二人の天才
カズトと組んで一年が過ぎ、Cランクまで到達していた俺達は伸び悩んでいた。
「そろそろB行きたいんやけどなぁ……」
「流石に無理だろ。もう二人じゃ限界かもしれないな」
二人で中央ギルドの巨大な掲示板を眺めながら思案に耽る。
Cランクへの昇格は僅か二ヵ月で済んだのだが、その先は高い壁が待ち受けていた。
通常、昇格には1つ上のランク案件を幾つかこなしてマスターに認められる必要がある。
Bランクから上は魔物の有無に関わらず、立ち入るだけで危険な地域ばかりだ。
推奨される装備は現地調達の素材ばかり。
店で買おうものなら足元を見られた値段で割に合わない。
例え無理に揃えても、背伸び状態では先が思いやられるだろう。
これまで俺達は治療薬などの道具や、環境に合わせた装備を使いながら進んできたが、如何せんコストがかかる。
Cまでは何とかなったが、B以降は財布と相談する必要も出てくるのだ。
ランクが上がれば報酬が増えるとはいえ、コストと危険性を考えれば挑戦する気概が薄れるというもの。
つまるところ治癒術士と魔術士の加入は必須条件と言えるだろう。
スキルに頼ろうとも、俺のはあくまで危険が視えるだけ。
代替案の魔導具を頼ろうにも俺達の矮小な魔力では使用コストが大きすぎて宝の持ち腐れであり、この条件は俺達にとって逃れられない宿命だ。
「別のパーティ誘うか?」
「やっぱ固定メンツがええな。連携しにくいし、何より……」
実は他のパーティと共闘することもあった。
しかし、報酬の分け前で必ずと言っても問題が起きる。
きっちり人数分で割ることができず、誰が活躍したかとかで毎回揉める。
まだ習熟度が低い俺のスキルでは戦闘を避けがちで、この手の話はどうにも相性が悪く、いつも歯がゆい思いをしていた。
「難しい問題だな……。誘うにしても、今のCランク以下の連中から選ぶことになるぞ」
報酬の分け前が減ってでもBランクの先輩方にご教授頂きたいものだが、B以上は既に固定パーティを組んでいる。
わざわざ俺達に付き合っている稀有な存在もいなければ、自分より低ランクパーティに加入してやるといった変人もいないだろう。
もっと早い段階で人を募る必要があったのだが、当時では治癒術士と魔術士は貴重な人気職。
新人を見つけては即勧誘されるほどで俺達も目を凝らしていたのだが、残念ながら一度たりともチャンスは訪れなかった。
「こうなったらギルド前で張り込むか。支援施設から出てくる転生者を捕まえるか……」
「何日かかんねん……所持金尽きるわ。イチから初心者鍛えるのもしんどいで」
RPGなら加入する新メンバーは自動的にレベルを合わせてくれるのがセオリーだが、現実は甘くない。
カズトの言う通り、新人に合わせDランク案件へ戻れば気分的にしんどくなるのも頷ける。
「あそこにいる二人組なんかどうや? いっつも二人でいるみたいやし丁度ええやろ」
この男が指差した先を見ると、俺は即座に馬鹿かと侮蔑の言葉を投げた。
「あの二人はAランクだぞ。俺達とは住む世界が違う」
「まあええやん、聞くのはタダやで」
「あっ、おい!」
ここは中央ギルド、南の三倍はある敷地面積に、カウンターで対応する人間も三倍だ。
ひとつだけ違うのは対応する人間がマスターではなく受付嬢だということ。
ライセンス剥奪のリスクが低い荒くれなDランク連中と違い、ここはBランク以上のパーティが集まっている。
みな心に余裕があり、優雅に待合席でコーヒーを嗜んでいる連中や次の冒険の為に資料を漁っている連中が争いごとなど起こそうはずもなく、白髪交じりで細身のマスターはカウンター裏で肘をつきながら書類整理をしていた。
俺達もあと1ランク上がれば、ここに拠点を変えられる。
極悪レスラーみたいなマスターとは一日でも早くおさらばしたいと、カズトは躍起になっていた。
この中央へ足を運ぶ度に理想を見せつけられ我慢も限界に達しているのだろう。
藁にも縋ろうとする男を、俺は追いかけていく。
「アンタら二人でキツいんとちゃう? 俺らと組まへんか?」
……言っちまったよ……。
カズトが声を掛けた二人の女性は異彩なオーラを放っていた。
誰も関わりたくないのか、待合席は満席に近いのだが彼女らの付近は空席が円を描いている。
特に目を引くのが丸テーブルから覗く素足で、遠くからでも二度見してしまうほど淡く滑らかでモデルに相応しいくらいに長い。
魔術士御用達の茶色のブーツを履き、脚を交差させている女性は読書に耽っているようだった。
赤銅色の前髪から覗かせる瞳が一瞬こちらに向けられると、興味が無さそうに意識を本へと戻す。
無表情だが見るからに不機嫌を示しているようで、聞く前から断られるのは明白だった。
もう片方はつま先が銀色で固められたブーツを履き、足先を伸ばしている。
こちらはローブを羽織っている相方と違い、薄着で両肩と腹部を見せていた。
一見格闘家と見間違えるが、洗練された治癒術士だと言うことは噂で聞いていたから知っている。
二人は十七という若さでAランクに昇りつめた天才コンビ。
それが去年の話だというのだから驚きだ。
しかも今年にはSにいくんじゃないかと巷で囁かれている。
