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異世界救命師  作者: 橋広光
第四章 零の都

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プロローグ 戦いの予兆

「ご苦労さん」


 正午を過ぎたあたりで、俺は救助を終えギルドへと戻っていた。

 回収した救難信号を含め、余った支給品を革袋に入れマスターへ返却する。

 

 今回の救助対象も新米冒険者で、結果から言えば救助は滞りなく成功。


 しかし、彼らは魔物との戦いで足を負傷してしまい、更にその隙を野盗に突かれ身ぐるみを剥がされるという散々な目に遭っていた。


 新米冒険者は野盗にとっていいカモだ。

 身寄りの無い転生者はもっといいカモで、攫われようが殺されようが誰も気にも留めない。


 スキルがあっても、平和な世から転生したばかりの肉体は筋力不足に対人戦の経験不足。転生者だけのパーティは非常に狙われやすいのだが、野盗如き雑魚戦だと言ったり、ゲーム感覚が抜けないのだから始末に負えない。


 知恵のある相手が魔物より楽なわけがなかろうに。


 場所が街道沿いだったから、俺は軽装と馬車で現地へと赴いていた。

 野盗は既に逃げた後で、救難信号を使ったら一目散に逃げだしたらしい。


 早々に救難信号を使ったのは賢明な判断だった。

 騎士団を恐れる奴らは居場所が特定されることを極端に嫌う。

 故に、命まで盗られることはなかったのだ。

 

 ギルド側は野盗が出た場合、遠慮なく救難信号を使えと忠告しているのだが、話を聞いていない奴は痛い目に遭う。


 どうやら今回は聞いてくれていたようで何よりだ。


 ちなみに救助費用は人的被害のため国が負担することとなっている。傷口に塩を塗ることなんてしたら被害者も野盗になりかねないからな。

 

 基本的に野盗の討伐は騎士団の役目であり、俺が深追いすることはない。

 俺に出来ることは、状況を報告することだけだ。


「やはり野盗だった。騎士団へ報告を頼む」

「その必要は無いぞ」

「え?」


 マスターは俺の背後を指差した。

 施設内の待合席に居たのは、見覚えのある騎士団の三人。


 中央の男はこちらを見ながら腕を組み堂々と座っている団長のジルフェールだ。

 俺と目が合うと、先日の事はまるで何も無かったかのように微笑みながら会釈している。

 

 その左に立っているのは団服を着た赤髪の少女、転生者のサクハ。

 カウンターで対応しているイルシャのことが気になるのか、視線は彼女に向いたままだ。

 

 そして右には、同じく団服を着た出世欲の強い男のリチャード。

 俺と目が合った途端、気まずそうに目を反らした。

 氷の洞窟へ行った時の反省を表しているのか、頭は丸坊主になっている。

 

「キナ臭ぇだろ? 朝からずっと居座ってやがる。お前に話があるんだとよ。どうせ碌な話じゃねえぞ」

「かと言って追い返すことはできないだろ。気は進まんが……」


 嫌な予感を抱きつつも、俺は団長の前の席に座った。

 サクハは団長から見えないように俺に会釈し、リチャードは相変わらず目を逸らしている。

 

 どうやら例の件は誰にも話していないようだな……。

 

