58話 心の内に
サイは昔から、頼りになるやつだった。
魔法や剣は全然だったけど、私の知らないことも何でも知ってたし、家事とか、仕事の手伝いとか、私のできないこともすんなりできる。
小さい頃はよく一緒に過ごした記憶がある。
森や植物について教わったり。剣や魔法の使い方を教えたり。
村の周りの森に魔物を狩に行ったこともあった。最初は引き留めようとしてたけど、そのうちノリノリで色んなことを教えてくれた。
サイが魔物を倒そうとしたけど食べられそうになっちゃって、結局私が全部倒したんだっけ。
サイが魔物を探して、私がそれを倒す。それで十分だった。
いつか冒険者になった時、私とサイでパーティーを組めばそれで最強になれる。
他のやつなんかいらないじゃん。どうせ私より強い奴もいないし、サイより色々知ってる奴もいないんだから。
私にとってサイは特別で。サイにとっても私は特別なはずで。
でも。
いつからだっただろう。
『ジェシカ、悪いけど今日は他の用で忙しいんだ』
‥‥そっか。手伝い、頑張ってるもんね。
『お前、もう自分一人でできるだろ? 俺に無理に付き合わなくてもいいんだぞ?』
‥‥え? 待って、ちょっと待ってよ。
『そんなにいいもんじゃないだろ? 冒険者なんてさ。お前の力があれば、騎士とかの方が──』
‥‥なんで?
───いつからか、サイは私とは関わらなくなっていった。
…分かってる。分かってたんだ。サイは戦うこと以外はなんでもできたから、皆に必要とされていることは。
そして彼も、それに応えようと頑張っていることは。
でも、なんで私だけ。
私が冒険者になる手伝いはしてくれないの?
…‥。
‥‥いいよ、もういいよ。
冒険者くらい、私一人でなってやるわよ。
…そうだ、そうじゃん。
パーティーなんていらないのよ。
私一人で全部やればそれで済む話なんだから。私は天才なんだから、一人でもきっとできるはず。
そうだ。私は天才なんだ。
私が当たり前のことをするだけで、皆は私を褒める。
私が大して努力もしなくても、皆が出来ないことを私は楽々できる。
なんだ。楽勝じゃん。
このまま一人で強くなって。一人で、最強の冒険者になればきっと。
きっと──。
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「‥‥ぅ」
身体に痛みが走り、目が覚める。
呻きながら指先に力を入れる。どうやら感覚は戻っているようだ。回復魔法が効いてきたのか、大分体を自由に動かせるようになっていた。
「‥‥ッ」
気づけば地面に横たわっていた。幸いなことに、血はあまり出てないらしい。
「ここは‥‥」
「あ、起きたっぽい?」
横から気の抜けた声が聞こえてくる。慌てて振り向くと、さっきの悪魔が木の上に座っていた。
すでに日は落ち、月が顔を出していた。それなりの時間が経っているようだ。
全身に悪寒が走り自分の身体を見る。悪魔にはなっていないように見えた。
だとしたらなぜ? 私が起きるのを待ってたの?
