束の間の休息
「炊き出し、食べていきますか?」
イルシャが視界から離れた後、団長は飛竜に乗ってきた男に提案する。
今は夕刻。腹が減る時間だ。
「ああ。この匂い……まさかカレーか?」
「正解です」
英雄と呼ばれた男は上官用に用意された木製の椅子に座らせられると、団長が食事を運んでくるのを待った。
「どうぞ」
差し出されたのは皿に盛りつけられたドロドロのオートミールが半分と、どろっとした茶色のスープに具だくさんの野菜が乗っかっている。
カレーライスもどきではあるものの、見た目は正しくカレーライスだった。
懐かしい匂いに誘われて、シュウゴはスプーンで一口よそい口に運んだ。
「美味いな……。転生前を思い出した」
ライスの触感は違えど、変わらぬ味に転生者の男は感動する。
十五年経った今でも体は覚えていたのだ。
「結構前から流行ってましたが、ご存じなかったので?」
「生憎、そういった情報に疎くてな」
団長は炊き出し係から同じものを受け取ると、シュウゴの隣に残っていた椅子に座った。
「ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎはあるのですが、どうにも特定のスパイスが足りないらしくてですね、こっち側のスパイスで代用してるんですよ」
「へー。大したもんだ。味なんか殆ど変わらないぞ」
「そうなんですかね。私もそっちの世界に行って、是非本場の味というものを知りたいものですよ。麦とは違うライスも」
……そもそも、このカレーの元自体、本場じゃないんだけどな。ライスじゃなくてナンだし。
そう、彼らが食べているのは日本風のカレーなのだ。油分多めの。
再現したのは当然、転生者。
物好きな同郷の人間に感謝しながら、シュウゴはカレーを次々と口に放り込む。
「こういう日には……カレーを食べるって決めてるんですよ」
対して団長は寂しさを纏わせながら、スプーンを動かし始めた。
僅かに手が震えていることから、緊張した状態にあることをシュウゴは察する。
団長になって初めての戦い。
大勢の命を預かるのは並大抵のプレッシャーではないだろう。
普段から冷静に振舞っているこの男ですら、つい弱音を漏らしてしまう。
「せめてイルシャ君が隣にいてくれたら……」
「戻してやればいいだろ」
「そういうわけにもいかないんですよ……」
立場上、迎え入れるわけにはいかない。
万が一正体がバレてしまえば、騎士団が瓦解してしまう恐れがあるのだ。
本心を再び抑えつつ、ジルフェールは黙って食事を続けた。
「さっきから気になっていたんだが、人数少なくないか? 拠点や別の場所にでもいるのか?」
シュウゴが目にしたのは団服を着た騎士団員と、各地方から集まった軽装の兵士たち。それ以外の姿は無く、人数による圧迫感も見えなかったのだ。
「拠点は魔術隊だけですよ。残りは……これが全部です」
「……は? 待て……何人いる……?」
「三百……満たないかと」
「嘘だろ……。千は用意できると言ってたよな?」
「思いのほか集まらなくて……。更に、ここでミラゼア族のことを伝えたら半数が脱落しました」
「何やってるんだ……。結局最後まで周知させなかったのか」
「言えば混乱を招きますからね。最後に伝えて覚悟ある者だけ残したかったんですが、思ってた以上に現実は厳しくて……」
「そりゃそうだろ……」
想像以上の窮地に立たされていたことで、シュウゴは落胆する。
自分に向けられていた歓声が無駄に大きかったことも合点がいったようだ。
「まあ、及び腰を増やしたところで戦力にはなり得ませんから」
「量より質……か」
「その通りです。相手は魔族。質で優らなければ決して勝てないのですから」
「……」
それは圧倒的に質で優っている奴が言える言葉なのだが、気休めとして自分に言い聞かせているようで、シュウゴは反論しなかった。
「この戦いは小さいですが……絶対に落とせない大事な一戦です。誰が死んでも振り返らず、真っ直ぐ敵に食らいつく。それができる人間のみが必要なんですよ。かつてのように……」
手元を見つめながらジルフェールは過去を羨む。
今回の行軍で思い知ってしまったのだ。
一度平和を挟んでしまった今との落差は、覆しようのないとこまで来ていたと。
「厳しいだろうな……。見ろよ、酒飲んでる」
シュウゴが指を差した先では、軽装の兵達が酒樽を持ち込んでいた。
各々が用意したグラスで意気揚々と飲んでいる。
収納魔術の存在は物資の運搬に加え、装備の多様性を可能とし行軍に大きく貢献していた一方で、こういった問題も発生させてしまう。
規律を遵守する騎士団では有り得ないが、不真面目な一兵卒まで注意が回っていないようだ。
「全く……」
「止めないのか?」
見て見ぬフリをしている。というのが適切だろう。
堂々と規律を乱していられるのは、少しでも人数を減らしたくない騎士団の足元を見られているのだ。
本日は無礼講とばかりに、酔っ払い共は堂々と騒ぎだした。
「最後の晩餐になるかもしれませんからね。止めたくとも止められませんよ……」
団長は諦めたように項垂れる。
遂に騎士団員までもがつられて飲みだしても注意する意欲を見せない。
「だったら割り切って飲んできたらどうだ? 少しだけならいいだろ」
「私は自分を忘れたい時にしか飲みませんので」
「酒癖悪そうだな……」
「……らしいですね。いつも記憶が飛んでますので。この間は何故かゲスルド隊長に介抱されてました」
「お前……もう絶対飲むなよ」




