孤独な闘い
地響きは止まらない。
大小様々な噴石は、今もなお流星の如く降り注ぐ。
上層では火口からマグマがゆっくりと零れ落ち、下層では落石が届くことなく、そよ風が吹いていた。
中層では全ての魔物が活動停止。
噴石が山の表面に存在する物体を悉く削っていく中、同じ体格の人間を引きずりながら呑気にも低速で逃避する存在がいた。
キョウヤの判断は生物として至極真っ当な選択だ。
彼の頭に二次災害という言葉はなく、ただ恐怖のあまり逃げ出しただけだが、結果的には全滅のリスクを避けるための合理的判断とも言える。
しかし、マユは違った――。
残酷な判断を下せない優しき少女は、仲間を見捨てることが出来なかった。
傷ついた頭部を揺らさぬよう優しく抱え込み、華奢な身体から精一杯の力を振り絞って一歩一歩踏み出す。
下層までは無理、だからせめて……あの洞穴までは……。
その洞穴の正体は溶岩洞。
流れ出た溶岩によって形成されていた小さな洞窟だ。
周囲に気を配っていたマユには見えていたのだ。
近くに噴石を逃れられる場所があると。
もうすぐ……もうすぐと、己を励ましながら進むマユの頭上を、人の頭ほどの大きさの噴石が跳ね転がりながら通り過ぎた。
「んぐっ……」
地を跳ねていた小さな噴石が右太腿に直撃。
衝撃は軽いが、熱を帯びた石は彼女の皮膚を焼いた。
……熱いっ! ……何で……熱さを感じないんじゃなかったの……!?
彼女のスキルはあらゆる熱に耐える『火耐性』と判断されていたが、それは転生者支援施設の誤診断だった。
本当のスキルは既にその効力を発揮しているのだが、知識の乏しい彼女らは気づけなかった。
顔を苦痛に歪ませながらもマユは歩みを止めない。
自分の本当のスキルは何なのか、今考えても状況は打破できないと、一刻も早く落石から逃れるために必死で進み続けた。
――死なせない……絶対に……。
重荷を捨てれば自分は助かるという考えは無い。
何が何でも助けるという強い意志を宿していたのだ。
マユにとってミカリスはまだ出会ったばかりの人間だったが、それだけの存在ではなかった――。
『――ねぇ、あなた一人? 良かったら、あたしと組まない?』
ギルドに居座っていたらパーティに誘われた。傍から見ればそれだけの関係だが、マユにとっては違う。
転生者で身寄りもなく、国のサポートは最低限。帰る場所の無い少女は、治癒術一つ覚えただけで冒険者を目指した。パーティを組むという働き方に憧れて――。
しかし現実は厳しく、ギルドの待合席で座っているばかりでは誰にも誘われない。内気な少女は自分から誰かを誘うことができず、何もできないまま日付だけが過ぎ去り、とうとう国の支援金も底をつきかけていた。
そんな彼女に希望の光を与えたのがミカリスだった。
ミカリス本人はマユの事情を察して誘ったわけではなく、最初だし適当でいいや――と、軽い気持ちで勧誘しただけに過ぎないのだが、マユにとっては再び生きる活力となったのだ――。
魔物とは違う、本能に逆らい義理人情だけで精神を動かしたマユは、傷だらけになりながら遂に洞穴へと辿り着く。
ミカリスをそっと寝かすと、息を荒げたまま座り込んだ。
額に流れる汗を拭い、目を閉じて呼吸を整える。
転生前ですら経験しなかった重労働に、両手両足は限界を超え力が抜けきっていた。
……まだ……まだ休んじゃ駄目だ。ミカリスさんを助けないと……。
少女はずっと手にしていた杖を握りしめる。
ミカリスを運んでいた際ですら手放さなかったのは、それが無ければ治癒術が使えないからだ。
これでやっと助けられる。
噴火が収まって一休みしたら一緒に下山しようと、マユは杖をミカリスの額へと向けた――が、希望は一瞬にして再び絶望へと変わる。
「えっ……」
カチャカチャと、何かが近づいてくる音がする――。
いつの間にか地響きが止み、落石の音も聞こえなくなっていたのだ。
噴火が収まった。それが意味することは再び恐怖に晒されることだと、マユは理解していた。
直感で音の主がゴーレムだと認識した少女は再び身体に鞭を打ち、ミカリスを引き摺り洞穴の奥へと運ぶ。
ゴーレムには目が無いが、代わりに彼らは振動と魔力で敵を探知する。
幸いなことに、探知距離はそれほど広くない。ただ、洞穴の前で止まってしまったため、外へ出ることは叶わなくなってしまった。
こうなったらもう……あれを使うしか……。
少女はローブの内側に差していた筒を取り出す。
それはギルドから一人一人に支給された救難信号。
中に入ってた針を手に取ると、渾身の願いを込めて地面へ突き刺した。
光の無い洞穴で、針は一定間隔で赤く点滅する。
外へ漏れるほどの強い光に少女は不安を募らせるが、ゴーレムが反応する様子は無い。当然ながらこの光は魔物には見えない光と探知されない魔力で設計されている。助けを求めるための道具で魔物を誘ってしまったら元も子もないからだ。
救難信号を使ったことで、マユは籠城の覚悟を決めた。
救援者にゴーレムの退治を押し付けることへの罪悪感を抱きながら、自身と仲間の未来を委ねる。
……熱い……喉乾いた……。
待っているだけで直ぐ助けが来る。そんな甘い話は無い。
いつ来るか分からない助けを、この場で待ち続けなければならないのだ。
それは何時間か何日か、助けが来るまで生き延びなければならない過酷な戦いが始まるのだ。
マユの持ち物は今使った救難信号と杖のみで、水などの食料や採取した素材は全てミカリスの空間魔法で収納していた。
しかしミカリスを起こすことが出来ても、杖は倒れていた場所に置いてきてしまった。
彼女が杖無しで魔法が扱えるかは、出会って日の浅いマユには判らない。その上、パニックを起こされればゴーレムを呼び寄せることになり、彼女の目を覚まさせるのはリスクが高かった。
……汗が止まった……でも、ここ……凄いジメジメする……。
激しい運動でマユの体力は既に消耗しきっていた。
更に洞穴内は湿度が百パーセントに近く、発汗を妨害し体温を上昇、早くも熱中症の危機に晒されていたのだ。
……ミカリスさん……絶対に、助けてあげるからね……。
少女はローブを脱ぎ捨て杖を手に取り、外の巨人を警戒しながら中断していた治療を続ける。
自分が使える唯一の魔法。微かな光がミカリスの傷を癒していく。
ゆっくり、ゆっくりと、極限に魔力を抑えながら続けた。
自分の意識が途絶えるまで――。




