最後の挑戦へ
――話を再び大氷河へと戻そう。
クレスに殺されかけるのはお約束だ。
冒険へ行く度に必ず1回、俺達を巻き込まんと殺意マシマシで広範囲魔術をぶっ放してくる。
しかもカズトに効かない雷の魔術は使わないという徹底ぶりだ。
それを九年続けているんだから呆れるね。
俺達はもう、アイツはああいう癖があるのものだと改善は諦め、渋々受け入れていた。
せめて最後くらいはやらないだろうと高を括っていたのだが、残念ながら最後ですら例外ではないようで。
「お前、最後くらいは止めろって」
「え? 最後だから本気でやったんだけど」
「コ、コイツぅ……!」
放った文句に対し、涼し気に返したクレスをカズトが殴りかかろうとしたので止めに入る。
積年の恨みと言わんばかりに噴火しそうな勢いだ。
俺がカズトの腕を掴んだのは、彼が返り討ちに合わないためだ。
実力では百パーセント勝てないからな。
悲しいことに、この世界では男女の筋力差は優劣に響かない。
「その辺にしときなって。クレスは死んでも謝らないから、最後も堪えてあげて」
「理不尽すぎやろ……」
ネリィは子供がすることだからと言う母のように宥めると、カズトは力なく項垂れたので、引き留めていた腕を放した。
「食えるのか……これ?」
散乱した巨鳥の肉片は爆破熱で漆黒に染まっている。
現地調達しなくても食料のストックはあるが、未知の領域へ挑戦するために、できる限りの節約はしたかった。
「あの魚食いたかったわ……」
落胆しているカズトが見事に仕留めてくれた魚は、下見時に味わっていた。
まあ、確かに美味かったよ。
目の前のは跡形もなく爆散してしまっているが――。
こうして俺達は後で歩いている敵に警戒しつつも、大氷河の奥地へと進む。
地図確認し、氷塊に削られた印を確認しつつ、時には魔物と戦いながらも予定通りのルートで何事もなく最初の目的地へと辿り着いた。
そこは大氷河と零の都の境目。
零の都は高濃度な白霧によってドームのように遮られており、上空からも様子を覗くことは出来ない。
人間領側からの侵入経路は一箇所のみ。
手すりの無い幅広の氷の橋が、分断された氷の大陸を繋ぎとめている。
橋の下は無数に砕けた氷塊の浮かぶ冷たい海だ。
海との高低差は二メートル程度であるが、滑って落ちれば冷水と魔物が待っている。
見渡せば幾つもの大きな影が誘うように水面を揺るがしており、釣りをすれば一発でヒットさせられるだろう。
無論、並の釣り人なら引き摺り込まれてしまうが。
橋を架けたのはミラゼア族であるが、これを使って攻めて来るどころか通った情報も無い。
故に橋を残している理由は不明だ。
霧の中に入るのは明朝。
万全を期すために、橋の手前で一夜明かし、疲れを取り除く必要がある。
ただし、この場所にセーフティーゾーンなんて存在しない。
常に魔物の脅威に晒されるため、交代で見張りを立てなければならないのだが、今回は普段とは違っていた。
まずは寝床の用意。
風が無いとはいえども寒さを凌ぐ為に、かまくらのような熱を逃がさない小さな空間が欲しい。
しかし、この場に雪は無く、あるのはミラゼア族が遺した溶けない氷だけだ。
その氷を彫るのは骨が折れる。
強度は岩に近いため、削っている間に日が暮れてしまうだろう。
ならば細かい氷塊を積み上げればいいと、周囲から持ち上げられるサイズに砕かれた氷塊を積み並べ、氷の魔術で補強。
床に毛皮のカーペットを敷いてやれば、外は疑似かまくら、中は寒冷地仕様の寝室の完成だ――といった手順は、もう終わっていた。
俺達より先に、ここへ来た別動隊が用意してくれたのだ。
「お疲れさん。調子は?」
「問題ありません」
先に声を掛けたのは南ギルドのマスター。
カズトが悪徳レスラーと揶揄した男は、倉庫にしまっていたであろう分厚いマフ付きのコートで身を包み、長柄の両刃斧でこの場を護っていた。
「まさかお前らがここまで成長するとはな。カズト、お前……お荷物になってないか?」
「なってへんわ!」
二人は再会を懐かしむように握手を組み交した。
この厳つい男にビビッていた日々が遠い昔のようだ。
カズトの声が遠くまで伝わると、食事の準備をしていた男達が続々と集まってきた。
「いつでも食えるぞ。今日はゆっくり休めよ」
「ありがとうございます」
ここにいるのは他のギルドマスターや、族長戦で生き残った冒険者たち。
中には後にギルドマスターとなるフレッジの姿もあった。
少しでも俺達の負担を減らそうと、最終決戦へ向けて集まってくれたのだ。
高級食材で彩られたスープを渡され、その温かみを手で触れる。
ちょうどクレスにかけられた魔術の効力が切れ、寒さを感じていたところだ。
歴戦の猛者たちが、俺達を後押ししてくれる。
これ以上に心強い味方はいない。不安が一気に溶け、勇気が沸き上がる。
最終決戦へ向かう主人公とはこんな気持ちなのだろうか。
ここはラストダンジョン手前で、ラスボスはすぐ近くにいる。
ひょっとしたら、ここはゲームの世界なんじゃないかと考えてしまう。
ラスボスを倒せば、エンディングを迎えて元の世界に帰れるのかもしれない。
神か何かが俺をこの世界に呼び、救いを求めた。
ゲームのように攻略し、転生者にスキルを与えて――。
……そんなわけない。
何人死んだ……? ここへ辿り着くまでに。
もし傍観者を決め込んでいる神がいるのなら、その頬に拳を叩きつけるだろう。
魔族が下らない戦いを始めなければ、俺はまだ普通の冒険者でいられたし、多くの戦友を失うことはなかった。
これはゲームではなく現実だと、己自信を鼓舞する。
橋向こうにある霧の先を見つめ、拳を握りしめた。
――『零の都』。
そこは俺達にとって初となる未踏の地。
あるのは入り口付近の情報のみ。
その先へ進んだ者達は、誰一人とて帰らなかった。




