ミラゼア族
――ミラゼア族。
その言葉を聞いただけで戦慄する人間は多い。
さっきまで野次を飛ばしていた冒険者たちの耳に入ればパニックになっていたほどだ。
実際に戦った俺とて恐怖の対象だった。
それ程にまで強く、多くの人々を殺してきたのだ。
「確かな情報か?」
「奴らが虚偽の情報を流した前例は無いのでほぼ確定かと思われがちですが、指揮系統が変わっているため断定はできません」
続けてジルフェールは、部下に説明するようミラゼア族の脅威を深刻な表情で語る。
「私は当時、奴らとの戦いを遠くから眺めることしかできなかった。魔族への恨みが消し飛ぶほどの恐怖に襲われ足が竦み、こっちへ来ないでくれと……ひたすら願ったものです。奴らが通った先に残るは氷漬けにされた屍と、環境を寒冷地へと変化させる強烈な冷気。溶けない氷は、戦死者たちをオブジェとして……今も各地に遺していることでしょう」
今も恐怖が残っているのか、手を震わす団長の話は場の空気を張りつめさせた。
サクハは口を少し開けたまま驚いているようだが、話だけでは実感が湧かないのだろう。来たばかりの転生者ならば自然な反応だ。
対してリチャードは団長の弱音を聞いてしまい自信を喪失してしまったようで、愕然と立ち尽くしていたが、僅かな沈黙の後、微かな希望に縋りつくように疑問を投げた。
「だ、団長……。ミラゼア族は絶滅したと聞いていたのですが、あれは……デマだったのでしょうか?」
「いや……憶測だが、根拠はある。ミラゼア族は先細りする種族だからだ。……ところでイルシャ君、君は奴らについてどこまで知ってるんだい?」
「私はミラゼア族には関わるなと教えられていましたが、会ったこともなく容姿も特徴も知りません。多分、ミラゼア族に関しては……この場でサクハに次いで知識が浅いかと」
同じ魔族のイルシャから情報を引き出しかかったようだが、当てが外れたみたいだな。かく言う俺も少し期待していた。
「なら、最も詳しいであろうシュウゴさん。ご教授願えますか?」
「ああ」
この中で実際に戦ったことがあるのは俺だけだ。それでもミラゼア族について全てを知っているわけではなく、曖昧な部分もあると前置きした。
「ミラゼア族は――」
他の魔族に比べて、最も違いが出るのは3つの特徴だ。
1つ目は先程ジルフェールが伝えた通り、氷を操る種族であること。
厄介なのは人間や魔族が使う共通の氷の魔術とは性質が異なり、一般的に決定打とされる炎の魔術でさえ打ち負けてしまうことだ。
マグマですら一瞬で凍てつかせる冷気、何の対策も無いまま近づけば一呼吸で肺が凍るだろう。
更に無尽蔵に放たれる氷は戦地を氷河に変える。
大規模な攻撃は多くの人間や魔族を死滅させた。
2つ目は女性しか生まれないことだ。
例外はあるが主に白銀の髪と素肌、氷色の瞳を持つ以外に見た目は人間と遜色なく、その美しさは種族の境を越えて魅了する。
繁殖には他種族の男を必要とし、特性を引き継いだミラゼア族の娘が必ず生まれるらしい。
ただし、産めるのは一人だけで、繁殖に利用した男と共に子を産んだ母親は命を落とす。
ジルフェールが言った先細りとはこのことで、戦死すればするほど、種族の寿命が縮まっていく。
五年前ですら個体数は絶滅危惧種と呼べるほど減らしていたため、魔族の中でも希少な種族だっただろう。
この繁殖については多くの疑問点がある。
特に不可解なのは、最初はどうやって数を増やしたかだ。
情報が嘘なのか、分裂でもできるのか定かではない。
だが、数が減っているのは紛れもない事実だろう。
族長を含め、人間と戦ったミラゼア族の死は全て確認されている。
3つ目は非常に好戦的であること。
これは他の三大魔族と同じなのだが、目的が大きく異なる。
より強い種として残る為に、他種族から強い男を攫い、より強い子供を産むことだけを目的に生きている。
自信家でプライドが高く、強い男を奪うために同族同士で殺し合っていたこともあるほどだ――。
「強い男……ってことは――」
サクハが俺に目を向ける。
順当に考えればそうなるだろうな。
「行ってはいけません。貴方は救命師、冒険者と違って……例え騎士団の命令でも動かせないはずです」
イルシャが俺を庇ってくれている。
それだけでも救われた気分だ。
「よく調べてあるな。そう……けどな、俺は別の理由で……この話に乗るつもりなんだ」
それは救命師としての使命ではない。
俺個人の……。
「知っていたのか? 俺が断らないことを。誰に聞いた?」
「陛下からです。理由は知りませんが、貴方ならミラゼア族と言えば食いつくだろうと……」
「陛下か……そうか……」
三大魔族の族長を討ったことで、俺は国王と面識を持っていた。
報告の中にはジルフェールすら知らない情報だってある。
それが――。
「話してやったらどうだ? 今さら隠す必要も無いだろ?」
そう言ったのは、俺の後ろでカウンターに両手をついて聞いていたマスターだ。
身近にいたこの男にも、打ち明けていたのだ。
「そうだな……。陛下が俺を頼っているのなら、話しても構わないか」
今この場所には、国の将来を担う者達がいる。
俺が先人として伝えるのもいいだろう。
「五年前、零の都で俺達が撤退した時の話だ。少し長くなるが、大丈夫か?」
「勿論ですとも。是非ともお聞きしたかった」
ジルフェールは俺の心情を察して気遣っていたのだろう。
いくらでも非難できたものを、この男は五年経った今でも俺に逃げた理由を聞いたことは無かった。
立っていた三人が引き寄せた椅子に座ると、俺は最も強く残った記憶を引き摺りだす。
「何から話すべきか、そうだな……」
それは……俺が救命師になるきっかけとなった最後の冒険だった――。




