プロローグ 託された武器
――シュウゴが冒険者を辞めて早五年。
彼は救命師となってから、ミラゼア族に遭遇するどころか噂を耳にすることすらなかった。
魔族との戦争中は何度も刃を重ねてきた相手だが、かつての仲間と離れて挑むのは今回が始めてだ。
彼らとの連携ができない以上、対策を盛り込んだ入念な準備が必要になるだろう。
その為――来る防衛戦の前日。
救命師の男は、とある用事で魔導兵器開発研究所へ来ていた――。
職を変えても足を踏み入れるのは初めてだった。
発展途上だった魔導兵器も、魔術隊と肩を並べるほどの実用化に至ったのもごく最近。班長のヤズキが台頭してくるまでは活躍の場もなく、地味で存在感の薄い場所だったのだ。
強面の門番は救命師のライセンスを見ると、声を出して驚きながら道を譲る。
救命師の男が目指すは開発棟の試作開発部。
門番に指を差された先へ真っ直ぐ歩いて行くと、目的地が目に留まる。
……いかにもな研究施設だな。
転生者でもある男は現代チックな施設を前にして、ここだけ世界を間違えているのではないかと疑う。
行き交う白衣の研究員も、十五年をこの世界で過ごしていた彼をここが異世界だと改めて実感させる。
中には黒髪の転生者らしき人間もちらほらいて、見かける度に少しずつ親近感が沸かせられていた。
建物へ入るとコンクリートの白い壁に囲まれ、天井は蛍光灯に似せた魔導具がぶら下がっている。
形まで似せる必要は無いのだが、この開発に携わった人間は未だに元の世界への未練を残しているのだろう。
男は遠い記憶の懐かしさに触れながら、素朴な白い階段を登っていく。
入口で会った案内係に誘導された先は、厳重に施錠されていたであろう鉄の扉の前だった。
案内係に会釈し別れると、鉄の扉を引く。
その先は相変わらず白い壁に囲われた彩の無い部屋だ。
まず男の意識を向けたのは中央にある鉄製の机で、その上には何か大きな物が白い布で覆われている。
その次には机の隣に立っていた女性へと目を向けた――。
「また会いましたね。シュウゴさん」
待っていた白衣の女性は、黒髪の転生者だ。
魔導人形を操り、味方ごと吹き飛ばそうとする冷酷非情な女で、腕を組みながら鋭い目つきで見下している――というのがシュウゴの認識だった。
ところが今回は眼鏡を外しており、鷹のような眼光は何処へ行ったのか、物腰柔らかそうな雰囲気を醸し出している女性になっていた。
「ヤヅキ班長……。先日は敵意を向けてしまって申し訳ない……」
「気にしないで下さい。私の方こそ落ち度がありましたから」
男は頭を軽く下げると、呼応するよう白衣の女性もペコリと頭を下げた。
会う度に人格を変えているのか、感情の起伏が激しいのか、掴みどころが解らない女性にシュウゴは苦手意識を持ってしまう。
仲間のクレスリットとは違った方向の危うさを感じていた。
「頼んでいた物はありますか?」
「出来ていますよ」
白衣の女性は後ろに束ねた長髪を揺らしながら、中央の机に乗っかかっていた布を勢いよく剝ぎ取った。
中から出てきたのは横に置かれた巨大なハンマーで、ところどころに魔導具の装飾が施されている。
「超振動で砕く大槌……『ミョルニル』です」
別名、トールハンマー。
名付け親は間違いなく転生者だ。
「大層な名前ですね。しかし、思っていた以上に大きい……」
打撃面は両側で、直径は大人の手先から肘の当たりまである。
如何に鍛えられた冒険者であろうとも両手で持たざるを得ないだろう。
「それに関しては止む終えない仕様となりました。今後の課題と言えましょう。……その代わりと言っては何ですが、見た目以上に軽く仕上がっています」
シュウゴは実際にハンマーの柄を手に取ると、外殻がハリボテでないかと疑うほどの軽さに驚いた。
「……なるほど、これなら片手で振り回せそうだ」
「ただ、軽量化のため強度は犠牲にしています。なるべく敵の攻撃を受けないようにしなければなりませんが……貴方なら問題ないでしょう」
「……まあ、やってみますよ」
見た目に圧迫感はあれど、頼んだ手前文句は言えまい。
