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38話 発光美人


「失礼しまーす‥‥」


 俺は呟きながら軋む扉を閉める。

 扉が同じだから、部屋の内装も俺たちがさっきいた部屋と同じかと思えば、そんなことはなかった。

 上にも横にも、途方もなく広いドーム型の空間だ。王族貴族の部屋にでもありそうな華美な机や寝具などは、部屋を彩る機会も与えられず、部屋の隅に纏めて追いやられている。


 そうしてぽっかりと空いた部屋の中央の空間、そこに彼女はいた。


 薄暗い部屋だ。天井についた豪華なシャンデリアや机に置かれた洒落たランプは使用された形跡もなく、唯一の光源は彼女。


 そう、膝を抱えて絨毯の上に座る彼女の身体から、わずかに光が放たれている。


 最初は加護の光と見間違えたかと思ったが、そうではないらしい。間違いなく彼女は物理的に発光していた。壁に映し出される家具類の影がそれを証明している。


 しかし物理的な光と混ざって分かりにくいが、加護の光もまた凄いもんだ。流石にレイには及ばないがそれでも──と、その時、彼女の加護がふいに小さくなる。


 ──? 違和感を抱いた俺が黙って彼女を見つめていると、再び光が大きくなったり小さくなったり‥‥まるで炎のように揺れ動いていた。こんなことは初めてだ。


 ‥‥っと。部屋に入って黙って見つめてるとか、このままじゃ完全に不審者だ。

 俺は当初の予定通り、彼女に声をかけることにする。


「あー‥‥」


「誰ですか‥‥?」


 俺が声を発した瞬間、彼女は弾かれたように顔を上げ、虚ろな紅い瞳で俺を見据える。


「俺はサイっていうんだ。こんにちは」


 俺が挨拶をすると、彼女は訝しげに俺を見つめた。


「あなたどこかで‥‥ああ、あの日私たちを呼びに来た冒険者の…」


 彼女が言っているのはおそらく、火竜討伐の日に俺が紅蓮の刃を呼びに行った時のことだろう。


「事情は聞いたよ。悪かったな、あの日俺が呼びに行かなければこんなことには──」


「いえ。冒険者なんてやってますから、覚悟はしてますよ」


 俺の言葉を遮り、噛みつくように言う少女。彼女はカリカリと爪を噛みながら俺を睨みつける。


「…私はヒートといいます。何の用ですか?」


 どこか攻撃的な雰囲気を纏いながら、ヒートは俺に問いかける。


「ああ、加護が暴走して困ってるって聞いてな。俺は加護を操る力を持ってるんだ。何か力になれるかもしらないと思って」


「加護を…。そうですか。結構です」


「──ん、マジ?」


 あまりにもあっさり断るもんだから一瞬反応が遅れたぞ。

 しかしどうしたものか。無理強いはしたくないが一応もう少し説得してみるか。


「じゃあどうするんだ? ずっとここに閉じこもってるのか?」


「‥‥エイサさんに迷惑なのですぐに出ていきます。‥‥行く当てはありませんが」


 言い方からして出ていくとは冒険者ギルドへ、ではなさそうだ。


「行く当てがないって…冒険者ギルドには帰らないのか? ソードレットんとこに戻りたくないのかよ」


「…‥ソードレット‥‥?」


 ‥‥あ、ヤバい。なんか知らんが地雷踏んだらしい。ヒートの加護が急激に強くなり、彼女の身体が薄らと炎に覆われる。


「戻りたいわけない、あんな奴、あんな、うぅぅぅ、いやだいやだいやだ…‥」


 頭を抱えうずくまるヒート、彼女の周囲に歪な魔法陣が浮かび上がる。素人目でもわかる、あれは本気で危ないやつだ。

 しかたない、あまりやりたくなかったが──!


 俺はヒートに向かって手をかざし、引っ張るような動作をする。

 すると、彼女の身体から眩い光の塊が飛び出した。


 魔法陣が音もなく崩れ落ち、集まっていた魔力が散開する。

 

 …ふう、どうやら防げたようだ。

 俺は抜き出した光の球体を見る。彼女の身体の中にあった時は不安定に揺れ動いていたソレは、今は安定し、ただふよふよと浮いていた。


「っ…! …ごめんなさい。気持ちが昂るとつい‥‥」


 さっきまでの様子が嘘のように、ヒートは落ち着いて俺を真っ直ぐ見る。むしろ今までで一番落ち着いているようにも感じられる。


「‥‥これ、見えますか?」


 と、彼女は唐突に自分の首を指さし、聞いてくる。薄暗くてよく見えないが、目を凝らして見ると何か痕のようなものが見えた。


「‥‥奴隷の首輪の痕です。悪魔になった時に壊れました。皮肉ですけど、彼女に助けられましたね。知ってますか? 首輪の力」


「確か、強制的に忠誠を誓わせる、とかだっけ?」


「…そんなものじゃないですよ。あれは洗脳です。わかりますか? あんな、人間の塵みたいな男に、仕えるのが、何よりの喜びだって、そう思うようになるんです。アイツがいない時は憎くて仕方ないのに、一目アイツの姿を見るとそんな気持が消えて‥‥! あんな、自己中で、高慢で、思いやりの欠片もないのに、そのくせ実力だけはあるから始末に負えない! ‥‥あの時、悪魔にやられて死んじゃえばよかったのに…‥!」


 ヒートは頭を掻きむしりながら叫ぶ。彼女の周りに僅かに電気が走る。無意識に魔法を使おうとした形跡だろう。

 

 ‥‥そうか。俺はてっきり、精神が不安定になったのは悪魔になったからだと思っていたが、もしかすると主な原因はこっちか。

 首輪の力で無理やり精神を歪められたんだ。


「そっか。悪かったな、ソードレットのこと嫌いだったのか。気持ちはわかるよ、俺も正直アイツ嫌いだね。人間としてちょっと問題あるよな、あれは。…‥だから、さ」


 俺はヒートに心から同意し、加護の力を彼女の身体に戻す。

 彼女は力が戻ったのを感じたのか、自分の身体に目を落とした。


「すみません、この力はあなたが──」


「アイツに、吠え面かかせてやろうぜ」


「──え?」


 困惑する彼女の目を見て、俺は語り掛ける。


「君の今の力はソードレットなんかよりずっと強い。だからさ、その力を使いこなして、アイツの目の前で見せつけてやれ。それで、ひっくり返って驚くアイツに言ってやるんだ。どうしたんですかご主人様、奴隷の少女に負けたのが悔しくて立てなくなっちゃたんですかってな。きっとあいつ、頭の血管破裂しておかしくなっちまうぞ」


 俺がそんなことをまくし立てると。


「ふっ‥‥! あはは…!」


 ヒートは思わず吹き出し、面白そうに笑いだす。

 なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。別におかしいところなんてない、普通の女の子の笑顔だ。


 ひとしきり笑った後、彼女は静かに語りだす。


「私、怖かったんです。悪魔になって、死んだと思ったら、人間に戻って。首輪は壊れてるし、よくわからない力が湧きあがってくるし。もしこれが悪魔の力だったら、皆を傷つけちゃうんじゃないかって」


「大丈夫さ。何せ俺はあの悪魔を手玉に取った男だからな。力が暴走したくらい、ちょちょいのちょいだ」


 俺は彼女を安心させるように、あえて大袈裟に言う。すると彼女は、


「ふふ、お願いしますね」


 と、今日一番の笑顔を浮かべたのだった。


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