大氷河 シュウゴとカズト
『零の都』――。
そこは冒険者の最終到達点であり、未だかつて誰も踏破したことのない場所だった。
人間領から比較的近い距離にあり、魔王が住まうとされる根城――『魔王城』への近道でもあるためか、この場所を経由するルートは別名『魔王の背』と呼ばれている。
裏ルートなだけあって、ゲームで例えるならば最高難易度といったところか。
これは俺が冒険者としての最後の冒険だった。
俺が仲間達と共に裏ルートを進んでいた一方、王国軍と帝国軍が手を組み正当なルートから魔王城目指して侵攻していた。
あっちは距離があるものの、環境的な要因を受けない平地の多いルートだ。
長らく続いた魔族との戦いを終わらせんと、少しずつ領地を制圧しながら進んでいた。
三大魔族の族長が討たれ、人間側の士気は最高潮。
多大な犠牲を出しながらもこれが最後だと、最後の一兵となりとも歩みを止めないくらいの勢い動いていたとのことだ。
対して俺達は魔王の背をつき、挟み撃ちを仕掛けるという作戦で動いていた。
未だ踏破されていない零の都を通り抜けることで、魔王の意表を突くという算段だった。
言わば軍は囮。
英雄と呼ばれていた俺達は失敗できない重大な使命を負っていた――。
人間領と魔族領を隔てる『大氷河』。
まずはそこを抜けなければ零の都には辿り着けない。
俺達は寒冷地対策の装備と魔術で身を守り、迫り来る魔物を薙ぎ払っては意気揚々と歩んでいた。
先頭を歩くのは勿論俺で、『危険予知』のスキルに頼りながら氷の世界を進み行く。
そこは元々海だった場所。
ミラゼア族の圧倒的な力が海の上に氷の大地を形成し、行く手を塞ぐように積みあげられた巨大な氷の塊が迷宮を創りだす。
驚異的なのはその規模だろう。まるで砂漠だ。
進んでも進んでも同じ景色しか見えてこない。
空のような青白い景色は魅入ってしまうほど幻想的だが、長く見続けていれば流石に飽きる。
そして当然、この地にも魔物が生息する。
ギルドが提示している推奨冒険者ランクはA。
氷点下である環境要因は勿論のこと、ミラゼア族をも恐れぬ獰猛な魔物が潜んでいるのだ。
雪こそ無いため視認できるが、裂け目であるクレバスに落ちれば一貫の終わり。
下は海とはいえ冷水だ。一瞬で体温が奪われるだろう。
最悪の場合は魔術でケアできなくもないが、余計な力は使いたくない。
この先には未到の地と魔王討伐が控えているのだから。
ちなみに、大氷河を歩くのはこれが初めてじゃない。
予め下見へ行き、最適な装備を整える為にこの地で生息する魔物を狩り、素材を持ち帰っては加工していた。
ゲームじゃよくある設定だ。
とあるステージをクリアするための最適装備は、そのステージに眠っていたりステージのボスから得られたりする。
実際、どんな過酷な環境でも適応している生物が存在すれば、人の知恵と工夫で乗り越えるのは不可能じゃない。
寒ければその地に棲まう獣の毛皮を纏う。古来からやってきたことだ。
そして2週目ならば攻略難度はガクッと下がる。
迷路のように入り組んでいるとはいえ、ここは地形変動もなく先人が遺した地図だってあるため迷うことは無い。
一度見た景色ならば気持ち的にも安心できるのも大きいだろう。
ここは雪山のように体感温度を著しく下げてくる吹雪は無い。
氷点下とて高低差のある山登りに比べれば大分マシだろう。
元は海だった場所だ。流石に夜は冷え込むが、太陽が出ているうちは体感温度が上がり、風も無いため氷の洞窟よりも暖かい。
難点は足場が悪いことくらいで、環境的難度はCランク程度ってとこだろうな。
さて、ここで装備の話だが、戦闘から逃れられない冒険家はできるだけ軽量化を求めなければならない。