シュウゴはスキルの過大評価諸共受け止める。
「これは……使う度に魔力を吸い取られるタイプですか?」
「いえ、蓄積型です。既に最大まで補充してますので……とりあえず1回だけでも試してみますか?」
シュウゴがここで何を砕くのかと尋ねる前に、ヤズキは「こちらへ」と、部屋の奥へと誘導する。
彼等は図書館のように並ぶ資料棚やサンプル置き場の群を抜け、何かを封印しているかに思える重厚な扉が開けられた。
扉の隙間から白い水蒸気が漏れ出し、冷気となって肌に触れる。
モヤの奥から顔を出したのは二メートルほどの氷の塊だった。
「大氷河から削って持ち運んだ、ミラゼア族製の氷塊です」
シュウゴはかつて冒険者として歩んだ景色を思い起こす。
見間違えることなき創造物にして、敵対していた者の遺物。
彼はそれが持ち運ばれていたことに驚かなかった。
ここは研究所。ミョルニルの開発の為に採取されていても不思議ではない代物だ。
「実物を壊せなければ何の意味もありませんからね。では、軽く叩いてみて下さい」
既に効力は研究チームによって実証済みであるが、威力はどうなのか。
シュウゴはそこまで期待を寄せていなかったため、予想以上の結果に目を大きく見開くことになった。
片手で振り抜き、最初だからと軽く撫でるように押したつもりだったが、氷塊は一瞬にして砕け散ってしまう。
接触面から亀裂が走り、ジグソーパズルの如く無数の溝を創り出すと、高い破裂音と共に塵となっていた。
「こいつは想像以上だ……凄いな……」
「お気に召していただけたようで何よりです」
魔術効果による超振動を発生させ、衝撃を全体に響き渡らせることで破壊を伝染させる。
その詳細をヤズキが得意気に説明するが、この手の話が苦手な男は半分も理解出来ず、適当に相槌を打っていた。
「ところで……その手甲はもしや――例のソルナガイアでしょうか?」
班長はシュウゴが尋ねて来た時から、彼の腕を纏う手甲に目をつけていた。
拳を覆う部位には、桔梗のように美しく鮮やかな青紫の色が輝く加工物が取り付けられている。
これこそが素材となっていた鉱石のソルナガイアだった。
「ええ。俺の仲間……ネリーヌが使っていた物です。パーティの解散と共に、譲り受けた物なんですよ」
冒険者を辞めても唯一危険地帯に足を運ぶ彼に対し、ネリーヌは託していたのだ。
しかし、託されても過剰スペックなこの装備は、これまで使う機会もなく倉庫に眠っていた。
シュウゴ自身、使うことなく思い出として残すつもりだったのだが、思わぬ形で引っ張り出すことになってしまっう。
「失礼ですが、触っても?」
「ええ、どうぞ」
興味津々な班長は男から手甲を受け取ると、固まっていた口元が緩みだす。
彼女も一介の研究者。珍しい物を前にすれば綻びが生じるのも仕方ない。
ヤズキは手甲の金属部を摩り、ノックするようにコンコンと叩いた。
「やはり軽い……これがあればミョルニルも多少は小型化できたのですが……」
「簡単に手に入る代物ではないですからね。原石を見つけたのも運が良かっただけですから」
ソルナガイアは超がつくほど希少性の高い鉱石だ。
Sランク冒険者のみ行ける地域でしか採れず、それ目的で行くと大体徒労に終わるため、何かのついでに探すのがセオリー。
当然ながら相応の値が付くため、当時のシュウゴ達は換金を予定していたのだが、族長ゼニスとの戦いに備えて加工するに至る。
「これが……あのゼニスを砕いたのですね」
「砕いた……というのは誇張ですよ。実際は僅かに削ることしかできませんでした」
「……」
白衣の女性は右手で顎を押さえ、考える仕草をとる。
「ミョルニルは……接触面積が少ないと本来の威力を発揮できません。ミラゼアが創り出す氷には対応できますが、本体への攻撃には……こちらを頼ることになるでしょうね」
「……元よりそのつもりですよ。殺すために戦うのではないので」
男は手甲を受け取ると、右手に装着し直した。
「こんな時でも、救命師をやめないのですね」
先日の出来事を思い出したのか、白衣の女性は呆れながら微笑んだ。
「それが俺の生き方ですので――」




