45話 闘技場
北の街ノース。王都ほどではないが王国の北方を代表する大規模な都市である。一年を通して寒冷ゆえに人口は少ないが、闘技場や美しい彫刻が施された都市庁舎などは世界的に有名だ。
そんなノースも、今や建物は煙を上げ、人っ子一人姿が見えない悲惨な状況となっていた。
「こっち‥‥です」
ルゥフを先頭に、レイ達、悪魔討伐隊は周囲を警戒しながら慎重に街中を進んでいた。相変わらず街の中は不気味なほどに静まり返っている。
悪魔に襲われ大騒ぎになっているかと思ったが、ここまで静かだとはよっぽど上手く避難したか、それとも──
「…‥」
「…ん、どうした? ‥‥おい?」
不意にルゥフが立ち止まり、顔をしかめる。が、次の瞬間敵への警戒もそっちのけで走り出した。他の者たちは周りに気を配りながらも彼女についていく。
向かっているのはおそらく街の中心の方向だ。中心に近づくにつれ、ただでさえそこかしこから漂う焦げ臭い匂いが強くなっていく。
悪魔からの攻撃を警戒していたことや魔法使いのペースに合わせていたこともあり、多少時間がかかったが一行はようやく中心の広場付近へとたどり着いた。そこには──
「…‥これは‥‥ひどいな…」
今まで見当たらなかった分をまとめて用意したかのように、人が大量に倒れていた。ほとんどは死んでいるのか、全く動かない。
魔法使いたち数人が倒れている人々に近づき魔法をかけたり脈を確認したりするが、しばらくして首を振る。どうやら死んでいるのは間違いないらしい。
しかし不思議なことに、広場に放置されている死体たちには外傷らしい外傷が見当たらなかった。呪いの類か、それとも毒殺か。
悪魔の攻撃方法のヒントになるかもしれないが、しかし時間もない。なぜなら、
「これで町人全員と言うには少ない、どこか他の場所にも人がいるはずだ。そいつらは生きているものと信じたいが──」
レイが辺りを見渡しながら冷静に状況を分析する。するとルゥフは何かに気づいたように顔を上げ、ある一点を見つめた。
他の者も彼女につられて視線を動かす。街の中央の広場から真っ直ぐに進んだ先、大通りの行きあたりの場所。彼らの目に映りこんできたのは、そこにある巨大な建造物だ。
「──闘技場か」
北の街の代表的な建物でもある大闘技場。有名かつ大規模な建物は緊急時の避難場所となることも多い。であれば、そこに町人が避難している可能性もあるだろう。
彼らは互いに頷き合い、闘技場へと歩を進める。
石材でできた彫刻の刻まれた壁に、鋼鉄の大きな扉。扉は内側から鍵がかかっているらしく、固く閉ざされている。
壁には一定の間隔で穴が開けられていて一見そこから侵入できそうに見えるが、実はその部分は、というか壁全体には強力な保護結界がかけられており外側から侵入することはできない。ぽっかりと空いた闘技場の上もまた同じで、結界により出入りは封じられていた。
闘技場内には獰猛な魔物を放つこともあり、逃げて街を壊されないようにするため、また闘技場自体を破壊されないようにするための対策だが、緊急時にはこうして無敵の要塞ともなりうるのだ。
「おーーい! 王都から救助に来た冒険者だ! だれかいないかー!?」
レイが扉を叩きながら叫ぶ。が、反応はない。
「仕方ないな‥‥勝手に入るぞ!」
そう言うとレイは他の冒険者達に下がるように指示し、扉に手を突き刺し力任せに引っ張った。するとかなりの重量があるはずの鋼鉄の扉は、まるで紙のようにぐにゃりと潰れ、物理法則をバカにしているかのような動きで吹き飛んだ。
「さて…誰か‥‥」
と、レイ達が闘技場の中に入ろうとした時。
風を切る音と共に、光を纏った十数の矢が冒険者達に迫る。
「おっと」
しかしその矢が届く前に、レイの前に淡く光を放つ壁が出現する。それは魔法で強化された矢をいとも簡単にはじき、矢による攻撃が終わった途端、初めからなかったかのように消え去った。
すると、通路の向こうから数人の声が聞こえてくる。
「あ‥‥悪魔め‥‥この中には入らせねえぞ‥‥!」
数人の体格のいい男たちが立ちふさがって弓を構えていた。服装から考えて、この街に残ることを選んだ冒険者だろうか。
「待て、俺たちは悪魔じゃないぞ!」
レイが叫ぶと、通路に声が反響する。そしてその声を聞いた男たちはハッとしてレイの顔を見た。
「も…もしかしてレイさん‥‥!? あ、あのS級パーティーの…!」
「ああ、そうだ! 助けに来たぞ!」
「よかった…! これで皆助かる‥‥!」
通路を塞いでいたこの街の冒険者たちは安堵して息を吐き、中には目に涙を浮かべる者もいた。そうとう危険な状況だったらしい。
「…とりあえず、案内します。ついてきてください」
先頭にいた男が振り返り、ついてくるように指示を出す。そうして一行は闘技場の中に入っていった。




