新人小隊長の悩み
シュウゴの家にある倉庫には、それぞれ様々な環境に適した装備が店の商品のように陳列されている。
先日使った大剣に、火山用のローブやブーツを始め、あらゆる危険地帯へ行けるように多種多様な装備を揃えているのだ。
救命師として認められるには、必ずSランク冒険者になる必要がある。
助ける側が救出先に行ったことが無いとか言ってたら話にならないだろう。
例えば先日のダーム火山へ行くには、過剰なりとも上層へ行くための装備が必要になる。
ここにある装備品であれば、冒険者の最終到達点『零の都』以外の環境になら全て対応できるだろう。
更に刀剣類、弓、槍、斧、鎚、銃など様々な武器が所狭しと並べてある。
これだけあると、手入れが非常に面倒なのが難点だが。
今日は久々に休暇を取れたため、持ち主はその手入れを始めようとしていたところだった。
魔術士ならば一瞬で終わらせてしまうが、生憎シュウゴはそっち方面が不得手。全て手動で行うしかないのだ。
普段着の洗濯なら彼の魔術でもいけるが、デリケートな装備は特殊な処理が必要になる。
さて、始めるか……と、先日使った赤のローブへと手を掛けた。
……。
……まあ、予感はしてたさ。
それに触れようとした瞬間に、聞き慣れた呼び鈴を耳に入れてしまった。
はいはい、行きますよっと。
シュウゴは倉庫の扉を閉じ、鍵を締めた。
ちなみに倉庫の中はお宝だらけだが、特殊な結界が張られており、持ち主が手に持っている鍵でしか開けられない。
ちなみに結界を張ったのは知り合いの天才魔術師だ。
狭い通路を進むと、例の如くオーバーオールの大男が玄関から入って待っていた。
「休暇中に悪いな」
「いいよ。いつものことだ。……ん?」
開けっ放しの玄関扉の外で、騎士団の白い制服を着た女がシュウゴの目に入る。
赤く毛を染めているが、顔立ちは日本人。
瞳の色からしても間違いなく転生者であることは明白だった。
肩まで伸びるサラサラなストレートヘアに、身長は百七十センチあるだろうか。
それよりも特にルックスに目を引く。
化粧品でも持って来たのかと疑うほどに整っており、美女とは彼女を指す言葉だろう。佇んでいるだけでも様になる。
「依頼者……か?」
「ああ。見ての通りワケ有りだ」
自信を放つ外見とは違って、表情は戸惑いを隠せない。
落ち着きなく目線が泳ぐ様は自らが新人であると証明していた。
しかし、騎士団員が直接依頼とはキナ臭い。
公にはできない案件なのだろうと、シュウゴは警戒する。
「んじゃ、後は任せたぜ。クソヤロー」
「え?」
「詳しい話は彼女から聞いてくれ。今回ギルドは介入しない」
「マジかよ……」
マスターは言いたいことだけ言って去って行った。
残された女は「すみません……」と腰を低くして謝る。
シュウゴは溜息をつきたくなったが堪えた。
「緊急か?」
「えっと……緊急と言うわけでも……いえ、でも……緊急かも……」
はっきりしない返答。
どちらにせよ、詳しい事情を聞く必要がありそうだ。
「すまない。とりあえず、話を聞くから上がってくれ」
あの調子だとマスターは何も聞いていないだろう。
長くなりそうだからと、リビングへと案内する。
「お師……お客?」
リビングへの扉を開けると、床に両膝をつきながらテーブルの上で絵を描いていた少女が出迎えた。
彼女の名前は『アカリ』。
まだ八才の少女だ。
「ああ。何か飲み物を淹れてくれ」
「りょ」
せっせとお絵描き道具を片付けると、腰にかかるまでの長い髪を揺らしながらキッチンへ向かって行く。
「お子さんですか?」
「いや、ワケあって面倒見てる。救助先で偶然見つけたんだ。あの年で転生者だから……色々と複雑でね」
八才の子どもが独りで生きていけるわけもなく、転生者専用の孤児院も存在しない。見つけてしまった以上、見捨てるわけにもいかず、ここで居候させていた。
本来なら孤児院に預けるべきだが、言語の違いで他の子と馴染めるかが不安なうえ、本人も強く拒否したため暫く様子を見ることにしていたのだ。
外出が多い仕事柄、シュウゴのいない間はマスターや知り合いの救命師に預けているのだが、大人だけに囲まれていると社交性が育めないのかと不安が残る。
せめて魔術学園に入学できるまでは現状を維持するつもりでいるが、子育て経験の無い男達は不安でいっぱいだ。
「ぬるま湯」
「ありがとよ」
ソファに座らせた騎士団員の女と丸椅子に座る男の間のテーブルに、コトッと水の入ったコップが2つ置かれた。
「しっかりしてますね……」
「ああ、俺も助かってる」
母親のいない環境で育ったせいなのか、口数が少なく表情も乏しい。
物分かりが良くて助かってはいるものの、それが余計に不安を募らせる。
年頃の娘のように元気よくはしゃいでくれた方が、独身男らも安心できるだろうに。
アカリはまたお絵描き道具一式を持ち出し寝転ぶと、そのまま依頼者の顔をチラチラ見ながら絵を描き出した――。
「君も転生者?」
「はい、私はサクハと言います。つい最近、高校二年で転生しました」
どこか大人びた雰囲気のある元女子高生だったが――。
「そうか……よりにもよって軍とは大変だな」
彼女は前に助けたマユやキョウヤより過酷な運命を背負っている。
「依頼内容を聞こうか」
「はい、実は……メーグリス山の洞窟へ行った、その……部下と言っていいのか判らないけど……三名を呼び戻して欲しいのです」
「ん?」
……部下? 呼び戻し?
