出立
正午に差し掛かる前、自宅の倉庫に戻った男は品定めをするかの如く武具を手に取っては戻していた。
商品のように並んだ陳列棚には、思い出深い物から一度も使っていない物まで所狭しに置かれている。
初心の頃に長らく使っていた剣は埃被り、国から贈呈された煌びやかなフルプレートの鎧は使い道が無く布を被されている。
1回だけ使って合わなかった螺旋の槍や、相場より安いからというだけで買った短剣は置物と化している。
次の戦いに適しているか、性能などに関係なく男は思い出に浸っていた。
今回の武器は決まっているのだ。ミョルニルとソルナガイアの手甲。
そこにサブウェポンとして、投擲物をポーチに詰め込んでいる。
シュウゴの収納魔術は狭い。
用途は救命師の仕事中と変わらず、食料と救急用品に限定していた。
よって、今回彼が用意したのはリュックだ。
現地で着替えるため、寒冷地用のインナーやアウターを詰め込み、ブーツは革袋に詰めて手に引っ提げる。
既に準備は終わっているのだ。
それでも男が倉庫から出ないのは、別れを惜しんでいたからに他ならない。
常に命を懸ける仕事をしていても、今回ばかりは危険度が比較にならないのだから――。
男は最後に倉庫の奥へと進む。
そこには埃が乗らないよう白い布に覆われた武具ではない特大サイズの物体があった。
倉庫の1割ほどを占拠し、武具などが干渉しないよう充分すぎるクリアランスを取られていることから、男はそれを何よりも大切に保管していることが分かるだろう。
白い布を少しだけ除け朝焼け色の氷に触れると、男は祈るように目を閉じた。
また俺を導いてくれよ……。
かつて仲間を救った荷車が、形を変えずそこに居た。
彼の心の支えとして今も残っていたのだ。
暖かい氷は解けることなく、年月を経ても欠けることはない。
これから対するは恩人か、恩人の仲間か。
……どんな状況であっても、俺のやるべきことは一つだ。
◇
「お師……帰ってくるよね?」
支度が終わり、今まさに靴を履いて自宅を出ようとした男の足を、不安気に見つめる少女が引き留めた。
玄関でマスターと呼ばれる大男に手を繋がれながら、少女は普段とは違う何かを察していたのだ。
布に巻かれたハンマーと美しい輝きを放つ手甲に加え、リュックや革袋まで持っているのを見るのは今回が初めてなのだろう。
そこから異質な空気を感じ取っていたのだ。
「ああ、必ず帰るよ」
男は少女と目を合わせられず、自信のない返事が少女の不安を一層募らせた。
アカリのスキル『氷解』は、氷を操るミラゼア族との戦いに大きく貢献できるものだ。しかし、それを踏まえても彼女は余りにも幼過ぎる存在。
魔物と戦うのとは訳が違う。相手がどうのこうの以前に、多くの死を目の当たりにする戦争へは連れて行けないのだ。
子供に凄惨な光景を見せるわけにはいかない。否、見なくてもいい。
こんな戦いはこれで最後にしなければならないんだと、男は強く意気込む。
「フレッジ……頼んだぞ」
後はと、付け加えたかったが言えなかった。
死にに行くためではないのだから。
だけども生存の可能性は極めて低いだろうと、自信が持てずにいた。
「ああ……こっちのことは気にするな。行ってこい、クソヤロー」
普段と変わらぬ口調と言葉にシュウゴの口元が緩むと、それを見たアカリの胸は少しだけ軽くなった。
「外で連れが待ってるぞ。上手くやれよ」
「上手く……?」
……ああ……イルシャのことか。
遠回しに参加を求められていた彼女も、シュウゴに付いて行くことになっていたのだ。
玄関扉を開けると、少し離れた位置にフードを被った女性らしき人影が映った。
……まさか……あれか?
怪訝に思いながらも、シュウゴは手を振って再度別れを済ませて扉をゆっくりと閉める。
アカリの笑顔で気持ちも緩むと、そのまま怪しい女性に声を掛けた。
「イルシャ……か?」
黒のローブにフードで全身を隠し、顔には鼻先から上を覆う仮面を着けていた。
シルエットから胸だけが盛り上がっていたため、辛うじて女性だと判るだろう。
「違います」
「え?」
「妹がお世話になっております。私は竜胆咲奈。咲葉の生き別れの姉です」
ローブの女性はフードを外して束ねた深紅の髪を見せつけ、仮面を取って転生者の印である黒目を晒した。
優しい目元とゆるふわな髪質はどこぞの誰かを想起させる。
「いや……イルシャだろ」
「……やはり判ってしまいますか」
髪と瞳の色と髪型を変えただけでバレないとでも思っていたのか、イルシャは残念そうに肩を落とした。
「全然似てないからな。色を変えただけで兄弟になれるのなら、転生者は皆兄弟だぞ」
「確かに……」
「しかし、何なんだ……生き別れって……」
「そういう設定にしろとサクハに言われまして」
まんざらでもなく頬をかくイルシャ。
嘘でも姉になれたことが嬉しく、つい笑みを溢してしまう。
「転生者の兄弟設定は無理があるぞ。十年に一度レベルのレアケースだからな」
「ではどうすれば……」
「仮面さえ着けていれば判らないだろうから、そのまま仮面魔導師として振舞うことだな。立場については俺の知り合いとして話を通せばいい。名前は……まあ、適当に考えといてくれ」
「わかりました。では、仮面魔導師のサクナと名乗ります」
「……そこは譲らんのかい」
再びサクナと名乗る女性は仮面を着ける。
これで街中を歩けば却って注目を浴びるだろう。
あまり隣を歩きたくないなと、シュウゴは純粋に思った。
「そもそも隠す必要があるのか? ギルド職員として堂々としていればいいものを……」
「理由も言わず退団しましたからね……。あれからまだ日も経ってないのに堂々と肩を並べていたら……抜けた意味があったのかと問われることでしょう。それにサクハばかり贔屓していると、またあの子に嫉妬の目が向けられますから……」
「難儀だな……おたくも」




