エピローグ 離れていても
フレッジが管理する南ギルドにて、今日は珍しく入り口からはみ出るほどの列を作っていた。
カウンターで対応するのは、いつもの厳つい大男ではなく優しい笑顔を向ける女性ギルド職員。
元王国騎士団副団長の初出勤を聞きつけた男達が蟻のように群がっていたのだ。
初仕事ながらテキパキとこなす女性に対し、男達はたどたどしく話しかけていた。
「随分と人気なんだな」
シュウゴは待合席でコーヒーを啜りながらその様子を眺めていた。
仕事を紹介した本人は若干の不安があったのか、朝の間だけでもと様子を見に来ていたのだ。
「騎士団じゃなくなったらコレだ。アイツらの掌返しは見事なモンだろ」
そう話したのはギルドマスターのフレッジ。
シュウゴの隣でこの男も呑気にコーヒーを啜っている。
騎士団と冒険者は犬猿の仲なのだが、唯一の女性団員であるイルシャに憧れを抱いていた者が多く、彼女が立場を変えたことで近づき易くなったのだ。
「少しは楽になったか?」
「逆に仕事が増えちまったよ」
案件が無くなる勢いだと嬉しい悲鳴をあげるマスター。しかし、他のギルドに比べて案件のランクが低いため、この活気は一時的なもの。
どうせ直ぐ飽きるだろうと彼は考えていた。
「お前も対応してやれよ」
「誰も並ばねえんだよ」
シュウゴは声を出して笑った。
マスターが隣に立っても誰も並ぶことはなく、置物になっていたのでこうして休憩していたのだ。
「それにしても厄介な事に首を突っ込んだな。お人好しにも程があるだろ」
「お互い様だろ?」
助けるのも受け入れるのも同じ事だと、彼らは静かに笑った。
イルシャの退団と登用は、魔族であることを今後一切明かさないことを条件に、団長とマスターだけで取引を成立させたのだ。
無論、団員達は副団長の急な退団の理由を知る者はいない。
ただ一人を除いて――。
◇
夕焼け色に染まる空。騎士団の制服を着た赤髪の女性と、仕事を終えたばかりのギルド職の女性が隣り合ってベンチに座っている。
そこは二人が初めて出会った大木の下だった。
「団長から全部聞いたよ。イルシャさん、魔族……なんだって?」
太腿の上に置いた革袋を抱きかかえながらサクハが尋ねる。
魔族という存在を何も知らない彼女は、少しの恐れも抱かず友達感覚で普段通りに接していた。
「うん……。ごめんね……騙してて……」
イルシャは少女と目を合わせることができず、俯きながら答える。
「魔族って……人間と違うの? 私には人間にしか見えないんだけど」
「う〜ん……、この姿は仮のもので……本当は猫と人間が混ざったような姿で……」
「そうなの? ちょっと見て見たいかも」
「流石にここでは無理かな……」
無邪気な要求にイルシャは苦笑する。
街中で魔族の姿を晒せば大騒ぎだ。
「あっ。あと、猫にもなれるの。私と別れた夜に猫が部屋に入ったの覚えてる? あれ……私だったんだ」
「えっ!? あれイルシャさんだったの!?」
なるほど、どうりで賢いと思ったと、サクハは納得した。
そして、胸の奥につっかえていた悩みが解け安堵する。
「良かった……物を盗られちゃったから謝らなきゃって思ってて……」
「ごめんね、あの時はああするしかなくて……」
「ううん、仕方ないよ……。私に頼られても、何にも出来なかったし……」
「サクハ……」
頼られるほどの力も知識も権力も無い。
転生したばかりの少女は悔しそうに皮袋を抱きしめる。
「それは……?」
「あっ、これ……。イルシャさんの団服だよ。団長に渡せって言われて」
「団長に……?」
それは研究所で正体が明かされた時、猫になって逃げるために脱ぎ捨てた物だった。
「何でか知らないけど、研究所の人が回収してくれたんだって」
「どうして……? 私にはもう……」
騎士団の立場を捨てた以上、もう着ることは無い。
