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異世界救命師  作者: 橋広光
第四章 零の都

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トワイライト

 月が沈めば太陽が昇る。


 闇夜の恐怖から解放する光には、誰もが安心感を抱くだろう。


 階段を登りきり、オレンジ色から薄い紫に至るグラデーションのかかった朝焼け色の氷のトンネルを潜った。


 透けたトンネルの向こうは相変わらず荘厳な景色。

 しかし、俺の身体に不思議な変化が起きていた。


 暖かい……。


 手足の冷えが消え、指先の感覚が戻っている。

 鼻の中を通っていた冷たい空気はなく、呼吸が整っていた。


 まるで暖炉のある部屋に入っているようだ。

 氷が冷たいという常識が、ここには無かった。


 いつの間にか胸の痛みも消えている。

 単に痛覚を失っただけかなのかは判らない。


 俺が外へ出ていた短時間で形成された氷のトンネル。


 まず間違いなくミラゼア族の仕業だと理解するが、俺に恐怖も警戒心も無かった。

 しかし、別に自暴自棄になっているわけではない。


 このトンネルに敵意も恐怖も感じられなかったんだ。

 当然ながらスキルも反応しない。


 そこに触れると、毛布に包まれているような温かみと安心感が得られていたのだ。


 これが敵であるならば、殺されても構わないと思った。

 だから駆けた。仲間の元へ。



 トンネルの中から見る族長の像は、朝焼け色に染まり畏怖を剥ぎ取られていた。

 塔や住宅も彩られており、本当に人が住んでいるかのように演出されている。


 像を見送った先――そこには仲間達が横たわっていた。


 三人とも川の字に並べられ、目を閉じて眠っている。

 死んでいるのか、生きているのかは近くまで行かないと判らない。


 今すぐにでも駆け寄りたいのに、俺の肉体は凍ったように硬直していた。

 彼らの横に立っていた女性に魅入られていたのだ――。



 見事なまでに美しい後ろ姿だった。

 正面を見るまでもなく美人だと判断できる。


 腰まで伸びるストレートの髪は、そよ風で大きく揺らいでしまうほど柔らかく繊細。


 髪色は白銀ではなく、頭頂部の薄い紫から毛先のオレンジ色までグラデーションで染められており、氷のトンネルと色が同じなことから、確実にそれを形成した術者であると物語っていた。


 ラベンダー色の着物から見える脚は、ふくらはぎから下しか確認できないのにラインが透けて見えるほど理想形として完成されている。


 指先まで一切文句のつけようがなく、絶世の美女と呼ぶに相応しい造形。

 種族共通の純白の肌。故に、彼女がミラゼア族であると一目で理解できた。

 

 そして美女は振り返る。俺の存在に目を向けて――。



 想像通り、いや、俺の想像を遥かに超えていた。

 振り向くだけでふわりと髪が舞い、先に覗かせた瞳は髪と同じ優しい色。


 全種族を魅了するだけあって顔のパーツも非の打ち所がない。


 大人の女性の雰囲気を漂わせるが、俺がどんなに歳をとっても彼女を年下にみることは無いだろう。

 正に女神。人を超えた何かだった。

 

 この瞬間だけ、俺の脳はスローモーションで再生していた。

 美女は少しだけ目を細め、ほんの僅かに口元を緩ませる。

 その微笑みは嘲りや誘惑ではなく、慈しみの笑みだった。


 敵ではない。言葉にせずとも伝わったのだ。


 元から戦意の無かった俺だが、例え戦場でも彼女に敵意を向けることは無いだろう。目の前の存在が魔族であると忘れるくらいに。


 未だ硬直を続ける俺に対し、美女は指先を動かす。

 目標は俺の隣。


 何も無い場所から、朝焼け色の氷が下から何かの形を積み上げるように創っている。

 半分が姿を見せた辺りで、それが何なのか解かった。

 

 荷車だ。四角い箱に二つの車輪。

 人が引くために握る両側のハンドル。


 更に揺れないよう遠くまでレールを走らせていた。

 

 敵がこんなことをする必要があるのか?


 もう確定的だった。この人は俺を、いや、俺達を救おうとしている。

 しかし、俺は言葉を出すことを躊躇った。


 何を言えばいい?


