55話 一つの決着
上空から雨のように降り注ぐ黒炎の槍。その間を縫うように、薄らと光を纏った人間がまるで雷のごとく駆け抜ける。
レイはイガナの攻撃をほとんど見ずに躱しながら、反撃の隙を伺っていた。
「クソ‥‥! ちょこまかと…! なぜ当たらん…!?」
軽々とした動きで攻撃を避け続けるレイに、イガナは少しずつ苛立ちを募らせる。このままのペースで攻撃を続けていけば、いつかは魔力が尽きてしまうという焦燥感もまた、それに拍車をかけていた。
「…アイツ、そろそろ疲れてきたか?」
対してレイは走り、飛び退き、転がりながら、相手の状況を分析する。
少し前までと比べて、魔法の威力が上がり、代わりに狙いがかなり大雑把になってきている。決着を焦っている証拠だ。
──このままもう少し疲弊させたいところだが、そうなると自分も疲れ果ててしまう。攻めるなら今かな、と、そう思ったレイは、攻撃を避けながら、落ちていた剣を拾った。
「さて…」
レイは空へと目を走らせ、悪魔のいる位置を確認する。かなり上空、ジャンプして届く距離ではなさそうだ。ならば──
「ぐっ!? なんだ…!?」
地面から巨大な光の壁が突き出し、天に向かって伸びる。レイは攻撃を掻い潜りながら、それを垂直に駆け上がっていく。
そして加護が届く限界高度、地面からイガナの場所までの半分程の高さまで来ると、レイは体の向きを変え、イガナに向かって大きく跳躍した。
「──っ!? 気が狂ったか! 叩き落としてくれる…!」
身動きの取れない空中に自ら飛び出したレイに、イガナは攻撃を集中させる。
音速を超えて次々と射出される炎の槍、移動手段を捨てたレイを蜂の巣にするかと思われたそれらの攻撃を、しかしレイは左手に構えた魔剣で全て切り捨てた。
「──なっ!? 馬鹿な‥‥!!」
速度を落とさず、レイは魔法を剣で斬り裂き、体を回転させて躱し、イガナへと直進する。
「クソっ‥‥クソッ‥‥!」
物凄い速度で飛んでくるレイに、イガナは遠距離での攻撃を諦め、魔法で創り出した槍で迎え撃たんと構えた。
「死ねぇぇぇっ!!」
初撃、巨大化した翼がレイに襲い掛かる。レイは右手に構えた剣で危なげなくそれを切り落とす。すると2撃目、今度は魔法の槍による攻撃。
しかしレイは的確に魔剣を振り、それを消し飛ばす。
そして露わになった首に剣を──
「──」
斬ろうとしたその時、直感任せに、レイは頭をわずかに傾ける。その直後、レイの頭があった空間を、イガナの尻尾が貫いた。
「クッソォォォォォォォ──ッ!!」
「終わりだ!」
隠し玉の攻撃も躱され絶叫に震えるイガナの首を、レイの剣が音もなく斬り。
ピタリと絶叫が止み、悪魔の首と胴体が離れた。
血をぶちまけながら落ちていく悪魔を横目に見ながら、レイは闘技場の観客席に着地する。
そして、そこから闘技場の様子を眺めた。
ぐちゃっ…と、生々しい音が響き、イガナは地面に落ちた衝撃で卵のように潰れる。流石に動き出さないようだ。
「…‥よっしゃー! 俺の勝ちだ!」
レイは両手を突き上げ、高らかに勝利を叫ぶ。が、すぐに気持ちを切り替え、
「っと、そんなことしてる場合じゃないな! 他の皆は…」
急いで悪魔の鎮圧にあたっていた冒険者の様子を確認する。
見ると、悪魔は大体捕らえられているようだ。冒険者達も、軽く血が出ている者はいるが、重傷な人はいないようだ。
「おーい! 大丈夫か!」
客席から飛び降り、冒険者達に駆け寄るレイ。
「‥‥四天王の一人は片付けたようだな。こっちも粗方片付いたところだ」
走ってきたレイにシャドが答える。彼の言葉の通り、悪魔にされた人々は闘技場の中央に寝かされていた。どうやら今は魔法で眠っているらしい。
悪魔になっていない人たちは無事闘技場の外へ逃げられたようだ。
「そうか! じゃあ無事にクエストクリアだな!」
「‥‥しかし、問題はこいつらをどうするかだ」
シャドは眠っている悪魔たちに顔を向ける。ぱっと見ても百人以上はいる彼らを、どうにかして人間に戻さなければならないのだ。
これだけの人数を転移魔法で王都に連れていくわけにもいかず、かといって置き去りにするわけにもいかない。
治す前に教会にバレてしまえば、殺されてしまうかもしれない。
「さて、どうしたものか──」
「ああ、そのことなんだがね」
「──っ!? 誰だ!」
彼らが悩んでいると、背後から声がかけられる。そこにいたのは──
「あれ? エイサさん? なんでここに」
「やあ、ルゥフちゃん。知り合いの占い師に聞いてね、そろそろ一段落するだろうと言われたから来たんだよ」
何食わぬ顔でいつの間にか立っていたのはエイサだった。彼女は何やら大きな鞄を持っている。
「来たって‥‥どうやって?」
「それは秘密さ。そんなことより、これ、持ってきたよ。酷い惨状だと聞いたからね」
そう言って彼女は鞄から小さな薬瓶を取り出す。中には透明な液体が入っていた。
「…それは?」
「悪魔を人間に戻す薬だよ。まあ見てなよ」
エイサは近くに倒れていた悪魔にその薬を飲ませる。
「ぐ‥‥うぅぅ…」
すると、薬を飲まされた彼はにわかに苦しみ始める。そしてしばらくその様子を見ていると、翼がボロボロと崩れ出し、人間の時の姿に戻った。
「こんなものが…!」
「たくさん持ってきたから、多分足りると思うよ。それよりも、君たちはすぐに王都に戻った方がいい」
「ん? 何でだ?」
「──王都は今、二人の四天王に襲われているんだよ」
「──なっ!!?」
エイサの口から放たれた言葉に、一同に衝撃が走る。
「よし…! 何人かこの場に残って、彼女を手伝ってくれ! 残りは急いで王都に向かおう!」
休む暇もないが、悠長にそんなことを言っている場合ではなさそうだ。
こうしてレイ達は、転移してきた場所に向かうのだった。