このオレンジジュースを飲みながら無垢なダークブルーの瞳を向けた彼女の名はネリーヌ。
手に持っていた新聞をテーブルに置くと、ポニーテールを揺らしてこちらに振り向いた。
彼女のつやのある唇が開こうとした時、もう一人の女、クレスリットが吐き捨てるように呟く。
「無理」
完全なる拒絶。
相手に見向きもせず魔導具のカタログからも目を逸らさない。
まあそうなるよな。
予想通りの答えが返って来て俺は胸を撫で下ろす。
ランクを抜きにしても、二人は街を歩いていれば振りかえざるを得ないほどの美人だ。
しかし、同時に近寄りがたい存在でもある。
都会にいる太陽のようなギャルと、月のように煌めくモデル女といったところか。
俺はこの人生の中でどちらのタイプとも関わった経験は無い。
美女との冒険は男なら誰だって夢を見るだろうが、正直奥底にある期待よりも拒否感が強かった。
気の強そうな女性と昼夜を共にするのはハッキリ言って心労に堪えない。
彼女らに気さくに話しかけられるような奴は身の程知らずな軟派な男だけだろう。
あるいは芸能関係者か。
カズトには後で称賛を送ってやるとして、俺はそらみろと、踵を返そうとした――。
「……いや、俺らCランクやけどBよりのCやから」
……まだ続けるか、この馬鹿。
自信満々に声をかけたものの、返ってきた答えを想定していなかったのか、居心地悪そうに眼を泳がせている。
「彼女らはSよりのAだよ。俺達が手に届く相手じゃない」
拒否理由がランクだったら、とっくに人数を揃えている。
それでも二人だけでいるのは何か特別な理由があるはずだ。
魔術士の方はどう考えても人付き合いが嫌いなタイプだし、今の地位で上を目指さなくても十分裕福な暮らしができるだろう。
確かに彼女らが加われば心強いが、そんな甘い話は無い。
「せやかて……胸はBよりのAって感じやで」
「ばっ……お前っ!? デリカシーってものが無いのか……!?」
俺は馬鹿の耳元に小声で攻め立てた。
何をトチ狂ったらそんな発言が出るんだ。
急に全身から汗が吹き出て止まらない。
「大丈夫やって……、こういう発言が良い結果を結ぶって……アニメでやってたんや」
「そんな狭すぎる知見参考になるか……!? いいから謝れ……!」
俺は恐る恐る二人の表情を確認した。
特に棘を刺しそうなジト目の魔術士を覗くと、意外にも涼しい表情で待っていた。
「そ。言いたいことは解かった」
俺は安堵しなかった。
逆に恐怖を感じていたからだ。
「表に出ろ」
それみたことか。怒気迫る声で鋭い眼光が突き刺さる。
俺は関係ない。全力で逃げ出そうと考えたが、暴走列車を止められなかったのは俺の責任でもある。
黙って人生初の土下座に入ろうとすると、明るい声によって制止された。
「まあまあ、いいじゃん。実際……限界感じてたとこだしね。それにどっちかって言うと、アタシらBよりのAだし」
「は? そんなに小さくないんですけど」
「いや、そっちの話じゃないって……」
彼女達も同様に壁に当たっていたらしい。
天才と持て囃された二人だが、やはり限界があるようで伸び悩んでいたようだ。
「ごめんね~、この子ちょっと気難しくてさ」
申し訳なさそうに手を合わせて頭を下げるネリーヌ。
人は見た目で判断してはいけないな。
俺は心の中で彼女に謝る。彼女だけに。
「知ってるよ。シュウゴとカズト、未だ失敗無しのCランク冒険者でしょ。噂は耳にしてる」
意外なことに、俺達は注目されていたようだ。
上位にいる彼女の口から聞けたのは誇らしげな気分になり、口元が少しだけ緩んだ。
「一度だけお試しってのはどうかな? どんな風に戦ってるのか気になるし」
「ええんか!? やっ――」
はしゃぎそうになった男を肘で小突く。
まずは謝罪しろと小声で伝えると、カズトはあっさりと土下座した。
「これが初めての失敗になるかもね。人生の……」
「クレス~? 脅さないよ~」
――こうして俺達は、彼女達と冒険を続けることになった。
天才的な治癒術士と魔術士の加入は大きく、その実力に圧倒されながらも、俺達は地道に経験を重ねて行った。
俺は入念な準備と持ち前のスキルを活かして徹底的に危険を排除するという、パーティが強化されても堅実なスタイルは崩さなかった。
加入した二人もそれに同調してくれたため、失敗しないと言う俺達の記録は更新され続けていた。
Sランクまでの道のりは険しい。
元々才能を発揮していたクレスとネリィは早い段階で昇格していたのだが、俺はかなりの年月を要した。
優秀な二人にくっついてお零れを得る。所謂キャリーというやつではAランクまではいけてもSランクの承認は得られない。
協調性、経験は勿論のこと、特に単独での実力が重量視されるため、認められるには単独でAランクの魔物を討伐できるだけの実力が求められていた。
俺が認められたのはスキルを極め、カウンターの達人と呼ばれる頃だったな。
残ったカズトがSランクに達したのは魔族との戦争中、四人で力を合わせたものの、ヴェルハの族長を討ったことで特例としてSランクに昇格した。
そこが始まりだった。
俺達が冒険者ではなく国の戦士として戦争に駆り出されたのは。
そして、最後の冒険へと繋がる――。