「どうせシリップとタイミング合わせなきゃだから、急いでも意味ないしねー。こんな時くらいゆっくりしなきゃー」
すると彼女は、私の心を読んだかのように一人で話始めた。
「それよりそれより、せっかく起きるまで待ってたんだからぁ、ちょっとくらい楽しませてよ~?」
彼女は木から飛び降り、私の目の前にふわりと着地する。月明りが逆行となり顔がよく見えないけど、何となく嫌な笑顔を浮かべている気がした。
「な…何を…‥」
「何ってそりゃー、おねーちゃんを悪魔にするんだよ~!」
そう言うと共に、悪魔は幼い顔に似合わぬ鋭い牙の生えた口を大きく開き、私の首筋を目掛けて噛みつこうとしてくる。
「‥‥っ!」
全身の痛みを堪え、その場を飛びのく。そして、なぜかご丁寧に鞘の中に戻されていた剣を引き抜き、その切っ先を悪魔へと向ける。
「いいね~! まだあきらめてないって感じだね~! それでそれで? 次はどうするのかな?」
私が抵抗するのを楽しんでいるかのように、いや、実際楽しんでいるのだろう。悪魔はゆらゆらと歩いてくる。
私よりもずっと小さな体、しかしその体から放たれる重厚な圧力に潰されそうになる。直視していると呼吸を忘れそうなほどだ。
私は息を大きく吸い込み、加護を──
「またそれ~? 無駄だって」
加護を発動するための一瞬の隙、その刹那の間に悪魔は私の目前に移動し、華奢な拳を振り上げる。
身体を捻ってその攻撃を回避、悪魔の首筋に向かって剣を振った。
しかし、やはり加護の効果圏内でも自由に動けるらしい悪魔は、私の渾身の一閃を易々と避け。
「そーれっ!」
悪魔はその場で高速で回転する。翼が唸り、凄まじい威力となって襲い掛かった。
剣の腹でそれを受け止め、受け流してから反撃を───
──パキン、と。軽い音をたて。
「──あ、ぎ…!?」
剣をへし折り、悪魔の翼が思いきり腹を打ち据える。
「っ…ぐ‥‥」
視界が何度も入れ替わる。自分が…どうなってるのかもわからな──
「う‥うっ…ゲ、エェえぇぇっ‥‥えほっ‥‥ご…ほ‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥」
っ‥‥血? 血反吐‥‥? ああ、まずい、このままじゃ──
「きったな~! ねーねー、だいじょーぶカナ?」
「…‥ひ…」
気が付くと、悪魔が目の前で私を見下ろしていた。
格の違う存在に、本能が死を受け入れようとする。涙で視界が歪み、体の奥底から震えがこみ上げてくる。
嫌だ、死にたくない‥‥。…死にたくないのに、体が動かない──
「ん~! いい顔だねぇ! おねーちゃんはね、これから私に悪魔にされちゃうんだよ? それで私の言いなりになって、街に行って人間をたくさん殺すの! ね、ね、楽しそうでしょ?」
ケラケラと嗤いながら悪魔が近づいてくる。逃げようにも、体は言うことを聞かない。
「だいじょーぶだよ。痛いのは最初だけだからさ~。すぐに楽しくなってくるって」
そう言って、悪魔は私に顔を近づける。もう、打つ手はない。
──ああ、このまま私は悪魔にされるのだろう。それで、その後は‥‥人間に殺されるのかな。
せっかく冒険者になったのに。こんなにすぐ終わるなんて。
…ああ。そっか。
──冒険者になりたいと思ったのは、この加護を授かってからだった。この加護のことがわかった時は、皆驚いていた。
そして、その力で何か良いことをしなさいと。人々を守りなさいと、皆が私にそう言った。
──これはきっと、罰なんだ。神様が、私に罰を与えたんだ。
だって私は、皆をバカにしてばかりで、見下してばかりで。いつの間にか、サイのことまで。
一人で何でもできる気になって、自惚れてたんだ。
昔はこんなじゃなかったのに。ただサイに、皆に、認めてほしかっただけだったのに。
いつの間にかそんなことも忘れて自分勝手に力を使ってたから、神様が力を取り上げたんだ。
…じゃあ。これが。こうなることが、私の運命なのかな。
でも、せめて。神様、お願いします、神様。
「私が、悪魔になっても──」
「ん~?」
──誰かを殺す前に、殺されますように──
「──させないよ」
‥‥声が、聞こえた。それは、私が一番聞きたかった声で。
「──っ!?」
悪魔が顔色を変えて飛びずさる。その顔には、さっきまで彼女を満たしていた余裕も、笑顔も見当たらない。
最早私のことなど眼中にない。彼女が睨みつけているのは、私を庇うように立つ、彼の顔だ。
「‥‥悪かったよ、ジェシカ。遅くなった。何もかもが」
震えはいつの間にか止まっていた。体が安堵に包まれる。助けに来てくれた彼は、私よりもずっと弱いはずなのに。
とっくに、見捨てられてると思ってたのに。私を見てくれてたの?
──ねえ。
「──サイ」




