求めていた言葉
竜の男がイルシャに与えた次の指示は、人間の強さの秘密を知ることだった。
自由を与えられてもイルシャ自身がしたいことなど何もない。
だから彼女は言われた通りに生きることを選んだ。
イルシャは人間領に入ると、竜の男の助言で辺境の村に人間として潜む魔族を探したが、見つけるのは難しくなかった。
彼らの変身は自身より完璧では無く、竜の男でなくても魔力の流れが漏れ出ているのが判ってしまう。更に、予想以上に数が多かったのも理由の一つだろう。
見かけた場所はイルシャが過ごしていた山より遥かに低いものの、リンドグレイス王国の端にある小さな集落で、普通の人間がわざわざ立ち入らないような場所にあった。
村人の二割ほどが魔族で、彼ら人間は魔族との共生を成功させていたことにイルシャは驚いた。
魔族側は斥候などではなく、同族争いや出兵を恐れて魔族領から逃げ出した者しか居なかったため、同情した人間達が受け入れていたのだ。
魔物への対処、頂上付近への資源採取など、村に住んでいる魔族たちは自分達の特性を活かして人間の生活に貢献し、人間は彼らを国や過激派の魔族から匿うことで互いの利益を一致させていた。
ここにはイルシャと同族のヴェルハも住んでおり、彼らは使命に生きる存在ではなく、生きていることに楽しみを見出している。
人間に似た言葉遣いで話す彼らに、イルシャは気遣いというものを初めて教えられていた。
人間の国で過ごすならば、人間としての生き方を知らなければならないとの助言を受け、イルシャはここで一年間過ごすこととなる。
そこでは様々なことを知る。
人間の常識、生き方、世界情勢。
特に彼らの温かみにより少女の凍りついていた表情が解けていき、より人間らしくなっていく。
食料の調達、食事、寝床の確保、就寝。以上で終わる生活から一変、ヒトと交流し娯楽や人の言葉を学び、読み書きに費やす時間も増えた。
イルシャは毎日が楽しかった。
一生ここで人生を過ごしてもいいと思ったくらいに――。
しかし、彼女は僅か一年で村を出る。
仲間に村で生きていくことを勧められたが、イルシャは竜の男が言っていた人間の強さというものが気になり、村を出ることを決意したのだ。
それだけではない。単純にもっと知りたかったのだ。
人間というものを――。
こうしてイルシャは自らの意思で王国騎士団への入団を目指した。
村にいたヴェルハの男からは、君は魔術隊よりチェックの緩い騎士団に入った方がいいと言われていたのが騎士団を選択した理由だった。
更に山籠りで基礎体力をつけていた彼女には、魔術が得意であることを隠していてでも充分な身体能力が備わっていたため、入隊条件は容易にクリアできていた。
しかしながら他より秀で過ぎていたためか、余計な注目を浴びることとなる。
「まさかこんな逸材が眠っているとはね……。えーっと、何処から来たんだっけ?」
騎士団が所有する年季の入った事務棟の会議室内にて。
書類を手に取り、テーブルを挟んで座るイルシャに訊ねているのは当時の副団長。顎髭を触りながら彼女の試験結果を眺めていた。
「トリト村です」
「知ってる?」
「いえ、自分は全く……」
副団長が気さくに訊ねた相手は、彼の隣に座っている若々しい騎士団員の男。
「山奥にある集落です。辺境の地ですから、そこで過ごすだけで鍛えられたのでしょう」
「なるほど。野生児みたいなものか。いいね、採用」
あっさりと決断する副団長に、隣にいた部下が異を唱える。
彼だけはイルシャの経歴に不信感を抱いていたのだ。
「お、お待ち下さい……。まだ志望動機を……」
「おお、うっかり忘れていたよ。ジルフェール君は真面目だね。今は猫の手でも借りたいくらいだから、正直このレベルならどうでもいいんだけど……一応、聞いていい?」
「はい。……父親を魔族に殺されました」
嘘はついていない。
これを言えば確実に通ると、村の人からのアドバイスだった。
「どう? 君も同じ立場だろう?」
すると難しい表情をしていた未来の団長は、一転して疑いの目を閉じ頭を下げる。
「ええ。私からは何も言うことはありません。余計な発言をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「堅いなぁ。女性団員はウチの悲願だろ? もっと喜べよ。士気が上がるぞ」
「浮足立たなければいいんですがね」
未来の団長は気苦労が増えそうだと、また難しい表情へと戻った。
