57話 在りし日の
「異常なし‥‥と。…はぁ‥‥」
溜息をつきながら岩の上に腰かける。ゴツゴツしていて座り心地が悪い。
「なんで私が見回りなんか‥‥」
とはいえ、四天王の討伐に回されるわけにもいかない。今は我慢するしかないだろう。
どうやら冒険者達にとって、ジェシカ・ラウゼルの名前は、私自身が思っていたよりずっと大きなものになっているようだ。
今だって、普通なら二人以上のペアで行うのが原則なはずの見回りの仕事を、「私だから」という理由で一人で任されている。
まあ、私がそう頼んだのだけど。話しかけられても面倒なだけだし。そもそも今の私は──
「────」
「‥‥?」
今、王都の方で何か聞こえたような‥‥? あの音、何だっけ?
ああ、そうだ。サイに言われて研究者の所に行った時に聞いた音だ。確か緊急警報とか言ってたっけ?
これのせいであの研究者の話を聞きそびれた。せっかくわざわざ足を運んだというのに…。しかも何かサイまでいたし。
「はぁ…」
そんなこと言ってもしょうがないか。とにかく警報が聞こえたのなら戻らないと。あの研究者の所にはまた後で行こう。
と、その時。
「──れか──け──!」
人の叫び声が聞こえてきた。恐らくは近くにいた見回りの冒険者達だろう。魔物にでも襲われたのかもしれない。
この辺りの魔物なら今の私でも何とかなるだろう。…少し、様子を見に行ってみよう。
そう考え、森の中を、声の聞こえたほうに歩いていく。すると、複数の人間の叫び声が聞こえてきた。
一体何をしているのか、木の陰から様子を覗き見る。
「なんでこんなところに‥‥! お前たちは逃げろ‥‥!」
「でも‥‥! うわぁぁっ」
「‥がさ‥‥-だ‥‥!」
3人の冒険者らしき人たちが武器を構えて何かを囲んでいる。あれは──子供? でも何か様子が──
「──!? あれって…!」
冒険者達が囲んでいたのは一人の少女だった。しかしそれは人間ではない。
「皆してそんな睨んじゃってー、こっわーい!」
言葉とは裏腹に、怖がっている様子は微塵も見られない。それも当然のことだ。体格で劣り、人数差で劣っていたとしても、種族として圧倒的に勝っている。
小さな体に不釣り合いな大きな翼。青い肌、茨のような尻尾。そう、アレは──
「悪魔‥‥? 初めて見た…」
確か北の街に四天王?とかいうのが現れて、それで今S級パーティーが討伐に行ってるんだっけ。そしてその間王都に他の四天王が来るかもしれないから見回りをさせられてて‥‥。
ということは、アレはまさか──!?
「ねーねーそこにいるやつー。隠れてないで出てきなよー」
「っ!?」
悪魔が冒険者達の隙間からひょっこりと顔を出し、私に話しかけてくる。突然のことに心臓が跳ね上がった。
怖くて逃げたいと思うが、アレに背を向けるのはもっと怖い。
そう思い、私は悪魔の方にゆっくりと踏み出す。すると、冒険者達が私を見て驚きの声を上げた。
「あ、アンタは‥‥! 『勇者』の‥‥!」
「た、助けに来てくれたんですか!?」
彼らの言葉を聞いて、悪魔は首を傾げる。
「勇者~? その割には弱そうじゃーん?」
悪魔はそう言って軽く翼を振り回す。すると、翼にぶつかった冒険者二人がまるで人形のようにバラバラになり、残り一人も風圧で吹き飛んだ。
「まあいっか~! 勇者様を悪魔にしたら、人間も絶望するよね? それとも、人間のまま奴隷にしたほうがいいかな? ねーねー、どう思う?」
悪魔は無邪気な笑みを浮かべながら軽快な足取りで近づいてくる。私は彼女を警戒しつつ、生き残った冒険者の様子を確認する。
「リ…リーダー‥‥? アド…?」
冒険者はバラバラになった二人を前に、呆然と立ち尽くしていた。私はそれを見て声を張り上げる。
「アンタ!」
「は、はいっ!?」
私に怒鳴られた彼女はびくりと身体を震わせ、夢から醒めたかのように私に意識を向ける。
「もう手遅れよ! 早く逃げなさい!」
「で、でも‥‥!」
「うるさい! ソイツらの後を追いたいなら好きにすりゃいいわよ! そうじゃないならさっさとしなさい!」
「は、はい!」
冒険者は急いで立ち上がり走り出す。しかしそれを見て、悪魔は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「逃がさないよ~だ!」
悪魔はその場で大きく羽ばたき、凄まじい速度で飛び出す。私のことは後回しにしようとしているようで、わざわざ回り込むようにして逃げる冒険者に向かっていく。
「──無視してんじゃないわよ──!」
加護を発動し、剣を抜く。止まる世界の中を走り抜け、悪魔の翼を切り落としてやろうと剣を振り上げ──
「‥‥なにこれ?」
止まっているはずの悪魔は、首を回してギョロリと私を睨みつけた。
「なん──あ゛」
激痛、衝撃。
「あ…‥ぇあ‥‥?」
何──何が起こって──
「ふーん。力は弱いくせに、何か変な加護持ってんね? それが勇者の力ってワケ?」
悪魔が私の髪を掴み、体を持ち上げる。だが、頭に僅かな痛みを感じる以外は何も感じない。首から下の感覚が無くなっていた。
朦朧とする意識の中、かろうじて働く本能に従って回復魔法を発動させる。
「あれ?さっきの冒険者、もうどっか行っちゃった。まあいいや。今はおねーちゃんに夢中だからねー」
その言葉を最後に。
私は、意識を──
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‥‥。
‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥。
「ジェシカ?」
…あれ? ここは、どこだっけ?
「どうしたの? ジェシカ」
懐かしい顔だ。誰だっけ‥‥?
「ジェシー?」
「ああもう! うるさい! 聞こえてるわよ!」
懐かしい声だ。子供の頃の、私の声。
…‥。
‥‥ああ、そうだ。思い出した。
走馬灯という奴だろうか。それとも、もしかしてこれがあの世なのだろうか。まあ、とにかく、私の目に映りこんできたのは。
「さっさといくわよ、サイ」
「ええ!? 待ってよ! ジェシカ!」
子供の頃の、私とサイだった。