「暇だったら野盗の討伐にでも行ったらどうだ? ちょうど被害に遭った冒険者を助けたところだ」

「あんな連中、相手にするだけ時間の無駄ですよ」


 それをお前らが言うのかと、ツッコもうとしたら近くにいた冒険者の男達が聞き耳を立てていたようで、本人に聞こえるように野次を飛ばしだした。


「信じらんねぇ、何様だよ」

「騎士団様だろ」

「職務放棄かよ」

「俺達のことはどうでもいいってか?」


 野盗の討伐は騎士団の仕事なのだが、それを理解している野盗側は事を大きくしないように動いている。


 転生者や低ランク冒険者には遠慮しないものの、貴族は必ず避け、商人などから奪う金品は最小限と、セコセコしたやり方で立ち回っている。

 そんな連中を一々相手にしてられない気持ちは解るが、ここで火に油を注ぐ発言をするとは大胆な奴だ。


「今は慌ただしくしてましてね、野盗如きに構っている暇は無いんですよ」

「俺には暇そうに見えるけどな」


 テーブルには飲み干したコーヒーカップと、クッキーの食べカスの残った皿が置かれていた。更には備えてあった閲覧用の植物図鑑も添えてある。


 ……根に持ってるな……コイツ。


「貴方と会うために作った時間ですよ。他の何を差し置いても、優先しなければならないんです」


 マスターの言う通り、碌な話じゃなさそうだ。


「サクハの件か? それとも副団長か?」

「いえ、別件です」


 嫌な予感が的中したようだ。

 それ以上に厄介な話らしい。


「サクハ君と面識があったのですか?」

「ああ……、同じ転生者として相談に乗っただけだ」

「ほう……いつの間に」


 団長がサクハに目を向けると、萎縮するように前髪で目が隠れるほど俯いた。


「その様子だとご存知かと思いますが、彼女のスキルは優秀であると同時に危険性もありましてね。前任の監督者が居なくなったことで、私と行動させるようにしたんです」


 前任者とはイルシャのことだろう。

 彼女について行かず、騎士団に残ったということは本人に強い意志があったと考え、俺は余計な詮索をしなかった。


「隣にいる彼は、新たに任命した副団長のリチャード君です」

「ど、どどうも……は、初めまして……」

「こちらこそ初めまして」


 挙動の可笑しい挨拶へ雑に返す。初めてであろうはずもない。


 氷の洞窟での一件は規律違反だ。バレれば即降格も有り得る。

 あの行動が有っても無くても彼が副団長になる運命は変わらなかっただろう。


 ほっとけば棚から牡丹餅だったものを。

 きっと今も本人は後悔しているだろうな。


「で、要件は? わざわざ挨拶のために来たわけじゃないだろ」

「ええ」


 すると、ジルフェールは一呼吸おいて、神妙な面持ちで話した。


「再び魔族との戦いが始まります。そこで、貴方にも参加して頂きたく」


 周囲がザワつきだす。

 五年続いていた平穏が破られようとしているのだ。


 いつかは来るとは思っていたが――。



「世代交代にはまだ早いだろ。残党か?」


 魔族側も主要戦力を失い弱体化しているはずだ。

 五年程度では全盛期まで立て直すことはできないだろう。


「恐らくは……」

「だったら俺の出番は無いはずだ」

「それが……そうもいかないんですよ」


 ジルフェールは俺から目線を外し、カウンターの方にチラリと視線を送った。


「貴方は断れない。寧ろ自分から進んで来るでしょう。そう――」


「シュウゴさん、私に構わず断って下さい」


 後ろから怒気混じりの声をかけたのはイルシャだ。

 どうやら自分を交渉の材料にされると勘繰ったらしい。


「戦闘指揮は騎士団の役目だったはずです。救命師の貴方が出る必要はありません。私のことは気にしないでください。脅しの材料に使われるくらいなら……私は死を選びます」


「はあ!? そんなことになるんだったら私は騎士団を辞めます!」


 感情の赴くままにサクハはテーブルを叩く。

 一瞬の沈黙の後、急に我に帰ったのか、謝りながら一歩引いた。


 しかしサクハの怒声に触発されたのか、事情も知らない冒険者達はここが好機だと一斉に団長を責め立てた。


「行かなくていいですぜ、シュウゴさん!」

「そうだ! 職務放棄も大概にしろ!」

「何のための騎士団だよ!」

「このイケメンが!」

「イケメンは帰れ!」


 ここは騎士団にとってアウェーだ。


 野盗の件以外でも冒険者達が彼らに募らせている不満は盛りだくさん。

 両者ともよく半日も大人しくしてたものだ。


 堰を切ったのは冒険者側で、「イケメン! 帰れ!」のコールが室内に響き渡る。

 これにはサクハも戸惑い、俺に駆け寄った。


「あの……何でイケメンって褒めてるんですか?」


 上司に聞かれても問題ないように日本語で訊ねてくる。


 イケメンは転生者が持ち込んだ用語であり、こっちの言葉では英語から派生したカタカナの如く使われているのだ。

 