 誰なのか、何故こんなことをするのか、本当にミラゼア族なのか。

 山ほどある疑問の中から、俺が選択したのは感謝だった。

 

 当たり前のことだ。もう疑いようがない。


 けれども――。



「ありが……」


 俺が荷車に目を向けていた間に、美女は姿を消していた。

 急いで辺りを見渡すが、気配すら感じ取れない。


 硬直から逃れた俺は、次に仲間の元へと駆け寄る。


「カズト、ネリィ、クレス!」


 三人とも声に反応はしなかったが、胸が膨れ、息を吸っているのが分かった。


「ハハ……生きてるよ……よかった……」


 これこそ夢を見ているのではないかと、俺は自身を疑った。


 せめて夢ならば覚めないでくれと願いながら、一人ずつ荷車へお姫様を抱えるように優しく運んでいく。


 体重が増えても氷の床は割れなかった。

 あの人が氷のカーペットを敷いていたからだ。


 それが何のために用意されたのか疑うことなく、躊躇なく仲間を抱えていく。


 三人とも、何が起きたのか知りもせず、幸せそうに眠りについている。


 荷車は氷で出来ているのに暖かい。

 きっと毛布に包まれているように心地良いことだろうな。


 俺はもう一度周囲を見渡したが、結局あの人の姿を再び見ることは叶わなかった。

 だけどあの人の姿は数年経った今でも思い出せる。


 たった数秒の邂逅だが、俺の瞳の奥に焼きついていた。

 

 彼女が見ていると信じ、俺はその場で頭を下げる。

 感謝や謝罪の言葉は言えなかった。

 向こうはこれ以上関わることを望んでいないのだ。


 だけど、もう一度逢いたい。

 面と向かって言葉を伝えたいと、いつか再び出逢える日を願って――。



 氷の荷車は三人の人間を乗せているとは思えないほど軽かった。


 レールに任せ、ただハンドルを引いていく。

 身体の異常はもう感じない。

 きっとこのトンネルが、有害な光を遮断し、俺達を癒してくれているのだろう。


 再び白霧の中に入ると、俺は刺さっていた目印の針を抜いて行った。

 こんな物を残していては、あの人に失礼だからだ。


 その動作を繰り返しているうちに、ふと立ち止まった。



 ――何で俺は安心しているんだ?


 何で喜んでいる?

 ……違うだろ!!


 あの人は助けてくれたんだ。族長や仲間を殺した俺達を。


 俺は今まで何を思って魔族と戦ってきた?

 族長を殺してヒーロー気取りか?


 俺は両手を握りしめ、天に向かって吠えた。

 両目からとうとう涙が零れ落ちる。

 

 恥もせずのうのうと喜んでいた自分をぶん殴ってやりたい。


「クソッ……何をやっていたんだ……俺は……」


 魔族と一切解かり合おうとしなかった自分を、ひたすら憎んだ。

 牙を剥いてきた相手だって、理由があったのかもしれない。


 今回だってそうだ。不要な戦いを、自らの手で引き起こしてしまった。


 怒り、憎しみ、哀しみの混ざり合った涙が流れていく。


 ――この日、冒険者としてのシュウゴは終わりを迎えた。



 戦争は人間側が侵攻を止めたことで終結へ向かう。

 以降、魔族側が攻めてくることは無かった。


 零の都の攻略法についてはフレッジが意図的に情報を止めていたらしく、外部へ漏れずに済んだ。

 一冒険者に預かれる情報ではないと、国王陛下に直接伝えるまで隠していたのだ。

 

 攻略法が伝わってしまえば、多くの冒険者が零の都に挑んでしまうだろう。

 俺はあの人の聖域を侵してはならないと、陛下に全て話して理解を求めた。

 陛下は事情を察してくれたため、零の都への立ち入り禁止令は続行。


 英雄と呼ばれた俺達が失敗したこともあってか、今現在に至るまで誰一人とて無謀な挑戦をする者はいなかった——。



 これが、俺が救命師になるきっかけとなった出来事だ。


 拾われた命を無駄にしない為、あの人のように自分の力を人を救うために使いたいと、俺は別の道を目指し始めたんだ――。

 

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