアは慌てて言い訳をする。
「ま、待ってよ! 殺すことなくない!? 確かに私はおねーちゃんを悪魔にしようとしたけどさぁ、殺そうとはしてないじゃん! だからさ、今回は見逃してよ、もう人間には手出ししないからさ! ね、いいでしょ? ね、お願い!」
目を潤ませて上目遣いでお願いする幼女悪魔。そっちの気がある奴ならうっかり許しそうな顔だが、ジェシカはわざとらしく顎に手を当てて悩みだす。
「そうねぇ‥‥確かに殺すのは少し酷いわよね」
それを聞き、ソローティアは顔を輝かせる。
「でしょでしょ!? じゃあ今日のところは──あ、あれ?」
が、いつの間にか縄で拘束されていることに気づき、困惑の声を漏らした。
「殺すのはひどいから、このまま教会に連れていってあげるわね。大丈夫よ、私も一回行ったけど、皆いい人ばかりだったから」
ジェシカは満面の笑みを浮かべてそう言いのけた。するとソローティアは大粒の涙を流しながら俺の方を向く。
「おにーちゃん、助けておにーちゃん! たすっ──」
ジェシカが剣の腹でソローティアの頭を殴り飛ばす。彼女は気を失ったのか、それきり動かなくなった。
「はあ、疲れた。ほらアンタ、これ持ちなさい。帰るわよ」
ジェシカは失神しているソローティアを俺の前に投げ捨て、一人で街に向かって歩いていった。
「ったく…。反省してるんだか‥‥」
まあいいか。ほとんどアイツの活躍だし、このくらいの雑用なら喜んでやろう。そう思いソローティアを担ぎ上げると、ジェシカが足早に戻ってくる。そして、目をそらしながら、
「色々言いたいことはあるけど、とりあえずは感謝してるわ」
「そういうことは目を見て言え、目を見て」
「はぁ? 調子に乗るんじゃ──。 い、いや‥‥‥‥‥‥‥。 あ、ありがとう…‥」
「おう。こっちこそ、助かったよ。ありがとな」
「ふん。 さ、とっとと帰るわよ」
そう言うと、今度こそ街に向かって歩き出す。
俺は、少し笑みを浮かべながら、その後を追うのだった。




