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異世界救命師  作者: 橋広光
第四章 零の都

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託された想い

 なんと呆気ないものか。


 人が死ぬのは一瞬。

 そんなことは当然分かっていたし覚悟はしていた。


 しかし、その覚悟が薄かったことは否めない。


 族長ゼニスとの戦いでは誰が死んでもおかしくはなかったし、みな命懸けで戦った。誰が倒れようとも最後の一人になるまで挑み続けたのだ。


 ところが今回はどうだ?


 俺とて己の死すら頭になかった。

 何が起きようとも何とかなると、楽観的な考えに身を寄せていたのだ。


 何を間違えた?

 俺は何をすればよかった?


 頭の中でその言葉だけが繰り返される。

 答えなど返って来ない。導きもしない。


 俺は仲間を置き去りにし、再び白霧の中に入っていた。


 胸に大きな穴が空いた喪失感に襲われ、機械人形にように一定間隔で動く足。

 顔は前を向いていても、目は遥か遠くを見つめている。


 まるで真っ白の世界で灯された緑の光に誘われた虫だ。

 自分で用意した目印針を無意識に辿って行く。


 帰り道。入念な準備の一つで、万が一の為に用意した策。

 独りで帰ることになるなんて全く考えていなかった。


 人は失敗を経て学ぶというが、冒険者の失敗は死と隣り合わせ。

 もう俺達に次は無い。この失敗を誰かに引き継ぐしかないのだ。

 

 変わらぬ景色を淡々と歩く。


 行きと違って無警戒で針を刺す動作も無いのでスムーズに進むだろう。

 通った光の数を数えれば出口までの距離が解るが、俺は数えなかった。


 くだらない……。

 何が冒険者だ……。

 何が英雄だ……。


 ちっぽけな男は全てを失った。


 取り返しのつかない現実を受け入れられず、涙も流さないままひたすら歩く。


 魂の抜けた身体は足を止めない。

 仲間がかけた魔術効果も途切れて冷気が全身に被さるも、寒気すら感じなかった。それ以上に心が冷えていたのだから。


 もう全てがどうでもよくなっていた。


 それでも歩み続けるのは、俺に義務が遺されていたからだ。

 仲間から託された情報と、作戦の失敗を一早く伝えなければならない。

 

 軍はまだ魔族領を攻めている最中だ。

 俺達という希望だけを頼りに、今にも切れそうな士気の糸を繋ぎとめているだけに過ぎない。


 元々無理のあった作戦。

 ゼニスを倒した時点で戦争行為を終わらせるべきだったんだ。


 両軍勢、共に疲弊しきっている状態だった。

 なのに勢いに任せて魔王を討たんと欲を掻いた。

 

 俺は英雄と持て囃され、愚かにも調子づいていたのだろう。

 止めようと思えば止められたのだ。


 結局は俺も、この世界をゲームとしてみていたのかもしれない。


 中立を貫く魔王を倒して何になる?

 魔族を支配すれば平和になるのか?


 自ら投げた問いに、答えることを放棄する。

 俺にはもう、それに応える資格も時間も無いからだ。


 うっすらと、氷の橋の姿が浮かび上がる。長くも短い白色の回廊が終わりを告げだした。


 そして、俺の冒険も――。



 霧を抜け、行きと変わらぬ氷の橋が出迎える。


 冷たい空気はそのままだが、果てしなく広がる青空が圧迫感を取り除く。

 照りつける太陽は目を細めさせるほど眩しく輝き、俺に夢の中という逃げ道を塞いだ。


 日はまだ正午に至っていない状態だった。

 幾年にも感じた重苦しい時間は、一日どころか半日すら経っていない。

 

