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異世界救命師  作者: 橋広光
第五章 魔族との戦い

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合流

 ――行軍。


 王都を離れた王国騎士団が各地で戦力を召集しつつ、徒歩で防衛拠点までの移動が七日。

 決戦三日前に拠点まで辿り着き、戦いへの準備が進められていた。


 現在は拠点から少し離れた平地にて野営地を設営。

 自然の中で大量にひしめく三角テントを夕日が照らしていた。


 炊き出しの準備をする者、素振りなどで鍛錬に励む者、仲間と語らう者、テントで休息をとる者。


 それぞれが思いを胸に、最後の夜を迎えていた。



 そんな中、1匹の飛竜が夕日を背景に野営地へ降り立つ。


 魔物であれど敵ではない。緑色の竜は翼を優雅に羽ばたかせ土煙を起こした。

 炊き出しに影響がないように充分な距離を取って。


 敵意が無いことは一目瞭然だが、誰もがその正体を知っている。

 地に伏せた飛竜から有名人が一人と、正体不明の仮面女が飛び降りた。


「シュウゴさんだ! やっぱり来てくれたぞ!」


 スタスタと、野営地へ向かう男に歓声が上がる。


 もしかしたら彼が来ないのではないのか、という不安の声が広がっていたことも相まって、戦士達を一層湧き上がらせたのだ。


 喧しい声に怖じる様子もなく飛竜は夕日へと飛び去って行く。

 ただ一人残った女性騎手と共に。


 そして、誰より待ち望んでいた男が、かつての英雄に挨拶をと足を運んでいた。


「お待ちしておりました、シュウゴさん」

「予定より遅れてしまった。すまない……」


「構いませんよ。魔導技術班の納期遅れはいつものことなので。……ところで、そちらの方は?」


 団長が視線を向けたのは、仮面をかぶった黒フードの女だった。


「仮面魔導師のサクノです。シュウゴさんの紹介で参じました」

「……ご丁寧にどうも。此度の戦、ご助力に感謝します」


 握手を交わす二人を見て、シュウゴはしらじらしいと言いたげな視線を送っていた。


「荷物は……?」


 二人とも手ぶらだった。

 団員に預からせようとしていた団長は不思議に思って訊ねた。


「彼女の収納魔術で預かって貰っているんだ。俺とは比べ物にならないほどの空間を持っていてね」

「ほう……やはり魔術が得意でしたか」


 嫌味のように言うジルフェールからイルシャは反射的に目線を逸らしてしまう。

 魔術が苦手だと、嘘をついた引け目があるのだ。


「早速で申し訳ありませんが、期待の新人に問題が起きていまして……」


 ピクリと反応する仮面の女。

 だが団長は英雄へと顔を向けたまま詳細を続けた。


「一週間の行軍で疲弊しきってましてね。肉体的な疲れもあるでしょうが、それ以上に精神的に参っているようです。できればお力をお貸しいただけないかと……」

「彼女は何処に……?」


 訊ねたのは仮面の女だ。

 素性を隠す気も無く心配を前面に出している。


「副団長が見張っている円錐のテントです」

「ありがとうございます」


 足早に駆けて行く女を見て、ジルフェールは溜息をついた。


 変わってしまったのは外面だけではない。

 彼女の内側の変化が、男の中にある魔族という言葉を薄れさせていた。

 遠くを眺めるように見つめては、呆れ気味に笑う。


「何ですか、あの格好は……」

「生き別れの姉なんだとさ」

「……は?」



 好奇の眼差しをあちこちから向けられながら、ローブを纏った女は気にせず歩む。


「え、誰?」

「冒険者か……?」

「女だ……」

「あんなのいたか?」


 不審がられても関係ないと、周囲の男の声など完全無視。

 仮面の下から覗く眼が忙しなく動く。あれでない、これでないと、ひたすら歩きながら目標を探す女。


 ついに円錐のテントを見つけると、その前で立つ見知った顔に近づき声を掛けた。


「私です。サクハはここに?」


 リチャード副団長は一瞬、不審な格好をした女に戸惑ったが、声と言葉で理解する。

 目の前にいる者が退団した元副団長であると。


「は、はい……。ここ数日、籠りっぱなしでして……。食事も手をつけてないんですよ……」


 仮面女は自分が関係者でない立場も忘れ、無遠慮に入り口の布を払った。


 テントの中には、中央に体育座りで頭を伏せたままの少女が、今にも消え入りそうなくらいポツンと小さく存在していた。


「サクハ、ごめんね……遅くなっちゃって」

「イルシャさん……」


 名を呼ばれた新人団員は顔を上げる。


 うつろな目で憔悴しきっており、本来の明るさは消えていた。

 何日も寝てないと証明するように、目の下にはうっすらと隈ができている。


 そんな様子を見て、直ぐにイルシャはフードを脱いで仮面と髪留めを外した。

 少女を安心させるためだ。


 ブーツも雑に脱ぎ捨てながら慌てて駆けより、両膝を曲げ腰を落として少女に寄り添う。


「何があったの……? 明日が怖くなった……?」

「それもある……けど、ここ最近ずっと……男の人の視線が怖くて……。皆ピリピリしてるし、騎士団以外の人達もいるし、団長やリチャードさん達が気を利かせてくれるけど……。日を追う度に視線が気になるの……。女って……私一人だから」


 変わり果てた姿と弱弱しき少女の声で、イルシャの胸が痛んだ。


 サクハは度重なる行軍のストレスにより、抱え込んでいたトラウマが再発したのだ。

 出立前は大丈夫だと強がっていたが、長きにわたる孤独な拘束時間が彼女を苦しめていた。

 

「そうだったんだ……。でも、拠点には魔術隊の人達がいるよね? そこには入れて貰えなかったの?」

「ううん……。少しでも早くイルシャさんに会いたかったから……」


「サクハ……。ごめん、ごめんね……」

 

 自分が誘い込んでしまったことと辞めさせられてしまったことで、再び自身を心の中で責める。


 けれども魔族の自分ではどうすることもできない。

 人としてできること――それを考える前に、自然と手が伸びていた。

 少女の顔を覆うように抱きしめると、同じ赤色の髪が触れ合う。


 壊れてしまいそうな少女の身体は充分な食事を摂れておらず、なされるがままに身を寄せた。


「私に何か……できることってある……?」

「ずっと……一緒にいて……」


「もちろん。もう……離れないよ」

 

 我が儘だと自覚しながら、罪悪感を抱きながら、情けなさに自己嫌悪するも、少女は甘えた。


 ゆっくりと目を閉じ、ぬくもりに包まれて眠る。

 まるで母に抱かれて眠る子のように。

 

 それから翌朝まで、少女が目覚めることはなかった――。

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