救助開始
真新しい噴石が散らばる灰色の山道を、フードを被った一人の男が足早に登っていた。
その男は四角いゴーグルで目を覆い、口は布マスクで隠している。
身体は肌の露出が無い耐熱に特化させた装備で、上層に潜む竜の鱗を織り込まれた赤の外套は、熱気を弾き火山灰をも寄せつけない。
ブーツはマグマを棲家とするワームの外皮を素材にされており、耐火性と伸縮性に優れ、重量を感じさせないほど軽やかだ。
身の丈程ある大剣を背負いながら、男は一切ペースを落とさずザリザリと足音を出しながら堂々と登っていた。
……あれか。
月明かりが映し出す彩度の無い景色の中、男は一定間隔で点滅する赤色の見慣れた光を見つけた。同時に赤黄色の模様を光らせながら蠢く物体も発見。
『ゴーレムは見つけ次第、破壊せよ』
それは冒険者界隈での共通認識。
生態系を破壊するゴーレムは発見した人間の手によって壊すのが鉄則だが、一刻を争う救命師にとっては関係ない。
普段なら見て見ぬフリをしているところだが、今回はそうもいかず。救出対象が居るであろう洞穴前で徘徊されては、避けるわけにはいかない。
男は歩みを止めないまま、背中の大剣を片手で振り抜いた。
索敵範囲で鳴らされた足音に反応した巨人は、男の方へゆっくりと歩く。その一歩一歩で踏まれた小石は塵となり、巨体によって加えられた微細な振動が周囲へ伝わった――。
引き寄せられるように近づく両者。
先に仕掛けたのはリーチの長いゴーレムで、伸ばされた右腕の割れ目からマグマを垂らしながら男を掴もうとしていた。
動きは鈍い――が、溶岩石で固められた身体は並の武器では歯が立たない。通常なら魔法で攻めるのが常套手段だろう。
しかし、男は違っていた。
ゴーレムの手が届く前に懐へ飛び込み一閃。
横に払った大剣は一切の抵抗を受けず、ゴーレムの胴体を内部のコアごと切断。
野菜を切るかの如く容易く斬り裂いてしまう。
コアを破壊されたゴーレムは動力を失い、活動を停止。
積み上げられた身体の溶岩石は単なる無機物へと戻る。
――が、ゴーレムはただでは終わらない。
集められた溶岩石の一つ一つの内部には、圧縮されたマグマが秘められている。ゴーレムの支配から逃れた溶岩石は地に落ちると、その衝撃で爆発四散。
遠距離での魔法が推奨されるのは、こういった対策も含まれているのだ。
ゴーレムが役目を終える時、男は大剣を背に戻し、そのまま前へと進んでいた。
崩れ去る背後の爆弾を一瞥すらしないまま――。
強烈な爆発音が何度も鳴り響いた。
巨人を形作っていた全てのパーツがバラバラになって弾け飛ぶ。
全方位に小石の散弾が襲い掛かったのだ。
それでも男は振り向かず、脚を止めず、洞穴へと入って行く。
怪我は無い、そもそも当たっていないのだ。
防具の性能か? 否。
そこにいれば当たらないと予め知ってたかのように、平然と進んでいたのだ。
結果として、ゴーレムは男の足を一秒すら止めることが出来なかった。道端に伸びた草と同じで、払っただけで終わり。迷惑兵器は、文字通りただの石ころと成り果てた。
洞穴に足を踏み入れた男は赤い光を頼りに、倒れている二人の姿を見つける。
……やはりか。
男はマスクを少しだけずらし、その場の空気を嗅いで確かめると、安全を確信したかのようにマスクとゴーグルとフードを外し、顔を露出させた。
次いで腰に掛けたホルスターから杖を取り出し、杖の先で前方へ円を描く。
「ゲートレージ」
出現した闇の渦へ手を伸ばすと、中から紐付きの革袋――支給品の救命道具一式を引っ張り出す。これは空間魔術による収納術で、いつでも何処でも物を持ち運ぶことが出来るのだ。ただし、収納容量は人によって異なる。
男は始めにランタンを取り出すと、杖の先から発せられる粗末な炎の魔術で中の蠟燭に火を点けた。次いで革袋から水筒を取り出す。
……優先すべきは……この子か。
洞穴全体を見渡せることが出来た男は、二人の容態を確認していた。
仰向けに寝かされた髪の長い方の少女は頭に血が付着しているが、傷は見当たらず呼吸も整っている。
横向きに倒れたもう一人の方は深刻だ。目を開けているが、口を開けたままぐったりとしていて、今にも意識が飛びそうなほどに衰弱している。
男は横たわった少女の背中を抱きかかえる。
その身体は熱を帯びていた。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けられた少女は言葉を理解できるだけの意識はあったが、朦朧とした視界はぼやけて男の顔ははっきりと見えていない。はい、と応えるだけで四肢はだらりと力なく下がったまま動かなかった。
「よく頑張ったな、水だ。飲め」
マユは言われるがまま口元に差し出された水筒へ唇をつける。冷たい水が喉奥に流れ、五臓六腑に染み渡る。ただの水がこれまで飲んだどの飲料水よりも美味しく感じていた。
「ありがとう……ございます……」
水筒の水を半分飲み干すと、少女は男の腕にもたれかかる。最悪の事態は免れたが、立ち上がる力は残っていなかった。
「君が転生者のマユで間違いないかい?」
「はい……。あの……ミカ……そこの女の子を……」
「彼女は問題無い。君の方が重篤だったから先に起こした」
ミカリスは何事も無かったかのようにスヤスヤと寝息を立てている。傷はマユの治癒術によって完治し、洞穴内は依然として高湿度なものの、太陽が沈み気温も下がっていたため生命の危機に脅かされてはいなかった。
「もう一人……男の子が……」
「キョウヤと言う少年か? 彼なら無事だ。ここへ来る道中で保護した」
全員の無事を報されて、少女は良かったと呟くと、気が抜けたように眠りについた――。




