30話 刺激的なキスを
「…カハッ…」
貫かれたラグニアの胸から血が溢れ出る。ルゥフが爪を引き抜くと、ラグニアはふらふらと数歩後ずさり、糸が切れたように仰向けに倒れ込んだ。
「そん…な…」
ラグニアは胸の傷を触り、真っ赤な血に染まった手を見て呆然と呟く。まさか勇者でもない相手に、自分が負けるとは思っていなかったのだろう。
倒れた彼女を、ゆっくりと歩き寄ってきたルゥフが見下ろす。その姿は狼ではなく、人間に近い状態へと戻っていた。
「ふ…ふふ…やるじゃない‥‥聖剣の力を受けてたとはいえ…私を倒すなんて…」
ラグニアは諦めたように力なく呟く。その瞳に怒りや憎悪はなく、むしろ相手を讃えるかのような目だった。彼女は血を吐きだしながらもルゥフを真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「…獣人は見下してたけど…あなたのことは気に入ったわ…。戦いを経て、愛に目覚めちゃったみたい…ふふ…」
そして縋るようにルゥフに手を伸ばし、かすれた声で懇願する。
「手を…」
ルゥフはまるで助けを乞うかのように伸ばされた震える手を力強く握る。次の瞬間。
「う、わ?」
──がばっ、とラグニアが勢いよく体を起こし、ルゥフの腕を引っ張り顔を近づける。ヒートに行った悪魔化のキスだ。
ルゥフは躱そうとするもラグニアに抱き着かれ、咄嗟に避けることができなかった。
ラグニアの血に濡れた唇がルゥフに迫る。これに対しルゥフは──
「──」
口を大きく開き、ラグニアの顔の下半分を噛み千切った。
「あ、あぁ…」
舌や顎を根こそぎ持っていかれたラグニアは喉を震わせ、声にならない声を出す。そして、ルゥフが肉片を吐き捨てると同時に再び崩れ落ちた。
「a,aaa、あ‥‥」
喉の奥から、不愉快な音を吐き出しながらのたうち回るラグニア。おびただしい量の血をまき散らしながら這いずり回る。
「…‥しんじゃえ」
ルゥフはそんな彼女に近づき、足を上げ。
ラグニアの頭を一思いに踏みつぶした。
最後にビクン、と大きく震え、それきり悪魔は今度こそ動かなくなったのだった。
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「…イ…サイ‥‥サイ!」
「…う」
どこからか名前を呼ぶ声がして、俺は目を覚ました。いや、夢から醒めた、と言った方が正確かもしれない。眠っていたわけではなかったのだ。周りに皆の気配、そして力を感じていた。だが、現実と言い切るには少し現実感が足りなかったという不思議な感覚だった。
「…俺は…何をして…」
「君が倒れたと思ったら、皆どういうわけか急に魔法の制御が効かなくなったと言い出してね。幸い回復や支援魔法だったから暴走しても大事には至らなかったが…」
俺が倒れて…? 魔法が暴走…?
いまいち覚えがない。そもそも俺は、何をしていたっけ…?
…ああそうだ、たしかラグニアと戦っていて‥‥
──いや、それはおかしいだろ。俺がラグニアと戦えるはずがない。
そうだ、思い出してきた。ルゥフの加護を強化しようとしたんだった。そして──
拳が風を裂く感覚、足が土を割る感触。ラグニアとの戦闘、あれはおそらく加護を通してルゥフの感覚を追体験していたということなのだろう。
その後のことは? どこからか力を引っ張り、一つに纏め、注ぎ込んだ記憶がある。…あれは一体何だ?
魔法使いたちは突然魔法を制御できなくなり、魔力が暴走した。 なぜ?
…状況から考えれば、答えは自ずと一つにさだまってくる。
もしかしたら、いや、もしかしなくても俺は──
「…加護の力を、移したのか…?」
その瞬間。
俺の心臓が、ドクン、と跳ねた。