フード付きのモフモフなダウンを着たいところだが、動きにくいし、激しく動けば汗が籠ってしまう。
重ね着はインナー含め三着まで。
寒冷地にしては薄着過ぎるが、先陣を切る俺だけには魔術師から常時体温調節の魔術がかけられ、平地と変わらぬ状態で動けていた。
更に敵の注意を引きつけるために敢えて目立つ赤色の上着を羽織っている。
俺は言わばタンク役だ。
確実に奇襲を回避できる俺ならではの役目で、このパーティでは常にこのスタイルでやってきた。
ブーツは氷の上でも滑らないように、氷上で激しく動く猿型の魔物の皮膚を素材としている。
氷上ならばこれより優れた素材な無いだろう。
こればかりはパーティ全員が着用している。
そして肝心の武器だが、刀身が赤く染まる赤熱の剣――『ヴァルエント』。
鞘から抜き取れば、蒸気を上げ、触れた物を高温で溶かしながら切断。
武器だけは現地素材ではなく、元々持っていた物で、コイツはダーム火山の頂上で採取したヴァルニウムと呼ばれる特殊な鉱石から加工している。
ミラゼア族には効かないが、この大氷河にいる氷の魔物には有効で、一撃で仕留められることは下見で実証済みだ。
こうして入念な準備ができていれば、足元を掬われることは無い――と。
周囲を見渡しながら歩いていると、俺の足元が円形に赤く染まった。
脅威まで五秒。
その場で四秒立ち止まり、残りの時間で後ろへ飛び退く――。
「カズト!」
「あいよ」
鋭い破裂音と共に足元の氷が割れ、何かが空へと羽ばたいた。
何が来たのかは当然知っているのだが、頭を上げて宙を舞っている物体をその目で確認する。
飛んだのは魚だ。
大人ひとり丸呑みできるくらいの大きさの口を持つ巨大魚。
甲殻類の様な硬い殻で頭を覆っており、それを利用して氷を砕いたのだ。
そして――狩りに失敗した巨大魚が頂点に達した時、無防備な胴体を一本の矢が射抜いた。
その矢はただの矢ではない。
電撃を帯びた矢が巨大魚を貫くと同時に身を焦がした。
瞬く間に力尽きた巨体は微動だにしないまま真っ直ぐと落ちていく。
「どや。魚の丸焼きの出来上がりや。今日はコイツを食うで」
この弓を射た男は『カズト』。
俺のパーティメンバーの一人だ。
名前から察せられる通り、俺と同じ転生者で、弓矢が纏っていた電撃は魔術ではなく彼のスキルによるものだ。
髪も瞳の色も俺と同じの日本人。
少し長めの乱れた髪で眼鏡を掛けているが、眼鏡のレンズは外されてスカスカだ。
何故フレームだけで掛けているのかというと、こっちの世界に来て視力が上がってしまったからだ。
俺もそうだが、電子機器から離れ遠くを見ることが多くなったり、治癒術をかけられ続けた影響もあるのか、気づかぬうちに視力を徐々に回復させていたらしい。
ぼやけた眼鏡を掛ける必要は無いのだが、本人曰く、アイデンティティを失いたくないだとか、元の世界の物をいつまでも身に着けていたいだとかでレンズのみを外したのだ。
この世界じゃ眼鏡を掛けているのは珍しい。
視力回復という治癒術の存在が必要性を奪っているのだ。
その為、この世界では単なるファッションアイテムとして広まっている。
身を包んでいるローブは青白く、狩人らしく周囲に溶け込むことを目的とした色だ。後方支援の彼は俺と違って目立たないようにしている。
扱う弓は、当時でも最高峰の性能を誇る『アルテミスの弓』。
その名に恥じぬとおり、威力、射程、精度、扱いやすさ、全てが最高レベル。
金色に煌めくその代物は国宝とも呼ばれ、王国によって厳重に保管されていたのだが、今回の討伐戦において国王が直々に支給したのだ。
今使わないでいつ使う? 必ず勝てと、俺達は国の期待を一身に背負っていた――。