「シュウゴ……?」


 氷の橋の上には、ポツンと背を向けていた大男が一人だけ立っていた。

 俺達の退却を誰よりも先に気づけるように待っていたのだろう。


「フレッジ……」


 振り返った男の顔を見た途端、俺は懐かしい感覚に浸った。


 浦島太郎にでもなった気分だ。

 この厳つい男も出会った頃より随分と老け込んだな。

 いや、俺もか。きっと今は、幾年も経たようなやつれ顔をしていることだろう。


「お前……一人か……」


 俺は言葉を発さず、乾いた笑いで答えた。


 これで終わる。この男に託せば、俺は義務という呪縛から解放されるんだ。


 これで……これでやっと……。


「よく帰って来てくれた!」


 大男は両手で俺を力強く抱きしめた。

 そして、背中を2回、強く叩く。


 涙が溢れそうだった。

 仲間と使命を見捨ててのこのこ逃げてきた男など、罵倒されても仕方がないのに。


「すまない……俺は……」

「もういい……もういいんだ」


 彼は知っているんだ。仲間を失った辛さを。残された者の辛さを。己の重責を。

 俺は同じ立場になって、彼に最大の尊敬の念を抱く。その強さに。

 だけども俺は、彼のようになれなかった。


「聞いてくれ……。起きたことを全て……話す」


 もう時間が無い。

 俺もいつ死んでもおかしくはないんだと、男の手から離れ、その場に座り込んだ。


 

 俺は余すことなく伝えた。

 俺達の身に起きたこと、カズトが見い出した攻略法を。そして――。


 

「俺達は失敗した。だから……もう戦わなくていいんだと……一刻も早く伝えてくれ」


 きっと彼らは今も魔族と戦っているだろう。俺達の成功を信じて。


 だけど、もう誰も血を流す必要は無い。これで終わりでいいんだ。

 失望させてしまうのは心苦しいが、俺は英雄なんかじゃない。


 ただ一人の冒険者に過ぎなかったんだ。


 俺は立ち上がると、一瞬だけ浮遊感に襲われ平衡感覚を失いフラついた。


「だ、大丈夫か……?」

「ああ……ただの立ち眩みだ」


 どうやら残された時間も少ないようだ。

 光から離れても、症状が悪化しないとは限らない。


 近くに治癒術師も待機しているが、もう治してもらう必要もない。

 

 俺は国宝の剣を手渡し、ゆっくりと踵を返すと、戦友の顔を見ないまま別れを告げる。

 

「お前は凄いよ……俺は……耐えられなかった」

 

 察してくれたのか、大男は何も言わなかった。


 ……すまない。


 再び忌々しい霧の中に入る。


 白い退屈な世界をまた、緑の光を辿って歩き出す。


 ふと後ろを振り向くと、そこには誰もいない。

 いつも居た、あの三人の姿の幻さえ見えなかった。


 待っていてくれ……俺もすぐ……一緒に……。


 もう一度転生できるなら、また彼らと同じ世界に行きたい。


 学校でも冒険者でも何でもいい。

 ただそれだけを願って、彼らの元へと歩く。


 戻る時とは違って、俺の足は自らの意思で進んでいた。

 身体が軽い。寒さで指先の感覚が麻痺しようとも、足早に進んだ。

 

 ――カズト、俺もそうだったよ。

 この世界で過ごした時間は短くても、俺も……みんなといたこの世界の方が楽しかった。


 ――クレス、口では言わなくても、君は俺達を認めてくれたことは解っているよ。少々不器用だけども、何だかんだ言っても君抜きでの冒険は退屈と言えよう。


 ――ネリィ、君が居なければパーティは崩壊していただろう。よく喧嘩する他の二人を宥められたのは、誰よりも他人を気遣う優しい心をもっていたからだ。


 俺は幸せ者だった。失ってしまって漸くそのことに気づくなんて。

 だけどもう少しだ、今度は針の本数を数えている。


 あと五本分――。


「ぐっ……」


 急な胸の痛みと共に、その場に正面から倒れる。

 冷たい氷の床が頬に当たるが、もう冷気も痛みも感じない。

 

「クソっ……!」


 激痛が俺の心臓を苦しめる。


 まだだ……、もってくれ……俺の体よ。

 俺達は四人でひとつなんだ。

 

 胸を押さえて立ち上がる。


 こんな痛み、何度も乗り越えてきたんだ。

 今更この程度で屈しはしない。


 あと少し……最後の針。


 希望の階段が見えてきた。

 俺は母に逢う子供のように期待を寄せて駆け上がる――。



「えっ……」


 俺は最後の段を登る途中で立ち止まる。

 

 違っていた。

 色が違う。

 いや、何かが覆い被さっている……?


 階段を上がったそこには、トンネルのように覆った氷が待ち受けていた。

 強烈な変化に一瞬たじろぐが、何故か俺は安堵する。

 

 それは朝焼けのような色の氷。

 見ただけで暖かみを感じる優しい色だった――。

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