21話 火竜討伐戦
──まるで、世界そのものが凍り付いたかのように。
周囲一帯には霜が降り、動く者は何もない。
風も、森も、音でさえも、全てが氷の中に閉ざされてしまったのか。
──否。白き霧の中に、薄らと、光が‥‥
「今だ! かかれっ!!」
「おおおおおぉぉぉぉぉ!」
「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」
身を斬るような冷気を振り払い、冒険者達が一斉に霧の中央に突撃する。それと同時に、後ろに控えていた魔法使いが風を操り、霧が晴れる。
「─────────────────ゥゥ‥」
竜、巨大な竜だ。全身を烈火の如く紅い鱗に覆われ、背中からは大きな翼が生えている。以上に発達した前足は、見ただけで原始的な恐怖を呼び起こす。
本来ならば灼熱の炎を吐き出すはずの口は、しかし今は力なく閉ざされている。
作戦は見事に的中し、火竜は明らかに動きが鈍っているようだった。今がチャンス、攻め時だ。
「くらえ──魔法剣!」
「ぬおぉおお…!くたばれぇ!!」
冒険者達が渾身の攻撃を放ち、動けない火竜を追い詰めていく。が、鱗の硬さには変わりはなく、決定打を与えることができない。
「硬いぞ…! 柔らかい部分を狙え!」
「グゥッ…!オオォ…!」
まるで氷が解けるかのように少しづつ動き出した火竜は、煩わしそうに腕を振り回す。木がへし折れ、風が吹き荒れる。人間を殺すには十分な威力。
だが、それも相手がただの人間だったら、の話であり、ここにいるのは精鋭達だ。
難なく躱し、繰り返し攻撃を仕掛ける。
「いいぞ!いけいけいけ…!」
「シッ──」
助走をつけてルゥフが火竜に飛びかかり、顔面を思いきり殴りつけた。
まるで巨大な金属の塊がぶつかり合ったような音が響き、衝撃が鼓膜を揺さぶる。
「────ッ」
火竜の巨体が揺らぎ、バランスを崩し地に倒れ伏した。
「な、なんという力…!」
「はははは! 俺たちも負けてられないな!」
倒れる火竜を見て、冒険者たちの士気が上がる。このまま攻め切れば──と、誰もが思ったその時。
「な、なんだ…?」
空気が変わる。凍てついた空間は少しずつ熱を帯びていき、静まり返っていた森がざわつき始める。風が火竜に向かって吹き、当の火竜は、首をもたげ、息を大きく吸い込み──
「炎が来るぞーっ! 注意しろーっ!」
──爆発。
爆風と共に、凄まじい熱量の炎が周囲一帯を灼き尽くす。凍り付き、白に染まっていた世界が、一瞬にして赤一色に塗り替えられた。
「オオォォォォォォォオッ!」
「──!? 速っ──ぐはぁっ!?」
文字通り火が付いた火竜は全身を使い、周囲を無差別に攻撃する。
先程とは比べ物にもならない速度と破壊力を伴った攻撃は、まるで木の葉のように冒険者達を吹き飛ばした。
「これ以上はもたない…! 氷魔法、準備はいいか!? 撃てッ!!」
シッフの指示と共に、再び氷の魔法が一斉に放たれる。
一度目と全く同じ威力と正確さ、唯一違う点があるとすれば──
「ばかなッ火竜が…!」
「炎で防いだ!?」
火竜がその魔法を一度経験済み、というところだ。
火竜はまるで炎を纏うように、自分の周りに火を噴き続ける。それだけで、魔導士たちの渾身の魔法は、あっけなく散らされた。
「くそっ! 火竜もダメージを負っているはずだ! 攻め続けろ!」
「俺が注意を引き付ける‥‥! 火竜よ! こっちだ! 来いッ!」
一層激しく攻撃する火竜を、ガーディが剣と盾で挑発する。火竜は低く唸り、その剛腕を命知らずな人間へと叩きつけた。
「ぐ…ぬぅ…!」
矮小な人間など蟻のように潰すかと思われたその竜の前足を、しかし彼は正面から受け止める。衝撃で足が地面にめり込むが、それでも彼を崩すことはできないでいた。
火竜が驚きに身を固めていると、ルゥフが刹那のうちに前足を駆けあがる。
「っせいっ!!」
そして、火竜の顎を思いきり蹴り上げた。
再び森が衝撃に震える──が、今度は火竜は倒れない。
それどころか、中空で身動きのとれないルゥフをギッと睨みつけ──
「っぶ──!?」
ハンマーのように首を振り回し、ルゥフを打ち落とす。避けることもできずもろに攻撃を喰らったルゥフは、木々をなぎ倒しながら森の奥へと吹き飛んでいった。
──────────────────────────────────
怒声と共に戦闘音が聞こえてくる。
刻一刻と大きくなるそれは、戦がいかに厳しいものであるかを五感を通して叩き込んでくる。しまいには音と一緒に煙や木片まで飛んでくる。
木が邪魔でよくは見えないが、何となく戦況はわかる。
「劣勢だな…」
二回目の氷魔法が効かなかったのが痛い。そのせいで火竜の動きが激しくなってる。
このままだと長期戦になりそうだが、体力的にも魔力てきにもそれは厳しいだろうな。それに、長引きすぎると俺の加護の効果が切れる。
かといって、俺が近づきすぎれば、むしろ足手纏だ。直接戦闘に向いてない自分の加護が今は悔しい。
近くで噴煙が上がり、吹き飛ばされていたルゥフが戦線に復帰するのが見えた。少し血が出ているがまだ大丈夫そうだ。
同じく吹き飛ばされていた他の冒険者達も復活し、魔力が回復した魔法使いたちも再び攻撃を始めたようだ。
だが、火竜も依然として暴れ回っている。ジリ貧だ。
はあ、こうなっちゃ仕方ないか。
「できればこの手は使いたくなかったんだけど…」
俺は、奥の手を使うことにした。




