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異世界救命師  作者: 橋広光
第四章 零の都

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大氷河 クレスとネリィ

 急速に落下する焦がされた巨大魚を、俺は虚空でも見つめるようにじっと眺めていた。


 このまま何もしなければ分厚い氷の下の水面に直撃し、鉛の様に沈んでしまうだろう。これを食すには着水前に引き寄せる必要があったのだ。


 足場の悪い割れた氷河の上では、空中でお姫様を救うかの如く抱き寄せるのは不可能だ。そもそも獲物がデカ過ぎる。

 最適な手段は魔術で引き寄せるのが理想だろう。


 そんなことは当然解っているだろうと、俺は敢えて何も言わず、ただ後ろにいる魔術師の行動を待っていた――のだが。


 突如、大きな影が俺達を覆い、太陽を遮った。


 焼き魚は着水直前で、更に巨大な鳥の鉤爪に捕らえられてしまう。


 異形ともいえる四枚の翼、フラミンゴを連想させる長い首と脚、氷の世界に相応しい白銀の姿から一枚の羽根がふわりと落ちてくる。


 スキルが反応する前に俺の頭から警鐘が鳴った。


 呆けている場合ではない。

 コイツは大氷河における生態系で頂点に立つ怪鳥『アヴローグ』。


 羽ばたいた後にはオーロラが発生し、その美しさから幸運を呼ぶ鳥とも囁かれている。勿論幸運を運ぶなんてのは世迷言だ。


 コイツが運ぶのは死。


 光のカーテンに見惚れている暇は無い。

 カズトは次の矢を引く体勢に入っているだろう。


 奴は獲物を捕らえている状態だ。小人に構わずこのまま過ぎ去ることを期待するが、残念ながら願い虚しく、鷹のような鋭い眼光が俺の背後にいるカズトを見据えていた。


 俺は注意を引かねばと、腰に添えた剣の柄を握る――。



「ディターナ・エクスプロージョン」

 

 背後から微かに聞こえたその言葉で、もう一つの敵を思い出す。


 ゲームをやっていればエクスプロージョンという単語は馴染みがあるだろう。当然、その意味はこの世界でも爆発を意味する。


 そう、爆炎魔術だ。


 巨鳥から閃光が放たれると、俺とカズトは状況を完全に理解し、青ざめる。


 悲しいかな。真の敵は内側にいるのだ……。


 俺はクソッたれと汚い言葉を吐きながら、赤のない安全地帯へと耳を抑えながら倒れ込んだ。


 鼓膜が破れそうなほどの爆発音と共に、爆風に煽られる。


 滑り出しで運良く氷柱に当たり、そのまま氷柱に手を回してコアラのように必死でしがみつき、強風から耐え忍んだ。

 下の氷には亀裂が走り、周囲の氷塊は崩れ、振動によって水面から水が弾け飛ぶ。

 更に上空から何かの肉片と赤い血飛沫が雨の様に降り注いだ。


 カズトは無事かと横目で確認すると、上半身だけが見えていた。

 見えない部位はクレバスの中だろう。

 氷上で弓を突き刺し、落ちないようにしがみついていたのだった。


 一先ず困難は乗り切ったと安堵していると、コツコツと響かせた足音が近付いて来る。

 ソイツこそがこの騒ぎの元凶だ。


「残念、焼き鳥でしたー」

「何すんねん、アホ! 殺す気か!?」


 カズトが怒号を飛ばした相手はクレスリット。通称クレス。


 このしゃくどう色のジト目で俺達を見下す爆弾魔も、長年苦楽を共にするパーティの一員で魔術師だ。

 同じく後衛のカズトと同じローブに身を包み、首元まで伸びる赤銅色の前髪が顔を出している。


 王国の出でありながら髪や瞳の色が他の人々とは異なるのは、彼女が魔導具によって変えているからだ。

 ゲームで例えるのなら「パッシブスキル」や「オートスキル」か。


 身に着けていれば色彩変化の魔法を常時自分にかけることができる。

 ただし、充電が必要な電子機器のように、効果を維持するには自らの魔力を補充する必要がある点には注意が必要だ。


 身だしなみに魔力を割ける余裕があるってのは羨ましい限りだな。


 驚くことに膨大な魔力を有するクレスはピアスにチョーカーやネックレスと、魔導具としてのアクセサリを幾つも身につけており、指輪に至っては指一本につき二つの指輪をはめている。

 恐らくは外から見えない部位にも魔導具を着けているに違いない。


 魔導具をそんなに装備して管理しきれているのかと問われれば、答えはノー。


 彼女は俺のようにその日その場で最適な物を持ってきているわけではなく、単に魔導具マニアだからだ。

 好きだから着けている。ただそれだけらしい。


 「どうせアンタら死なないでしょ」


 立ち上がる白煙と焦げ臭さが充満する氷上で、この女は詫びる様子もなく眠そうに欠伸をしている。


 助けてもらえそうにもないので、仕方なく俺がカズトを引っ張り上げた。


「普通に死ぬっつーの」

「大丈夫、死にそうになったらアタシが直してあげるから」

 

 後から声をかけた女性はパーティ最後の一人、ネリーヌだ。通称ネリィ。


 彼女もクレスと同じ王国出身で、クレスとは幼少期からの付き合いらしい。


 パーティでの役割は治癒術師――なのだが、今この場にいる中で最も薄着だ。

 雪が降っても素足を晒す女は元の世界にもいたが、彼女の場合は理由が異なる。

 そもそも防寒対策が必要無いのだ。


 転生者が治癒術師と聞けば回復魔法特化の支援役、後方で護られながら戦うイメージが強いだろう。


 しかし、この世界の治癒術師は単純な回復役では留まらない。


 治癒術は魔力ではなく、生命力と呼ばれる力を使用する。

 ところがこの生命力というもの、治癒術を齧っただけの俺には言葉で説明できるほど理解が出来ていない。


 命の力――とはまた違うらしい。


 ネリィ曰く、生命力が強まれば同時に肉体も強化され、魔術の補助無しでも高温低温下ですら適応できるようだ。

 更に筋力や再生力も強化され、俺と同じタンク役も兼任している。


 治癒術師は極めればアタッカー、タンク、ヒーラーを兼任できる非常に頼もしい存在だ。

 それ故に、俺とカズトは臨機応変に役割を変えている。

 お陰様で多種多様の武具にも慣れることができた。

 

 普段はヘソを出しているのに、今回だけ胴当てをしているのは族長戦での反省ゆえか、零の都対策か。

 どちらにせよ目のやり場に困るのでこのまま控えてもらいたい。


 武器は己の拳。

 クレスと同様に杖などの媒介も無し。


 このSランク冒険者の治癒術師はスレンダーな見た目からは想像できないほどの剛力を持ち、素手で氷塊もかち割ってしまうだろう。


 こちらもクレスの影響か、髪と瞳の色を彼女と対称的なダークブルーに染めている。腰まで伸びる髪はポニーテールで纏め、治癒術師というより格闘家を彷彿とさせる。

 

「何で瀕死からやねん。怪我したら直せや」


 恐れ知らずのカズトが女二人に文句を言い放つも、彼女らは普段通りに聞き流す。


 こんなやりとりももう見られなくなってしまうのかと、旅は始まったばかりなのに、俺は開始早々センチメンタルな気分に陥っていた。


 成功すれば莫大な報奨金と名声が待っている。

 失敗すれば死。

 どちらに転んでも最後の冒険なのだ。


 しかし、俺は甘かった……。


 そんな考えでいたことこそが、最大の失敗だったんだ。

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