「ではイルシャ君、男臭い騎士団へようこそ。これからよろしく」
こうしてイルシャが入団した後、彼らは最後の戦いへと駆り出されて行く。
日が浅いイルシャは王都の守護を任され、最後まで戦闘に参加せず魔族との戦いが終結した――。
結果から言えば、彼らは無事に帰って来た。
片方は上機嫌で泥酔し、もう片方は正反対に寂しさを抱えながら俯いていた。
二人は無傷であったものの、騎士団への被害は甚大。
団長を含めた多くの人員が戦死した。
被害を受けたのは人間側だけではない。
三大魔族の族長が討たれ、ヴェルハの族長の死も報じられる。
イルシャを育てた竜の男の安否は今も不明。
あの性格だから死んでいると考えるのが妥当だと、イルシャは思い込む。
人の強さ。
結局はそれも解らず仕舞いなまま、平和が訪れる——。
「ジルフェールさん……飲み過ぎですよ」
「クソっ……結局、私は何も出来なかった!」
イルシャは未来の団長に話を聞いて欲しいと言われ、酒場に誘われていた。
真面目な団員は常に自分を押し殺していた反動か、時には涙を見せたりと普段からは想像がつかないほどに別人だった。
彼が酒を飲んでいるのを見るのは、イルシャにとって後にも先にもこの時だけだった。
「こんな私が団長になるなんて無理だ……無理なんだよ……」
魔族への恨みだけで戦ってきたジルフェールだが、いざ人を率いる立場にもなると足元が竦むと言い漏らす。
副団長は生存しているが、後は若い者に任すと引退を宣言していたため急な昇進となっていた。
依然魔王は健在であるものの、好戦的な族長達と違い戦には無頓着な魔王は、最後の戦いですら指揮すら執っていなかった。
そんな魔王の首をリスクを冒してまで取りに行く必要は無いと国は判断。
それまで手を取り合っていた帝国との関係が拗れることも恐れ、現状維持に努めた。魔族側、人間側も動きを止め、一時的に停戦状態となったのだ。
次の戦いが始まるのは何時か?
それは次世代が育ったときだろう。
敵味方共に多くの猛者が散って逝き、一つの時代が終わった。
生き残っても副団長の様に一戦を退く者が多く、騎士団や魔術隊は大規模な再編成を余儀なくされていたのだ。
「私には荷が重すぎる……。だからシュウゴさんを誘ったんだが、断られてしまったよ……。それどころか冒険者を引退するとまで言ってるんだ……。しかも、他の三人も同時に……」
シュウゴ――。
英雄と呼ばれた冒険者パーティの一員。
彼らが三大魔族の族長を討ち倒したことによって、王国軍の士気が最高潮に達し、この機を逃すまいと最後の戦いで帝国軍と共闘し全戦力を魔王討伐へと仕向けた。
しかし、『零の都』にて魔王討伐を目指していた英雄たちが魔王の元へ辿り着けず退却。
その報せを聞いた軍は勢いを削がれ、戦闘を継続する余力も残されていなかったため全隊に撤退を命じた。
「一部で批判の声が上がっているが、彼らは悪く無い……。寧ろ充分過ぎるほど働いたんだ……。だけど……副団長も……あと少しでいいから導いて欲しかった……」
実質的には人間側の勝利に見えるだろう。
けれども、戦争の遺した爪痕は余りにも大きく、英雄たちを含めた多くの人々に深い心の傷を残した。
そんな彼らを引き留めることは出来ず、ジルフェール団長の様に僅かに生き残った戦争経験者と、イルシャの様に前線に居なかった者、そして――これから先に騎士団へ入団する者だけでやっていかなければならないのだ。
「私はこれから……どうすればいいんだ……」
英雄たちに会いに行けば、竜の男が求めていた人の強さというものが解ったのかもしれない。
だけど、それはもうイルシャの中でどうでもよくなっていた。
「前を向きましょう……。私が支えますから」
「イルシャ君……」
彼らがこれからどう立ち直るのか、そこにはまた違った強さがあるのではと、たった一つの使命が消えたことでイルシャは新たな生き方を見い出していた――。
そして五年後、イルシャはサクハと出逢う。
転生者という存在に、どこか自分に近しいものを感じていたのか、彼女が求めているものが手に取るように解っていた。
騎士団に居たことでより人間に近づいていたイルシャは、もうあの頃の少女ではない。
「大丈夫、貴女はもう……独りじゃないよ」
それは自分が求めていた言葉だった。
私は人間らしくなれたのだと、自分に酔っていたのだ。
だから巻き込んでしまった。そして、忘れていたのだ。
己自信が魔族だったということを――。