本来ならば悪用を防ぐ為に処分する事が決まりになっているはずだが。
「戻って来て欲しいんじゃないかな? 団長、後悔してたみたいだし」
「嘘……」
己に剣を向けた男の様子から考えられない言葉に、イルシャは耳を疑う。
全てを捨てた彼女に、未練が湧き上がっていく。
「イルシャさんが居なくなったことで、みんなショックを受けてたみたい」
そこから少女は元副団長の知らないその後の団員達の様子を語る。
ある者は気力を失い仕事に身が入らず、ある者は団長に不満をぶつけ、ある者は寝込んで寮から出て来ないといった散々な内容。
一方で出世欲のある男だけはやる気に満ち溢れていたという。
自分が如何に人間に影響を与えていたか、初めて受ける感覚にイルシャは戸惑う。
「でさ〜、聞いてよ。女なら私がいるってのに、華がないとか胸が足りないとか性格キツそうとか言い出すんだよ。酷くない? この世界の人間ってデリカシー無さすぎ。あっちだったら即セクハラで――」
「ちょっと待って……。サクハは……辞めないの?」
素を出しながら愚痴を溢す少女の言葉をイルシャは遮る。
シュウゴの出した強引な提案が通ったはずならば、サクハも退団する予定だったからだ。
彼女の為に命を賭けたつもりだった。
しかし、帰って来た言葉は意外なもので、イルシャは少女の成長を知ることになる。
「辞めないよ」
その眼には強い意志が宿っていた。
出逢った頃とは別人の様に真っ直ぐと相手を見ている。
「どうして……」
「だって、イルシャさんが誘ってくれた場所だし、冒険者ってのは合わないと思うし……。それに……将来性考えたら手放すには勿体無い役職だし」
「でも……戦いに行かなくちゃならないことだってあるんだよ?」
「知ってるよ……。だから、イルシャさんの分まで頑張りたいんだ」
「そんな……私のことなんて気にしないで……」
軍へ引き入れたことに強い責任感を抱いていたイルシャ。
自分だけが抜けたことによる罪悪感が押し寄せていた。
そんな彼女の心配を振り払うように、大人への階段を一歩進んだ少女は堂々とした様子で話す。
「団長が言ってたよ。自分の代では魔族を受け入れられないって。だったら私が強くなって、団長になってイルシャさんを迎えに行くから」
ハッキリとそう言い切った後、大それた言葉を紡いで恥ずかしくなったのか、頬をかきだす。
「なんて……言ったりしてみて」
「サクハ……」
愛情を知らずに育った女は、不思議な感情が芽生えだす。
嬉しさと寂しさが混ざり合い、また一つ、ヒトの心というものを感じとる。
もうどうにもならない。
この子は私の手を離れていくんだと、ふっと笑いかけていた。
「あの時とは逆になっちゃったね」
「幻滅した……?」
「ううん、逆に安心した。だって完璧過ぎたんだもん」
イルシャが人間味を晒したことで親近感が湧いていたようだ。そんな彼女へ肩を寄せると、遠くを見つめながら周囲への不満を呟いた。
「魔族だからって、何でみんな邪険にするのかな。何も変わらないじゃん」
「サクハ、その考えは……」
一転して不安がよぎる。
魔族と戦う使命を負っている騎士団員の発言としては不適切に思い、イルシャは顔を顰めた。
「ねえっ、1個だけお願いがあるんだけどさ……」
「な、なに……?」
ずいっと、不意に上機嫌な顔を寄せるサクハ。注意を言いかけようとしていたイルシャは戸惑う。
「猫ちゃん抱っこしたい!」
子供のように眼を輝かせながら発した台詞は、珍妙な要求だった。そんな呑気で滑稽な少女によって固まっていた心が解され、心配事も吹き飛び、つい声を出して笑ってしまう。
「ふっ、ふふっ。もう……また今度ね」
「約束だよ! あっ、約束といえば買い物も」
「そうだね。じゃあ――」
二人は再び約束を交わす。
離れても繋がりは消えないと、次の再会に心を踊らせた。




