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56話 やり返し


 暗い夜の森の中。月明りに照らされる悪魔と、炎のような光を放つヒートが退治する。


「よお、ヒート‥‥。わざわざ会いに来てくれるとは嬉しいなぁ」


 黙って睨みつけるヒートに、ソードレットが軽々とした雰囲気で話しかける。するとヒートも笑顔を浮かべ、返答した。


「喜んでもらえたのなら何よりです。最期に私に会えたのですから、もう思い残すことはありませんよね?」


 殺意を込めた笑顔で笑いかけるヒートを、ソードレットは「ハッ」と笑い飛ばす。


「…そういえばお前、せっかく悪魔になったのになんでわざわざ戻ったんだ?」


「誰かさんと違って、私は悪魔にならないと不安で漏らしちゃうほど弱くはありませんから」


 自分から悪魔になったソードレットに嘲笑を浮かべて皮肉るヒート。しかし、普段なら激怒しているであろうソードレットは、今日は大して気にする様子もなく、余裕の表情を浮かべている。

 不意打ちとはいえ四天王すら単独で殺した今の彼は、自分が最強になったという強い自信により普段よりずっと寛大になっていた。


 ヒートもそれを感じ取り、いつもは短気なソードレットが煽りに乗らないことに少し苛立ちを覚える。

 すると、畳みかけるようにソードレットが口を開いた。


「首輪がなくなった途端随分強気だな。昔みたいにまた媚た目で見てくれよ」


「…‥黙れ」


 首輪で洗脳されていた時の記憶が蘇り、ヒートは額に青筋を立てる。


「はははは! 俺を殺してやるって顔してるのに、命令一つでメスの顔になる様は見てて滑稽でたまらなかったぜぇ!」


「──っ!! 黙れ、黙れ黙れッ!!」


 ヒートの身体から膨大な熱気を帯びた魔力が溢れ出し、周囲の草木を焦がす。


「──う、うぅ‥‥!」


 ヒートは息を荒げ、片手で頭を押さえつける。


(加護がまだ万全じゃない‥‥激しい感情は抑えたほうがよさそうです…)


 深呼吸をし、自分にそう言い聞かせるヒート。そしてソードレットはその彼女の様子を興味深そうに眺めていた。


「どういう仕組みだ? なぜ人間に戻ったのに前より力が上がっている?」


 ソードレットは異様な光景に疑問を抱く。今のがヒートの全力とは思っていないが、しかしそれにしてもソードレットの知る彼女よりも遥かに魔力が強くなっていた。

 そもそも、怒るだけで周囲を焼くような現象、見たこともない。


「これから死ぬというのに、知る必要あります?」


 ヒートはヒートでそのことについて答えるつもりは毛頭ないらしい。


 どうやらもう話を続ける気は無くしたようで、大気中の魔力がヒートの周りに掻き集められる。


「お前のことは気に入ってたんだがなぁ。四天王殺すの、もう少し後にすればよかったか…。なあ、お前また俺の奴隷にならないか?」


 ソードレットの誘いに、ヒートは攻撃によって答える。

 

 ソードレットが咄嗟にその場を飛びのくと、次の瞬間、ヒートから一直線に飛ばされた炎の渦が空間を灼き貫いた。


 それを見て、ソードレットは地面を強く蹴りだし、一足でヒートに接近する。

 魔法使いは魔法を放った直後は何もできず、それ故に一対一の戦いには向かない。つまりこの戦いはそもそも最初からソードレットの勝ちは決まっていたのだ。


 軽く殴ってやろうと、拳を固め腕を引く。そして足を踏み込み──


「アッつ‥‥!?」


 ヒートを包む魔力の光に触れた瞬間、肉が焼けるような音がして、ソードレットの拳が焦げる。


「なんだその魔法は‥‥!?」


 ヒートは口を真一文字に結んだままソードレットに杖を向ける。空中にいくつもの巨大な魔法陣が描かれ、強烈な光を放つ。


「──なんっ──」


 驚いたのも束の間、魔法陣から次々と火球が発射され、ソードレットはそれを剣で掻き消していく。しかし次第に物量を増していく魔法に、体の端々が焦げ始める。


「この‥‥! お前如きが、調子に乗るな…!」


 ソードレットは翼を巨大化し、魔法を一気に叩き落とす。そして無造作に木を掴むと力任せに引っこ抜き、猛スピードで投げつけた。


 ──いくら炎のような魔力を纏っているとはいえ、高速で飛んでくる木を燃やし尽くすことはできない。殺してしまうのは惜しいが仕方ない。


 身体能力は人並みなヒートではそれを避けることはできず、彼女は木に貫かれバラバラに──


「‥‥馬鹿な」


 と、ソードレットのその計算は裏切られ、木はヒートの目の前でピタリと止まる。

 彼女の周囲には、高密度に圧縮された魔力による壁のようなものが出来ていた。


「何故だ‥‥!? 悪魔の身体を捨てたお前に、何故そんな力がある‥‥!?」


「条件に条件が重なって偶々発生した極めて稀有な例らしいですよ。ある意味、あなたのおかげですね。ありがとうございました」


 一瞬で木を炭に変え、ヒートは怒りと驚きに顔を染めるソードレットに笑いかける。


「クソ‥‥! ガキが…」


 激昂するソードレットだが、すぐさま口をつぐむ。彼の真上には、小さな太陽とも呼ぶべき一際巨大な火球が浮かんでいた。

 それから放たれる熱だけで体表が煙を上げる。今までの魔法の速度からして、避けることはほぼ不可能。


「で? どうするんですか?」


「‥‥な…にを…」


 目を見開き、身動きが取れなくなるソードレットに、ヒートは笑いながら話しかける。


「何って、あなたが散々してきたことですよ。気に入らない相手に力の差を見せつけて‥‥で、この後はどうするんでしたっけ?」


 太陽が地面に近づき、ソードレットは慌てて言葉をひねり出す。


「わ…わかった! 俺の負けだ! 今まで悪かったな、俺も心を入れ替えるから、これを機に──」


「ん?」


 ヒートが笑顔のまま首を傾げると、火球はさらにソードレットに近づき、その熱量に服が燃え始めた。


「ぐ、あぁぁぁっ!? クソ、調子に‥‥! …ギャアァァァッ!? わ、分かった、分かった!」


 ソードレットは屈辱と恐怖に身を震わせながら、地面に頭をつける。


「い…今まで、すいませんでした…! この通りですから、どうか許して下さい…!」


 土下座で謝るソードレットに、ヒートは大きく溜息をつき、軽く杖を振る。すると、浮かんでいた火球と、彼女を覆っていた魔力が消える。


「全く、仕方ありませんね。最初からそう言っていれば──」


「──騙されたな、馬鹿が!」


 ヒートの魔力が消えたのを確認した瞬間、ソードレットは全速力でヒートに飛びかかる。そして瞬きの間に彼女の背後に回り込み──


 ──目の前に、杖の先端が突き付けられた。


「え──」


「騙されましたね、バーカ」


 その言葉と共に。

 ソードレットの身体は、灼熱の炎に包まれた──。

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