エピローグ 救う為に
俺が全てを話し終えると、ギルド内は静寂に包まれた。
目の前に座る美青年の団長は何を思っているのだろうか。
重ねた両手を机につけながら俯いていた。
感受性の高いサクハは真剣な表情のまま、涙を人差し指で拭っている。
そんな彼女を、イルシャが背中に触れていた。
新副団長は、サラッと極秘情報を耳にしてしまったことで口が半開きのまま硬直している。
フレッジは自分の名が出て気恥ずかしかったのか、書類整理を始めていた。
この話は彼らの価値観を大いに変えただろう。
特に魔族を憎んでいた男は、俺が魔族に助けられた事実は信じ難いはず。
「なるほど……全て腑に落ちましたよ」
静寂を断ち切ったのは、その魔族を憎む男、ジルフェールだった。
「あのミラゼア族が……ですか。では、今回進行してくる相手は……貴方を助けた……例の魔族なのでしょうか?」
「断言しよう。絶対に違う」
俺は間を置かずに答えた。
あの人が自らの意思で戦いに出向くなど、信じたくはないからだ。
勿論、これは俺の願望でしかないことは百も承知である。
「では別の生き残りと?」
「そう考えるのが妥当だろう。あの人のように戦いを避けていた者、戦い後に生まれた者、戦いに参加できなかった者。挙げればキリが無い」
俺が魔族を人扱いしていることに、ジルフェールは苦言を呈すどころか表情すら変えない。
これで僅かでも彼らに対する認識を改めてくれたのなら、話した甲斐があったってもんだ。
「まあ、どんな理由だろうと誰が相手だろうと、俺は参加させてもらう」
俺の強い意志に触れ、団長は口角を少し上げる。
思惑に乗せられていると知っていても、これだけは譲るわけにはいかないんだ。
後ろにいるマスターはきっと、呆れているだろうな。
こいつはまだ懲りていないと、罵声を浴びせられても仕方がない。
「悪いが、拒否されても無理やり参加するつもりだ」
「拒否なんてとんでもない。我々にとっては喜ばしい限りです」
隣に座る副団長のリチャードも、仏頂面な表情に明るさが戻り緊張を緩めていた。
「……そうかい。さっきの話を聞いたら解かると思うが、俺は彼女らに大恩がある。それに俺は救命師、殺すための戦いはしない。あくまで止めるために戦う……それでも?」
「ええ……充分ですよ。貴方が居るだけでも士気が段違いですから」
団長は元副団長のイルシャへ向けて、横目でチラリと皮肉でも言いたげな視線を送った。女々しい奴め。
「ま、ゼニスの再来でないことだけは祈るか……」
俺は椅子にもたれ掛かり、気疲れを示すよう溜息をつく。
「あ、あの……。ゼニスって人……そんなに強かったんですか?」
疑問を投げたのは、それまで黙って聞きに徹していたサクハだ。
まだこの世界に来たばかりの彼女に答えたのは、意外にも少し離れたところに居たマスターのフレッジだった。
「強いなんてもんじゃない。戦争は量より質ってのを、たった一人で体現しちまう奴だ。奴一人相手に、二国の精鋭一万をぶつけたほどだからな」
「一万……」
実際に体験した人間の言葉は重い。
その続きを、同じく体験した俺も真剣な口調で話す。
「軍に加え、俺達冒険者や、奴と対立していた魔族まで加わった」
「魔族も……ですか?」
魔族という言葉にイルシャが反応する。
だが、ただ手を取り合っていたわけではなく、共通の敵を狙っていただけに過ぎない関係だった。
「ああ。あれはとても戦争と呼べるようなものではなかった。奴が用意したステージ。奴自身が用意した、奴の為の闘技場だ。一対一万。そんな絶望的な状況を……奴は圧倒的な力を持って楽しんでいた」
「それでも……勝ったんですよね……? 何人……生き残ったんですか?」
「……十八人」
急激な人数変化に新人団員は息をのんだ。
「その全員も瀕死の状態だった。勝ったのは奇跡だよ」
「改めて聞かされると……恐ろしいです。我々は……勝てるのでしょうか?」
