竜の背に乗って
この世界において、一般的な移動手段は馬車だ。
商人や冒険者から旅行者まで、遠くへ行く場合は基本的に馬車を利用する。
今回の救出対象である騎士達も同様だろう。
シュウゴとアカリは『どっかの里』という名が付けられた農場の厩舎へと歩いて向かっているが、乗るのは馬ではない、飛竜だ。
救命師にとって重要なのはスピード。馬車でチンタラ移動していては間に合うものも間に合わなくなってしまう。
転生前の世界のヘリの如く、空から移動出来るのが理想なのだ。
というわけで、二人はギルドの近くに構えている農場へとやって来た。
牛や馬などに加え飛竜のような魔物も飼育しているため、敷地面積は王国屈指の広さを誇る。空港ほどとまではいかないが、上空から見れば「あ、どっかの里だ」と言えるほどには広い。
入り口で首を上げると、違和感の強い農場名を日本語で大きく描かせたであろう看板が立てられている。
更に迎える木のアーチを潜り抜け、所々に車輪の跡が残る砂地を歩く。両脇には雑草が生い茂げっているが、道に入らないように整備されているようだ。
何度も通っている所だから、道が枝分かれしていても迷いなく進む。
辿り着いた先は飛竜舎と呼ばれる飛竜専用の小屋だ。図体はデカいが、飼っている数が少ないので一軒家三軒分の大きさしかない。
飛竜使いと呼ばれる調教師もこの国では数えるほどしか存在しないため、飛竜舎はその飛竜使いと見習い助手の三人だけで管理している。
ちょうど小屋の外で、鎖も繋がず飛竜を散歩させている女性がいた。
広い芝生の上を、自身より倍以上もある竜をノシノシと歩かせている。そんなことが出来るのは、ここでは一人しかいない。
「ウィリムさん、すみません。メーグリス山までお願いしたいのですが」
シュウゴの声掛けに振り向いたのは飛竜使いのウィリム。
長い茶髪を前で縛り、農場勤務者共通のぶかぶかの長袖長ズボンを着ている。常に汚れる仕事のため、ふくらはぎまで覆う長めのブーツを履き、白の手袋も装着、肌を露出しているのは顔だけだ。
たれ目の優しい女性で、調教師と言うより保育士のイメージの方が似合っている。
歳は三十三。飛竜使いの認定試験は国の許可が必要な全職業内でトップレベルに厳しく、命にも係るため相当の年月と苦労が強いられるのだ。
「シュウくん、今日はこぶ付き~?」
「こぶとか言わないで下さいよ……」
この世界の人間は時折、間違った日本語を多用する。
誰が広めたか、もう修正が利かなくなってしまっているようで、マスターが使う『クソヤロー』もその一例だ。
彼は親しみを込めて使っているようだが、ウィリムに至ってはわざと使っている節があった。
「一頭空いてますか?」
「うん。この子、シュウちゃんなら動けるよ~」
シュウちゃん。そう、目の前の飛竜の名前はシュウゴだ。
全身緑の立派な鱗を持ち、人を襲わなそうな優しい顔をしている。魔物である竜をここまで大人しくさせるのは飛竜使いとしての彼女の才能の表れだろう。
「人の名前を付けるのやめて頂けませんかね……」
「どうして~? メスを見つけては腰を振りに行くとことかそっくりでしょ~?」
「俺がいつそんなことしたんですか……」
シュウゴはこの人が苦手だった。
話しているとペースを崩されてしまう。
「……今回は個人的な依頼です。ギルドへは通さず、請求は俺へお願いします」
「じゃあ特別に色を付けておくね~」
「つけんで下さい」
救助費用で最も内訳金額の大きいのが、この飛竜を使った移動費だ。
雑食だが、大量の燃料を消費するこの乗り物は救助ヘリ並みだから救助対象者への請求金額も高額となる。
ギルドが関わっている場合は国側がある程度負担してくれるが、個人だと気軽に利用できないような金持ち相手の金額になっている。
「急いでいるので、直ぐに飛べますか?」
「うん。準備するからちょっと待ってね~」
ウィリムは小屋から手綱を持ってくると、シュウゴの名を冠した竜にそれを装着した。
彼女の命令で地に伏せた竜へ、アカリと共に跨ると、最後に竜の主人が乗り込んだ。
「じゃあ、振り落とされないでね~」
アカリを挟み、シュウゴはウィリムの腰の前で手を握る。
飛竜は翼を大きく上げると、一気に下げると同時に両足で地を蹴った。急な垂直離陸で最初は気分を病んだシュウゴだが、慣れた今では何とも思わない。
竜はそのまま目的地へと一直線に飛ぶ。
命令無しで意思疎通できるのがプロの成せる業だなと、シュウゴは感心する。
滑空し、時には羽をバタつかせる間は乗り心地が良いことだろう。
街を越え、森や湖を抜け、ポツポツと点在する小さな村を通り過ぎた。
そんな景色を興味津々に堪能するアカリ。
対してシュウゴは道中に三人の騎士団や馬車が向かっていないか確認したが、結局は見つけられなかった。
◇
飛竜が運んでくれる場所は魔物のいない平野部までで、基本的には馬車と変わりない。希少かつデリケートな存在なため、空路は安全地域までと制限しているのだ。
シュウゴ達は麓の登山口で降り、ウィリムと飛竜のシュウゴと別れた。
飛竜旅行は常に片道切符。
待たせているのも悪いというのもあるが、本音は旅費の節約だった。
登山道の最初の関門、入り口にポツンと建っている木造の小屋がある。
そこは休憩所ではなく、軍が管理している関所のような場所だ。主に通行する人間の管理や環境変化の監視をしている。
この山脈を越えれば、そこは魔族領。
冒険者ランクがSだろうと山の向こうへ行くことは固く禁じられている。
そのため、山を昇るためにはここでも許可を得る必要があるのだ。
「すまない、登山許可を頂きたいのだが」
小屋で暇を持て余していた門兵に、開けっ放しの窓の外から訊ねた。
中の壁には登山用の防寒具や武器が掛けられ、隅には毛布が積まれている。
奥の机で突っ伏していた男はシュウゴの声に反応し、急に起き上がると、頭を掻きながら慌ててやって来た。
「いいですよ。こちらで書いておきますね」
救助で何度も来ているシュウゴは顔が利く。
目的は一択しかないため事をスムーズに運ばせてくれるのだ。
「今日、ここに騎士団の三人が通らなかったか?」
「通りましたよ。一時間ほど前ですね」
「その時の状況を詳しく聞かせて欲しいんだが」
門兵は「えっ? 彼らを助けるんですか?」と意外そうな顔で驚く。
シュウゴもこんなケースは初めてだった。
彼の話では鍛錬のためと言われ許可を出してしまったとのことで、洞窟を越えて魔族討伐なんて言わなかったようだ。
禁止行為だから当然と言えば当然だ。
更に厄介なことに――。
「鎧で登ったとか正気か!? どうして止めないんだ!?」
雪山の危険性は、門兵である彼もよく知っているはずなのだ。
「そんなこと言われても……自分たちは末端ですので、本隊には頭が上がらんのですよ」
どの世界も縦社会は同じかと、シュウゴは落胆した。
「あと……多分ですけど、お酒を飲んでたっぽいです」
開いた口が塞がらない。
これはシュウゴが想像していたよりも、遥かに深刻な状況になっていた。
「仕方がない、念のため受け入れの準備をしておいてくれ。治癒術士も呼んでくれると助かる」
「了解です」




