合流
――行軍。
王都を離れた王国騎士団が各地で戦力を召集しつつ、徒歩で防衛拠点までの移動が七日。
決戦三日前に拠点まで辿り着き、戦いへの準備が進められていた。
現在は拠点から少し離れた平地にて野営地を設営。
自然の中で大量にひしめく三角テントを夕日が照らしていた。
炊き出しの準備をする者、素振りなどで鍛錬に励む者、仲間と語らう者、テントで休息をとる者。
それぞれが思いを胸に、最後の夜を迎えていた。
そんな中、1匹の飛竜が夕日を背景に野営地へ降り立つ。
魔物であれど敵ではない。緑色の竜は翼を優雅に羽ばたかせ土煙を起こした。
炊き出しに影響がないように充分な距離を取って。
敵意が無いことは一目瞭然だが、誰もがその正体を知っている。
地に伏せた飛竜から有名人が一人と、正体不明の仮面女が飛び降りた。
「シュウゴさんだ! やっぱり来てくれたぞ!」
スタスタと、野営地へ向かう男に歓声が上がる。
もしかしたら彼が来ないのではないのか、という不安の声が広がっていたことも相まって、戦士達を一層湧き上がらせたのだ。
喧しい声に怖じる様子もなく飛竜は夕日へと飛び去って行く。
ただ一人残った女性騎手と共に。
そして、誰より待ち望んでいた男が、かつての英雄に挨拶をと足を運んでいた。
「お待ちしておりました、シュウゴさん」
「予定より遅れてしまった。すまない……」
「構いませんよ。魔導技術班の納期遅れはいつものことなので。……ところで、そちらの方は?」
団長が視線を向けたのは、仮面をかぶった黒フードの女だった。
「仮面魔導師のサクノです。シュウゴさんの紹介で参じました」
「……ご丁寧にどうも。此度の戦、ご助力に感謝します」
握手を交わす二人を見て、シュウゴはしらじらしいと言いたげな視線を送っていた。
「荷物は……?」
二人とも手ぶらだった。
団員に預からせようとしていた団長は不思議に思って訊ねた。
「彼女の収納魔術で預かって貰っているんだ。俺とは比べ物にならないほどの空間を持っていてね」
「ほう……やはり魔術が得意でしたか」
嫌味のように言うジルフェールからイルシャは反射的に目線を逸らしてしまう。
魔術が苦手だと、嘘をついた引け目があるのだ。
「早速で申し訳ありませんが、期待の新人に問題が起きていまして……」
ピクリと反応する仮面の女。
だが団長は英雄へと顔を向けたまま詳細を続けた。
「一週間の行軍で疲弊しきってましてね。肉体的な疲れもあるでしょうが、それ以上に精神的に参っているようです。できればお力をお貸しいただけないかと……」
「彼女は何処に……?」
訊ねたのは仮面の女だ。
素性を隠す気も無く心配を前面に出している。
「副団長が見張っている円錐のテントです」
「ありがとうございます」
足早に駆けて行く女を見て、ジルフェールは溜息をついた。
変わってしまったのは外面だけではない。
彼女の内側の変化が、男の中にある魔族という言葉を薄れさせていた。
遠くを眺めるように見つめては、呆れ気味に笑う。
「何ですか、あの格好は……」
「生き別れの姉なんだとさ」
「……は?」
好奇の眼差しをあちこちから向けられながら、ローブを纏った女は気にせず歩む。
「え、誰?」
「冒険者か……?」
「女だ……」
「あんなのいたか?」
不審がられても関係ないと、周囲の男の声など完全無視。
仮面の下から覗く眼が忙しなく動く。あれでない、これでないと、ひたすら歩きながら目標を探す女。
ついに円錐のテントを見つけると、その前で立つ見知った顔に近づき声を掛けた。
「私です。サクハはここに?」
リチャード副団長は一瞬、不審な格好をした女に戸惑ったが、声と言葉で理解する。
目の前にいる者が退団した元副団長であると。
「は、はい……。ここ数日、籠りっぱなしでして……。食事も手をつけてないんですよ……」
仮面女は自分が関係者でない立場も忘れ、無遠慮に入り口の布を払った。
テントの中には、中央に体育座りで頭を伏せたままの少女が、今にも消え入りそうなくらいポツンと小さく存在していた。
「サクハ、ごめんね……遅くなっちゃって」
「イルシャさん……」
名を呼ばれた新人団員は顔を上げる。
うつろな目で憔悴しきっており、本来の明るさは消えていた。
何日も寝てないと証明するように、目の下にはうっすらと隈ができている。
そんな様子を見て、直ぐにイルシャはフードを脱いで仮面と髪留めを外した。
少女を安心させるためだ。
ブーツも雑に脱ぎ捨てながら慌てて駆けより、両膝を曲げ腰を落として少女に寄り添う。
「何があったの……? 明日が怖くなった……?」
「それもある……けど、ここ最近ずっと……男の人の視線が怖くて……。皆ピリピリしてるし、騎士団以外の人達もいるし、団長やリチャードさん達が気を利かせてくれるけど……。日を追う度に視線が気になるの……。女って……私一人だから」
変わり果てた姿と弱弱しき少女の声で、イルシャの胸が痛んだ。
サクハは度重なる行軍のストレスにより、抱え込んでいたトラウマが再発したのだ。
出立前は大丈夫だと強がっていたが、長きにわたる孤独な拘束時間が彼女を苦しめていた。
「そうだったんだ……。でも、拠点には魔術隊の人達がいるよね? そこには入れて貰えなかったの?」
「ううん……。少しでも早くイルシャさんに会いたかったから……」
「サクハ……。ごめん、ごめんね……」
自分が誘い込んでしまったことと辞めさせられてしまったことで、再び自身を心の中で責める。
けれども魔族の自分ではどうすることもできない。
人としてできること――それを考える前に、自然と手が伸びていた。
少女の顔を覆うように抱きしめると、同じ赤色の髪が触れ合う。
壊れてしまいそうな少女の身体は充分な食事を摂れておらず、なされるがままに身を寄せた。
「私に何か……できることってある……?」
「ずっと……一緒にいて……」
「もちろん。もう……離れないよ」
我が儘だと自覚しながら、罪悪感を抱きながら、情けなさに自己嫌悪するも、少女は甘えた。
ゆっくりと目を閉じ、ぬくもりに包まれて眠る。
まるで母に抱かれて眠る子のように。
それから翌朝まで、少女が目覚めることはなかった――。