再び副団長が陰りだす。
「ゼニスと同レベルなら、もう全面降伏するしかないだろう。今の俺達では手も足も出ないだろうが、落ち込むことはない。そんな存在がいたのなら、この国はとっくに蹂躙されている」
勿論、ただの気休めだ。
しかし、どうしようもないのも事実。
どうせ敵わないのなら、良い方向に考えていた方がいい。
「相手の人数は?」
俺は団長へと視線を向ける。
「ミラゼア族が一人、定番の他種族混合構成で六百ほど」
「少ないな……」
「それはこちらも同じですよ。騎士団や魔術隊も全盛期の一割以下、地方から兵隊を集めても千を超えられるかどうか……。質を考えなければ、もっと集められますがね」
「有象無象ではいたずらに命を落とすだけだ。やめておいた方がいい」
魔族は人間より身体能力が高い。経験の無い者が出たとて蹂躙されるのがオチだ。
更に残っているのは若い連中ばかり。数で優っても、状況的にはこちらが圧倒的不利なのは否めない。
「帝国は?」
「もう関わりたくないと……」
「だろうな……」
地理的にこの国は魔族領と帝国に挟まれている状態だ。防波堤となるこの国を助ける理由はあるだろうが、今回ばかりは様子見したくなるのは容易に想像できる。
「あ、あの……カズトさん達は誘わないのでしょうか?」
自信なさげにそう発言したのは現副団長。
その質問は、当然予測していたため一考することなく答える。
「駄目だ」
「な、何故……」
「カズトは失明している。ネリィは二人の子を出産したこともあってか、生命力も減り、全盛期から大きく劣っている。まあ、そもそも家庭を持つあの二人を誘うことはしたくない」
俺が救命師となってから滅多に会えていないが、二人は幸せな家庭を築いていた。子供を置いて戦争に来いだなんて、口が裂けても言えるものか。
「な、なら……クレスリットさんは? あの人は独身ですし、魔術学校で教職に就いてますよね?」
「独身とか本人の前で絶対に言うなよ。……ま、そのまま教師を続けさせてやってくれ。俺の私情に巻き込みたくはない」
クレスがいれば心強いが、彼女は五年経った今でも立ち直れていない。
ああ見えて繊細な女だ。
プライドが高く自信家だからこそ人一倍責任を感じているだろう。
だから今は、そっとしといてやりたかった。
「ミラゼア族は俺が相手をする。サポートは……ゲスルド隊長に任せたい」
「勝算は……あるんですね」
副団長とは対称的に、目の前の男は笑った。
「……一応な。だが期待はしないでくれ。相手の実力が未知数である以上、油断は禁物だ」
「そうですね……。では……貴方の参戦を前提に、進めさせて頂きます」
そう言い残すと、団長は立ち上がって部下へ出発を促す。
「副団長、サクハ君。行くぞ」
「は、はい」
返事の遅れたサクハは、ついて行きながら名残惜しそうにイルシャのいる方向を覗く。
イルシャ自身も心配を隠せないようで、複雑な表情で見送った。
しかし外へ出る前に言い忘れたことがあったと、団長はわざとらしく呟いた。
「あぁ……そうだ。後日、軍からギルドへ依頼を送ります。内容は防衛線への参加。対象はBランク以上の冒険者と……ギルド職員へ」
顔はマスターに向いてるが、それは元部下へ向けた言葉だろう。
「……しかしご安心を。強制ではなく任意ですので」
不器用な男だ。言葉を交わさずに伝えようとしている。
出口へと振り返った瞬間に口が緩んでいるのが見えた。
元部下もその真意を受け取り、微笑みを送る。
戦地に巻き込んでしまった少女に対して。
今の俺に新人転生者の少女を護る余裕は無い。
強力な元副団長の加勢は、懸念点を抱いていた俺にとっても朗報だった。
――ミラゼア族。
一度は救われたこの身。
彼女らを救うためならば再び戦禍に身を投じようとも構わない。
可能ならばこれが……彼女達との最後の戦いになることを願って――。