「ああ……イケメンはこっちでは侮蔑用語になってるんだ」

「ええっ!?」


 うっかり使ったら大変だぞと、注意を促す。


 間違いだろうと、定着してしまった言葉は簡単には直せない。

 俺たち転生者は受け入れるしかないのだ。


「ちなみにクソヤローは褒め言葉だ」

「ええっ……」


 まあ、複雑だよな。

 俺も複雑……。


「副団長、黙らせてくれ」

「じ、自分がですか!?」


 いきなり無茶振りをさせやがる。


 見るからに緊張している様子だが、リチャードは意を決し、大きく息を吸った。


「せっ、静粛にっ! 静粛に!!」


 それでも野次は止まらない。

 弱腰男の言葉では無意味だったようだ。


 仕方ないなと、俺が立ち上がろうと椅子に手をかけた瞬間、団長が強く手を叩き、室内に響き渡らせた。


 すると一瞬で静寂が戻り、その隙を逃さないと団長は彼らに対し脅しにかかる。


「なるほど、血気が有り余っているようだね。では騎士団からギルドへ依頼を送ろうか。緊急として」


 冒険者の男達は一瞬で青ざめていった。


 それもそのはず。騎士団が提示する緊急依頼は全員強制参加となっている。

 大型の魔物の討伐に呼ばれることもあるが、この場合は完全に出兵命令。


 理由なく断れば冒険者ライセンスの剥奪と、手厳しい措置が待っている。


「あ、俺……今日から長期の案件に入るんだった」

「俺も……遠方行く予定で……」

「あっ……実家に戻らなきゃ……」


 俺も俺もと、手のひらを返した男達は慌ただしく出口へ向かい、一人残らず去って行った。


「これが、いつまで経ってもDランクの男達だよ」


 苦笑するサクハとリチャード。

 なぜ騎士団が嫌われているのか、新人の彼女もこれで理解できただろう。


「ちょうど人払いが済みました。では本題に入る前に……」


 ジルフェールは座ったまま副団長を見上げる。


「リチャード君、イルシャ君は魔族だったんだ」

「え!?」

「それが彼女が退団した理由だよ」

「えっ? えっ!?」

「このことは他言無用で頼むよ」


 急すぎるカミングアウトに、彼の思考は追いつかない。

 ポカンと口を開けて団長と元副団長を交互に見ながら首を動かしている。


「黙っていてくれるのなら、君の規律違反は見逃そう」

「あっ……」


 ここで更に追い打ち。

 哀れな部下は顔面蒼白になる。


 この男、こうなることを見越して彼を副団長に任命したんじゃないだろうな。


「知ってたのか?」

「団員の動向くらい把握してますよ」


 流石は団長様と言ったところか。

 この様子だとサクハが俺を頼っていたことも感づかれているだろう。


「これで、円滑に話を進めることができますね」


 すると、団長は俺に頭を下げた。

 

「先程は失礼しました。どうしても邪魔者を捌ける必要がありましたので……」


 イルシャを焚きつけたのもわざとか。

 規律違反を黙って利用したりするなんて、強かな奴だ。


 男は顔を上げると、改めて真剣な目線を俺に向けた。


「話を戻しましょう。実は昨日、魔族側から宣戦布告を受けたのです。奴らを率いるのは三大魔族の中でも最強と呼ばれた――ミラゼア族です」

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