シュウゴの予想とは大きくかけ離れていた。
「もしかして……個人的な依頼か?」
「はい……そうです」
軍絡みのキナ臭い依頼ではなかった。
彼女のような軍人がシュウゴを訪ねることも珍しいが、依頼内容も相当なレアケースであった。
「上官の口から……よく貴方の名前を聞いていたので……。ダメ元で頼んでみようと……」
一人だけ思い当たる人物がいた。
けれども借りを作りたがる人物ではなく、推薦ではないことから彼女の個人的な依頼だということは間違いない。
同じ転生者とはいえ、見ず知らずのシュウゴを頼るほどにサクハは藁にもすがる思いだった。
「さっき部下と言っていたようだが、君は……もう昇格を?」
「はい……入団と同時に小隊長に任命されまして……」
あまりにも早過ぎる異例の昇進。
何のコネも無い転生者の彼女が特別扱いされる理由は、一つだけだ。
「そうか……君は……殺されたんだね」
「はい……」
転生して得られるスキルの内容は、死に方によって系統が決まっている。
その上で攻撃性能、防御性能の分類は他殺であるか否かによって分けられるのだ。
シュウゴやマユのような事故死の場合は防御系のスキルを与えられ、サクハのように他人に殺された場合は攻撃系のスキルが与えられる。
防御系と違い、攻撃系は相当重宝されており、その希少さも相まって軍は喉から手が出るほど欲しがっているのだ。
当然野放しになんかさせず、半ば強引に彼女を引き込んだのだろう。
「わかった、引き受けよう」
「い、いいんですか!?」
曇っていたサクハの表情が、ほんの少しだけだが明るさを取り戻す。
休暇中であろうと、ここで突き返すほどシュウゴは冷酷な人間ではない。
「ああ、状況を一通り説明してくれ」
サクハは委縮しながら話しだした――。
新人の女が異例の昇進によって上官になったことで、部下になってしまった哀れな男達が異議を唱えていた。
ところが、そんなことで歯向かっても上に届くことはあり得ないので、己の力を魅せつけるべく山を越えた先に住まう魔族を討伐しに行くとのことだ。
それでたった三人、アウェーで魔族と戦うという暴挙を止めて欲しいと言うのが依頼内容だった。
「俺が言うのも何だが……放っておいていいんじゃないか?」
シュウゴとて救う人間は選ぶ。
今回みたく自分勝手な理由で禁止されている枠線を飛び越える愚か者は少なくない。
そんな奴に付き合って、シュウゴや他の救命師が居ない時に本当に必要な救助依頼が発生した場合、対応が遅れて最悪な事態になってしまうことだってあるのだ。
しかも今回は軍の問題で、本来ならば軍側で解決すべきだろう。
「そう……なんですけど……」
サクハは上に報告したくないと言う。
上官が呼び戻しに行けば、更に自分への恨みが積もってしまうとのことだ。
「お金は幾らかかっても……必ず私が支払います。どうか……お願いします」
座ったまま、頭を深く下げた。
「お師……助けてあげて」
「ああ、解ってるよ」
なんとなくでも、シュウゴはサクハの心情を理解できている。
この外見と性格だ。殺された原因は恐らくは妬みか、ストーカーか。
何にせよ、人に対して過剰に怯えているのは死の間際の恐怖を覚えているからだろう。
いくら軍が衣食住を保障してくれるとはいえ、人間関係まで面倒は見てくれない。立場によっては冒険者より過酷だ。
再び彼女の身を危険に晒させてはならないと、シュウゴはこの依頼を引き受けた。
「ありがとうございます……」
「今から飛ばせば充分間に合うだろう。アカリ、行くぞ」
「りょ」
アカリは敬礼してスケッチブックを閉じた。
「その子も連れてくんですか!?」
行き先は入り口からCランク冒険者以上推奨の危険地帯。サクハの反応も当然だ。
「ああ、この子のスキルは雪山で役に立つ。ピクニック気分で行けるからな。吉報を待っていてくれ」
アカリは待っていましたと言わんばかりに笑顔で支度を始める。
慣れた手つきで革袋に着替えを詰め、アカリボックスと唱えながら杖を使って空間魔術で収納した。
アカリの空間魔術はシュウゴが嫉妬するほど優秀だった。
「あの……私が依頼を出したことは、彼らには内密でお願いします。たまたまシュウゴさんがそこにいた……ということにして頂けないでしょうか?」
「何故だ……?」
「彼らにも……その……プライドとか」
「わかったよ。できるだけ偶然を装おう」
「……ありがとうございます!」
人から恨まれたくない。
そう怯えていた彼女の表情が漸く本当の笑顔を取り戻した。
かくしてシュウゴの休暇は無に帰した。
けれども、たまにはこういうのもいいだろうと、シュウゴは支度を進める。
アカリを外へ連れてってあげられる機会は少ない。
普段は連れて行くことはできないが、寒冷地域なら多大なメリットをくれるため、寧ろシュウゴが進んで連れて行きたいと願うくらいだった。
「お師、準備完了」
敬礼するアカリ。
「よし、行くか」
子連れの救命師が出発した——。




