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59話 遅れてきた男


 ジェシカは昔から、何でもできる奴だった。

 剣や魔術だけじゃない。教えたことは、何でもそつなくこなす。もっとも、話をちゃんと聞いていれば、だが。


 子供の頃はよく一緒に過ごしたものだ。

 剣や魔法の扱い方を教わったり、逆に勉強や生き物について教えたこともあった。


 森に魔物が出たと聞いて、二人で討伐にいったこともあったっけか。あの時は本気で死ぬかと思った。魔物を探していたらいつの間にかはぐれちゃって、それで魔物に殺されそうになってるところをジェシカに助けられたんだよな。


 まあ色々あったけど、アイツはいい奴だった。少し自信過剰なところはあるけれど、困っている人は見捨てない。


 正直に言うと、俺はジェシカに冒険者になんかなってほしくなかった。冒険者なんて、そんなにいい仕事じゃない。

 加護を授かった子供は、皆挙って冒険者になりたがる。理由は単純で、分かりやすく人の役に立てるから。それに成功すれば儲けもいいし、身分を問われることもない。何より自由だ。これが大きい。


 しかしその実、成功しなければ一生底辺をさまようことになるし、街によっては冒険者全体の素行が悪いこともある。おそらく冒険者ギルドは裏社会との癒着がかなり強いだろうし、それに、常に命の危険が付きまとう。


 ジェシカは自信家だから、きっとどんな魔物が出ても、自信満々で挑みに行くのだろう。

 そして、もしかしたらいつか──などと。そんなことを考えてしまうのだ。


 そんなわけで俺は何度かジェシカを諦めさせようとしたことがある。その時に勧めたのは確か騎士の仕事だ。

 結局危険なことは変わらないと思う者もいるが、戦時中ならともかく、目立った脅威の無い今の時代では、組織体制を管理されてる騎士と数打てば当たる戦法の冒険者じゃ安全性はまるで違う。

 家柄が重視される世界だが、彼女の実力ならば特別待遇で認められるだろう。


 しかしそんなことを説明してもジェシカは納得せず。結局俺の説得は意味がないどころか、彼女の反感を買うだけに終わった。


 彼女は少しずつ俺を避けるようになり、俺もまた他のことで忙しくなっていった。


 俺はその頃、村の仕事を手伝うのに夢中だった。もっと新しい知識を得て、将来のために様々な経験を積んでおきたかった。その時にもしかしたら、わざとジェシカと距離を置いていたのかもしれない。

 俺が彼女に魔物のことを教えなければ、もしかしたら冒険者になるのを諦めるかもしれないと。


 だとすればそれが間違っていたのだろう。ジェシカは一人でもメキメキと頭角を現し。そして彼女が持っていた自信は、いつしか傲慢に変わっていった。


──────────────────────────────────────


 暗い森の中を、月明りを頼りにひたすら走る。森に入った時は数人だったというのに、途中で魔物に襲われてバラバラになってしまった。


 一人で黙って走っていると、つい余計なことまで考えてしまう。今はそんなことを考えている場合ではないというのに。


 それにしても、ジェシカに冒険者を諦めるよう言った俺が今、冒険者になってジェシカを探し回ってるというのだから皮肉なものだ。

 思えば、あの時、なんで冒険者になろうなどと思ったのだろうか。

 俺がジェシカよりも優れた冒険者になれば、彼女も諦めてくれるとでも思ったのだろうか?

 …いや、ただ意地を張っていただけか。


 と、そんなことを考えていたその時。


「あ、あの…!」


「──! あなたは…」


 冒険者らしき格好をした女性が駆け寄ってくる。服には血がついていて、取り乱している様子だ。


「た、助けて下さい‥‥! あ、悪魔が‥‥悪魔が出たんです! ジェシカさんが私を逃がしてくれて、それで‥‥! は、はやく人を呼ばないと──!」


「──! それで、彼女は今どこに!?」


「こ、この先で、悪魔と戦っています…!」


 彼女は走ってきた方向を指さし、答える。


「…今この森に、A級パーティーが何人か来ています。そう遠くには行っていないはずですから、彼らを探すか、見つからなければ急いで王都に戻ってください」


「わ、わかりました…! それで、あなたは‥‥?」


「俺は…」


 先ほど彼女が指示した方を見る。確かに、何か尋常じゃない気配を感じる。


「ま、まさか…!」


 そして俺は、彼女の制止も聞かずに一目散に走りだした。すると、なにか争うような声が聞こえてくる。──そして。


「──!」


 木の隙間から見えたのは、大きな翼を持つ子供。悪魔だ。それも、身に纏う雰囲気から察するに、かなり上位の──いや、おそらくはあれが四天王だ。そしてその目の前に座り込んでいるのは──


「──ジェシカ…!?」


 傷つき、ボロボロになったジェシカが悪魔を見上げていた。彼女は諦めたような目で、ゆっくりと口を開く。そして、


 ──私が、悪魔になったら──


 そんな言葉が聞こえて。


「──させねえよ──!」


「ん~? …──っ!?」


 怒りのままに叫ぶ。すると悪魔は俺に気づいたようで、ゆっくりとこっちに顔を向ける。

 しかし次の瞬間、血相変えてその場を飛びのいた。


 たしか前に会った四天王も俺を見て顔色を変えていたな。自分ではわからないが、俺の加護の力はそんなに強いのだろうか。


 まあいい、そんなことはどうでもいいんだ。


 俺はジェシカの前に立ち。


「悪かったよ、ジェシカ」


 お前のことを真っ直ぐ見ることも、お前の考えを理解することも。

 そして今の、この状況も。


「遅くなった。‥‥何も、かも。 ごめんな」


「‥‥サイ?」


「もう、大丈夫だ」


 だって、ここには俺が来たし、それになにより。


 お前がいるのだから。なぁ?


「‥‥ジェシカ」

 

 

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